凪のあすから~heart is like a sea~短編集   作:白羽凪

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βルート外伝afterです。時系列的には外伝最終話~afterあたりでしょうか。


清濁を飲み干して【β】

~遥side~

 

 二人で生きるともう一度近い、それなりの時間を過ごしてきた。もちろん、その間の期間も後悔や挫折なんかがなかったわけではない。ただ、千夏が目覚めてからは、本当に俺が欲していた美海との未来を着実に歩きだすことが出来ていた。

 

 きっかけが千夏の目覚めだったことは、一生拭えないし、忘れない。ただ、それをいちいち気にしていても仕方がないと理解した今日この頃だ。

 

 ・・・大丈夫、きっとこれからも歩いて行けるはずだ。今は三つとなった足跡で。

 

---

 

「・・・本当に、いいんだな?」

 

「いいもなにも、そういう時間も必要でしょ? 遥ってそういう息抜きしないと、絶対にダメになるんだから」

 

 俺たちの第一子、湊が生まれてからはや三年。覚悟も半端なままに”親”になった俺は、四苦八苦しながらも湊の父親として今日までを生きてきた。それに伴って、”親”という存在がどのようなものかも、少しずつ分かってきた。

 親になる以上、自分の自由なんてないと思っていた。そのさなか、美海がある提案をしてきたのだ。

 

『たまには自分のための休みをとっていいんだよ? 私が癒えた話じゃないけど、頑張りすぎるのって、やっぱり良くないから』

 

 そうして今にいたる。俺は自分自身の休みを手に入れたということになるのだ。

 

「・・・夜までには、絶対帰ってくるから」

 

「分かってるって。ほら、行ってらっしゃい」

 

 そうして満面の笑みを浮かべた美海に半ば追い出されるような形で家を後にする。あの頃から一度も住居は変わっていない。2DKの小さなアパートだ。

 結局海に帰ることもないまま、こうしてずるずるとここに住み続けている。それがいいことなのか悪いことなのかは、知る由もない。言ってしまえば、「それに慣れてしまった」だけに過ぎないのだろう。

 

 ・・・今後も見据えないとなぁ。

 

 そんな思いを片隅に、ふらふらと街を彷徨う。そういえば行ったことなかったな、なんて思う喫茶店に入っては、とりあえずアメリカンのホットを頼む。

 あの喫茶店にはなかなか顔を出せなくなっていたが、こんなまがい物でも、ちゃんとあの頃を懐かしむことはできるみたいだ。

 

 それから10分経って、カランと扉の鐘が鳴る。そちらの方を見やれば、たちまち俺は息を飲んだ。

 

「あなたは・・・」

 

「あれ・・・。島波さんじゃないですか」

 

 最近は顔を合わせることも少なかったため少し見た目が変わっていたが、その持ち合わせている雰囲気から、それが誰かははっきりとした。

 

「松原さん・・・。久しぶりですね」

 

「ええ。珍しいですね、職場以外のところでおひとりのところと遭遇するなんて」

 

「まあ、色々ありまして・・・」

 

 そんな他愛ない軽口と共に、俺は隣の椅子へどうぞと手をやる。幸か不幸か、今の俺は一人だ。・・・この人とは、したい話が多すぎた。

 とはいえ、おそらくそれは俺自身の傷を抉る行為にもなりえる。進んで自分に傷をつけたいと思うほど、俺もマゾヒストではない。

 

 ・・・でも、やっぱり。

 

 少し熱の冷め始めたコーヒーを口に付けたころ、松原の注文したものがやってきた。お互い一呼吸を置いて、先に口を開いたのは俺の方だった。

 

「・・・千夏とは、どうですか?」

 

「随分と漠然としたことを聞くんですね・・・。僕はどう返せばいいんですか?」

 

「あ、いえ、すみません」

 

 やんわりとした表情。しかしそこにある程度の怒気が眠っていることに気づかない俺ではなかった。

 随分と前から分かっていた。・・・分かっていたが、俺はこの人に嫌われている。あるいは、避けられている。当然だ。そうなるだけのことを、俺は千夏にしたんだから。

 

 せめて顔には出したくないとは思い、キュッと拳を握りしめる。それから無言になろうとしたところで、先ほどの回答を松原は提示した。

 

「どうって言うのも変な話ですが、幸せではありますよ。・・・娘が産まれて、もう二年ですから」

 

「そうですか。・・・もう、親なんですね。俺も、あいつも」

 

 口にしては、改めて自分の現実を直視する。俺も美海も千夏も、れっきとした大人に、親になってしまったのだと。

 

 そう口を滑れせれば、みるみるうちに松原の表情は変わっていった。怒気はより強く。

 

「・・・その、自分のものみたいにあの子のことを言うの、やめてもらえますか?」

 

「え・・・? ごめんなさい、そんなつもりじゃ」

 

「先に言っておきますね。・・・僕はあなたのこと、はっきり言って好きじゃないですよ」

 

 しっとりとした、しかし芯のはっきりした物言いに、俺はしばらく呆気にとられる。

 あの頃、この人とどのように話をしていただろうか。・・・ただ一つ言えることとすれば、あの頃はただの事故の加害者としてしか見ていなかったのだろう。本人も、そのような立ち回りをしていただけ。

 

 今こうして、”千夏の旦那”として見るのは初めてで、だからこそ、こうしてどうもうまくかみ合わなかったのだろう。その理由がようやく分かった。

 

 ・・・そっか、嫌われているのか。

 

 疑念がはっきりして俺は、少しだけホッとした。なぜだか分からないが、この人にはそう思っていて欲しかった。

 千夏はもう俺たちの世界にはいないと、確信することが出来たから。

 

 昔の俺は、そんなことを想う人間だっただろうか。・・・きっと、そんなことはないだろう。手の届く人が離れていくことが、嫌でたまらなかったのだから。

 

 けれど今こうして、千夏は俺たちの知らない世界にいて、そこで新しい幸せを掴んでいる。今はただそれが嬉しかった。・・・もう、俺が関われないとしても。

 

 だから、俺はこの狂った考えを、はっきりと口にする。

 

「そうですか。・・・よかったです、そう言って貰えて」

 

「え?」

 

「なぜだか分からないんですけどね・・・。俺は、あなたに嫌われたかったのかもしれません」

 

 意味不明なことを言っている自覚はある。松原も、俺のこの発言には戸惑いを隠しきれなかったようだ。しばらく何かを考えるような表情を浮かべて、ぽつりぽつりと問う。

 

「どういう、ことですか?」

 

「・・・正直、怖かったんです。誰かの世界に自分がいる感覚が。それが分かってしまうと、ずっとその場所から逃げられなくなる。どう見られてるか考えて、それが悪い方向に転ばないよう意識して生きようとする。そんな人生を、俺はずっと送ってきたんです」

 

 取り繕うと言うべきか、演技するというべきか。俺は今の今まで、自分のわがままを押し通すのが苦手だった。俺のいる世界は、あまりにも狭く、深く結ばれていたのだから。

 

 だから、そこに外から来たこの人が来て、どう思っているのか考えるのも怖かった。だからきっと、はっきり嫌われていると自覚できたことが嬉しかったのだろう。

 

 この人とは友達でもなんでもない。だからこそできる話もあるのだろう。好かれようと思わなくていいというのは、これほどまでに楽だったのだとようやく気付く。

 

 そう思えば口は止まらず、あれやこれやと尋ねた。

 

「何が嫌いなのか、具体的に聞かせて貰っていいですか?」

 

「・・・マゾヒストなんですか?」

 

「いえ。・・・俺はただ、遠くから来たあなたにどんな風に見られているのか知りたかったんですよ。・・・俺は、外の世界をあまり知らないんで」

 

「はぁ・・・、何が嫌いか、ですか」

 

 ため息を吐いた松原は指折り数えて、ぽつぽつとあれこれと語り始める。コミュニティの外にいる人から見る俺がどんな人物なのか、その実態を浮き彫りにしながら。

 

「まず、自分の存在が大きいと思い込んでることと・・・、それでいて誰にでも優しくしようとする姿勢と、決断になよなよとするところ・・・まあこれはもう昔の話ですけど」

 

「あはは・・・返す言葉もないですね」

 

「大体、あんなにいい子をあなたはどうして選ばなかったんですか」

 

「それ以上に大事な人がいたからですよ。・・・それに気づくのに時間がかかった事をなよなよしていたというなら、その通りなんですが」

 

 けどそんな遠回りがあって、俺は今に辿り着いた。かつて千夏に話したように、苦い過去ですら、あってよかったと思える日々になりつつあるのだ。・・・それをうまく消化するのに時間はかかってしまったが。

 

 一通り苦笑いを浮かべて、それが覚めたタイミングで、俺はポツリとある決意を口にした。

 

「・・・この様子なら、俺はもうあなたに関わらないほうがいいんでしょうね」

 

「そこまでは言ってないですよ。・・・千夏ちゃん、まだ時々あなたの名前を口にする時があるんで」

 

「妬いてます?」

 

「当然です。というか一番嫌いなところはそこです。・・・あの子の周りの人の中で、あなたの存在が大きすぎることが、一番」

 

 ・・・大きな存在、か。

 

 その言葉を聞いて、薄れかけていた当時の日々を思い出す。俺は確かにあの場所にいた。二人の愛を受けて育った。それを蔑ろにして、切ったあの日のことを思い出す。今でも”いい思い出”として割り切るには苦い記憶だ。

 

 それでも、他人事となった今となっては、切った後でもそう思われていることが、ほんの僅かだけど嬉しくて。

 それですら、自分が生きていてよかったと思える証明にしてしまうのだ。・・・本当に、随分と俺も変わったんだな。

 

「・・・まあでも、千夏ちゃんにとってあなたが大事な人である事実は多分一生拭えないと思うので、本人が呼びかける時には答えてあげてください」

 

「ええ、当然。・・・大事な友人ですから」

 

 俺があまりにも清々しい表情をしていたのがよほどおかしかったのだろう、松原は「調子狂うなぁ」と呟いて、空になったグラスを丁寧に整えて席を立った。

 

「それじゃ、僕は帰ります。・・・大丈夫。あなたなんていなくても、千夏ちゃんは幸せになれますから」

 

 言うだけ言って、松原は会計を済ませて帰っていった。

 

「・・・まあ、今更心配もしてないんだけどさ」

 

 あの人なら千夏を幸せに出来る。俺以上に出来ている人だ。悔しいが、勝てる気はしない。

 

「・・・あー、なんかせいせいした。もういいか、家に帰ろ」

 

 俺も会計を澄まして、とっと家路につく。帰れば「もう帰ってきたの?」なんて言われるだろうが、十分にリフレッシュは澄ました。島波湊の父親ではなく、島波遥という一人の人物になれたこの時間をくれたことを、まずは感謝しないとな。

 

 

 ・・・それじゃ俺も、俺の守るべき人を幸せにするとしますかね。

 

 




随分と小説を書いていなかったので、リハビリがてらに一筆。
書いてて思ったんですが、松原聡は相当島波遥を嫌っていると思いますよ。まあ本編でもあれだけ言わせてますし。

最近TRPGの類に手を出しているせいで、より勝手にキャラが喋るようになりましたね。
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