その時歴史が動いた   作:dwwyakata@2024

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帝国領侵攻作戦にて軍師を気取っていたフォーク准将と一派の突然の退場。

それは意外な形で、作戦の変更をもたらします。

文字通りのバタフライエフェクトが、歴史を大きく揺るがします。


1、白紙からの練り直し

再び、帝国領侵攻作戦の参加軍幹部達が招集される。フォークがいなくなり、軍師を気取っていた人間が消えたこと。

 

更には、これを好機にとビュコック提督、更には賛同する提督達が連名で作戦の無謀さを統合作戦本部に提出。

 

それが通ったこと。

 

それらもあって、作戦の再練り直しが始まったのである。

 

今回は、前回の会議では黙りこくっていたグリーンヒル大将も出て来ている。

 

統合作戦本部としても、或いはだが。

 

フォークとその一党が好き勝手をしていることを、快く思っていなかったのかも知れなかった。

 

だとすると、生真面目なグリーンヒル大将は、胃に穴が開く思いだっただろう。

 

まずは、フォークが「不慮の事故」で病院送りになった事が全員に告げられ。

 

その経緯についての説明も行われ。

 

その後に作戦の見直しが開始された。

 

「あの阿呆……ゲフンゲフン。 フォーク准将が提出した作戦は、はっきりいって無謀以外の何者でもない」

 

本音が出てしまったビュコック提督。咳払いの後に本題を言うと、提督達みんなが同意する。

 

まあそれもそうだろう。

 

此処にいるのは、戦歴を重ねて死線をくぐり続けてきた同盟の一線級の提督達なのである。

 

作戦が無謀かどうかくらい、一目で分かる。

 

そもそもヤンに言わせれば、これはアテネ軍が行ったシラクサ遠征と同じだ。

 

ギリシャで当時隆盛を誇ったアテネが行った無謀な軍事侵攻作戦。

 

この作戦で壊滅的な打撃を被った事により、文字通りアテネの力は地に落ち。以降は別の都市国家がギリシャの覇権を握っていくことになる。

 

ともかく、歴史に学んで愚を繰り返すことがあってはならない。

 

不機嫌そうと言うか、半分寝ているロボス元帥はもういい。

 

グリーンヒル大将が、咳払いをして、皆に呼びかける。

 

「何かしら、この作戦で成果を得られるように、建設的な提案をお願いしたい。 此方としても、作戦そのものが決まってしまっている以上、最善を尽くすしかないのだ」

 

「敵が艦隊を率いて出て来てくれれば、一戦して帰還としゃれ込むこともできるだろうが……」

 

ウランフ提督がそうぼやいた。

 

現在、同盟と帝国と同時に、フェザーン自治領という第三勢力がある。

 

同盟と帝国をつなぐイゼルローン回廊と呼ばれる航行可能宙域が存在するのだが。もう一つ存在する小さな航行可能宙域。フェザーン回廊に存在している独立勢力で。一応形式的には帝国に所属はしているが、文字通り唸るほど金を持っている。

 

同盟にも帝国にも経済的に干渉し、政治家の中にはフェザーンの犬になっている人物が多く。

 

このフェザーンを通じて両国の軍事作戦は殆ど筒抜けになっているのは、周知の事実だった。

 

帝国が、もしも全力での応戦を試みてきたのなら、それでいい。

 

どうせフェザーン経由で作戦については筒抜けだろう。

 

だが、もしもラインハルトが迎撃戦の指揮を執るのなら。

 

最大の戦果を上げるべく、動くはずだ。

 

それは恐らくだが、帝国領の入口で同盟軍を迎撃するのではなく。

 

奧に引きずり込んで地の利を生かしての各個撃破を狙うものになるだろう。

 

それは、ヤンとしても結論が出ていた。

 

更にラインハルトの事だ。もっと付加価値を作戦に加えてくる可能性もある。

 

幾つかの可能性はあるが。

 

いずれもが、引っ掛かれば容赦のない被害を出すものとなるのは確実だった。

 

「ヤン提督、どう思う」

 

「はい。 まず前提として、恐らく帝国軍の指揮官はあのローエングラム伯です」

 

外戚であるラインハルトは、元帥の階級だけでは無く、伯爵としての地位も持っている。その家名がローエングラムだ。なお、昔はミューゼルという家名だったそうだが。何の躊躇もなく捨てたらしい。詳しい事情は、ヤンも知らない。

 

ラインハルトの名前が出ると、提督達の顔に緊張が走る。

 

同盟軍の提督に、ラインハルトの恐ろしさを知らない人間など存在していない。

 

「ローエングラム伯は不世出の天才。 恐らくは、同盟軍を全滅させることを目的に戦略を組むでしょう。 それは恐らくですが、回廊の入口での戦闘で同盟軍を迎え撃つのでは無く、奥まで引きずり込み、地の利を生かしての各個撃破となるかと思います」

 

「なるほど、フォーク准将の作戦案をそのまま採用していたら、作戦にもろに引っ掛かる事になっていた可能性が高いと言うことか」

 

「その通りです」

 

「しかし、ローエングラム伯をおそれて何もしない、というのも通らないだろう。 何か具体的な作戦案はないだろうか」

 

グリーンヒル大将が言う。

 

この人も、統合作戦本部の利権関係とか、汚職政治家達による政治的圧力とかからは逃れられないのだろう。

 

そう考えると、気の毒でならない。

 

ヤンの副官をしているフレデリカ=グリーンヒルが父の悪口を言ったことは一度もない。

 

ヤンも、悪い印象を受けたことは一度もなかった。

 

「作戦案を自分なりに考えて来ました」

 

「聞かせてほしい」

 

「はい」

 

ヤンが、作戦について提案する。

 

内容を聞いて、提督達は驚いた。咳払いをするウランフ提督。

 

「これはまた、随分と堅実な作戦だな。 ミラクルヤンとまで言われる貴官であれば、何か奇策を思いつくのかと思ったのだが」

 

「いえ、奇策は他にどうしようもないときに行うものであって、正攻法こそがもっとも勝ちやすい作戦です。 帝国の軍事力は同盟の五割増しに達し、しかもローエングラム伯が実権を握れば更に今後増していくでしょう」

 

スパイは帝国にも当然入り込んでいるが。

 

既に報告が来ているという。

 

ラインハルトは成り上がりとして、強力な権力と財力を同盟で独占している貴族達。その中でも代々続いているようないわゆる門閥貴族には蛇蝎のように嫌われていると言う事だ。

 

更には、現在の帝国の皇帝はもう老齢で、いつ死んでもおかしくない。

 

人間力を神聖視する帝国では医療技術を極めて軽視していた時代があり、歴代の皇帝でそれほど長生きした人物は存在していない。地球時代の人間の方が長生きだったくらいである。その上致命的な事に、皇帝には存命の皇太子もいなかった。皇帝自身から見て孫の世代に男児はいるようだが、後ろ盾に大貴族がいない。

 

つまり、現皇帝が死ねば。

 

門閥貴族とラインハルトの全面対決が始まる。

 

物量では門閥貴族が集まればラインハルトの麾下の軍を遙かに凌ぐらしいのだが。

 

腐敗した無能な貴族達など、数が揃ってもラインハルトの敵ではないだろう。帝国の初代皇帝ルドルフが「優秀」だと判断した人間の子孫達には現状人材などいない。

 

そもそも白人至上主義者で古代ゲルマン風の名前を部下達につけていた最悪の厨二病患者ルドルフに人を見る目があったかどうかすらも怪しいし。

 

長く続く家なんて、腐敗と陰謀と無能の温床だ。

 

事実、大貴族出身の帝国指揮官でまともな人物なんて、ヤンも現在は知らない。

 

「ここで同盟が大敗をする事になれば、恐らく同盟が滅ぶことに直結します」

 

周囲の提督達が、流石にどよめく。

 

そこで、とヤンは付け加えた。

 

「今回の作戦では、最小限の被害で、最大限の結果を狙う事としましょう」

 

 

 

フォークがいなくなったことで、作戦はなんとか決まった。

 

ヤンが想定した通りだ。なおボケ老人である総司令官ロボス元帥は、作戦が決まった後ぼんやり起きていたが。

 

グリーンヒル大将に、終わった、とか聞いている有様だった。

 

ビュコック提督より若いはずだが、完全に痴呆症が進んでいるとしか思えない。

 

もしもフォークが作戦指揮をして、ロボス元帥を総司令官に作戦が開始されていたらどうなったか。

 

はっきりいって、想像もしたくなかった。

 

自宅に戻る。

 

ヤンはいわゆるトラバース法と呼ばれるもので、軍人の戦死によって生じた孤児を養子にしている。ユリアンという少年がそれだ。

 

ユリアンはとにかくよく出来た子で、生活能力がない故に前はゴミ屋敷だったヤンの家を普通に住める家にし。

 

更にはおいしい紅茶を淹れてくれるので、ヤンとしては文句のつけようがなかった。

 

ヤンが疲れている事をすぐに察したのか、ユリアンが紅茶を出してくれて。そして色々と寝やすいようにエアコンとかの環境調整をしてくれたので、有り難くその家事能力に甘えることにする。

 

布団に潜り込んで、すぐに眠れるのはヤンの特技だ。

 

有り難い事に。激務の中で、体を壊すことだけはなかった。

 

きちんと眠った後、起きだして自分のオフィスに向かう。

 

ヤンも中将閣下で。艦隊司令官だ。

 

一応オフィスはあるし、何よりこれから侵攻作戦である。デスクにつくと、副官であるフレデリカがすぐに色々と話をしてくれた。

 

「侵攻作戦に参加する提督達から連絡が来ています。 作戦の細部を詰めたいと」

 

「有り難い話だね。 ビュコック提督が音頭を取ってくれる。 あの人はみんなから尊敬されているし、今回は頼りにするしかないね」

 

重要メールから確認。

 

最初に目に入ったのは、ウランフ提督からのものだ。

 

一応先鋒という形で、最前衛を務める事になる。現在の同盟において最強の猛将だ。先鋒はウランフ提督しかいない。

 

更にウランフ提督は単なる猪武者ではなく、優れた戦術眼を持つ有能な提督だ。ラインハルトの麾下にいる俊英達と互角に渡り合えるだろう。

 

メールを打った後、フレデリカに誤字脱字を確認して貰う。

 

問題ないと言うことなので、すぐに返信。

 

更に、続いて次々と提督達からのメールを捌いていく。

 

ロボス元帥はあの為体だし、今回は提督達で連携して動くしかない。リーダーはビュコック提督にやってもらうしかない。

 

ヤンは作戦案を出すが、当然自身も最前線に立つ。ウランフ提督に続いて、二番手として帝国領に侵入することとなる。

 

問題は、この動きについて、横やりが入らないか、だ。

 

フォークを手下にして、「画期的勝利」のおこぼれをあずかろうとしていた議員達が、何をしでかすか分からない。

 

そこで、シェーンコップに指示を出し。

 

皆の護衛をして貰っている。

 

ヤン自身は護衛チームには苦い思い出があるので、軍務中は周囲にいなくていいと告げてあるが。

 

万が一を考えて、オフィスに侵入する人物について逐一監視はしてもらうようにしていた。

 

数日で概ねの相互連絡は終わる。

 

そして、ヤンの指揮する第十三艦隊の編成も完了。

 

イゼルローンを落とした時は半個艦隊程度の規模だったが、今回の作戦で更に戦力が増強。

 

主にアスターテで大きな被害を受けた第二艦隊の戦力を取り込むことで、一万五千隻と、ほぼ他の艦隊と遜色ない戦力が揃っていた。

 

ほどなく首都星ハイネセンから、各艦隊が出撃を開始。

 

先頭はウランフ提督の第十艦隊で、それに続いて細かい編成の調整を行いつつ、第十三艦隊も出撃した。

 

ワープ航法で進軍しつつ、状況についてヤンも確認する。

 

ヤンの乗る旗艦はヒューベリオン。旗艦級戦艦らしい高い戦闘能力を持つが、それ以上に電子戦に特化した作りである。

 

ただし最新鋭艦という事ではなく。そもそも第十三艦隊は敗残兵をかき集めた部隊という事もある。

 

まだ修理が完璧では無い艦や、旧式艦をアップデートして何とか近代化改修したものも多く。

 

ヒューベリオンもその一隻。

 

ヤンの率いる第十三艦隊のナンバーツーはフィッシャー少将と呼ばれる人物だが。この人物は艦隊運用の名人とまで言われていて。

 

ヤンとしては、実戦ではヒューベリオンよりもフィッシャー少将に頼らざるを得ない部分も多い。

 

いずれにしても、第十三艦隊は途中の軍事基地に何度か寄りながら補給、修理などを進めつつ、イゼルローン要塞を目指す。

 

イゼルローンまではワープを駆使しても相応の時間が掛かる事もあって、しばらくは雑務に徹するしかない。

 

途中で、何度か辺境星域の護衛部隊であるガーズが合流してくる。第十三艦隊と一緒に行動するのは。今後の作戦行動を見越しての事だ。

 

これは他の提督達ともうちあわせたのだが。

 

今回の作戦はどの道、帝国に大きな打撃を与えることはできないだろう。

 

当然最後は逃げる事を選択しなければならないが、その時艦隊と連携して動けなければ、ガーズは文字通り壊滅的な被害を受けるだろう。

 

それはまた、まずい。

 

各艦隊が損害を受けたとき、補填としてガーズが必要になってくる。

 

予備戦力で正式艦隊より火力も装甲も劣るとは言え、それでも今回の作戦だけで八万隻近くが参加する。

 

今回を機に、しっかり艦隊との連動訓練もしておくべきだった。

 

ガーズの指揮官である雑多な提督や佐官のリストをフレデリカに作ってもらい、それぞれの経歴や特徴の説明を受けながら。

 

イゼルローンに移動する間に、様子を見る。

 

やはり予備艦隊と言う事もあるが、全体的に動きが鈍い。

 

帝国の門閥貴族が個人的に所有している艦隊よりは遙かにマシという話は聞いてはいるが。

 

それでもラインハルトの率いる部隊が出て来たら、まずは此処から崩されるだろう。

 

対策は、必要だった。

 

作戦行動については、第十三艦隊の参謀を務めてくれているムライとパトリチェフに任せる。

 

ムライは頑固なおじさんだが、手腕は確かだ。

 

パトリチェフは豪放な大男だが、分かりやすい良い奴である。

 

二人はそれぞれ性格が真逆だが、それでも参謀としては充分な能力を持っていて、イゼルローンへの移動中の短時間で、ガーズへの訓練と艦隊運動のイロハを仕込む事に成功していた。

 

やがて、イゼルローンに到着。

 

二万隻の艦隊を同時にドックに格納できるイゼルローン要塞では、既に第十艦隊と、一緒に行動していたガーズの整備と補給を始めており。

 

大量の補給艦が、イゼルローン回廊を忙しく行き交っていた。

 

ヤンの信頼するデスクワークの達人、キャゼルヌ少将は今回の作戦の補給担当だが。

 

気の毒なことに、恐らく今回一番負担を掛けることになるだろう。

 

キャゼルヌはヤンの先輩であるのだが。普段は憎まれ口をたたき合う「悪口友達」とでもいう変な仲の二人だ。

 

ユリアンが来てからは、既婚者であるキャゼルヌとは家族ぐるみのつきあいが更に増えるようになっていて。

 

ユリアンの嫁候補はキャゼルヌの娘がいいかなと、ヤンもちょっと考えているのだった。

 

ともかく、第十三艦隊もドッグに入って、艦隊の集結を待つ。

 

程なくして、後続の艦隊も続々とイゼルローン回廊に集結。

 

イゼルローン回廊が溢れんばかりの状況に、数週間掛けてなっていくのだった。

 

ヤンはその間、偵察艦隊からの情報を丁寧に受け取って、分析を行う。

 

予想通り、ラインハルトは完全に帝国領の入口を空にしている。来るなら来いといわんばかりの様子だ。

 

最前衛をウランフ提督と何度か交代しつつ、念入りに偵察艦隊を出す。

 

結論は、やはりという他ない。

 

ラインハルトは、一種の焦土作戦を採るつもりだ。

 

フォークがそのままこの侵攻作戦を採っていたら、文字通り各地に散った艦隊は孤立。参加したガーズも同様に孤立し。恐らくは補給路を断たれてどうにもならなくなった所を、各個撃破されていただろう。

 

ぞっとする話だ。

 

ともかく、後方に連絡を入れる。

 

敵の狙いは焦土作戦、と。

 

今まで数々の作戦で奇功を挙げ。更には半個艦隊で敵の要塞護衛艦隊二万隻を粉砕しイゼルローンを奪取したヤンは。

 

既に、発言は誰にも無視出来ないものになっていた。

 

そうこうするうちに、イゼルローン艦隊に二十万隻、三千万人の戦力が集結する。

 

この戦力は、参加人数だけで言うと同盟軍の六割に達する。

 

しかも戦闘要員の比率はもっと多い。もしも全滅でもしたら、同盟に残る正式艦隊は二つだけ。

 

ガーズに至っては、文字通り全滅状態になるだろう。

 

やらせはしない。

 

ラインハルトが歴史の寵児であり。この完全に膠着した時代を変える逸材なのは分かっている。

 

だが、残念ながらヤンとは相容れないのも事実だ。

 

どれほど腐敗してしまったとしても、民主主義国家が存在する事に意味がある。

 

もしも、ラインハルトが完全に帝国を掌握したときのために。

 

ヤンは、今。

 

できる限りの対策をしなければならないのだ。

 

程なくして、各艦隊の司令官に招集が掛かる。

 

最終会議、というわけだ。

 

当然ヤンも出なければならない。秘書官としてフレデリカに。護衛としてシェーンコップにつきあってもらう。

 

なお、シェーンコップは女癖が最悪な事で知られているのだが。不思議とフレデリカに手を出す様子はない。

 

一度、グリーンヒル大将が娘はシェーンコップくんと一緒にいて大丈夫かねと聞いて来たことがあるのだが。

 

ヤンも苦笑いした上で、どうしてか一切興味がないようですと応えるのだった。

 

それにしても、美貌という点では相当なものがあるフレデリカに、どうしてシェーンコップが興味を示さないのかはよく分からない。

 

ともかく、二人とともにイゼルローン要塞に。

 

直径六十キロの人工要塞は、時に女神に例えられるが。

 

この要塞は、ヤンが奪取するまでに、同盟軍人の血を数百万人分も吸い上げたのだ。

 

女神だとしても、古代インド神話のカーリーのようだなとヤンは思って、ちょっと苦笑する。

 

よくしたもので、同盟首都を守る十二機の自動防衛システム軍事衛星「アルテミスの首飾り」も、アルテミスが残忍極まりない性質を持つ女神であることを考えると。まあそういうものなのかも知れなかった。

 

ただ、今のイゼルローンについて、ヤンは別に悪意や敵意は感じていない。

 

武力は単なる武力。

 

使う人間が使い方を間違えなければ、それでいいと考えていた。

 

会議室には三人の提督が既に集まっていて、ヤンは四番目だった。ロボス元帥はなんとお昼寝の最中と言う事で、それを聞くだけでげんなりしたが。

 

ともかく、事実上作戦を後方指揮するグリーンヒル大将とキャゼルヌ先輩が来たので、それでいいとする。

 

どうせ、作戦は概ねビュコック提督が実質的に指揮するのだし。

 

フレデリカが父に敬礼して。グリーンヒル大将も、どこか満足そうにそれに応える。娘が軍人になることに反対する父親は多いようだが。

 

少なくともグリーンヒル大将は、娘の意思を尊重して背中を押せる。父親としては立派な人であるのだった。

 

他の艦隊指揮艦も揃う。基本的に艦隊指揮は中将が務める事になっているので、中将だけでこの場に八人だ。

 

なお、フォークの代わりはいない。

 

とても有り難い話である。

 

流石に階段からすっころんで頭を強打した挙げ句、別の世界に行ってしまった時には困惑したが。

 

今は明確に、三千万将兵の命をダイレクトに危険にさらす存在がいなくなったのは、幸運だとしかいえなかった。

 

「それでは、最終的な作戦会議を開始する」

 

「ロボス元帥は昼寝中と言う事だが、このまま開始してもいいのかなグリーンヒル大将」

 

ビュコック提督が苦笑いをかみ殺しながら言うと、数人が噴き出しそうになって口を押さえた。

 

もう一人同盟にはシトレ元帥という最高幹部が存在しているのだが。

 

シトレ元帥にしても、民主主義国家の軍人だ。

 

「軍事のバランスがあーだこーだ」とバカ議員が言い出したら、それに従って黙っていなければならない。

 

なお、今回フォークを指名した議員共は大混乱に陥っているらしく。

 

連中が余計な横やりは、どうやら当面は入れて来ない様子だ。

 

それでいいだろう。

 

何しろ、ヤンの作戦は。

 

そもそも、前面の敵の排除よりも。

 

こんな馬鹿な軍事作戦に許可を出すような連中に、灸を据えることが目的だからだ。

 

勿論民主主義国家の軍人として、無茶はしない。

 

更に気になるのは、最強硬派の一角であり超タカ派で知られるヨブ=トリューニヒトがこの侵攻作戦に反対票を入れた、ということだ。

 

トリューニヒトのことをヤンは心の底から嫌っているが。

 

その話を聞いて、何かとても嫌な予感がした。

 

ただ、同じく侵攻作戦に反対票を投じた人に、良識派のジョアン=レベロとホアン=ルイ議員がいる。

 

この二人は、腐敗した政治家だらけのこの自由惑星同盟でも。

 

珍しい責任感のある政治家という事もあって。この後の状況で、トリューニヒトをどうにか抑えてくれることが期待できる。

 

ともかく、グリーンヒル大将とも、各艦隊の提督連盟で話し合いはすませてあり。作戦は既に決まっている。

 

反対案も出なかった。

 

ただ、ガーズを指揮する指揮官の一部は、作戦を聞いて反発している者もいるようである。

 

正式艦隊の指揮官になりたい。

 

そう考えるのは、ガーズに回された軍人のサガであるらしく。

 

この戦役で功績を挙げて、出世したいと考えている者は、どうしてもいるようだ。

 

ヤンはその手の人間には、あまり同意できない。

 

「それでは作戦は以上とする」

 

「異議無し……」

 

不意に、会議室にロボス元帥が入ってきた。

 

なんとお昼寝から起きて来たらしい。

 

大あくびをしながら、看護師らしい人物に支えられたパジャマの太った老人を見て、みんなげんなりしたが。

 

眠そうに会議を見回すと。

 

ロボス元帥は、他人事のように言うのだった。

 

「作戦会議は終わったのかね」

 

「は。 今終わりました」

 

「そうか、そうか。 じゃあわしはまた寝る」

 

「はい、ロボス元帥、足下にお気をつけてくださいね」

 

看護師がそう言ってロボス元帥を寝室に連れて行く。

 

ヤンの耳元で、シェーンコップが言った。

 

「もうあのご老人は、ずっと寝ていて貰った方が良いのでは」

 

「ああ見えても、四十代までは同盟を代表する歴戦の猛者だったんだ。 私もロボス元帥が指揮する戦闘に参加したことはあるが、時々戦術的な手腕を見せてくれる事があって、流石という程に優れていたよ」

 

「しかしそれもたまにでしょう」

 

「そうだね。 年は取りたくないものだよ」

 

いずれにしても、ロボス元帥が許可を出したのだ。後ろでギャーギャー騒いでいる血と利権に餓えた主戦派の議員達も黙らざるを得ないだろう。

 

昔帝国の兵士達は、「選挙」について、やたら同盟軍が好戦的になるというだけの印象を抱いていたらしい。

 

今も、それは同じかも知れない。

 

実際、こういう馬鹿な事をしているのだから。

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