大きな水たまりの先に太陽が沈むのを確認した俺は第七位階魔法〈
「〈クッキングⅢ〉」
コックのクラススキルを使って作成可能な料理を選んでいると……。
……【オムレツ】……。
なんだこれは!? 必要な素材が卵だけだなんてなんて素晴らしい料理なんだ! これに決めた。必要な道具は、フライパン? 菜箸? ボウル? フライパンと菜箸とボウル。持ってないや。インベントリを探ってもそれらしいアイテムがない。
ここまで来てそれはないだろ! 何か! 何かないのか!?
俺は願いを込めてインベントリの中を漁った。その時、指先に引っかかるものがあった。これは
--【C賞】聖遺物級調理器具(使い捨て)--
神は俺を見捨てていなかった! いや、課金アイテムなのにニッチ職業専用で使い捨てとかいうクソゴミハズレ枠だから存在を忘れていただけなんだけどね。
でも……。
「……」
今日だけ! 今日だけユグドラシルで入手した道具を使う! 一回だけだから!
現地で収集した道具でロールプレイをするのがまいぽりしーってやつだったけど食欲の前では禁忌を犯すしかなかないだろ。だって採集で獲得した食料を火で炙ったりそのまま食べるのもいいけど料理をしたらすっごくおいしくなるんだもん。仕方ないだろ。このオムレツという料理を作ったら別に調理道具を製作すればいいじゃないか。うん! そうだ! 俺はそう心に誓ってインベントリから課金アイテムを取り出して開封しようと思った時。辺り一面に色々な調理器具が散らばった。
おいいいいい!! 早く拾わないとアイテムロストするだろ! って、ああ。なんだか分からないけど所有者のないアイテムがロストすることないんだっけ。この世界に来たばかりのことを思い出してほっと息を吐いた。とりあえず【菜箸】と【フライパン】だけ残して後はインベントリにしまった。
課金アイテムとはいえ使い捨てだから道具鑑定の魔法で素材をチェックすることを忘れないでおく。一応、鍛冶系統のクラスは取得してるけど調理器具が武器なのかどうか分からないし念のためだ。
よし! 俺はインベントリから赤い斑点のついた大きな卵を取り出した。
「<クッキングⅢ>【オムレツ】」
スキルを使用したら体が勝手に動いた。まずはボウルに卵を落としてかき混ぜる。明らかにボウルの大きさで卵の中身を入れたら溢れそうだったのにさすがは課金アイテム。卵がこぼれることはなかった。粘り気のある周りの赤い所と真ん中の黄色いところが合わさるまで菜箸を持つ俺の手が勝手に動く。次はフライパンを火に当てて温める。そして十分フライパンが熱くなったところでボウルの中の卵をフライパンに注いでいく。
じゅー~、という心地いい音色がフライパンから聞こえてくる。辺り一面に卵が焼けるいい匂いも漂っていた。見てるだけでよだれが出てくるぜ。
フライパンの上の卵が固まってきたら卵の上をかき混ぜてフライパンを傾ける。菜箸で卵の底を浮かせて重ねたらフライパンの淵で形を整えたら出来上がりだ。
「じゅるり」
これがオムレツか。一体どんな味がするんだろう。胸がドキドキしてきた! 出来上がってホカホカの湯気を立ててる赤いオムレツに木の枝を突き立てようとした時、近くの草むらから声がした。
「あなた! そのオムレツ、私にも食べさせて!」
「あぁん?」
誰だあ!? 俺の楽しみを邪魔しようとするのは!? はっ!? 女の子!?
ガサガサと音を立てて草むらから出てきたのはかわいい女の子だった。女の子!? 女の子ナンデ!? 目の前の光景が信じられずに二度見してしまった。
焚火に照らされて輝く白銀の髪と夜闇に溶け込む暗黒の髪を半々に持つ女の子はそれはもうかわいかった。彼女の表情は、初対面の相手に向ける警戒心よりも純粋な食欲に支配されている感じがして。ひらひらと舞うような足取りで近づいてきたかと思えば……。
「いたっ」
地面に張っていたツタに足を取られて転んだ。
ドジっ子か!? お主さてはドジっ子だな!?
俺はオムレツが乗った木の板を置いてドジっ子を助けることにした。黒より暗い漆黒の瞳と月の光を受けて輝くような白い瞳に心を奪われそうになる。外装にお金かけたんだろうなあ。
「大丈夫ですか」
「あ、ありがとう」
どどどど、どうしよう!? リアルで女の子とこんなに近くで接したことがないからどうすればいいかわからない! それにしてもかわいいなあ。きょとんとした顔とか最高。ちょっといい匂いもするし。
「そろそろ離してほしいかな」
「ううえへをああ! ごご、ごめんなさい」
やべーよやべーよ! 匂い嗅いでたことばれたかな!? それにちょっと柔らかかったし。変態だと思われたかもしれない。ユグドラシルⅡ開始して早々セクハラ野郎だと思われたくないよ! いや、まてまてまて! 今の俺は女アバターだ! 一見しただけでは男だとわからないはず。システムによる警告もなかったし。うん? システム? 警告がない? あぁ、まあやっぱりそうなんだ。
心のどこかでここはまだゲームの中だと思っていた自分がいることに気づいた。そりゃそうだよな。なんか色々リアルだし。
「ねえ、オムレツ。食べないの?」
「食べる」
そうだよな。とりあえずオムレツを食べようか。本当は独り占めしたかったけどなんだか今は独りになるのが怖かった。見ず知らずの人でも一緒にいてくれると気が紛れるような気がした。半分こでいいかな。
俺は木の枝でオムレツを半分に切り分けるとかわいい女の子に渡した。中からとてもいい匂いが広がる。
「半分あげる」
「ありがとう! ……いい匂い」
少女にオムレツの乗った木の板を渡すとぱっと顔を輝かせた。今にも飛びつきそうな勢いだ。
「オムレツ、好きなの?」
少女はこくりと頷き、期待に満ちた瞳で俺を見上げた。
「私が世界で一番好きな食べ物だから。大切な」
大切な宝石箱をそっと胸にしまうような優しい表情を浮かべた少女は、そのまま焚火を挟んで俺の向かいにちょこんと座った。まるで自分の家にいるかのようにリラックスした様子があまりにも素直で、俺はふっと笑った。
「おいしーい!」
彼女の髪がぴょこんと揺れたような気がした。頬を膨らませ、幸せそうに目を細める少女。口の中でとろける卵の食感を楽しむように、ゆっくりと噛みしめている。
「そんなに美味しい?」
「うん! フワフワで、とろっとしてて、赤いのは少し気になったけど。これはこれでアリね!」
少女は興奮気味に手を動かしながら、次々と口に運んでいく。その無邪気な様子を見ていると、俺もなんだか心が癒されていくような気がした。
「よかったら、俺のも食べていいよ」
「ほんと!?」
「うん。その卵はまだあるから無くなったら作ればいい」
「そうなんだ? じゃあ遠慮なくいただくわね」
少女が食事をしている間、二人の間には特別な言葉はなかった。ただ、焚き火のパチパチと燃える音と、女の子が口を動かす音だけが響いていた。今の俺にはそれだけで十分だった。
やがて、少女が手を止めて小さく息をついた。
「ふぅ……美味しかったぁ。(毒も特になさそうね)」
食後のお茶--今回はちゃんと味見したものを出した--を出して後片付けをしていたとき、少女が話しかけてきた。
「ねえ、ひとつ聞きたいことがあるのだけどいいかしら」
「聞きたいこと?」
少女は手近な切り株にちょこんと座ると足を組んで頬杖をついた。あ、あと少しで見え……。目を凝らしていたら不意に少女が俺を睨みつけていることに気づいた。あっ、違います違うんです! 絶対領域なんか見ようとしていません!
「ここらへんに黒いビーストマンは来なかったかしら?」
黒いビーストマン? ビーストマン……。黒い、というと昨日ワンパンしたあの亜人種のことか?
「ビーストマン、という種族かどうか分からないけど黒い毛をした亜人種は見たよ」
「黒い毛ね。たぶん、それだと思うわ。どこに逃げたか知ってるかしら?」
「あー、それならあっちの方に転がってると思う。でも、どうして?」
俺がそう言ったとき、少女から上から押さえつけられるような重苦しい雰囲気をぶつけられた。やっぱりさっきのこと怒ってるのかな。禁断の三角ゾーンはまだ見てないというのに。そんなことを考えていたら急に雰囲気が軽くなった。よかった許してくれるみたいだ。
「まあいいわ。今回は余計なことをしないって言ってきたから。でも……〈疾風走破〉」
「……?」
なんだなんだ!? 少女からまた一瞬重苦しい雰囲気が出て! って、残像を残して急に近づいてきた! 手にはナイフを持ってるぞ! やべえ! やっぱりインフィニテッド・トライアルゾーンをスコープしてたこと怒ってるのか!? やめて! 許して!
「オムレツに免じて私に変な視線を向けたことは許してあげる。でも、次はないわよ?」
「はい。ごめんなさい」
やっぱりバレてたあああああああ!
その後は黒い亜人種を一緒にはぎはぎして肉球を少女に渡してお開きすることになった。
「そうだ、あなた名前は?」
「俺? 俺の名前は、……。名前はエイダだ」
「そう、私はアン……。アンネリーネよ」