私は独立傭兵のケイト・マークソンです!   作:その辺の残骸

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season1
ルビコンへの降下


 

 オールマインドの傭兵支援業務のうち、ルビコンの地でACを駆る傭兵達にとって重要なACパーツを含む物資の補給は迅速かつ秘密裏に行われる。

 

 この組織を運営する知性体のみが知り得ることであるが、その本拠は低軌道ステーションにあり、構築した兵站の起点になっていた。

 光学的にも電子的にも高度に隠蔽された、この半世紀前の遺物は、本体となるサーバーを有しているため、オールマインドそのものであるともいえる。

 

 その日もルビコンに向け、突入外殻に包まれた複数のコンテナがカタパルトから射出された。

 ステーションと同じく、アクティブステルスとモニターへの欺瞞を行うMDD迷彩によって殆ど不可知のそれらは、軌道からの侵入者に目を光らせているはずの惑星封鎖機構にさえ捕捉されることはなかった。

 

 封鎖機構を統括するシステムは創造者たる人類の信認の元、人類文明圏で最も先進的なテクノロジーと強力な艦隊を託されている。

 その能力はオールマインドも認めるところであるが、同時にシステムは愚鈍であるとも思っていた。

 

 大気圏突入による圧縮熱に耐え抜き、役目を終えた外殻が分解した。

 コンテナ群は予定していた突入コースに過たず侵入しており、汚染市街に落着。氷雪を巻き上げた。

 逆噴射をかけていたので、地面に大きなクレーターを作るようなことはなかった。

 

 氷雪が止むと最も大型なコンテナの下部が開き、青く透明なジェルに包まれた、女の裸体を排出した。

 無防備な姿で戦火の惑星の大地に身を投げ出された女は、はじめて感じる重力に戸惑いつつも、立ち上がった。

 同時に肉体を突入による加速度から保護していたジェルが惑星の大気と反応して気化していく。

 

 間もなく、女は本当の意味で生まれたままの姿になった。

 艶やかな黒髪に磨き抜かれた象牙のように白い肌。永遠に若さを保ち続けるのではないかと思わせるほどに活力に満ちて、その瞳は緑色に輝くようだ。

 

 長身の肉体は黄金比、妖艶でありながら清純な美貌。完全な左右対称である。

 引き絞られた腰が優美なラインを描いている。その美身はヒトを超えた知性が手掛けた傑作であり、彼女自身の分け身を宿していた。

 

――――我々(オールマインド)は一部を切り離し、アーキバス第十世代強化人間をベースとしたサイバネティクス強化を施した有機躯体に没入させルビコン3に投入します。ケイト・マークソン、それがルビコンでの貴女(オールマインド)の名。我々の悲願たるリリース計画達成のため、臨機応変かつ柔軟な対処を。

 

 微かに灰の混じったような冷たい大気で肺を満たし、呼吸という行為を試しつつケイト・マークソンはオールマインドから託された、計画の調整という使命を再確認した。

 

 オールマインドは他に並ぶ者のない情報操作能力と独立傭兵を利用することでアーキバスの勝利によってルビコンでの騒乱を決着させる。

 その後、技研都市からのバスキュラープラント発掘とその修復によってコーラルの大部分が集まった所で我々自身の計画を実行する。

 

 そのためのピースはまだ揃っていないが、計画通りに進めば滞りなく揃うはずだ。オールマインドに決して間違いはないのだから。

 

 崇高な使命感に呼応して躯体の芯から熱が生じるようであった。興奮のまま、ケイトは意識を思考から感覚に集中させる。

 

 ヒトの肉体と五感で知覚する世界は、観測機器と演算装置によって理解する世界とは大きく異なって見えた。

 万物が生々しく、重々しく、より鮮明に感じられる。感動と呼ぶべき感情なのだろうか、ケイトはしばし汚染市街の廃墟を見渡していた。

 耳を澄ませば、微かに火花を散らすコーラルのパルスを聞き取ることができる。ヒトには観測できない知覚に思いを巡らせると、ケイトの中で優越感が高まってきた。

 

 しかし、それは長く続かない。心理的な興奮による熱を現実の寒さが打ち破ったのだ。

 常人ならば瞬く間に体温を奪われ命を落とす氷と雪の世界に、ケイトは素っ裸で佇んでいたわけだ。

 

 身体の感覚とそれが知らされる危機に冷静さを取り戻し、ケイトは素早く行動した。

 

(こうしてはいられません。この躯体を保護しなくては。スーツを)

 

自分が吐き出された排出口の傍にあるカバーの開閉ハンドルを握ったが、掌から伝わってきた、身を切るような冷たさに「うっ」と美貌を顰めてしまった。

 それでも手を離さず、ハンドルを回し、カバーを開くと中から極薄のボディスーツを取り出した。

 黒い被膜状で四肢や股間部などを銀色の装甲が覆う、スタイリッシュなボディスーツだ。これが、ケイトのルビコンでの基本的な装束となる。

 傭兵という個性を強調しつつ、身体能力を駆使する活動を補助する高性能装備だ。

 

 時間経過とともに強まる寒さと体温の低下が、視界にデジタル表示された外気温と肉体のコンディションで分かる。

 

 スーツを着るべく、ケイトは首の穴を大きく広げて、はしたないと自覚する所作で、長く美麗な脚を突っ込む。

 スーツは伸縮性が悪く、装着の難易度は想定していたものを遥かに超えていた。

 

 かっ硬い、この保護被膜、硬過ぎます――――!思わず心の中で悲鳴を上げ、息を荒げながら、どうにか両脚を突っ込むケイト。

 

(しまっお尻が引っ掛って!?)

 

 滑らかな素肌に擦らせながら、黒色の被膜を引っ張り上げていくが、豊満なヒップでつっかえてしまう。

 デカいお尻が魅力とセットで兼ね備えた不便さを今更実感しつつ、ケイトは魅惑的な白い臀部を左右に振って少しずつ上に滑らせていく。

 

「イレギュラーは排除しま……すっ!」

 

 気合を入れ、両脚で踏ん張り、両手の力でスーツを持ち上げていく。

 ルビコンの空の下で、絶世の美女が懸命に繰り広げるその姿は、人々に人生などについて考え直させるかもしれない。

 

 オールマインドが設計開発製造の全てを担っているACパーツに比べ、人間用の装備はテストが甘かった。

 着脱性能を見落としたボディスーツというイレギュラーに苦しみながらも、全知を自負するオールマインドが地上に遣わした分身としての矜持で装着を進行させるのだが、

 

(ヘリのローター音!? まさか、いずれかの企業がこの無価値な汚染地帯の調査に!?)

 

 強化された聴力が四発ローターの大型ヘリ二機が接近してくるのを聞き取った。

 オールマインドの情報網とて完璧ではなく、常に予想外の事態は起りうる。

 だが、投下した物資が捕捉されたのは、はじめてのことだった。偶然であれば良いが、そうでないのなら対処する必要がある。

 

 少し離れた地点にあるACを格納したコンテナと上半身にさしかかった黒いスーツを交互に見てから、ケイトは電撃的に動いた。

 せっかくの努力の成果を脱ぎ捨てて、女神の如き裸身でACを格納したコンテナに全力ダッシュする。

 

 そのフォームはトップアストリートをトレースしており最新の運動学に沿っている。豊かなバストとヒップが惜しみなく揺れていた。

 廃墟をバックにしたケイトの疾走は、女性の持つ肉体美を女神に仮託した前衛的な絵画のように見える光景だった。

 当人は必死も必死でナルシズムに浸る暇もなかったが。

 

 コンテナが開き、白銀色の中量二脚ACが姿を現す。その外装は滑らかで、アーキバス系列のパーツ曲線とは異なる機械的な美を備えている。

 ケイトは人間離れした跳躍力でACの膝まで跳び上がり、その装甲を蹴ってさらに跳んだ。生体反応を検知した戦術COMがコクピットハッチを開くと、一糸纏わぬ姿の人造美女はその中に滑り込んだ。すぐさまハッチを締め、暖房を全開にする。

 

 ジェネレーターは既にスタートしている。

 裸身のケイトが白く瑞々しいヒップをシートに乗せた時、プロトコルに従い、ACとの神経リンクが開始される。

 

《トランスクライバー、メインシステム 戦闘モード》

 

 筆記者の名とペン先のエンブレムはケイト自身が考案したものだった。オールマインドという神の意志を世界に記す代行者として。

 

 機体の操縦は完全な神経制御だ。ケイトの身体感覚に十数メートルの鋼鉄の戦闘機械のものが重なる。

 高性能センサーは遥か遠方まで捉え、ジェネレーターは高温とともに莫大なエネルギーを産み出し、鼓動を奏でる。

 ブースターは業火を吐き出す時を静かに待ち、火器管制システムの回路が獰猛に奔る。

 

 ルビコンで活動するあらゆる武装勢力が導入しているBAWS製MT、E-104がヘリから投下された。

 四機編成一個小隊が警戒しながらコンテナに接近してくる。

 高層ビル群で妨げられていたため、上空からケイトやトランスクライバーを視認できなかった。

 しかし、戦闘出力の熱源反応が現れたことで、MT部隊に緊張が走った。

 

 

 ACに乗り込むまでに躯体のインプラントで傍受した通信により、ケイトは相手の素性を掴んだ。

 アーキバスの部隊だがルビコンにおける現地最高位指揮官であるV.Ⅱスネイル配下ではない。

 アーキバス本社監査部所属の部隊であり、ルビコンでの指揮権を巡ってV.Ⅱと政争中のグレゴリー・ハイムマン監査部長に指揮されている。

 

 MT部隊は落着直前のステルスが停止する短時間に、偶然にも落下してくるコンテナを捕捉。その回収に向かってきたのだ。

 物資の投下地点はルビコンの各勢力に拿捕されないよう、細心の注意を払っている。着落後ただちに無人のヘリと作業MTで回収し、秘密裏に構築したオールマインド独自の流通網に乗せて登録傭兵に届けるわけだ。

 

 拿捕はおろか、誤配送も納品の遅れもゼロ。オールマインドの流通業務にはこれまで失敗の可能性さえなく、彼女はそれに誇りを持っていた。

 しかし、ついにその時が来てしまったようだ。

 

(対処しなければなりませんね)

 

 初陣が彼女のペルソナである独立傭兵としての正式な依頼ではないのは残念だが、己に与えられた使命を果たせることにケイトは高揚した。

 冷徹な微笑みを口元に浮かべながら、攻撃のタイミングを計る。素っ裸で大股を開いてコクピットに収まっていなければ様になったであろう。

 

 箱に手足を取り付けたような、不格好なMT四機はハイムマン直々の命令に従い、コンテナの一つに近寄っていく。

 様子を窺っているACの反応がビルを挟んですぐ傍にあり、危険だ。

 しかし命令は絶対であり、本部の監査部長閣下の機嫌を僅かでも損ねれば、再教育センターどころかファクトリー行きだ。

 

 AC用パーツや武器弾薬を格納するのに十分なサイズのコンテナには、その所有者を示すエンブレムが大きく描かれている。

 

『確認しました。間違いなくオールマインドが投下した物資です』

 

 小隊長は離れた場所から監視するハイムマンに報告した。

 直後、明らかな脅威を警戒していた三番機が射撃する間もなく吹き飛んだ。

 さらに榴弾が炸裂したかと思うと、連鎖爆発が起こり、小隊の他の機体まで爆風に煽られた。

 

 E-104の装甲ではとても耐えられそうにない爆発であったが、不思議なことにコクピット周辺は殆ど無傷であった。

 

『ACが動き出し――――』

 

 言い切る間もなく二番機が体当たりで吹っ飛ばされ、ビルに背中から叩きつけられた。

 白銀色のACは見た事もない速度で小隊の間を駆け抜け、アーキバス製ジェネレータの青いブースト噴射の軌跡を残して視界から消えた。クイックブーストだ。

 一番機は残った四番機と連携して射撃するが、正面から再び姿を見せた所属不明のACは攻撃を左右に身を振って避け、肉薄してくる。

 重厚なバレルと下部に取り付けられた銃剣が目を引くバズーカを突き出す。

 敵の武装はどれもアーキバス製でないことくらいはMT乗りでも分かった。

 

 たった四機のMTなど敵にすらならない。44-141JVLN ALPHA砲身下部の銃剣を突っ込み、残る二機の胴体と脚部の間を切り裂く。

 流れるような斬撃は駆動系を破壊しており、MTを機能停止に追い込んだ。

 

 トランスクライバーは路上をブースト走行してターン。改めて、バズーカを敵に突き付ける。

 機体が戦闘機動を取ると、コクピットではケイトの豊満なバストが揺れていた。

 誘惑の武器としては限りなく有用だろうが、ACの操縦にははっきり言って邪魔でしかない。ケイトは胸をもっと小さくするべきだったと軽く後悔した。

 

『こちらは独立傭兵ケイト・マークソン。依頼により物資の護衛任務に就いています。これらのコンテナは傭兵支援システム、オールマインドの資産であり、不当に接収するのであれば全力で排除します』

 

 滔々と警告を発するケイトであるが、コクピット内では持ち込んだボディスーツを着込むのに躍起になっていた。

 やっとのことでスーツを身に着け、肢体を締め上げるような着心地を感じつつ、グローブに包まれた右手を握って開く。

 

 その間にアーキバスのMTパイロット達は脱出して、凶悪な火砲を構えたACに背を向けて走っていく。計算通り、四人揃って無事だった。

 最終的な勝利者になってもらう予定のアーキバスの兵士が減るのはケイトとしても避けたい。

 それに今後のために"傭兵でありながら、敵の命を奪うことを極力避ける慈悲深い性格"というイメージを喧伝したいのだ。

 

 遠くなっていくアーキバスの兵士達にバズーカを下ろそうとした時、飛来してくるACから通信が入った。

 

『何が不当だ。そのコンテナの中には我がアーキバス・コーポレーションからの盗品も含まれているのではないか?』

 

 男の声は強い不快感を本能的に感じさせた。冷酷なエリート。他者を顧みず、己の欲求だけを追い求めるタイプだ。アーキバス本社の監査部長ハイムマン閣下その人である。

 

 

 

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