サバイバルスローライフ   作:鶏キャベ水煮

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第4話

 一念発起したものの肝心の食べ物がどこにあるかが分からない。いま俺が居るのは森の中にある家の前だ。目の届く範囲を見渡してみても木と葉っぱと草と土と落ち葉しかなくて食べられそうな物はない。だったら探索範囲を広げてみるのはどうか。

 きのう朱雀を召還した時に確認できたのはたぶん南西側と東側に山があることと北側の遠くの方に大きな三日月湖があることだ。どこに行けば食べ物を見つけられるのか。答えは簡単。サバイバルの掟その二、迷った時は直感を信じろだ。東側の山を目指そう。

 生き物には水が必要だ。俺が使っている小川の上流は東の山にある。ならば川沿いに山へ向かえば動物の痕跡が見つかるはずだ。それを足掛かりにして食べ物を探せばいい。

 ――じゅるり。

 考えただけでヨダレが流れてきた。動物の肉と言えばアーコロジーの外では一度も生で見たことがなかった。だから実際にそれを手にできると思うといてもたってもいられない。逸る気持ちを隠さずすぐ出発することにした。

 川沿いの景色は酸性雨に汚染された建物しか見たことがない俺にとって目を見張るものだった。

 最初は苔ばかりだった地面に水草が生えてきたと思えば足のすね辺りまでの高さの草が生い茂り始める。それも段々と大きくなってさらに川を上っていくと水面に迫る勢いで背の高い草や樹木が押し寄せてきたりしていた。子供の頃から見慣れた赤錆た地面と穴だらけの建物や虹色に怪しく光る水溜まり。ガスマスク越しに匂ってくる湿った血のような空気と比べて目の前に広がる景色はどれも新鮮なものだった。胸一杯に空気を吸える事が何よりも驚く。

 川幅も段々と広がってきて「ちゃぽちゃぽ」や「ぴちゃぴちゃ、ぽちゃんぽちゃん」という川の声も聞こえる。足にかかる水飛沫も草や水の匂いなどの五感全てに流れる感触も生まれてはじめての体験で心がウキウキしてくる。通勤の時にひび割れた道路に溜まった汚染水を踏み抜いてしまった時のなんとも言えない感覚とは大違いだ。

 自然に触れる気持ちよさを満喫していた俺の耳がひときわ大きな音を拾う。まるで部屋の屋根を酸性雨が叩くような「ザー」という大きな音だ。雨は降ってないはず。なら、なんだろう?

 不思議な音に吸い込まれるように歩みを進めていく。だんだんとゴツゴツとした岩が現れ始めた。歩きにくそうだから迂回するのも考えたけど好奇心に負けて最短ルートを行くことにする。今の俺の体はユグドラシルのアバターなんだ。ならクラススキルを利用すれば多少は無理が効くはず。

 俺は湿って滑りやすくなった大岩をよじ登った。するとそこには絶景が広がっていた。

 

 「うわぁ」

 

 大岩から頭一つ出すと轟音をたてながら大量の水が上から下に流れているのを見つけた。これはユグドラシルでも見たことがある。滝だ。

 

 「すっげぇ!」

 

 「ゴーゴー」という音の前に俺の声がかき消される。そんな大迫力の存在を前に俺の心は踊った。なんていい所なんだ。目の前の景色を見ていると感動の限界を突破してすぐにまた限界を迎えて突破してを繰り返しているような? とにかくすごい感激をした。いつまでもあの滝を眺めていられる。

 俺は水面にせりだした大岩に腰を降ろした。ユグドラシルをプレイしていた時とは比べ物にならない迫力だ。顔にかかる水しぶき。激しく打ちつける水流を受けて泡立つ水面。そんな目の前の光景に見惚れていると視界の端、比較的穏やかな水の下で動く影に気づいた。なんだろう?

 ふっと、そちらを見てみれば魚が泳いでいるのを見つけた。

 ――!! 今日の夕飯!

 考えるよりも先に体が動く。気づいた時には水の中にいた。

 俺は今日の夕飯を逃さないように狩猟する魚に狙いを定める。狙うのは掴みやすそうな個体だ。

 ――よし。

 あの魚に決めた。すると体が勝手に動いて瞬く間に一匹の魚を手に入れていた。〈ハンターギャザラー/狩猟採集〉のクラスに魚獲りのスキルがあったはず。それが発動したっぽい。

 プリプリに膨らんだ30センチくらいの魚が手の中でピチピチと跳ねている。

 俺は初めて魚を捕まえた嬉しさでついつい口づけしてしまった。

 ちょっと臭い。もう一度匂いを嗅いでみた。やっぱり臭い。顔をしかめる程ではないんだけど。もう一度嗅いでみたらやっぱり臭かった。本物の食べ物って臭いのだろうか。比較対象が無臭のサプリメント錠剤しかないから分からなかった。

 水面から水の中を見ると、手にしている魚の他にもいっぱい泳いでいる影が見える。

 俺はあの後、さらに二匹の魚を捕まえて拠点に戻った。水の中を泳いだことで気分もさっぱりしたし東に行ったのは大正解だったようだ。さあて、お楽しみの料理タイムだ。

 まずは周りの木を手で引き裂いて作った串に魚を刺す。一匹目はシンプルに炭焼きだ。続いてキノコを探してる時に見つけた木の実を魚の身にめり込ませて大きな葉っぱに包む。これを掘り出した穴の中に入れて炭と一緒に土に埋める。最後は木を剥いで木の皮を手に入れる。これを四角に折って隙間を炭で塞げば鍋の完成だ。ここに小川の水を注ぎ込んで魚を入れる。甘い匂いのする花や魚獲りの道中で拾い食いしたキノコ、口に入れた時にピリピリしなかった草などを投入して焼き石を入れて魚の身がほぐれるまで煮詰める。

 ――お~。いい匂いがしてきた。もういいかな?

 魚料理の完成だ。

 俺は完成した鍋を見て唾を飲み込んだ。産まれて初めてカプセルや錠剤以外の食べ物を食べられる。その事実をいざ目の前にすると夢を見ている気分だった。アーコロジーの外での生活では一生かかっても食べることができない。映像の中で見ることしかできなかった料理に心が踊るのを感じる。

 ふと、両親のやつれた顔が目に浮かんだ。これを食べさせてあげられたらもう少し長生きできたんだろうか。そんな疑問が沸いてきた時、鍋の中に波紋が出来ていた。

 ――あれ? おかしいな。雨が降ってきたのかな?

 頬を水が流れていく。

 ――急にどうしたんだろう。

 お腹はペコペコなはずなのに。初めて食べる食べ物のはずなのに。やつれた両親の顔が離れなくて魚の味はよく分からなかった。

 ――美味しい? かな。うーん分かんないや。

 気づいたら三匹の魚は俺の胃袋の中に収まっていた。両親のことを考えたら罪悪感の方が勝って味はよくわからなかった。せっかくの料理なのに。

 アーコロジーの中の人たちはいつもこんな食事をしてるのかな? そう考えると恨めしさが募ってくる。

 

 「反応なしか」

 

 俺は両親の遺影を見たくてログアウトをするためにコンソールを開いてみたけどダメだった。

 ――もう帰れないかもしれない。

 そんな現実に心の中に穴が空くような感覚を覚えた。それと同時に帰っても待ってるのは地獄だということも思い出す。再就職できないと餓死は確定だもんな。それならここで一生を過ごすのもいいのか?

 心に迷いが生じる。

 

 「最後に両親に挨拶しとけば良かったな」

 

 唯一の心残りは両親にお別れを言えなかったことだ。

 俺はインベントリから流れ星の指輪を取り出す。この指輪を使うと経験値を消費していくつかの選択肢の中から一つを選択して使用できるといった効果を持つ超位魔法を経験値消費なしで三回まで行使できる。だから単純な――選択肢にない――願い事をお願いするようなアイテムではないのは分かってる。だけど、何かの形で区切りをつけたかった。選択肢にないお願いをして不発に終わってもいい。そう思って三つある使用権の一つを起動した。

 目を閉じて願い事をする。

 

 「両親に別れの挨拶を届けて欲しい」

 

 はっきりと3つの願いのうち、一つの願いが消費されたのを感じた。この願いが叶ったのか不発に終わったのか確かめることはできない。だけどこれでいい。俺はユグドラシルアバターのエイダとして生きることに決めたのだから。

 だから。

 

 「よろしくな、エイダ」

 

 風で擦れ合う葉っぱの声が周囲に木霊した。

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