無謀すぎる作戦で2000万もの被害を出した結果、自由惑星同盟は破滅に転がり落ちていくことになりますが。
もしもこの作戦が発動される前に、ある事件が起きていたら。
そんな短編です。
長きにわたって戦争を続けている二つの星間国家。ゴールデンバウム朝銀河帝国と自由惑星同盟。
この二つの勢力は、百年を遙かに超えて無意味な殺し合いを続けて来たが。
二人の英雄の出現が、バランスを決定的に崩壊させた。
常勝の天才ラインハルト。
不敗の魔術師ヤン。
二人が戦場に現れると、戦場の主役は完全に二人のものとなった。そして、両国の間にある星間回廊。
そこに建築された宇宙要塞、イゼルローンをついにヤンが攻略に成功。
今まで帝国に、イゼルローン経由で領地を荒らされていた同盟側が、ついに反撃の好機を得た。
反撃の好機ね。
皮肉混じりに、ヤンはぼやく。
だが、そもそも帝国は腐敗が進んでおり、今ラインハルトと既得権益層であった大貴族達が激突寸前で火花を散らしている。
この侵攻作戦は無意味だ。
そう、単なる議会の支持率を上げるためだけに国のトップの議員達が決めた侵攻作戦の作戦会議で。ヤンは思っていた。
同盟には現在稼働可能な正式艦隊が十存在している。第一から第十三までの艦隊だ。そのうち第二、第四、第六の三つは少し前に「アスターテ星域会戦」でラインハルトの巧妙な各個撃破戦術で壊滅し。その残党をかき集めて作り出したのが第十三艦隊である。
この第十三艦隊の指揮官をしているのが、現状は中将にまで昇進したヤンだ。
そして、今回の侵攻作戦では、実に3000万。
十個存在する正式艦隊の八つを投入。更に各星系の護衛艦隊であるいわゆるガーズも投入しての、史上空前の規模での艦隊での侵攻が計画されていた。なお、総司令官は同盟軍のトップの一人であるロボス元帥だが、この人物は近年無気力が進んでおり、殆ど案山子に過ぎなかった。四十代までは極めて有能で、同盟を代表する将帥の一人であり。切れ者として著名だったのだが。今ではすっかり、ボケ老人である。
同盟も帝国も艦隊の規模は一つ当たりおよそ一万五千。
八個艦隊で、およそ十二万隻に達する。これに各星系からかき集めた武装が正式艦隊に劣るガーズを加えて、合計二十万隻。
これほどの規模の艦隊が戦場に出たことは、軍事力で勝る帝国でもなく。
文字通り、史上最大規模の艦隊とも言えた。
問題は、指揮官と参謀だ。
今、会議の席上で熱弁を振るっているのは、ヤンよりだいぶ若い青年士官。確か首席で士官学校を卒業した人物。
頬がこけた、病的な熱を目に宿した男。
フォーク准将だった。
既にヤンも聞かされているのだが。
このフォーク、私的なコネを使って作戦案を統合作戦本部に持ち込み。大規模な勝利によって支持率を稼ぎたい議員達に根回しして、この作戦を実行に移そうとしているという。
馬鹿馬鹿しい話だが。
これが民主主義国家の現実だ。
ヤンは狂騒的な熱弁を振るうフォークに、この作戦が如何に無意味かを説明したが。聞こえている様子はなかった。
何しろ、無意味に軍を展開して、手当たり次第に帝国の星系を奪い取ろうというのである。
今回作戦に参加する艦隊には、同盟屈指の老練な指揮官であるビュコック提督、浅黒い肌を持つ遊牧騎馬民の末裔である猛将ウランフ提督、堅実が絵に描かれたような用兵を行うボロディン提督をはじめとして、同盟の一線級の指揮官が皆揃っている。
いずれもが歴戦を重ねてきている人物で。
ヤンもこの提督達となら、大敵と戦える。
戦略がまともであれば、である。
会議が終わって、呆れ果てた提督達が会議室を出て行く。何しろ、具体的な事は何一つ説明されなかったのだ。
「高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処する」なんてフォーク准将は言っていたが。それはビュコック提督が会議の途中で突っ込みを入れていた通り、「行き当たりばったり」に過ぎない。
勿論戦場では、熟練と頭の回転を使っての臨機応変な対応が求められることも多い。
ヤンの場合は相手の心理を読んで先手先手を打つ戦い方をする事で、三十で中将にまで上り詰めるに至ったが。
戦術で圧倒的な兵力差を覆すのは極めて困難だと判断している。
戦略が重要なのだ。
それなのに、あの狂熱的な目のフォーク准将は。
ベレー帽を取ると、あたまを掻き回す。
「見ようによってはハンサム」とも言われるヤンだが、運動神経はどうにか水準に達しているかというレベルで、士官学校では軍事技術については退学寸前の成績だった。その分戦略論や戦史論、実践戦術においてはトップクラスの成績だったので、どうにか軍でやっていくことが出来ていると自称している。
まあ要するに、豪傑とは程遠い、頭だけを使って勝つタイプの軍人であるのがヤンなのだが。
それは自他共に認める事なので、どうでも良かった。
「ヤン提督」
「あ、はい」
立ち上がって、敬礼する。相手はビュコック提督だった。
さっきの狂騒的なフォーク准将の演説を、呆れた様子で見守っていた。近くで見ると、虎のような迫力を持つ老人である。
とにかく人手不足の自由惑星同盟では、たまに一兵卒から提督にまで成り上がる人物が存在する。
昔の軍隊では、士官学校や軍学校を出ない人間はどんなに活躍しても兵卒止まりだったらしいのだが。今では有能な人物はたたき上げで提督になる事が出来る。
特に老境にあっても手腕が衰えていないビュコック提督は、存在そのものが同盟の戦歴みたいな人だ。
よくしたもので、昔は無能な貴族の司令官だらけだった帝国は、数世代前の同盟の英雄、ブルース=アッシュビーによって一度高級士官が全滅するレベルの打撃を受けたことがあり。
現在ではその影響もあって、平民や下級貴族の提督も出て来ている。かの天才ラインハルトは、姉が皇帝の後宮にいる……いわゆる外戚の立場にあるが。そういった実力のある指揮官を集め、腐敗していた帝国軍を一新した人物である。
いずれにしても、ビュコック提督はそんなラインハルト相手にもある程度対抗できる手腕の持ち主だ。今回の無謀な作戦では、是非頼りにしたい相手である。
なおラインハルトは、現在伯爵である事もあって、公的な場ではローエングラム伯と呼ばれる事が多い。
「この作戦は無謀だ。 帝国にはあの若き天才ローエングラム伯ラインハルトがいる。 奴の指揮下には帝国の正式艦隊九つがある事が分かっていて、その兵力は十三万前後と此方の六割程度だが……それでも戦略次第では完全に負けるぞ」
「同意です。 今回の侵攻作戦は戦略などと呼べる代物で動いていませんし、このままでは非常に危ないでしょうね。 同盟の正式艦隊に加え、各地のガーズが全滅する事態に陥りかねません」
「何か手はないか。 あの小僧めは、どうにも権力に目が眩んでいる。 どうにかしないとまずいだろうて」
「私は民主主義国家の軍人です」
ヤンは、そう悲しげに応える。
どんな手を敵が打ってくるかは何となく分かる。それに対して戦場で対応する事も出来る。
だがそれが限界だと、ヤンは考えていた。
古い時代だったら、独立軍閥になることも可能だっただろうし。今の時代でも自分に好意的な人員を集めて、軍内で強力な派閥を作る事も可能だったかも知れない。くだんのアッシュビーですら、その傾向を危惧されたくらいなのだ。
だが、そういう事をしたくはない。
そう考えるのが、ヤンという男だった。
実の所、部下にそうすべきだと何回かそそのかされたこともある。だが、全て断って来たのだ。
普段は自堕落で不真面目なのに。
こういう所だけは、異常に真面目なのが、ヤンという男の不可思議な所でもある。
「一応、作戦案は考えて、もう一度統合作戦本部には正式なルートで提出してみるつもりです」
「グリーンヒル大将が動いてくれるといいのだがな」
「本当に……」
グリーンヒル大将。
同盟軍の良心とも呼ばれるきわめて真面目な人物である。
なおグリーンヒル大将の娘フレデリカはヤンの副官をしており、そういう意味でコネはある。だが、コネを使って作戦案を具申するのでは、フォークと同じだ。
敬礼をもう一度して、ヤンは会議室を出る。
とにかく一旦どうにか作戦案を整理しないといけない。
このままでは、本当に同盟軍が全滅しかねないのだ。
今、イゼルローン要塞が同盟の手にあるから、すぐにラインハルトの大軍に膝を屈する事はないだろう。
だがあのラインハルトは、まさに歴史を変える天才。
歴史の岐路に出現する時代が選んだ寵児だ。
イゼルローン要塞だけでは同盟を守りきるのは難しいだろうし。どれだけ腐敗していても、民主主義国家が蹂躙されるのを見ている訳にもいかない。ラインハルトは貴族制度を毛嫌いしているらしいが、かといって民主主義制度に対して別に好意的でも何でもないと聞いている。
それに、ラインハルトは燃え上がるような野心の持ち主である事が、直接会った事がないヤンでも分かる程の人物である。
同盟に攻めこんできたら、確実に征服されるだろう。
さて、どうしたものか。
幾つか戦略の練り直しをしながら、ヤンはビルを出る。
同盟も建国されてから相応の年月が経っている。一部の都市以外、時代を逆行したようなインフラが作られ、人間力を盲信した文明である帝国と違い。同盟はどこであっても相応の文明によって都市が構築されている。
しかし、それが強さにつながるかは話が別。
軍事力が五割増しの帝国に対して、ラインハルトが出現するまでは押し気味に戦って来た同盟だが。それも相手が無能な貴族の士官が中心だったから。ラインハルトが出て来てからは、それも過去の話だ。
それに昔は帝国軍より有能だった同盟軍も、内部の腐敗はフォークを見るまでもなく分かる程に進行が進んでいる。
抜本的な改革が必要だが。
それはあくまで民主主義に沿って行うべきであるとヤンは考えていた。
だから、自分の仕事ではないとも。
めまぐるしく戦略を考えつつ歩いていると、ゲラゲラ笑いながら歩いている集団に遭遇。軍服を着た士官達だ。
此処は軍事ビルであり、シャトルの発着口が近くにある。
これから司令部に挨拶回りにでも行くのだろう。
て、この連中は。
ヤンがむっとして足を止めると、相手もヤンに気付いたようだった。
丁度、階段のすぐ近くでぴたりと両者の足が止まる。
そう、相手は。
フォーク。
そしてフォークの取り巻きである、若い佐官や尉官達だった。いずれもが、大した実績もないのにコネで成り上がってきている連中だ。
珍しくもない話である。
現在、同盟の政治家でも最も勢いがあるヨブ=トリューニヒトは個人的なコネを使い、軍役時代は後方勤務で安全に過ごしたという話がある。
帝国がラインハルトの手でダイナミックに改革されている反面。
同盟は長く続く戦争で疲弊が続いている上、こういった腐敗が表に出始めていた。
何とかしないといけない。
そう焦って、無茶をする人が出始めなければいいのだが。
いずれにしても、にらみ合いは一瞬だった。
フォークは、半笑いでヤンに話しかけてくる。
「これはヤン提督。 如何なさいましたかな」
「いや、これから一度自宅に帰ろうと思いましてね」
「そうでしたか。 私はこれより統合作戦本部に出向いて、今回の壮挙について成功確実と報告をするところです」
それはおかしい。
統合作戦本部がそもそも作戦を通したから、こんな事態になっている筈だ。
だとすると、此奴らは。
恐らくだが、バックにいるスポンサー。今回侵攻作戦を決定した同盟の政治家達にでも、挨拶回りに行くのだろう。
むっとしているヤンを見て、ぎらついた狂熱を浮かべながら、フォークは笑う。
「すぐにヤン提督も勝利の美酒に酔う事になるでしょう! そして我々も!」
「そうなるといいですね」
「はっはっは! 間違いありませんよ! それでは!」
明らかに舐め腐った目で敬礼しながら、フォーク准将は調子に乗って、階段を下りようとした。
その時。
歴史が動いた。
フォークの足下に、何故か。どうしてか分からないが、バナナの皮が落ちていたのである。
そして周囲の取り巻きも、フォークもそれに気づかなかった。
バナナの皮によってもろに滑ったフォークは、昂奮した笑顔を浮かべたまま、ぐるんともの凄い勢いですっころび。
後頭部を階段に強打していた。
取り巻き達も、ヤンすらも呆然とする中、フォークはそのまま凄まじい勢いで階段を落ちていき。
通りすがりらしい軍人達が呆然とする中、途中で壁にぶつかってその衝撃で更に空中に跳ね上がると。
一回転捻りを加えながら床に顔面から激突。
そのまま、沈黙していた。
ふわりと、バナナの皮が恥ずかしそうにフォークの上に落ちる。
『フォーク准将!』
血相を変えて絶叫したのは取り巻き達だ。ヤンですら、大慌てで飛び出して様子を見に行ったほどである。
ただしヤンは自他共に認める運動音痴であり。
フォークの取り巻き達と違って、のたのたーとしか動く事が出来なかったが。
ともかく階段を見下ろすと、軍医をと叫んでいる取り巻き達。フォークは笑顔のまま、完全に白目を剥いて、口から泡を吹いていた。
それにしても、なんでバナナが。
地球の植物は、地球の文明末期に核戦争やらがおきたこともあって、絶滅してしまったものも多い。
そんな中、戦乱の時代を生き残り。
同盟にて芽吹いているバナナがあるのはとても有り難い事なのだが。実際に栄養満点で美味しいし。
それはそれとして、どうしてまたこんな。
MPが来た。
事態を聞きつけて、ヤンの部下の一人。シェーンコップも来る。同盟最強の陸戦部隊を指揮している、屈強な元帝国からの亡命者だ。とはいっても同盟に来た頃は幼児だったらしく、帝国のことなどロクに知らないそうだが。
「これはまた、どうしたことで?」
MPに対して良い印象を持っていないらしいシェーンコップが聞いてくるので、頭を掻き回して応える。
バナナに滑って、派手に転んだのだと。
皮肉屋で女癖最悪のシェーンコップだが、流石に唖然として、階段をもう一度見やる。本当かと聞かれたので、本当だよとうんざりしながら応える。
MPが来たので、敬礼して話をする。
監視カメラの映像などをこれから分析するが、一応話を聞かせてほしいと言われたので。シェーンコップが前に出て彼らを威圧しようとしたが。大丈夫だと応えて、そのまま着いていく。
あまり有能では無い事で知られる同盟のMPだが。そもそも事件性がありようがないのである。
聴取を軽く受けて、状況について説明する。
フォークの手下達も同じ証言をしているらしく。暗殺だのではないだろうということははっきりした。
更に、監視カメラから決定的な証拠が出てくる。
昨日、この辺りを縄張りにしているホームレスが。軍施設の近くにホームレスがいるのもどうかと思うのだが。
ともかくホームレスが、食べ終えたバナナの皮をこの辺りに捨てていったのだという。
すぐにホームレスは拘束されたようだが。
そもそもとして、バナナの皮を暗殺目的で仕掛けるなんて聞いた事がないし。
バナナの皮を踏ませて相手を暗殺などと言う馬鹿な事を考える奴もいないだろうし。
仮にバナナの皮を暗殺目的で仕掛けたとしても。
決まったターゲットが踏む訳がない。
何よりホームレスは認知症になってしまった元同盟の軍人で。
話を聞いても要領を得なかったようだ。
いずれにしても、事故である。
それが確定した事もあり。
ヤンは釈放。
ヤンの部下達は同盟軍でもかなりのキワモノ人材が揃っていて、優秀さは間違いないのだが。血の気が多い者も多い。
そういう事もあって、MPに殴り込みだと息巻いている者達もいたにはいたが。
とにかくヤンが何事もなく解放された事もあって、彼らも無茶苦茶をする事はなかった。それはまあ、良い事だと判断するべきなのだろう。
軽く、その後の話を聞く。
同盟の軍医療チームは、現在ヤマムラという中将が指揮をしている。
今回はそのヤマムラ中将がフォークの診断をしたらしいのだが。医療チームからの見解が既に出ているという。
再起不能。
植物状態。
今後、目を覚ますかも分からないし。少なくとも当面目を覚ますことはないだろう。
そういう話だった。
フォークの取り巻きは右往左往しているばかりで、自分達の無能さ加減をさらけ出し。
また、フォークを手下として軍に送り込み、「画期的な軍事的成果」を挙げさせようとしていた政治家達は、発狂しているようだった。
ともかく、これで作戦の練り直しが出来れば良いのだけれど。
ヤンはフォークのあまりにもどうしようもない不運については同情しつつも。
フォークがいなくなったことで、少しはマシになるかも知れないなと、状況の説明を受けた後考えるのだった。