その時歴史が動いた   作:dwwyakata@2024

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混乱はありつつも、当初とは作戦の目的が変わり、同盟軍の動きも史実と変わります。

蝶の羽ばたきが嵐を起こすの言葉通りです。

奇しくも魔術師の威名を誇る同盟の知将ヤンが作戦に大きく関与する体勢が出来た事で。

歴史は大きく変わっていく事になります。


3、激戦

ヤンの読み通りの事態が起きていた。

 

同盟軍が制圧した星系は合計十七。これらの全てを急いで要塞化しているのだが。これだけで、連年戦争を飽きずに続けて来た同盟軍は、物資が枯渇し始めてきたのだ。

 

同盟の経済は既に相当厳しい事になっており、特に以前アスターテの会戦で大敗を喫した事もある。

 

既に遺族年金だけでも膨大な額になり経済を圧迫。

 

更には臨時国債を発行して凌ごうとしているが、それは経済を更に圧迫する事が明白だった。

 

もしも、フォークのいうような作戦案を採用し、見境なく帝国領に進軍していたら。

 

各地で民を養うためのプラントやら、物資やらもこれに加わったのだ。

 

フォークのことだから、百や二百の星系を制圧した所で満足せず、見境なく進軍を行っただろうし。

 

そうなっていたら各地の防衛網は間隙だらけになり、地の利を有する帝国軍は、実に簡単に同盟軍の補給線を断つことが可能だっただろう。

 

早く戦って、決定的な勝利を得ろ。

 

そう、今回の戦争を行うように指示してきた議員共は矢の催促をしてきていた。

 

同盟内でも、反戦派が今はかなりの人数がいる。

 

流石にこの出費は酷すぎると、彼らが反発を始めていた。

 

インフレが進んでいることもある。

 

民も、軍の六割もの動員を掛けて、更にこの出費と言う事には不安があるようで。それに同調。

 

作戦を決定した議員達は、急速に支持を失いつつある。

 

それもあって議員達は必死に鮮血の宴を望んでいるようだったが。

 

ロボス元帥は相変わらずイゼルローン要塞でお昼寝タイム。

 

前線に来る指示については、ビュコック提督が「今忙しい」の一言だけで無視。グリーンヒル大将も、静観するばかりだった。

 

さて、そろそろ良い頃だろう。

 

そう判断したときに、偵察部隊から連絡が来る。

 

帝国軍接近。敵の数は最低でも十万隻。

 

ローエングラム伯による攻撃とは考えにくい。

 

ヤンは提督達と連絡を取り、早めに部隊の集結を行う。そうこうする内に、敵の情報が追加で入ってきた。

 

敵の軍列を見て、提督達が呻く。

 

「なんだこれは……」

 

「まるで規則性がないぞ。 何かしらの罠か?」

 

「いや、これは違うな。 単なる烏合の衆だ」

 

「この無秩序で勝手極まりない編成……恐らくですが、大貴族達の艦隊でしょう」

 

ホットラインをつないで、ヤンが話をする。

 

これも、想定の一つだ。

 

ローエングラム伯は恐らくだが、同盟の動きを見て作戦を変える筈。

 

その場合、幾つか打ってくる手は考えられたが、それがこの一つ。どうせ将来争うことになる貴族達を焚きつけて、ぶつける。

 

勿論同盟軍が勝つだろうが、連戦になればどうか。

 

既に同盟軍の物資不足は、ローエングラム伯にも伝わっているとみて良い。総力戦を一回やれば、それで弾切れだ。

 

そして、今回制圧した星系に設置した要塞は、殆ど全てが自動迎撃システムである。

 

幾つか、首都星にあるアルテミスの首飾りの廉価型のようなものもある。

 

こんな無人迎撃システムなどが如何に無力なのか、見せておくのも良いだろう。そうヤンは考えていた。

 

なお、起きてくると一番面倒なロボス元帥は、グリーンヒル大将が様子を見てくれている。幸い、今日もぐっすりのようである。

 

「一部、敵に統率の取れている艦隊がいます。 指揮しているのは正式艦隊の提督とみて良いでしょう」

 

「ふむ、それでどうする」

 

「速攻でこの敵を仕留めて、即座に同盟領に撤退。 予定していたプランCが無難かと思われます」

 

「同感だな」

 

ビュコック提督が、皆に指示を出す。八艦隊の提督達にも、異論は無い様子だった。

 

二十万隻の同盟軍艦隊が、重厚な横列陣を敷く。これに対して、貴族達が率いる艦隊は、秩序も何もあったものではない。

 

一応、紡錘陣形らしいものをとったまま、無秩序に殺到してくるのだった。

 

作戦で、もっとも負担が大きい部分については、ヤンが率いる第十三艦隊が指揮を執る。これについては、事前に報告してある。

 

十五万隻の艦隊が迫ってくるのは、流石に大迫力だ。この規模の会戦は、同盟帝国どちらの歴史にも存在しないはずだ。しかもこの艦隊を壊滅させても、敵には無傷のローエングラム伯の艦隊が控えている。

 

戦艦ヒューベリオンの艦橋指揮シートに、ちょっと行儀悪く座る。これがヤンの戦闘時の最もリラックス出来る姿勢だ。

 

最初はムライなどの苦言を呈する部下もいたが。今では、すっかりこれが板についていた。だから、ムライも何も言わなくなった。

 

「敵、全砲門開きました! 攻撃してきます!」

 

「間合いに入るまで各自しばらく放置。 流れ弾だけは警戒して防御に徹せよ」

 

敵は間合いも理解していない。戦艦の主砲の火力は大きいが、既にボタン戦争の時代は終わっているのだ。

 

各戦艦には距離が適切ならあらゆる攻撃を防げる機能が備わっている。

 

そのためこの時代でも間合いは存在しており、敵はそれを理解出来ていなかった。

 

同盟艦隊は反撃もしてこない。

 

怖れているに違いないぞ。

 

そう判断したのだろう。

 

更に敵は秩序を乱し、突撃してくる。正式艦隊ではあり得ないこの雑多さ。やはり各地の貴族領からかき集めた、大貴族の私兵が殆どだろう。

 

正式艦隊は二つほど。

 

どちらも艦隊中央ほどで、静かに戦況を見ている様子だ。

 

ウランフ提督とボロディン提督に、あの二つの動きを警戒してほしいとすでに連絡は済んでいる。

 

後は、戦うだけだ。

 

「敵、間合いに入りました!」

 

「よし、撃て」

 

ヤンが指示を出す。同時に、正式艦隊として錬磨されている練度が全力で発揮される。謎の自信で絶対に勝てると思い込んでいる敵艦隊前衛部隊が、文字通り一瞬で消滅。更に、横列陣を敷いていた味方艦隊が、一気に動く。前衛を粉砕された敵に向け、まるで巨鳥が翼で包み込むかのように。一気に左右両翼が前進。巨大なV字型を作りあげ、十字砲火の焦点に引きずり込んだのだ。

 

密度も練度も桁外れの火力が、何も考えずに殺到してきた貴族達の艦隊を乱打する。通常艦隊のものよりも、カタログスペックだけは高かったりするような艦艇も見受けられたが、ただそれだけ。

 

中には見かけだけをどう豪華にするかだけを考えたような艦艇も多く。

 

しかもそれらが全て雑多に反撃してくる。そんなものは、有効打にはなり得ない。

 

ヤンは指揮シートに座ったまま、様子を見る。現時点で、味方と敵のキルレシオは1対10。更に、1対15になりつつあった。

 

警告音がなる。

 

一際巨大な敵艦が捕捉されたのだ。

 

同盟軍もスパイを帝国に飼っている。故に、それが戦艦オストマルクであり、帝国を代表する大貴族リッテンハイム侯の旗艦であることは即座に分かった。

 

オストマルクは一瞬にして壊滅しつつある味方に右往左往しているようで、敵前回頭して逃げようとしていた。

 

敵前回頭か。

 

状況次第では、それが勝利を呼ぶ事もあるのだが。

 

今はあり得ないな。

 

そう判断しつつ、ヤンは斉射を指示。ヤンは麾下の第十三艦隊には、演習の際に一点集中砲火を叩き込んできたが。

 

もろにそれが効を示す事になった。

 

オストマルクの左舷にあった「盾艦」が一瞬にして吹き飛ぶ。オストマルクの巨体が揺らぎ、それでも必死に逃げようとしているのが分かったが。その横腹至近に、レーザー水爆ミサイルが直撃。それも複数同時。

 

爆発。レーザーの超高熱で核融合を引き起こすミサイルだ。それが直撃してしまうと、もうどうしようもない。

 

巨大な火球が戦場に出現する。わっと喚声が上がっていた。リッテンハイム侯は、恐らく死んだ事すら理解出来なかっただろう。

 

「戦艦オストマルク撃沈! 完全破壊です!」

 

「攻撃の手を緩めるな。 全艦、主砲斉射準備」

 

「主砲斉射準備!」

 

オペレーターが各艦に通達。

 

この後に及んで、漸く相当に危険な状態である事を理解したのだろう。ピクニックにでも来たつもりだっただろう貴族達の艦艇は、まるで人食い熊に至近で遭遇したハイカーのように逃げ回り。左右からの凄まじい砲火から逃げようと、中央部に集まり始める。

 

其処に、ヤンが指示を出す。

 

「敵中央部に一点集中砲火。 撃て!」

 

密集した敵艦隊が、文字通り爆発四散する。

 

その被害は短時間で、数千隻にも及んだ。統制を失った敵艦には、僚艦にぶつかって爆沈してしまうものまであった。更に同盟全軍からの主砲斉射が入る。とどめとでも言うべきだった。

 

敵軍の最初の意気など既に消滅している。ついに敵が逃げ始める。それを、一部の味方艦隊が追撃しようとしたが、ビュコック提督の厳しい通達が飛んでいた。

 

「だれが追撃をして良いと言ったか! 敵にはまだ主力が控えている! 即座に後退し、隊列を立て直せ!」

 

主にガーズを中心とする部隊が追撃をしようとしたのに水を差し。そして、急いで隊列を整える。ガーズの一部はやはり痛烈な反撃を受けてすごすごと逃げ帰ってくるが、怒るのは後だ。

 

殆ど同時に、偵察部隊から連絡が入っていた。

 

「新たな敵艦隊接近! 数は最低でも十万隻!」

 

「本命が来たな……」

 

ヤンはベレー帽を取ると、髪の毛を掻き回す。

 

眼前の敵は半数以上の艦艇を短時間で失い、もはや逃げる事しか考えていない。その無様な連中を、最初から冷静に動いていた二つの艦隊が庇いつつ、逆撃の構えを見せている。下手な追撃など掛けたら、あの艦隊に猛反撃を受け。しかもローエングラム伯が率いるだろう敵本隊との挟撃を許すところだった。

 

側に控えている副官フレデリカに確認する。

 

「此方の残弾は?」

 

「エネルギータンク、ミサイル、レールキャノン、あらゆる装備を総合して残り三割という所です」

 

「潮時だな。 私が最後尾に残る。 各艦隊に、予定通り撤退するように連絡をしてくれ」

 

「分かりました。 直ちに」

 

本来だったら時間差各個撃破戦法の餌食にも出来る状況だが、貴族の艦隊も半減したとは言え、あの二つの艦隊が健在。

 

もしも敵を率いていると思われる大貴族が態勢を立て直したら、烏合の衆とは言え各個撃破出来る可能性は低い。

 

それに名のある門閥貴族だけで既に十数人の戦死が確認できている様子だ。今後、帝国には大きな影響があるだろう。

 

それが良いか悪いかは話が別。

 

ともかく今は、後退して態勢を立て直すのが先だ。

 

更に、この短時間で此処までの戦果を上げられたのには、最初から全力での戦闘を敵に仕掛けたこともある。

 

敵も一応武装しているのだ。

 

油断している内に、叩けるだけ叩く。

 

その作戦は、図に当たった。勿論、その後はさっさと撤退する事が前提の作戦だ。

 

全艦隊をビュコック提督が指揮して、アムリッツア星系を目指して逃走を開始。凄まじい勢いで迫ってくる艦隊あり。

 

疾風の名を持つミッターマイヤー提督の艦隊だろう。後退しつつ、ヤンはそれを迎撃開始していた。

 

 

 

「敵軍は予想通り後退を開始した模様です」

 

「……そうだろうな」

 

ラインハルトは、全艦隊をまとめて戦闘区域に急行していた。案の定、滅茶苦茶に蹂躙された貴族連合の艦隊は文字通り半壊。どうにかメルカッツとファーレンハイトが全滅は防いだようだが。

 

リッテンハイム侯は乱戦の中で戦艦オストマルクごと粉々になり。

 

親ブラウンシュバイク派の大貴族が、多数戦死したことがもう伝わって来ている。

 

ただ、同盟側もこれで弾薬を大半使い切ったはずだ。猛禽のように襲いかかったミッターマイヤーの艦隊に続いて、ラインハルトも全軍を急がせる。

 

横に、撃破された貴族連合の艦艇が見える。

 

短時間の戦闘で、七万隻以上を失ったと報告があった。戦死者は900万人前後という有様だという。帝国史に残る惨禍だ。

 

いずれ戦わなければならない相手を、こうやって排除することが出来た。それはそれで良いのだが。

 

あの有様、もう少しマシな用兵はできなかったのか。

 

そう怒鳴りつけてやりたくなる。

 

ともかく、前進を続ける。

 

ふと、通信が入っていた。

 

ブラウンシュバイク公からだ。放っておけと言いたい所だが。何度も連絡が来るので、うんざりしながら受けさせる。

 

どうやらブラウンシュバイクの旗艦ベルリンは大破したらしく、頭から血を流したブラウンシュバイクが、画面の向こうで怒鳴っていた。

 

「何をやっていたのか! もう少しで全滅する所だったのだぞ!」

 

「私を臆病者とまで罵って出撃したお方の言葉とはとうてい思えませんな。 今敵を追撃中です。 負傷したのなら下がられよ」

 

「ま、待て! この艦も、いつ爆発するか分からない状態なのだ! すぐに支援を寄越してくれ!」

 

「それなら早々にシャトルに乗って脱出なされよ。 此方もそろそろ接敵する所ですので、通信は切らせていただく」

 

通信を切る。

 

まあ、ブラウンシュバイクにはアンスバッハがついている。アンスバッハが生きているなら、多分あの低能も命を拾うだろう。アンスバッハが戦艦ベルリンが大破した時に戦死していたらそれまでだ。

 

まあ、どちらにしてもどうでもいい。

 

これほどまでの失態。流石にブラウンシュバイクも、以降は帝国内での肩身が狭くなる。更にはもう一人邪魔だったリッテンハイムも片付いた。

 

充分過ぎる戦果だ。

 

前衛のミッターマイヤーから連絡。

 

ラインハルトは、眉をひそめていた。

 

「敵第十三艦隊と交戦中。 申し訳ありませんが、我が艦隊での突破は恐らく不可能かと思われます」

 

「神速を誇る卿の艦隊でか」

 

「は。 敵の艦隊運動は私の艦隊を凌いでおります」

 

「ヤン=ウェンリーめ……!」

 

ラインハルトは全軍に突貫を指示。敵第十三艦隊は、それと同時に後退を開始。きわめて不安定な恒星系であるアムリッツア星系に逃げ込む。敵の主力は既に撤退を殆ど終えていたが、まだ少数がいるようだ。

 

ヤンの艦隊を包囲しろ。

 

そう指示を出す。だが、その時。周囲から、思わぬ攻撃が殺到していた。

 

無人衛星兵器だ。

 

即座に各艦隊に通達し、迎撃を開始させる。

 

側に控えているオーベルシュタインが、冷静に判断していた。

 

「同盟自慢のアルテミスの首飾り……或いはその廉価版でしょう。 まともに戦っては大きな被害を出すでしょうな」

 

「このような相手に被害を出すのも馬鹿馬鹿しい話だ。 ……ちっ、突破出来そうにもないな」

 

敵艦隊の残っている部隊は、どれも最精鋭のようだ。無理に少数を割いて攻撃させても、効果的な打撃は期待できないだろう。

 

いずれにしても、この艦隊で押し潰すにしても、短時間では不可能。

 

この宙域に来るまでに情報収集して確信したが、同盟は今回の作戦で人員よりも経済的にとんでも無い被害を出している。

 

制圧した無人星系に無駄に配置した無人要塞のためだけではない。二十万隻の艦隊の物資の消耗のためだ。それを長時間動かした事による消耗は、経済が低迷している同盟には大きな打撃となったのである。

 

しつこく食い下がってくる衛星兵器に攻撃を集中。レーザー水爆ミサイルの集中砲火を浴びて、一つが粉々になる。被害を減らすために、集中攻撃で一機ずつ撃破する。その間に、敵艦隊はどんどん撤退を完了させていく。

 

ヤンの第十三艦隊は最後まで残って盾になっていたが。次々に衛星兵器を撃破成功し始める頃には、撤退を開始していた。

 

「追いますか?」

 

「よせ、無為に追えばイゼルローン要塞と、敵の残りの戦力から逆撃を受ける事になる」

 

「分かりました。 良いように」

 

「各艦艇に通達。 邪魔な石ころを排除し、敵に奪われた星系を奪還するとな!」

 

一礼すると、オーベルシュタインは席を外す。

 

一人になったラインハルトは、しばらく我慢したが。

 

激情のまま、指揮シートを拳で殴りつけていた。

 

キルヒアイスほどでは無いにしても、相当な格闘戦能力を持つラインハルトだ。可哀想な指揮シートは痛いとばかりに軋みを挙げたが。

 

そんなこと、知った事では無い。

 

ラインハルトもちょっと手が痛かったので、無言で手を振って痛みを誤魔化す。

 

またしてもヤンにやられた。

 

その怒りが、あまりにも強い。

 

侵攻してきていた同盟艦隊を追い返した。将来の敵となる大貴族共も半減させた。味方艦隊の被害は最小限。更には全ての帝国領の星域を奪還するのも時間の問題だろう。その上、同盟の経済には決して修復できない罅だって入れた。

 

だが、ラインハルトが望んでいたのは完膚無きまでの勝利だ。

 

同盟艦隊を、もう少しで背後から強襲し、全滅させる事が出来たはず。それを阻んだのは、冷静極まりないあの行動。

 

ヤンがやったに決まっているのだ。

 

ほどなくして、偵察艦隊から連絡が来る。

 

敵は全てイゼルローン回廊に撤退を完了。再進撃の様子はなし、と。

 

偵察艦隊は仕事をしただけ。怒鳴るわけにもいかない。

 

ラインハルトは自室に閉じこもると、しばらく怒りを鬱屈させるのだった。

 

 

 

最後にイゼルローンに戻って来たヤンは、冷や汗を何度も拭っていた。

 

猛進してきた敵艦隊。ミッターマイヤーの艦隊の艦隊運動は凄まじかった。あれほどの速度と展開。

 

何度も冷や汗を掻かされた。

 

激しい戦いの末に退け。敵本隊をアムリッツア星域に引きずり込むことが出来た時点で、逃げ延びる事は確定した。

 

衛星兵器を多数使い捨てたが。

 

これでいい薬になったはずだ。

 

首都星ハイネセンは、十二個のアルテミスの首飾りに守られているが。そんなもの、大艦隊の前には何の役にも立たないと。

 

ローエングラム伯は今回正攻法でアルテミスの首飾りの廉価版とも言える無人衛星兵器を破壊して見せたが。

 

あれと同じ事が首都星ハイネセンを守るアルテミスの首飾りにも可能な筈だ。勿論他にも破壊手段などいくらでもある。

 

それが分かっただけで、充分過ぎる成果だとも言えた。

 

それに、味方の兵士を可能な限り生還させることも出来た。

 

自由惑星同盟の経済にはとんでもないダメージが入ったはずだが、それは選挙で選ばれた政治家達が望んだこと。民主主義国家なのだ。あんな議員達を選ばないように、次はするしかない。

 

今回の戦いは負けだ。

 

確かに大貴族達の艦隊に対して、記録的な損害を与えた。だが同時に、各地の要塞化した無人星系は全て奪回された。

 

もしもこれが、フォークの提案した無差別侵攻作戦だったらどうなっていたか。

 

考えるのも恐ろしかった。

 

被害は、こんなものではすまなかっただろう。

 

下手をすると、三千万将兵が全滅する可能性すらあったのだから。

 

「味方の損害はどれほどだろうか」

 

「合計しておよそ8000隻。 96万人ほどのようです。 特にガーズの被害が大きいようですね」

 

「参ったね。 これほどの被害を出すとは……」

 

「敵の人的損害は1000万に迫ると思われます。 それに戦闘の中心にいた第十三艦隊は、98パーセント以上の生還率を果たしました。 これで充分ではありませんか」

 

そうフレデリカは寂しそうに言うが、

 

残念ながら、戦略的に今回は負けだ。

 

だが、負ける事が分かっていて、最大限の努力はした。後は、政治家達の仕事である。

 

とにかく、提督以上の戦死者もない。

 

イゼルローンに戻ると、ビュコック提督が敬礼して出迎えてくれた。

 

「流石だな。 最後にローエングラム伯の率いる敵主力を一艦隊で引き受けるという作戦には、聞いた時には肝を冷やしたものだが」

 

「運が良かっただけです。 それに首都星を守っているアルテミスの首飾りなど、何の役にも立たない事が分かっただけでも、安全な星にいると思っている政治家達には丁度良い薬でしょう」

 

「そうだな……」

 

イゼルローン要塞だって同じだ。

 

もしもイゼルローン要塞に、破壊を目的とした攻撃が行われたら。本当に難攻不落の要塞の名をそのまま維持できるだろうか。

 

ヤンにはそうは思えない。

 

最悪の場合、巨大な質量兵器を叩き込まれて爆発四散という可能性すらある。

 

各艦隊が、帰還を開始する。

 

何のための遠征だったのか。

 

そう怒り狂う声も聞かれたが。しかしながら、この規模の戦闘に参加して、生きて帰れただけでもマシ。

 

そう宥める兵士もいて、少しだけヤンは安心していた。

 

ほどなく、残しておいた無人防衛施設が次々と破壊され、星系が奪回されているという報告が来る。

 

ローエングラム伯は綺麗に帝国領に設置された同盟の無人兵器群を始末し、その後は無様に助けを求めているブラウンシュバイク公らを救助して首都星に戻ったようだった。

 

これでは、流石にどれだけブラウンシュバイク公が傲慢不遜な人物でも、しばらくは大人しくせざるを得ないだろう。

 

それは詰まるところ。ローエングラム伯が、間もなく帝国に覇を唱えることを意味している。

 

凄惨な粛正が始まるか、或いは。

 

流石にヤンも、それ以上の事を正確に読むことは出来なかった。

 

 

 

極めて不機嫌なまま、ラインハルトは首都星オーディンに帰還する。

 

同盟軍艦隊を完膚無きまでに粉砕して、完全勝利を飾る事が出来る筈だった。それなのに、ほぼ全てを逃がしてしまったのだ。

 

勿論、戦果は上げている。

 

同盟軍艦隊を追い払った後、各地の星系を奪還。設置されていた無人迎撃システムは、殆ど遠距離からの隕石のマスドライバによる加速投射。つまり質量兵器で粉砕してしまった。

 

出した被害の殆ど全てがアムリッツア星域で受けた無人兵器による奇襲で。それでも二千隻程度だったが。

 

戦死者は十五万に達し。

 

それは皆、ラインハルトに忠誠を誓ってくれている兵士達だったのだ。

 

ラインハルトも貧しい名ばかりの貴族から成り上がった人間だ。ラインハルトが軽蔑しているのは、貧乏人でも金持ちでもない。

 

能力に相応しくない地位に何の悪びれもなくついている人間であって。

 

ラインハルトは実績を見て部下に相応しい地位を用意している。元が貴族だろうが平民だろうが関係無い。

 

それで部下達も皆やる気を出しているのだ。

 

そんな部下を無人兵器などを相手に失うのは、屈辱でしかなかった。

 

ただ、目的の半分は達成出来た。

 

オーディンに帰還する途上、壊滅した貴族共を救出。メルカッツとファーレンハイトの艦隊は派手な負け戦の中でも七割以上の生還率を保っており、二人が必死に病院船で救助に当たっていたが。それらを手伝ってやった。

 

貴族の中には助けてやったのに助けるのが遅いだのわめき散らす輩もいて、ビッテンフェルトなどがキレ散らかしていたが。

 

どうでもいい。

 

キルヒアイスが積極的に救助活動をしているのを見て、他の将官もそれに倣わざるを得ないと阿呆どもを救出した。ただし救出は罪もない兵士達のついでに、と言い聞かせている者も多いようだった。

 

そして帰途についたのだが。

 

これも計算の内だった。

 

見るも無惨に討ち果たされた貴族共の自慢の艦艇を、それこそ犯罪者を連行するかのようにオーディンに護送した。

 

誰もが見た。

 

誰もが理解した。

 

今、銀河帝国を支配している門閥貴族が如何に無能であるかを。

 

無謀な作戦を強行したブラウンシュバイク公は重傷。リッテンハイム侯は戦死。他にも、ブラウンシュバイクの甥でラインハルト嫌いの急先鋒だったフレーゲル男爵をはじめとする、多数の反ラインハルト派の貴族が戦死していた。

 

平民達は、950万に達する戦死者に戦慄。

 

それも、ラインハルトが救助しなければ全滅していたことを知ると、凄まじい怒りが帝国全土で噴き上がった。

 

当たり前だ。

 

帝国軍の総兵力の一割以上が、一度の戦いで鎧柚一触されたのである。

 

勿論、その中に家族がいた民も多く。

 

彼らは犯罪者同然の有様で首都星オーディンに連行されてきたような有様の大貴族達に。

 

一切同情はしなかった。

 

戦勝と言うには、敵を討ててはいないが。

 

それでも、勝利の報告を皇帝にしなければならない。

 

老皇帝は、キルヒアイスは食わせ物だから油断するなとラインハルトにいつも言っていたが。

 

年老いて無気力で、世界で最もラインハルトが憎んでいる相手だった。頭を下げるのは、常に屈辱でしかなかった。

 

ラインハルトも自覚している。どうしても、怒りで目が曇ることは。目が曇ると、事実も正確に認識出来なくなることは。

 

だから、キルヒアイスのような存在が必要なのだ。

 

今回もキルヒアイスに宥められて、そして親友の重要さを理解しながら。皇帝のいる新無憂宮に出向く。

 

人間力の過大評価により、エレベーターもエスカレーターもない不便なばかでかいだけの宮殿を行く。

 

背後には、項垂れた傷だらけのブラウンシュバイク公もいる。

 

ラインハルトに救援を求めて来た直後、旗艦が爆発する寸前にアンスバッハにシャトルに乗せられ。その後メルカッツに救出されたのだ。余計なことをしたなと思いもしたが。ただし、メルカッツと、連携して戦ったファーレンハイトに関しての悪印象はない。

 

その場で出来る仕事をきちんとしただけあって、立派な軍人だとラインハルトは評価していた。

 

出来ればこの後にでも、部下に加えたい所である。

 

謁見の間に出向くと、皇帝に頭を下げる。

 

老皇帝フリードリヒ4世は。

 

ラインハルトの姉アンネローゼを、まだ十代前半にもかかわらず権力に任せて奪い去り。後宮に入れてあらゆる意味で尊厳を蹂躙した外道。貧しいながらも姉さえいれば満足だったラインハルトに、凄まじい怒りの炎を宿させた原因の一人だ。

 

キルヒアイスが言う所には、ラインハルトには穏やかで優しい人物だったが。

 

後数年もあれば、絶対にこれ以上考えられないほど残虐にブッ殺してやるとしか言いようがない相手である。

 

戦果を正直に報告すると。老皇帝は、うんうんと頷いていた。

 

「いつもながら見事な活躍であったな。 何か褒美は必要だろうか」

 

「恐れながら、今回の戦いで多くの将兵がバルハラに旅立ちました。 その再編制を任せていただきたく存じます」

 

「うむ、好きにするが良い」

 

「は……」

 

反吐が出る思いを飲み込みながら、ブラウンシュバイク公を引き出させる。

 

左腕を失い、殆ど意識朦朧としているブラウンシュバイク公は。腹心であるアンスバッハに支えられて、皇帝に跪いていた。

 

「ブラウンシュバイク公よ。 出撃時に言っていたことを忘れてはおるまいな」

 

「は、はっ……」

 

老皇帝には存命の息子がいない。ブラウンシュバイク公は娘婿に当たる。

 

普段だったら、ある程度偉そうな態度だけは取れたかも知れない。しかし今は、片腕を失った激痛。信じがたい大敗北で、ブラウンシュバイクは精神的に疲弊しきっているようだった。

 

帝国の医療は非常に遅れていて。更に大貴族の間では、医療を受けるのは惰弱だ等という風潮もある。

 

だから寿命も地球時代で言えば二十世紀中盤程度でしかなかったし。

 

こう言うときは、文字通り地獄を見る事になっていた。

 

「一千万近い将兵を無意味に死なせて、しかもローエングラム伯の救助がなければ更に兵を死なせていただろう。 しかも敵の損害は軽微だと聞いている。 申し開きはあるか」

 

「……へ、陛下、お、おそれながら」

 

ワインが運ばれてくる。

 

普通のワインの筈がない。

 

驚いた。

 

この無気力な老皇帝が、たまに非常に苛烈な処置を課すことをラインハルトは知っていた。

 

何度も何度もラインハルトと姉のアンネローゼの暗殺計画を立てて実行した寵姫の一人ベーネミュンデ侯爵夫人が全てを暴露されたときには。自死を普通に命じている。

 

今回も、それと同じ処置がされるのは明白だった。

 

震え上がるブラウンシュバイク公。幼児みたいにいやいやと頭を振る。

 

「せめて、帝国の重鎮らしく、責任を取るが良い」

 

「へ、陛下!」

 

目に見えて狼狽するブラウンシュバイク公。これは想定外だが、まあ良いだろう。それに、側で見て分かったが、これはもう老皇帝は長くない。

 

本当は自分でブチ殺したかったが、ブラウンシュバイクを始末して死んでくれればこれ以上ない結果だ。

 

アンスバッハが狼狽する主君から離れる。醜態に、大きな嘆息が零れていた。

 

無様に尻餅をついて逃れようとするブラウンシュバイクを、兵士達が取り押さえる。何人かの目には、凄まじい怒りが宿っていた。

 

無謀な作戦で家族を殺されたのか、それともブラウンシュバイクに虫同然に愛する人でも蹂躙されたのか。

 

どちらでも、不思議ではなかった。

 

必死に口を閉じて抵抗するブラウンシュバイクを兵士達が取り押さえ、更には鼻をつまんだ。

 

こうすると、どうしても口を開かざるを得ない。開いた口にワインを流し込み。そして口を塞ぐ。

 

即効性の致死毒だったのだろう。

 

そのまま、白目を剥いたブラウンシュバイクは、すぐに動かなくなっていた。

 

玉座の間を後にする。

 

キルヒアイスに最初に結果を話す。そうですかと、キルヒアイスは悲しそうにした。ブラウンシュバイクでは無く、死んだ将兵を悼んでいるのだろう。

 

奴をけしかける策を提案したのはオーベルシュタインだ。

 

だが、その策を採用したのはラインハルトだ。

 

この罪は、背負わなければならないだろう。

 

そう思いながら、ラインハルトは帰路につくのだった。

 

少し疲れた。

 

最近は、姉と過ごす時間を少しだけ貰えるようになっている。少し前にその時間を「皇帝より有り難くいただける」事を確認もしていた。

 

姉とラインハルトとキルヒアイスが一緒にいたあの幼い日。

 

父はろくでなしのクズだったが、それでも姉とキルヒアイスさえいればラインハルトは幸せだった。

 

もしあの時。姉が奪われた日。もう五歳年上だったら、ラインハルトは姉を連れてキルヒアイスとともに同盟にでも亡命していたことだろう。

 

今でも、当時は幼かったことが不快でならない。

 

事後処理は、帰路で済ませてある。

 

久しぶりに、姉と会う事が出来る。

 

幼い頃に母を失い(大貴族の車による明らかに過失の交通事故だったが。 ミューゼル家が末端貴族である帝国騎士であることもあって、大貴族はなんの咎めもなく、裁判にもならなかった)、ずっと母代わりだった姉と会えることは。

 

この万能の天才ラインハルトにとっては、無二の喜びなのだった。

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