サバイバルスローライフ   作:鶏キャベ水煮

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幕間1

 森を渡るように一人の男が太い木の枝から枝に飛び移る。息をつく間もないのか一定の呼吸を繰り返す背中からある種の焦りのようなものが窺えた。

 

 「エグニア、毎朝の見回りご苦労さま」

 

 鬱蒼と生い茂る木々から魔法の木――エルフツリー――へと帰還を果たした男ダークエルフ。うっすらと汗を流した肌の黒い男エグニア――ブルーベリー・エグニア――に向かって一人の女ダークエルフが労うように言った。エグニアは女を一瞥すると少し嫌そうな顔をして独特な形状をした弓を背中のホルダーに固定して歩き出す。そんなエグニアのつれない態度が見えていないのか女ダークエルフは笑顔を崩さずエグニアに続いた。

 

 

 

 「こんなことはいい加減止めてもらえませんか。村のみんなが勘違いする。ビシュチャさん。あなたのことを嫌いになってしまいそうです」

 

 

 

 ビシュチャと呼ばれた肌の黒い女ダークエルフ――ストロベリー・ビシュチャ――は迷惑そうに言ったエグニアの言葉を受けても笑顔を絶やさない。むしろエグニアの腕に抱きつくとエグニアは諦めたようにため息を吐く。これではまるで結婚を前提に付き合っているようだ。

 

 

 

 「私はストロベリー家と婚姻を結ぶ気はありませんよ」

 

 

 「もちろん今すぐでなくても構わないわ。長い時を生きる樹木と同じように私たちダークエルフの人生も長い。だからエグニアがその気になった時に私を隣に置いて欲しい。これだけはストロベリーではなく私の思いというのを知っていてほしいの」

 

 ビシュチャの潤んだ瞳を見下ろしていたエグニアは「ふっ」と一息つくと目線を外して遠い目をする。心なしか腕にかかる柔らかな圧力が強くなった気がするが努めてそれを無視する。その気がなくとも女の柔らかい体に密着していては下半身に血液が集中するのは避けられない。これがもっと幼い女ならば。そう思うことで上手く気持ちを解すことができたエグニアはほのかな花の香りを漂わせるビシュチャを横目に口を開いた。

 

 

 「ビシュチャさん真面目な話をしよう」

 

 「えっ」

 

 

 ビシュチャの目に期待の色が浮かぶ。髪から漂う甘い香りが鼻腔をくすぐるが目の前の女性は幼くない。もっと幼い女ならば、いやよそう。そう意識することで女の瑞々しくて柔らかそうな唇の誘惑に打ち勝つことができたエグニアは続けた。

 

 

 

 「アンキロウルススだ。壮木の足下にアンキロウルススの死骸があった」

 

 「死骸・・・?」

 

 「ああ、そうだ」

 

 

 

 これを言ってしまっていいのだろうか。エグニアは一瞬だけ逡巡するが意を決したように続けた。ビシュチャは右も左も分からない子供ではないし何よりも幼くないから。多少は怖がらせるかもしれないが伝えないよりかはマシのはずだ。

 

 

 

 「奴の体は頭から上がどこかに消えていた。こんな殺し方をする強者は見当がつかない。同種には同じ部位ばかり食べるグルメが居るがウルスス同士でやり合ったにしては傷が全くないのも不自然だ。壮木の幹には何かが這った跡が残ってたがこれも分からなかった。最悪、森の外からの来襲者かもしれない」

 

 森の外からの来襲者。その言葉を聞いたビシュチャは息を呑む。

 

 「そんな・・・。それでも、犯人の姿が見えないのならもう遠くの方へ行ってしまったかもしれないんじゃ」

 

 「分からない。分からないから村の皆にはしばらく警戒するように伝えてくれないか」

 

 「分かったわ」

 

 「俺はアジュの村に行って情報を集めてくる」

 

 

 

 ビシュチャは手を胸に押し当てている。その瞳は熱を帯びているようだった。

 

 

 

 「どうした?」

 

 「ううん。かしこまったエグニアも素敵だと思うけど私は今のあなたの方がもっと好きだなって」

 

 「っ」

 

 

 

 エグニアは豆鉄砲を食らった鳩のように目を丸くする。その様子を見ていたビシュチャは「ふふ」と笑顔を浮かべると話を続けた。

 

 

 

 「私はエグニアを信じています。それでも一人で行くのは危険だと思うわ。カローチェと一緒に行くのはどう?」

 

 所在なさげに目を泳がせていたエグニアだったが同伴者の名前を耳にした途端に思案をするように手を顎に当てた。彼女なら〈野伏/レンジャー〉としての実力はある。

 

 「ネクタリン・カローチェか。そうだな。弓術大会で好成績を残した彼女なら問題ないだろう。俺もビシュチャの意見に賛成だ。出発はダンデウルススの蕾が開く頃にしよう」

 

 「分かったわ。カローチェへの連絡は私がしておくから」

 

 「すまない。助かる」

 

 会話を終えたエグニアは急ぎ足でその場を後にする。ビシュチャは真顔のままその背中が小さくなるのを見続けていた。

 

 

●○○

 

 

 「アー君、知ってるー?」

 「クーちゃん、なーに?」

 

 木のぬくもりが感じられるとある部屋の中、二人の肌の黒い幼子が木彫りの玩具を積み上げている。アー君と呼ばれた子はクーちゃんと呼ばれた子ではなく目の前の積み木に夢中だ。不恰好ながらもロケットのような形をした積み木が出来上がっている。納得のいく出来映えなのかアー君は得意気な表情を浮かべている。

 

 「今日の朝にね、ビシュチャおばさんがうちに来たんだけどねー」

 「うんー」

 「森の外からね、すっごい怪物が来てるんだってー」

 「すっごい怪物ぅ?」

 

 怪物という言葉にアー君の目が煌々と輝く。それを見てクーちゃんも得意気だ。

 

 「そうだよー」

 「それって森の熊さんより強いのかなー?」

 「森の熊さんよりもずーっと強いんだってー」

 「すっげぇー」

 「すごいでしょー」

 

 二人は積み木をするのも忘れて未知の話題に花を咲かせる。森の熊さんといえばダークエルフの村では場合によっては移住を考えなければならない厄災だった。そんな強者よりも上を行く存在の登場に恐怖心よりも好奇心の方が勝っているのだろう。幼子たちの会話にも熱がこもっていく。

 

 「ちょっとだけ見に行ってみたいなー」

 「アー君、ダメだよー」

 「でもー」

 「俺だって行きたいんだよー」

 

 いくら好奇心が勝っていても村の外は危険な場所だということは子どもにも分かっていた。大人たちでも生きて帰って来ないことがある。力の弱い子どもが捕食者に狙われればどうなるのか。そんなことは二人にも分かっていた。

 

 「みんなで行くのはどう?」

 「ダメ。ラズベリーおじさんを出し抜けない」

 「それじゃあ夜中に皆が寝た後に行くのは?」

 「ダメ。うちの家のカギの開け方が分からない」

 「それじゃあ明るいうちにこっそり抜け出すのは? 例えばマンゴーおじさんの家の裏を抜けたり」

 「ダメ。マンゴーおじさんの家の近くに行くとなぜかマンゴーおじさんと鉢合わせするから。きっと俺たちの知らない魔法を使ってるんだと思う」

 「うーん」

 

 それでもどうにかして大人たちの目を盗んで村を抜け出す方法を探していた二人だったがいいアイディアが思いつかなかったようだ。

 

 「アー君、お昼ごはんはうちで食べていく? 今日はウルススのスープがあるわよ」

 「本当!? 僕クーちゃんママの作るスープ大好きなんだ!」

 「アー君ママには伝えてあるからゆっくりしていっていいわよ」

 「わーい!」

 

 結局、クーちゃんママの乱入でその場はお開きとなった。

 家路についているアー君だったがその表情は険しい。どうやら外出することを諦めきれていない様子だ。あーでもない。こーでもないとブツブツ呟きながら歩いている。

 

 「ただいまー。っう!?」

 

 エルフツリーの玄関を開けるとキツい匂いのする空気がアー君を襲った。目に涙を浮かべながら匂いの原因を探るとそこには狩りから帰ったのだろう。父親のカバンが無造作に置かれていた。中身は分かっている。普段は鼻が曲がる匂いに嫌悪感を覚えていた獣避けのハーブだ。

 アー君は少しでも匂いを嗅がないようにそそくさと父親のカバンに背を向けて自分の部屋を目指すがふと何か思いついたように足を止めた。

 

 「これだ!」

 

 まるで天啓でも得たかのような表情を浮かべて自分の部屋へと駆け込んだかと思えば筒のような物を手にして戻ってきた。

 

 「全部入れたらばれちゃうよね。これくらい残しておけばいいかな?」

 

 我慢ならない匂いなのかアー君は涙を流しながらもニヤニヤと笑っている。悪戯のためなら多少の犠牲は厭わないといった感じだ。あとはバレないようにこの筒を隠せれば外出できる。目的の完遂を前に表情が崩れに崩れているがそんなことはどうでもよさそうだ。

 

 「ここならバレない! 今度、クーちゃんに自慢できるぞ!」

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