サバイバルスローライフ   作:鶏キャベ水煮

6 / 17
5話

 「くぅー! 乾いたからだに水が染み渡るぅー」

 

 森に棲む者の朝は早い。

 俺は日課にしている朝の一杯を終わらせると土を掘り返して葉っぱの包装を手にした。赤熱した炭を一緒に埋めることで一晩低温調理した虫の幼虫が入っている。生きたまま食べても良かったけど趣向を変えて加熱してみることにしたのだ。結果は上々。加熱することで味に深みが出ることが分かったのは大きな発見だった。

 

 「うまいっ!」

 

 ぷちぷちとした食感にクリーミーな舌触り。ついつい頬が緩んでしまう。

 舌直しに食べるのは拠点の前に生えていたフサフサの毛を生やした草だ。葉っぱの混じった黒い土の上で見つけた草は試しに口にしたら意外とイケる口だった。葉先から白い根元まで全部食べることができた。少し苦味を感じたけど物心ついた時から口にしていた錠剤の苦さに比べたら全然マシで何より瑞々しい食感と爽やかな香りが特徴の美味しい草だ。

 デザートに食べるのはトゲトゲの茎に実っていた茶色の固くてザラザラした手の平サイズの果物だ。爪を立てたら意外と簡単に外皮がむける。中身は白くて食べてみるとシャリシャリの食感と甘酸っぱい味がおいしかった。

 俺はインベントリから紙と羽ペンを取り出す。ここで生きていくと決めた時からやり始めた森のマッピングだ。今は拠点から東の山までの道程が埋まってる。水源となる水場や今食べている果物の群生地や魚の居る滝壺などの印を付けておいた。その他にも川底には鉱石が転がっていたりもすることが分かっている。川から外れた所の景色も絶対に見に行きたいのだけどそれをグッと我慢して今日は西側の探索をする。

 焚き火を石で囲んで森火事対策をすれば準備万端だ。木の幹の中身をくり貫いて作った無骨な水筒に水を入れて拠点を出ていく。

 チクショォ! 進めねえじゃねえか!

 出発早々俺の行く手を鬱蒼と生い茂った草木が邪魔をした。空を見上げれば陽の光が届かず日中だと思えないほど薄暗かった。森の中でもフィールドオブジェクトによる移動の制限から解放される〈森渡り〉のパッシブスキルを保有してはいるがロールプレイングにそんなものは邪道であるため機能をオフにしている。というかパッシブスキルの機能のオンオフが出来ることこれで知った。

 俺は悩んだ。前に進むには草木を伐採できる鉈のような武器が必要だった。剣を装備できるファイターのクラスは取得していないものの一応、インベントリには俺のクラスでも装備可能な鉈はある。昆虫や植物モンスターに対する特攻性能を有しているがオマケみたいなものだ。それを装備していいかを悩んでいる。

 ――いや、辞めよう。

 やはり現地で工面した道具を使ってこそのロールプレイングだ。迂回するか木の枝伝いに飛びながら移動するか。一瞬迷ったが木の枝伝いに飛びながら移動することに決めた。なんでかって? その方が森のエルフっぽくてかっこいいだろお?

 俺は周囲を見渡して登れそうな木を見つけた。その木に向かって隙間なく生い茂った草木を薙ぎ倒すように進む。進む。すす・・・。

 

 「ふぶべぼぉ」

 

 足元に張っていた何かの根に躓いて転んだ。幸い、俺の乳袋がクッションになって衝撃を吸収してくれたけどだんだん腹が立ってきた。こなくそ! レベル百プレイヤー様の行く手を阻むとはいい度胸だな雑草どもめ! お前ら纏めて燃やしてやるぞ!

 そんな俺の啖呵も虚しく怒鳴り声が草木に吸い込まれて消えていく。辺りから聞こえてくるのは地面を這う小さな生き物の生活音と風に揺れる草木の協演だけだ。

 もう怒った! 怒ったぞ! 勝つぞ、俺は! 絶対に勝つぞ!

 

 「うがああああ!」

 

 時間も忘れて草木と格闘すること数時間。たった数メートル進むのにそれくらいの時間がかかってしまったことに愕然とした。だが俺の心を満たすのは諦念などではなかった。そうそう、こういう自然との格闘もまたロールプレイの醍醐味なのだ。サバイバルの掟その3。自然との共存だ。人一人の力は大自然の前では無力なのだ。

 幸い、今日の格闘で目星を付けた木までの道のりは開けた。本格的な探索は明日からでよい。大切なのは諦めずに一歩一歩進むことだ。

 ――翌日早朝――

 「クッソ! クソがあああ! 昨日倒した草が何事もなかったかのように復活してるじゃねぇか! クソゲー! クソゲー!」

 

 何ということだ。昨日の俺の努力が水の泡だ。これじゃあ迂回するしかねえじゃねえか。心なしか目の前の草木から嘲笑されてるように思えてきた。

 ちくしょー。・・・ん?

 四つん這いの姿勢でいたから気づけた。地面が濡れていることに。確か昨日の地面は乾いていたはずだ。

 試しに目の前の草木を触ってみると意図も簡単に根を曲げた。

 お? これなら昨日よりも歩きやすくなってるんじゃね?

 俺は立ち上がって草木を掻き分けてみた。いける! 昨日は絶対お前通さないモンという固い意思を宿しているかのようだった草木が簡単に道を開けてくれた。

 そうか。時間帯によって進みやすさが変わるのか。なかなか面白いじゃん。

 昨日は数時間かかった道のりだったが今日は数分で辿り着くことができた。

 目的の木に体を預けて一息つく。耳をすませば小さな小さな虫たちの合唱が聞こえてくる。そして、ぶーんという羽音を立てながら一匹の甲虫が俺の居る木の幹に止まった。

 どんな味がするんだろう?

 気になった俺は指先ほどのサイズの黒い甲虫を捕まえて凝視する。うーん、食べたことないから味の想像がつかないな。アーコロジーの中の連中ならどんな味か知ってるんだろうな。よし、食べてみよう。

 俺は捕まえた甲虫をフッフッと息を吹き掛けて口の中に突っ込んだ。奥歯でホールドするようにして口から手を出す。舌触りは無味だけど。

 ザクッザクッという小気味良い音を立てながら甲虫を咀嚼する。うん、食感はいい感じだ。幼虫とは違ってサッパリとした歯応えの後から旨味が溢れてくる感じがして美味しい。アーコロジーの中の連中はこんな旨いものを毎日食ってるのかと思うとため息しかでないな。よし、休憩も終えたしそろそろ出発しよう。

 背中を預けていた木での登攀を終えた俺は颯爽と枝から枝へと跳び移りながら西を目指す。鼻唄を歌いながら小一時間はそうしていただろうか。薄暗さもそうだが眼下に広がる光景は未だに鬱蒼としている。こんな道のりを道具もなしに進んでいたら一体どれくらいの時間がかかっていたのか。想像しただけで怖じ気づく。そうこうしているうちに少しずつ景色が変わってきた。太陽が一切届かない、はっきり暗いと感じる場所に出た。

 足を止めて周囲を伺うとそこらへんにクモの巣が張ってあることに気づいた。クモの巣は暗い森の中でも白く輝いている。それが光源となって辺りを照らしていた。

 

 「〈闇視/ダークビジョン〉」

 

 いくら光源があるからといっても暗いことには変わりない。俺は魔法を行使するとすぐに危険が迫っていることに気づいた。目の届く範囲で大小様々なサイズの蜘蛛が周りで蠢いていることに気づいたのだ。その蜘蛛たちが俺目掛けて集まって来ていることに。

 うわぁ、きっしょ。

 蜘蛛たちの気持ちは分かる。巣の中に迷い混んだ餌を見つけて補食するため我先にと殺到しているんだろ。クモの巣に捕えられてエッチなことをされるゲームがあるというのは知っているけど。ああはなりたくないしな。

 俺は虫系統モンスターに対する攻性バリアを作り出す魔法を行使した。

 

 「〈ペスト・デストロイ/蟲の駆逐〉」

 

 通称虫除けバリアだ。第四位階のこの魔法は自分を中心にして一定範囲にある不可視の壁に接敵してきた虫を棒立ちしてても無差別迎撃してくれる便利なもので攻撃や支援手段が乏しくてパーティープレイしにくい生産職やろくな武器がない初心者にとって放置狩りする上ではなくてはならない魔法だった。

 今もこの魔法はしっかり機能していて殺到してくるクモの大群を蹴散らしてくれている。雑魚モンスターの対応はバリアにお願いして俺は改めて周囲を見渡すことにした。

 

 「うわぁー」

 

 太陽を完全に遮るほどの枝葉が頭上に生い茂っている。そこから枝分かれしたのか青緑色に輝く綺麗な枝葉が地面に向かって伸びていた。まるでユグドラシルの攻略掲示板で動画を見る時に流れるクリスマスイルミネーションの広告のようにキラキラしている。

 クリスマス。クリスマスか。いい思い出がないな。クリスマスといえば期間限定で出現するモンスターから専用ドロップがあったけど俺がソロで狩れるモンスターからは特にいいアイテムは落とさなかった。

 ドロップアイテムか。そういえば結構な量の蜘蛛を倒しているのにアイテムドロップがないな。ゲームならデータクリスタルの一つや二つのドロップがあってもいいはずなんだけど。

 しばらく蜘蛛の突撃を見ていたけど結局アイテムドロップはなかった。代わりに俺が片膝をついている枝の下に夥しい数の蜘蛛の死体があるだけだった。千匹以上はいるかもしれない。死体がある以上は何かの素材には出来るんだろうけど。

 うわぁ、グロ。

 どうしようか悩んでいると体長一メートルはありそうな大蜘蛛が藪の中から現れて子蜘蛛を補食し始めた。足が八本あって半分の四本は黒と白の縞模様で真っ赤な唇から二本の大きな黒い牙が生えている。

 とても強そう。

 

 「〈ライフ・エッセンス/生命の真髄〉〈マナ・エッセンス/魔力の真髄〉」

 

 そんなことなかった。HPから察するにレベルは15くらいかもしれないしMPはほぼない。もう一匹居たからそいつにも魔法を使ったけどHPがちょっと多いくらいだしレベルも同じくらいだと思う。

 初めて生で見る蜘蛛の共食いに見入っていたら離れた所から何かが地響きを立ててこっちに向かってくる音がした。敵感知の魔法を使って様子を見る。

 大丈夫、敵対状態じゃない。

 安堵していると地響きの正体が現れた。お腹が膨れた大蜘蛛だった。すかさず魔法を使ってHPを見ると子蜘蛛を補食している大蜘蛛よりもHPが多い。MPも少しはあるみたいだ。たぶんレベル25くらいかな?

 俺が分析していると新入者は大蜘蛛に腕を突き刺して補食し始めた。うえぇ。物凄い光景だな。攻撃されてる方も抵抗してるけど全然相手になってない。そうしているうちにとうとう千匹近くいた子蜘蛛が大きな蜘蛛の腹の中に収まってしまった。獲物が居なくなったからか大蜘蛛は散り散りに消えていく。今は推定レベル25前後の蜘蛛と向かい合っている。

 おう、何だよやんのか?

 そんな念を飛ばしながら見つめあっていたら不意に蜘蛛の大きな唇が震えた。

 

 「妾はこの地を統べる女王ウギンナード。貴女は樹の神と見える。何故にここへ来た? いくら樹の神と言えど妾の縄張りを犯そうと言うのならば全身全霊を持って相手をしようぞ」

 

 は!?

 うううわぁ!?

 モンスターが喋ったあぁあ!? モンスターが喋った。モンスターが喋った? モンスターが喋った! えええええ!? モンスターが喋った!

 

 俺は信じられない出来事に頭が混乱してしまっている。だって、え? モンスターだぞ? ん? モンスターだよな? NPCとかじゃなくてモンスターだろ? いや、まあそうだよな。さすがにモンスターが喋るわけがないよな。きっとプログラムによって決められたセリフを喋ってるだけだろ。ビックリしたわ。でもモンスターのロールプレイをしている異形種プレイヤーの可能性もあるか。いや、でもさっき同族を捕食してたよな。それって物凄く度胸のいることなんじゃないのか? 俺はカニバリズム出来るのか? さすがにそこまでは出来ないぞ。

 

 確認。そう確認してみよう。確認は大事。

 

 確かウギンナードとか言ってたよな。会話ログが確認出来ないから自信がないけど。

 

 待て待て。今のセリフがウギンナードさん流の自己紹介なら俺も名乗った方がいいよな。・・・。あー、駄目だ。サバイバルのロールプレイだけで他人に関わるロールプレイなんか考えたこと無かったからいいアイディアが浮かばない。あんまり待たせるのも良くないよな。くっそー、こういう時にコミュ障だと困るよな。

 

 

 

 「どど、どうみょひゃじめまして。エイダと言います。ウギンナードさん、ああなたはプレイヤーですか」

 

 

 

 うわあああああ! めっちゃ噛んだ! 絶対に変な人だと思われた! 死にたい! もうやだあああ!

 

 手で顔を覆って、その隙間から恐る恐るウギンナードさんを見ると蜘蛛の顔が固まっているのが分かる。絶対に困ってる顔でしょ。

 

 俺はユグドラシルで遊んでいた時の記憶で初めてのパーティープレイの時の自己紹介で失敗したことを思い出していた。あの時も噛み噛みで顔から火が出る思いをしたんだよな。その時は気の利く人にフォローしてもらったから良かったけどいつもそうとは限らないしな。

 

 

 

 「ぷれいやー? それは何だ? 妾はウギンナード。この地を統べる女王であるぞ」

 

 

 

 うおおおお! ウギンナードさんが女王ロールで俺の失敗をスルーしてくれた! なんて優しい人なんだ! せっかく向こうから仕切り直しをしてくれたんだ。俺は乗るぞ! このビッグウェーブに!

 

 

 

 「俺はエイダ。種族は見ての通り人間種でワイルドエルフを選択しました。サバイバルのロールプレイをしていてここへはつい最近来ました。今はこの森のマップ埋めをしている所です」

 

 

 

 どうだろうか。これでさっきの失敗は挽回されたはず。

 

 

 

 「そうであったか。つまり貴女はその力をもって我が縄張りを犯すつもりはないということか」

 

 

 

 縄張りを犯す? なんだか穏やかな雰囲気じゃないな。俺は探索しているだけなんだけど。そりゃもちろん攻撃されれば反撃はするけどさ。なんでウギンナードさんはこんなに警戒しているんだろ。

 

 

 

 「安心してください。俺はPKジャンキーじゃありませんから。何か困ったことがあれば手を貸しますよ?」

 

 「それには及ばぬ。よい、貴女が我らを滅ぼさぬのならば我らはこの身を捧げよう。だから、どうか神の怒りを我らに向けることのないよう願う」

 

 

 

 うん? 神の怒り? 何のことだろう? レベル差があるからそういう表現なのかな? まあ確かにユグドラシルではレベル差が10も開けば逆転がかなり難しくなってくるけどさ。俺とウギンナードさんのレベル差は確実に50以上離れてるしPVPとなれば勝敗は明らかだよな。よーし、敵意がないことを伝えるためにバフでもかけてみるか。

 

 俺はインベントリから一つのグランドハープを取り出す。こいつはヒヒイロカネとユグドラシルの木片、ニーズヘッグの血やその他の素材を元にデータクリスタルなどを注ぎ込んで製作した渾身の伝説級武器だ。バードのクラススキルや魔法を補助する楽器としての性能はもちろん各種ステータスも上がるし凶悪な殴打武器としても使える。両手武器で重量もあるしスキル使用時に移動不可となるのが欠点なんだけど。

 

 演奏するのは異形種のステータスを向上させる第六位階の曲だ。グランドハープを演奏するためにインベントリから演奏椅子を取り出して腰かけた。椅子のセット効果でさらにバフがかかるのを肌で感じる。

 

 楽器に手をかざすと、まるで馴染み深い道具を操るかのように指が動き出した。出だしの曲調は他の音源がない中で水面に落ちる一つの水滴のように静かだ。そして急な曲の変調が起きてアップテンポになり山の稜線のようにアップダウンを繰り返して最後は崖から羽ばたくようにして終わりを迎える。

 

 演奏を静かに聞いてくれたウギンナードさんに一礼してスキルのモーションが終了した。結構いい感じのバフを掛けられたと思うんだけどこれで敵意がないことを伝えられたかな。

 

 

 

 「……っ!? これは……? 妾の体が、まるで大火のごとく燃えているようだ。否、それだけではない。身体が軽い。まるで風そのものになったようだ……まるで、この身が世界そのものと繋がったかのようだ。……これが、神の祝福というものなのか?」

 

 

 

 うんうん。さっきまでのピリピリムードが霧散したようで良かった良かった。

 

 

 

 「神よ! 妾はいまこの時をもって神の信徒となることを誓おうぞ」

 

 

 

 えぇ・・・。どうしてそうなるの。てかウギンナードさんHP上がってないか? いまのバフにHP上昇効果はなかったはずだけど。信者になるって言ってるしクレリックのクラスでも取得してレベルアップしたのかな? そんなことないか。うーん。まっ、いっか。

 

 俺はその後ウギンナードさんから大蜘蛛の糸や毒液、牙だとか色々な素材を献上してもらった。最初は何回か断っていたんだけど「神への供物は一体何にすればよいのだ」とか言って次第にどんよりとした雰囲気が漂ってきたからいたたまれなくなって受け取ることにした。とはいえ受け取った素材はサバイバルをする上で色々役に立つ。今日の探索は大収穫だったな。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。