凪のあすから~heart is like a sea~短編集   作:白羽凪

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この作品のスタイルとして、最初の【】でどの時系列の話かを書くことにしています。この場合、βルート分岐後の小話という形になります。


やがて知る幸福【β】

~大吾side~

 

「・・・おいっ!? これ煙出てねえか!?」

 

「ごめん大ちゃん! 火止めて! 今なら間に合うから!!」

 

 怒号のようなやりとりが一つ、二つ。コンロの火を急いでカチッと止めると同時に、バタバタとしていたすーちゃんの足音もぴたりと止まった。

 子供が生まれてはや半年ほど。親としては新米の二人には、毎日を安全に生きようとするだけで精一杯だった。今もこうして盛大に鍋を焦がしている。

 

「・・・っと、泣き止んだか?」

 

「うん、ちょうど。・・・はぁ、これで何回目だっけ、鍋焦がすの」

 

「三回目。なんかこう、いっつも予期せぬタイミングで来るから対策のしようがねえ」

 

 普段なら苦笑いだの馬鹿笑いだのするところだが、一歩間違えれば身の危険ともいえるミスは二人とも笑いに昇華することが出来なかった。こうしてため息をつくたびに、親という存在がいかに偉大かを思い知らされる。

 俺たちはまだ、自分たちの生活を守ることで精いっぱいの人間みたいだ。こうして家事一つで取り乱すようじゃ、まだまだだろう。

 

 それが楽しいかといえば、まあ・・・。

 

「とりあえず、晩御飯どうする?」

 

「こりゃどっかで買うしかねえな。さっきの今で、火を使うのはさすがに気が引ける」

 

「ごめんね大ちゃん」

 

「仕方のないことだ、気にすんな」

 

 最近こうしてもう分け無さそうな顔をするすーちゃんももうずいぶんと見慣れたような気がする。

 家族ってのは助け合いの生き物だ。いちいちこんなことは気にするまでもない。

 

 ・・・分かっていても、どうしても、難しいものは難しいみたいだ。

 

 それでも、俺に出来る精一杯のことはする。

 震えるすーちゃんの右手を取って、うんと頷く。怒ってない、心配なんてするな、大丈夫だと言い聞かせるように。昔馴染みではなく、旦那として。

 それがちゃんと伝わったかどうかは知らない。けれど少しだけ乱れていた呼吸が少しずつ落ち着いていくのを確認して、俺もとりあえず安心することが出来た。

 

「それじゃ、買い物行ってくるな。子守り、頼めるか?」

 

「任せといて」

 

「こんな時間だしあんまりものもおいてないだろうから、そこだけはよろしく頼む」

 

「うん、大丈夫。この子のご飯作るくらいは残ってるから」

 

 すーちゃんに見送られながらアパートを後にする。車に乗ってしまえば、目的地まではすぐだ。

 

---

 

 予想通りといえばそうだが、街の数少ないストア、さやマートは夜ということもあってほとんどものが置いてなかった。即席で食べることが出来るラーメンであったり、少し不人気気味の総菜が置いてあっただけまだマシだろう。

 

「思えば、一人暮らししてた頃はずっとこんなもんばっか食ってたよなぁ」

 

 一人だったころを思い出して、苦笑交じりの笑みを浮かべる。あの頃と今とじゃ全然生活の仕方も違う。にぎやかになって、余裕がない。

 最も、そんな生活を望んで、愛そうとして、今の俺がいる。ここまで歩いてきたことについての後悔など何一つない。

 

 レジで素早く会計を済ませて、もう一度車に乗り込もうとする。

 その時に、馴染んだ面影を見た。

 

「よう、何してんだこんなところで」

 

「あっ、大吾先生」

 

 同じように買い物をしていたのだろうか、今現在同じ職場で働いている島波遥を見つけて、俺は声をかける。

 しかし、振り向いた島波の顔を見て、俺は言葉を失う。それは、もう二度と見ることがないと思っていた、かつての死んだ瞳をしていた。

 

「・・・お前」

 

「なんですか?」

 

「あー・・・、これから帰りか?」

 

「ええ、まあ」

 

「よし、じゃあ車に乗れ。送ってやるよ」

 

 ここで立ち話をして解決するようなことではないだろう。俺はとりあえず有無を言わさず、島波を自分の車に半ば無理やり押し込んだ。

 向こうも俺が何を思っているのか察したのだろう。昔から観察眼に優れていたこいつだ、隠し事が効かないことは知っている。

 

 島波がシートベルトを装着したのを確認して、俺は車をゆっくりと発信させる。長話になることを踏んで、少し遠回りをしながら。

 

 そこから生まれる、しばらくの間の沈黙。切り裂いたのは島波の方からだった。

 

「・・・わざわざすみません」

 

「何が」

 

「俺、またダメになってましたよね」

 

「・・・まあ、な」

 

 その理由を、俺は知っている。

 今となっては詳しく相談を受ける立場ではないが、こいつの友達のことだろう。

 

 数か月前、水瀬千夏というこいつの友達は、待ち合わせのさなか事故に合い、今もなお昏睡状態で眠っていると聞いた。俺も何度か話したことがある。

 ただ、そのことについて俺はこいつに何も聞かなかった。というより、聞けなかった。

 

 こいつは敢えて自分と周りのごく僅かな力で解決しようとしていた。そこに助力できないのは悔しいが、それでもこいつの選んだ選択ならと許そうとしていた。

 

 けれどもう、限界なのだろう。それが瞳に灯るなら、俺は答えるほかない。

 

「水瀬ちゃん、だっけか。あの子の状態については俺も知ってる。・・・けど多分、そこじゃねえんだろ? お前が引っ掛かってるのは」

 

「はい。・・・あいつがあの事故にあった一端は、俺にあるんです」

 

「分かった。ゆっくり話せ」

 

 赤信号で車が止まる。そこで島波はゆっくり深呼吸を行って、過去の俺の発言を掘り下げた。

 

「自分が本当に正しいと思ったときにだけそいつを怒れ。昔、先生はそう言ってくれましたよね?」

 

「ああ。一年前くらいだったかな、言ったよ」

 

「あの頃の千夏は、本当におかしかったんです。周りのことも見えないままカラ元気を続けて、触れるものを皆傷つけていた。だから、俺はあの時あいつを突き放したんです。待ち合わせは、その仲直りというか、最後のやり取りのつもりというか、そのためだったんです」

 

「なるほどな。だからお前は、あの子の事故のことに人一倍責任を感じてたのか」

 

「みんなは不運な事故だって言いますけど・・・、あいつが起こした体調不良も、事故当日に出向いていたのも、俺が攻撃したからなんですよ。それが、許せなくて」

 

 苦い面持ちで吐き出す島波に、俺は何を言ってやれるだろうか。

 少なくとも、クヨクヨするなと怒鳴り倒すことは出来ない。全ての発端を辿っていくなら、俺がこいつに吐いた言葉にも原因がある。

 俺の一言で、こいつは守る覚悟を手に入れてしまった。その先でたどり着いた未来が、今なのだ。

 

 天を仰いで、大きく息をする。今の俺が伝えられる言葉をただ探した。

 それでも、俺に安っぽい励ましの言葉などに会いもしないから。

 

「それで幸せになることを諦めて、お前は満足できるのか?」

 

「出来ませんよ! ・・・俺は、残ったものを抱えて、全部幸せになるって決めたんです。それが、傷つけた人間の出来ることだと思って」

 

「じゃあ何がそんなに嫌なんだよ」

 

「・・・怖いんですよ」

 

 意外な言葉だった。これまでこいつがこうして光のない瞳をしていた時は基本、全てを諦めて逃げ出そうとする目だったから。

 ・・・ちゃんと、あの頃からは進んでいるみたいだな。

 

 そこに満足こそするものの、怖がっているのはいただけない。だから俺は、その奥の奥まで全て言葉にさせる。

 

「怖いって何がだ? 周囲から恨まれることか? また失ってしまうことか?」

 

「・・・両方です」

 

「・・・はぁ、やっぱ馬鹿だろ、お前」

 

 ここまで聞いて、急に馬鹿らしく思えてしまった。

 だってそれは、俺だって怖がっていることなのだから。

 

「いいか? 人間生きてりゃ周囲から恨まれもするし、失うこともある。・・・それはな、誰だって怖いんだよ。俺だってビクビクしながら過ごしているさ。また病院に爆弾を仕掛ける輩でも生まれるんじゃないかって、そんなことをな」

 

「・・・」

 

「そんなもん、対策のしようなんてないし怖がってても無駄だ。・・・だから人は、本当に大事なもんを一番そばに置きたがるんだよ。一人は誰だって寂しいからな」

 

「・・・はい」

 

「どうせお前のことだ。彼女さんと結婚でもしようとしていて、それで悩んでるんだろ?」

 

 そこで初めて、島波は笑みを浮かべた。盛大な苦笑いだったが。

 

「やっぱり、バレちゃいますか」

 

「当たり前だ。元担当医だぞ? 何年お前の面倒見てきたと思ってるんだ」

 

「その節は、どうも」

 

 いつもの軽口が少しずつ復活し始める。だったら遠慮はいらないと、俺はいつも通りの距離でこいつにぶつかってみる。

 

「・・・うだうだ言わずにとっとと幸せになりやがれ。それでお前を恨む奴がいたとしても、守りたい人と一緒にいられる喜びに比べたら大したことはない。ただもしお前を本格的に攻撃しようとするやつがいたら、その時は加勢してやるよ」

 

「先生、喧嘩強いんですか?」

 

「おかげさまでな、もともと腕っぷしには自信があるんだよ」

 

 だからあいつと結ばれたんだ。悪ガキだった過去だって無駄じゃない。

 

 島波はずいぶんと吹っ切れたようで、何度かうんと頷いた後、曇りを振り払った瞳で前を向いた。

 

「やっぱり、カウンセラー向いてるな、大吾先生は」

 

「おいおい、しっかりしてくれよ。そっちは専門外なんだからな」

 

「分かってますよ。自分の始末は、きっちり自分でできますから。・・・と、ここらへんで大丈夫です」

 

「ああ。・・・んじゃ、また心配事でもあったら殴り込みに来い。相手してやるからな」

 

「その時は穏便に話し合いで解決できることを望みます」

 

 軽口を叩きあって、島波は明かりのついている自室へと戻っていった。・・・今のあいつにはちゃんと帰る場所がある。それだけできっと大丈夫だろう。

 

「・・・まあ、結婚したらしたでもっと大変なんだけどな。これは言わないでおこうか、あいつのリアクション楽しみだし」

 

 後部座席にある本日の夕飯を一瞥して、いやらしい笑みを浮かべる。けれどそれは一瞬で、俺の表情はまた父親のそれに戻った。

 

「守る覚悟、ねぇ・・・。俺も結局まだまだだしな」

 

 今はまだ、幸せになる途中。父親としてあまりにもふがいない俺に、あいつに語れるほどの守る覚悟はないかもしれない。

 だからこそ、歩みは止めないことも知っている。

 

 

 きっとお前もそうなれると信じ、俺はしっかりとアクセルを踏んだ。

 




結局ここに帰ってきちゃうんだなぁとしみじみ。今回は座談会コーナーなしですが、気分によってはクッソ長いあとがきとかができちゃうかもです。

といったところで、今後はこのように気が向いたら小話のほう投下していきますんで、よろしくお願いします。
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