サバイバルスローライフ   作:鶏キャベ水煮

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第2話

 あれから自分はゲームの世界にいる。ここは現実ではないと言い聞かせていたんだけどそんな俺の思いを嘲笑うかのように現実味を帯びた現象が次々に襲ってきた。喉が渇いたのだ。人間は水が無ければ3日しか生きられない。今の体はユグドラシルでプレイしていた時のアバターだ。この女ワイルドエルフの体が現実の俺の体と同じとは思えない。もちろん、この喉の渇きはインターフェースが起こしている擬似的な欲求であって実際には飲食を必要としない可能性もある。それでも。

 ――水が飲みたい。

 俺は周囲を見渡した。父親が遺した冒険映像の体験版ではこう言っていた。水源を見つけるためにはまず地形を観察しろと。

 運のいいことに臭熊が大の字になっている先に大きなのっぽの巨大樹が聳えていた。見上げてもてっぺんが見えない。こいつに登れば周囲の地形が分かるはずだ。

 エルダーリッチよろしくヒョロヒョロの俺に木登りは無理なんじゃないかって? 心配いらない。なぜなら今の俺はレベル100プレイヤー。ロールプレイングの為に無駄のあるビルドを完成させたことで隙がなくなったのだ。――【スカウト】。【森司祭/ドルイド】か【野伏/レンジャー】のクラスを3取得すれば派生可能になる【ハンターギャザラー/狩猟採集民】の上位クラス――にかかれば木登りなんて朝飯前よ。あらよっと。

 俺は軽い気持ちでツリークライムを始めた。

 ――うん。乳袋が木の幹につっかえて上手く登れん。そういえば今の俺は女ワイルドエルフだったな。外装データの作成を絵師にお願いして何度かリテイクを要求して作り上げた日々を思い出した。

 まあ、こればっかりはどうしようもねえか。今考えるのはこの乳袋をどうしてやろうかってことだな。

 

 

 「〈グリース/潤滑油〉」

 

 思いつきだけど乳袋に油を塗りたくってやったことでやりやすくなった。我ながら悪くねえ。ナメクジが這った跡みたいに一筋のテラテラした液体が俺の後に続いていくのは何とも言えないが魔法のおかげでだいぶ登りやすくなったぜ。

 ユグドラシルではコンソールを開いてから魔法やスキルを検索して選択、使用する。ショートカットに登録し検索から選択までの手順を省略できたりもした。それが今はコンソールを介さなくても呼吸をするようにできる。――考えれば考えるほどゲームの世界だ。やっぱりゲームなのか? いやこれ以上考えてもたぶん答えは出ない。今は状況確認を優先しよう。

 俺は木登りの途中で止めていた手を再び動かした。上へ進みながら周りを見てみる。どうやらこの大木はくぼ地に根を張っているようだった。周りは崖になっていて乾いた土の斜面に囲まれている。登攀も三分の二くらいは進んだだろうか。下を見れば赤い点が見える。もう少しだ。ふー、到着。

 

 「うわぁ。きれい」

 

 樹冠から顔を出すと顔に張り付いた髪がふわっと舞い上がった。爽やかな緑の香りが上気した俺の顔を通り抜けていく。目に映るのは広がる青い空と波打つみどりの絨毯。遠くで鳥が飛んでいるのも見えるし白い山もあった。ガスマスク越しに見る現実の薄暗い外の世界やユグドラシルで脳内に投影される景色とは違った本物の色がそこにはあった。あの山の向こうには何があるんだろう? どこまでも続いていそうな鮮やかな世界に胸が高鳴っていくのを感じる。

 

 「ぐぅ~」

 

 どうやら高鳴っていたのは腹の虫も同じだったようだな。はぁー。大自然の景色に見惚れるのもいいが水源を探して早いところ拠点も設営しないとだな。とは言えどうしたものか。周りを見下ろしても隙間なく木々が生い茂っていて地形が読めない。こういう時は同じ高さの木が生え揃ってる所を探すといいんだけど困ったな。しらみ潰しに探すとなると最悪行き倒れるぞ。せめてもっと高い視点から周囲を見渡せればな。うーん、あんまり使いたくなかったけど背に腹はかえられぬ。魔法を使うか。

 まあいいや。あとは何を召還するかだが。

 俺はインベントリから信仰系クラスレベルを擬似的にいくつか上昇させてくれるデータクリスタルが付与された額冠――なんだかデザインがジャラジャラして鬱陶しい――を装備する。これを装備することでレベルが百を越えることはないしステータスが上がる訳でもない。位階魔法を使うのに足りないレベルを補うための装備だ。

 

 「〈サモン・スピリット・10th/第十位階精霊召還〉。朱雀(ヤング)」

 

 悩んだ末に召還した鳥に上空から周囲の様子を見てきてもらうことにした。ただユグドラシルでは召還モンスターと意思の疎通ができるわけではない。だけど抜け道はある。アルケミストの魔法で近くにいるモンスターに憑依できる。ただ、バグみたいなデメリットがあって元々の肉体――アバター。――から一定距離離れると術者が死亡してしまう。このデメリットのおかげでビルドの組み直しをする時にわざわざモンスターの出るフィールドやプレイヤーキル可能エリアに出なくても街やギルドホームの中でデスペナを獲得できるようになった。魔法のテキストには書かれていないからやっぱりバグなんだろうけど。

 俺もよく利用したからどれくらい離れれば不味いのか分かる。第5位階層のその魔法を使おうとして召還した鳥を指定しようとした時。

 ピィー! 朱色の翼を広げて迫力ある鳴き声を上げた鳥。その様子から漲るやってやるぜ!感と子どもがはしゃいでいる時の溢れ出るパワーを感じる。なんていうか、かわいい。

 この子なら俺のお願いを聞いてくれる。そんな淡い期待を込めて手を伸ばす。すると目の前の枝に止まり背を向けた姿勢のまま此方にウィンクをしてきた。じわりじわりとキュンキュンしてきてニヨニヨしてきた。

 

 「ピィー」

 

 いかんいかん。このまずっと見ていたい気持ちもあるがここはグッと我慢してお願いをしなければ。――君の体を俺に貸してくれ!

 心のなかで鳥にお願いすれば首を縦に振って同意を示してくれた。もうダメだ。萌え死ぬ。

 

 「〈マリオネット・エクスタシー/視界憑依〉。」

 

 意思の疎通ができるなら憑依が視界に限定されるものの第3位階魔法のもので十分かもしれない。

 ――お願い。私に高いところからの景色を眺めさせて。

 そう心の中で呟いたらふわりとした浮遊感がした。ピィー!と甲高い声を上げて一気に視界が広がる。樹冠から眺めるのとはまた違った景色に感動してしまった。どこまでも続いていたかに思えた緑の絨毯だったけれど太陽を背にした状態で正面――いまが何時か分からないから北の方――に三日月の形をした湖があって、その周りは草原のようになってる所があった。森が広がる地形なら水場の周りは密林になっててもおかしくないはずなんだけど。不自然に拓けてるのはちょっとおかしい。あそこらへん、人の手が入ってそうだな。

 ちょっと眩しいけど南側を見てみる。遠くの方、両側が山になっているのが分かった。よく見ると南西側は山が連なっている。つまりここから南側には川が流れてる可能性大ってことだ。さらに目を凝らして見るとぐんぐん視界が迫ってきた。

 ――鳥の目ってすごいなあ。

 人間では決して真似できない芸当にため息が出てきそうになるわ。おっと、あそこの山から川が流れてきてる。ふむふむ。ああ流れてそっちに曲がってそこを通って、ふーん。つまり俺がいる大木から少し北東に動けば良さそうだな。

 俺は――もういいよ、ありがとう。――と体を借りてる鳥に対して念じると「ピィー」というかわいく一鳴きして応えてくれた。あー、癒されるー。

 ん? それにしても本体と意外と距離が離れてるけど大丈夫か? ついつい空の旅を満喫しちゃって死線を越えてるよな、これ。あ、やっべ。これ本体死んでるんじゃね? いや、それなら魔法が解けてないのはおかしいか。さては上方修正かバグ修正されたのかもしれない。そんなことを考えながら魔法を終了させた。

 エイダの体に戻った俺は手足を軽く動かしてみる。レベルダウンが起こった直後のような脱力感は感じなかった。つまりデスペナルティは起こってないと考えても良さそうだ。

 よし、北東に向かうか。

 俺は今見た景色を忘れないうちに動きだすことにした。

 

 「ピィー」

 

 鳥を見ると俺も行くぜ!という意気込みが伝わってくる。思わず顔がにやけてしまった。

 ――いいよいいよ。おいで。

 そう念じるとピィーと、もう一度甲高い声を上げた鳥が俺の肩に止まる。かわいい奴め。それを確認した俺は一気に大木を駆け降りた。




リアルの俺
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俺のアバター
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