小悪党、又は異常者の狂逸譚     作:這いずる蛞蝓

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第六話 白

 

 

 

迷宮区と言うからにはもっとこう、薄暗く、湿気の多い空間をイメージしていたのだが、それは偏見に過ぎなかったらしい

 

 

 

 

壁際に備え付けられた松明は熱量をデータとして入力されているらしく、素手で触れると沸騰させた湯に触れるくらいの熱さを感じた

 

 

 

 

炎の熱量としては明らかに温すぎる。おそらくペインアブソーバーの影響で痛覚が鈍感しているせいだろう

 

 

 

 

かといってホイホイと松明に触れてしまうと、火傷のバッドステータスを付与されてしまう為、迷宮区を徘徊するコボルトとの戦闘の際には真っ先にコボルトの手に待つ松明を安価なピックの投擲で手放させてからの戦闘が定形化していた

 

 

 

 

迷宮区に出現するモンスターはこの層のフロアボス、イルファング・ザ・コボルトロードの尖兵であるコボルト系統が三種と食虫植物を巨大化させたような見た目のリトル・ネペントの計四種

 

 

 

 

それと最近になって現れるようになった攻略組を名乗るプレイヤー達くらいか

 

 

 

 

 

 

「か、金か? それともレアアイテムか? わかった! なんでも渡す! お前に譲る! だから命だけは…」

 

 

 

「殺せばそれに加えて莫大な経験値も手に入る。お前を逃がした所で私に利益は発生しない。むしろ逃げたお前が周囲に私の情報をバラ撒くリスクすらある」

 

 

 

 

 

 

復讐の危険性を抱え込んでまでこいつを生かす意味が見受けられなかった

 

 

 

 

片手直剣スキル、四連撃技。パーチカル・スクエアの起動モーションに入ると、涙を浮かべ必死そうに懇願を続けていたが、四度の斬撃により、男は青のフラグメントと化し、拡散した

 

 

 

 

攻略組を名乗るパーティーを狩ったのはこれで五パーティー目である。アイテムや装備も充分整い、レベルだって安全マージンの倍はある

 

 

 

 

 

それでも第一層のフロアボス攻略は難航していた

 

 

 

 

 

一対多の戦闘には慣れているつもりだったが、四方八方から際限なくリポップし襲い掛かるルイン・コボルト・センチネルの処理に手間取り、前回の挑戦ではイルファング・ザ・コボルトロードの全四本の体力ゲージの内、二本分しか削ることしか出来なかった

 

 

 

 

 

それも命懸けの特攻を何度も繰り返した上で。これ以上愚直に特攻を続けても意味がないと自覚し、無様に、命からがら敗走したのだ

 

 

 

 

 

この程度の力ではフロアボスを討伐するに足り得ない。しかし、PKによる経験値獲得量も渋くなってきた。迷宮区のエネミーを狩ったところで今の私のレベルはそう簡単には上昇しない

 

 

 

 

 

第一層でこれ以上ステータスを強化する事は困難だ。だからと言ってこのまま特攻を繰り返し奇跡的な勝利(ラッキーパンチ)を狙う訳にもいかない

 

 

 

 

 

二週間での第一層攻略を最低限のスタートラインに設定している以上、これ以上のロスは許容できない

 

 

 

悩みの種が根を張らす。しかし解決策は実らない。殺したプレイヤーからの戦利品の選別を済ませ、バッドステータス《STR低下》を解除する為にストレージから黒パンを実体化させ、強引に噛み砕き、喉に押し込む

 

 

 

 

 

もはや迷宮区のエネミーの攻撃を数発受けた程度では私のHPはイエローゾーンに変動する事すらないのだけど。食事を抜いたせいで万全の状態を発揮できずに苦しめられるなんて非常に馬鹿らしく、笑えない

 

 

 

 

 

実を言えば第一層、ひいては今後の階層攻略の難度を大きく減少させる方法はあるにはある。しかし、その方法にはかなりの不確定要素が存在する為、出来れば使いたくない手だ

 

 

 

 

最悪の場合、SAO攻略に悪影響を生み出し、攻略速度を低下させかねない

 

 

 

 

しかし、これ以上の停滞は許容できない。手段を選べる場面などとうの昔に過ぎていた

 

 

 

 

潜在的な敵を作ることになってしまう可能性があるが、第一層攻略の為に、攻略組を名乗る先行プレイヤーを利用する他ないだろう

 

 

 

 

さて、丁度良い具合におあつらえ向きな騎士(ナイト)様御一行が私の索敵スキルの範囲内に侵入したらしい。マップ上に表示されたマーカーを頼りに、私は迷宮区に侵入したプレイヤーと接触した

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

sideディアベル

 

 

 

「皆、聞いてくれ。迷宮区のモンスターはフィールドのモンスターのよりも格段に強力だ。リトル・ネペントの対処法は問題ないと思うけど、コボルト系統のモンスターと戦闘になった際は、三体以下であれば戦闘継続、それ以上のモンスターがポップした場合は俺が囮を引き受けるから、皆はすぐに逃げてくれ」

 

 

 

 

 

仕様の下方修正がなされていなければ迷宮区に出現するコボルト系統のモンスターはこの階層では珍しい、武器と防具を装備した姿で襲い掛かってくるモンスターだ

 

 

 

 

ゲームに慣れてきた頃にレベル差によって表示されるネームカラーから実力差を誤認させる初心者殺しのこのモンスターにベータテストの時はかなりの人数が返り討ちにあってしまった

 

 

 

 

デスゲームと化したこの世界で、最初の難所は間違いなく第一層の迷宮区

 

 

 

 

しかしこのエリアもいずれこのエリアもプレイヤーで溢れかえる

 

 

 

 

元ベータテスターであれば事前に共有されている情報録に目を通しているだろうし、なんら問題なく対応することができるだろう

 

 

 

 

しかしニュービー。一般のプレイヤーの中でこの迷宮区から生還できるプレイヤーは何人居る? 

 

 

 

 

強力な装備、敵の情報、強固な信頼関係も、マップデータですら完全な初心者が得るには難しい

 

 

 

 

元ベータテスターも例外ではない。事前に製品版との差異を確認して正しい情報を広めなければ、死の危険がある

 

 

 

 

俺は焦っていたのかもしれない。攻略の停滞が続くこの状況に、恐れを抱いていたのだ

 

 

 

 

攻略が遅れれば遅れるほど社会復帰は難しいものになる。ゲームクリア後の将来への不安。そんな感情があの少女(・・)の甘言に誑かされた原因の一つだった

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲームマスター、茅場昌彦によるデスゲーム宣言から十日が経過した頃。迷宮区でのデータ収集とレベリングを終え、俺のレベルは18にまで上昇していた

 

 

 

 

三日前から十分な安全マージンを取りながら迷宮区の探索を進めてはいるが、未だボス部屋の発見には至っていない

 

 

 

 

ベータテストでは難なく突破できた第一層が、デスゲームと化した世界では果てしなく高い壁となって眼前に立ち塞がっていた

 

 

 

 

焦燥感に煽られていた。このままではいけない。しかし改善策が見当たらない。解決案が浮かばない。結局のところが現状を維持しつつ前を目指すと言った停滞を含んだ答えばかりが浮かぶ

 

 

 

 

パーティーメンバーの表情にも焦りや疲れが目に見えて増しているような気がする

 

 

 

 

一刻も早く攻略を進めたい気持ちもあるが、それでパーティーメンバーが欠けてしまえば本末転倒だ

 

 

 

 

「よし! 今日は少し早いけどこの辺りで切り上げて街に戻ろう。疲れが溜まった状態での戦闘は危険だ。今日はしっかりと休んで、また明日から──」

 

 

 

 

撤収の提案をしていた最中、俺の話を遮るようにカッカッカッと規則正しい足音がやけに大きく鳴り響いた

 

 

 

 

帰ろうとした矢先にモンスターがリポップしたのか。ツイてない。疲労が溜まっているとはいえ、俺達はSAOで最前線の攻略を進めているハイレベルプレイヤーだ

 

 

 

 

きちんと連携さえ取れれば迷宮区のレアモンスターにだって遅れはとらない

 

 

 

 

皆、悪いがもう一頑張りしなくちゃならないみたいだと仲間達に告げると、やれやれといった様子で各々武器を構え警戒体制に移った

 

 

 

 

ベータテストの頃からの仲ではないが、ここまで背中を預けあってきた信頼できる仲間だ

 

 

 

 

さぁ、何処からでもかかってこい。覚悟を決め、剣を向けた方向から現れたのは、思いもよらない人影だった

 

 

 

 

 

 

「やぁ、こんな薄暗い所までよく来たね。ボス部屋ならこの先の階段を下りて突き当たりを右に入った所の階段を降りた所。なんて、流石にこの程度は知っていたかな」

 

 

 

 

レアモンスターでも未確認の新規追加モンスターでもない。現れたのは最高速度で最前線を攻略する俺達の更に先を進む、異質なプレイヤー

 

 

 

 

 

色が抜け落ちてしまったかのように真っ白で、絹のような滑らかな髪は腰辺りまで延び散らかしているが、その程度で彼女の価値が劣ることはない

 

 

 

 

不健康の極みのような病的なまでに白い肌にクマの目立つ鋭い目。瞳の奥が仄暗い闇を連想させる

 

 

 

 

腰には短剣を装備しているが、いくらSAOとはいえ痩せ細った身体で武器を扱えるとは到底思えない

 

 

 

 

見れば見るほどなにか不吉な物を引き寄せているかのような不気味な薄ら寒さを感じる

 

 

 

 

 

そのどれもが一般的には嫌悪感を誘うには十分な要素であったが、不思議とそんな感情は沸いてこない

 

 

 

 

むしろ逆だ。不完全のままその形で完成された一種の美

 

 

 

 

 

まるで作り物の人形のような美しさがそのプレイヤーからは感じられる。プレイヤーカーソルはグリーン(・・・・)

 

 

 

 

まぁ、デスゲームと化したSAOで犯罪行為に手を染めるプレイヤーが居るわけないが、ベータテスト時代からの癖での確認を済ませ、俺は正体不明の謎のプレイヤーとの対話に移る

 

 

 

 

 

 

「俺の名前はディアベル! 君はこの先のエリアの攻略を済ませているのかい? もし君が良ければ、是非情報交換をしたい」

 

 

 

 

あくまでも下手に出る。逆上どころか虫も殺せないような容姿の女の子(・・・)ではあるが、だからこそ一応の配慮は必要だ

 

 

 

 

「あ、いや、情報交換とか、そういうのをお願いしたくて会いに来た訳じゃないんだよ。私が君達としたいのはあくまでも交渉さ」

 

 

 

 

にたりと嫌になるくらいの笑顔を見せながら、少女(・・)は天使のように微笑む

 

 

 

 

それは甘い甘い毒牙だった。人間の皮を被った、化け物の呪言だった

 

 

 

 

本当は理解していたんだ。死んだら終わりのデスゲームと化したこんな世界で、今最も死に近いと言っても過言ではない、迷宮区なんて場所に居るこの少女は、ただ救われるだけの立場ではないのだと

 

 

 

 

返答次第では意図も簡単に、なんの感傷もなく、ただ作業のように俺達のHPを全損させるのだろうと

 

 

 

 

無垢な少女(・・・・・)の声音にはそう思わせる凄みがあった

 

 

 

 

 

「二人きりで話がしたいというなら場所を移しても良いけど。どうする? 」

 

 

 

 

「…いや、大丈夫だ。それで、さっき君は交渉と言っていたけど、それはどんな──」

 

 

 

 

「浮遊城アインクラッドの完全踏破の為、協力して欲しい」

 

 

 

 

 

話を遮り語られた声音には温度と呼ばれるものが存在しなかった

 

 

 

 

 

 

「それは……俺たちのパーティーに入れて欲しいという事かい? 申し訳ないけどウチのパーティーはもう定員で、パーティーメンバーを探しているならドールバーナーに行けば募集をしていると思う」

 

 

 

 

「そういうことじゃないよ。第一、私はソロだからね。パーティーを組むと経験値効率が悪くなる。私が言っているのはボス攻略の事さ」

 

 

 

 

 

一息吸って、吐き出された言葉には生気が宿っていなかった

 

 

 

 

出会ってから数分も経過していないのにも関わらず、俺は少女に対し、不気味なまでに人間性を欠いた印象を抱き、また相反する脳に刷り込まれるような美を植え付けられた

 

 

 

 

 

 

「ボスの情報はHPゲージ二本分までの行動パターンは解析済み。取り巻きとしてポップするモンスターのリポップ速度、大技前の予兆まで。噂の情報屋にでも売り付ければいくらの値が付くかな」

 

 

 

 

 

 

理解が追い付かない。話に着いていけない。何を言っているんだ。一体何の関係があるんだ。彼女は俺に、何をさせたいんだ

 

 

 

 

 

彼女の思考がわからない。訳のわからない焦りが心に積み重なり、不安そうに俺を見つめる仲間達から期待の重圧がのし掛かる

 

 

 

 

 

「二日後にドールバーナーで予定されている第一層攻略会議。アレ、私がいろいろ手を回したんだけど…こんな小娘が大の大人に言うこと聞かせられると思う? 」

 

 

 

 

 

温度のない声音。張り付いた微笑。常人には理解できない思考。迷宮区を一人で徘徊する強力なステータス

 

 

 

 

大の大人が泣いて逃げ出してもおかしくない要素を複数備えている彼女がただの大人を怖がる姿なんて想像が出来なかった

 

 

 

 

しかし本人が言うのならそうなのだろう。彼女が嘘を吐く理由がない

 

 

 

 

 

 

視界が揺らぐ、感覚が歪む。脳が言葉で犯されてゆく

 

 

 

 

 

 

「君に攻略組のまとめ役をやって欲しいんだ。詳しい話は……今伝えても記憶できないだろうから後でメッセージでも送っておくよ」

 

 

 

 

遠退く意識を必死に繋ぎ止め、辛うじて聞き取れた言葉にただ頷くことしか出来ない。まるで身体が自分の物じゃなくなったみたいに、思い通りに動かない

 

 

 

 

シャットアウトされていく視界が最後に捉えたのは、死の天使を幻視させる、無機質な瞳だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一層フロアボス攻略後の展開について。階層スキップして二十五層のクウォーターポイントの話から赤鼻のトナカイやら圏内事件の流れに入ろうかと思うんですが、二十五層までの主人公の話は冒頭でさらっと開示するだけで良いですか?

  • いいよー
  • 駄目だ。一話分使ってちゃんと書け
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