凪のあすから~heart is like a sea~短編集   作:白羽凪

6 / 10
今話は、「そして、針はゆっくりと」の続編になっています。
β読了後のストーリーなので、ネタバレ注意です。


Repropose【β】

~遥side~

 

 美海の手を取って、今度こそ間違えずに歩いていく。

 それを誓うために、俺は美海を連れて昼前に鴛大師を離れた。列車に揺られて、町の方まで。

 

 久方ぶりにやってきた街だが、これまでとは違い、気分が高揚することはなかった。名目上、ちゃんとしたデートではあるが、今回この街に用はない。あの喫茶店が開いていたとしても、だ。

 

 一息ついたところで、美海が何かに気が付いた素振りを見せる。けれど、それを直接言葉にすることはなく、代わりに別のことを尋ねた。

 

「今日は遥が懇意にしてもらってるマスターのところ、行かなくていいの?」

 

「ああ、そのつもりじゃなかったし。・・・というか、行きたくない」

 

 やるべきことは決まっている。あの人の助けを借りなくても、俺はもう歩いて行かなければならない。大人になるとはそういうことだと思うから。

 それでも、美海はどこか納得していない表情だった。繋いでいた手を放して、俺の服の端の方を小さく握る。

 

「・・・ねえ、遥」

 

「なんだよ」

 

「顔、怖いよ」

 

「・・・」

 

 心配そうな瞳がまっすぐ俺に飛んでくる。

 

「昨日のこともあるから、遥が何を考えているのかは分かってるよ。・・・けど、やっぱり遥には笑ってて欲しい。そうじゃないと、やだ」

 

「・・・ごめん。無理しているように見えたか」

 

「うん。・・・今度こそ、一緒に背負いたいから、あまり無理はしないでよ」

 

「・・・ああ」

 

 美海から見てはっきり分かるくらい、今の俺は無理をしているように見えたらしい。情けない姿を見せてしまったと落ち込みたくもなるが、一度深呼吸して自分の心を整える。

 

 ・・・俺は、大人になりたい。そして、今度こそちゃんと美海と夫婦として生きていきたい。

 

 それを叶えるためにこの場所に来たのだから・・・、もう間違えたくない。

 

 ずっとそんなことを考えていた。だからこそ焦って、抱え込んでいたのだろう。昨日までと同じように、今日も。

 だから、ちゃんと話す。そのためにも、俺はあの場所を目指そう。

 

「美海、これから行きたいところあるんだけど、ついて来てくれるか?」

 

「もちろん」

 

 もう一度手を結び直す。それ以上は言葉もなく、別の行き先の列車に乗った。

 

---

 

 列車を降りてから、また長いこと歩を進める。

 そして辿り着いたのは、あの日美海と夕焼けを見た海辺の丘だった。

 

 そこは、約束の場所。かつて美海が「プロポーズしてほしい」と強請った場所。

 けれど、千夏の事故という悲劇を目の当たりにした俺たちにそんな余裕はなく、いつしかこの約束はないがしろにされていた。あまつ、忘れそうにさえなっていた。

 

 だから、今日はそれを叶えにきた。これまで抱え込んでいたすべての感情を吐き出して、真っ白になって、もう一度契りを結ぶために。

 

「・・・やっぱり、ここだよね」

 

 ずっと前から抱いていた確信を、美海はようやく口にする。俺は一度うんと頷いて、草の葉がたなびく地面に腰を下ろした。

 それから、約束の話をする前に、俺は胸中の全てを吐露する。ここなら、昨日より穏やかな気持ちで、全てを吐き出せそうだから。

 

「なあ、美海。俺の話を聞いてくれるか? 昨日の続きになるんだけどさ」

 

「・・・いいよ、聞いてあげる」

 

 覚悟を持った瞳が頷く。美海が俺の隣に座り込んだのを確認して、遠くに広がる凪いだような海を見つめて俺は口を開いた。

 

「・・・ああいう風に啖呵を切っておいてなんだけどさ、俺はどこか、幸せになることが許されちゃいけないと思っていたんだ」

 

「うん、私も一緒だよ」

 

「千夏を傷つけたのは美海の態度と、俺の言葉。そうしてあの事故が起こってしまったと知っていたから、・・・何だろう、喪に服すって言うか、謹んで生きていかないといけないと思っていたんだ」

 

 それも一緒、と美海は俺の顔も見ずに答える。ここまでの二年間、意思疎通はうまくできていなかったみたいだが、二人の見ていた方向はそろっていたようだ。

 

「でも同時に、幸せになって欲しいって千夏の言葉も嘘じゃないように思えてさ。・・・分からなくなっていたんだよ、俺は、俺たちはどうすればいいか」

 

「・・・うん」

 

「実は何度も、全てを忘れたいなんて思ってもいたんだ」

 

「そう、なんだ・・・」

 

 忘れることが出来れば楽になることを知っていたから。俺は何度もそうしようとした。だけどそれは保さんから与えられた「忘れるな」という罰に反する。

 だから、どうすればいいかも分からずに、苦しいのにも関わらず忘れることが出来ずに、俺は今日までの日々を過ごしてきた。多分、千夏が目覚めるまではずっとそう思って生きていくことになっていただろう。

 

 言葉にすればするほど、自分の愚かさともろさが浮かび上がってくる。歯を食いしばって痛みに耐えるのがやっとだった。

 

「・・・謝っても、謝り切れない日々だった。俺のことを大事に思ってくれたみんなに、眠ったままの千夏に、・・・ずっとそばにいてくれた美海に」

 

「・・・」

 

 美海は無言のまま俯く。もう、こんな感情は清算しなければならない。

 だから、尋ねる。一番尋ねてはいけないことを、尋ねたくないことを。それを聞いた美海が俺を拒まないことを祈りながら。

 

「なあ、美海。・・・俺はこの二年間、美海のことを幸せにしてあげられたかな」

 

「っ・・・!」

 

 二年間、こんな弱みなど見せるつもりはなかった。俺が崩れれば、美海も崩れると思っていたから。

 だけど、美海はつい昨日、変わりたいと願ってくれた。だから俺は俺の弱さの全てを曝け出す。

 

 美海は少し湿っぽい声音で、しとやかに答えた。

 

「・・・なんで、そんなこと聞いちゃうかなぁ」

 

「聞かないと、前に進めないから、かな」

 

「・・・そう。ならちゃんと私も答えないといけないね」

 

 すぅ、と空気を吸う音が聞こえる。吐いた音が風に消されたと思うと、美海ははっきりと聞こえる声で、俺に答えを告げる。

 

「全然、幸せじゃなかったよ」

 

 そこに笑みが浮かんでいる。呆れのような、失望のような。

 正直、この答えは分かっていた。・・・けれどいざそれを目に前にしてしまうと、どうしても落胆の息は漏れてしまう。

 

「・・・やっぱり、そうだよな」

 

「当たり前だよ。遥だって感じているんでしょ? 幸せじゃなかったって。・・・私もそうだよ。だって、幸せになっちゃいけないと思っていたんだから」

 

 湿っぽさがより一層強くなる。太陽が反射している雫はいったん見ないふりをした。

 

「私たちはずっと不幸せだった。焦って、すれ違って、閉じこもって、壊れて。・・・本当に愛し合っていたのかもしれないけど、結局つながりは形だけ」

 

「返す言葉もないな」

 

「・・・結局私たちは、三人じゃないと歩いて行けなかったんだね」

 

 呟くように吐かれた最後の言葉に、俺は閉口する。認めたくはないが、認めなければならなかった。

 現に千夏が目覚めるまでの今日、俺たちは何ひとつなしえなかったんだから。

 でも。

 

「でもな、美海」

 

「何?」

 

「それでも俺たちはこれから二人で歩いて行かなきゃならない。同じ世界に千夏は帰ってきてくれるだろうけど、それでも二人で生きていかなきゃいけないんだよ。・・・それが、本当の夫婦ってやつだから」

 

 もう俺たちは、等間隔では歩いていけない。優劣を、順序を決めてしまった報いだ。俺も美海も、それを背負う必要がある。

 だから誓う。契る。もう二度と二人を繋ぐ糸が綻びをみせないように。

 

「俺は・・・俺はさ、美海が一番好きなんだ。これまでの人生であってきた中で、誰一人として美海より好きだと思える奴がいないくらい、好きなんだ。芯がまっすぐで、底抜けに優しくて、かっこいい美海が」

 

「・・・」

 

「だから。・・・俺と結婚してくれ。・・・もう一度、これからを一緒に歩いてくれると言ってくれ」

 

 あの日の不格好な言葉の連続を上書きするように、俺は偽らない本心を言葉にする。

 しばらくの無言。美海は小さく噴き出したかと思うと、笑いをこらえるように呟いた。

 

「私たち、もう結婚してるよ?」

 

「もう一度ちゃんとプロポーズしたかったんだよ。・・・あの日約束したこの場所で」

 

「・・・約束、覚えてくれてたんだ」

 

「ああ。・・・けど、今日まで叶えられなくてごめん」

 

 いつのまにか水平線近くに落ちていた太陽が、二人を紅く照らす。あの日俺たちが約束した時間とまったく一緒だ。

 

 美海は少し固まって、何度かうん、うんと頷いた。それからゆっくりと目じりの涙を拭ったかと思うと、自分の薬指にはめられているリングを外して、俺に渡した。

 

「これは・・・?」

 

「プロポーズしたんでしょ? ・・・だったら、もう一度はめて」

 

「・・・ああ、分かった」

 

 それは全てをやり直す行為。

 これまで失った二年間を巻き込んでゼロにして、もう一度歩き出すための誓い。俺は美海からリングを受け取っては、それを痕の残った薬指に嵌めなおした。

 

 まもなくして、唇と唇が重なる。

 ただ美海のことだけを思って、俺はこれまで何度こうしてキスをしてあげられただろうか。

 

 ・・・今となってはもう、どうでもいい。

 

 過去は忘れない。けど、大事なことだけを覚えて、あとは全てなかったことにする。俺たちが今日を生きるために。

 これから、苦痛にまみれた今日までの日々を忘れるほど幸せになるのだから。

 

 

 夕焼けの下、もう一度愛を誓いあう。

 二人だけの場所で、これから二人で生きていくために。

 




実質、βルート幻の最終話です。
読んでいただいた方なら分かると思うのですが、本編百七十一話で美海が遥に対して行った約束を、本編では叶えていないんですよね。理由は今話内で話した通り、「そんな余裕がなかったから」ですが。
まともなプロポーズもできずに、なし崩し的に結婚をして、それで二人が幸せに暮らしました、なんてことは癒えないじゃないですか。 
だから二人は、ここからもう一度歩き出すのです。

以上、βルート幻の最終話の小話でした。
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