私は独立傭兵のケイト・マークソンです! 作:その辺の残骸
混迷のプロローグ
メンテナンスのため眠りにつく時、強化人間C4-621は夢を見る。戦いの夢を。
一世紀以上に渡る地球環境の荒廃が生み出した砂漠の廃都。世界を支配する権力構造が一変してなお、大地が負った傷は癒えることなく、むしろ増していくばかりだった。
彼方から飛来する閃光。それは四基のメインロケットエンジンからなる巨大なブースターを背負った純白のアーマードコアであった。
神経直結した搭乗者の意志が光の速さで奔り、怪物的なパワーを宿すマンアンドマシンを司る統合制御AIはブースターをパージした。水底での眠りから舞い戻った人工知能は新たな主に忠実に尽くしている。
分解されたブースターが砂漠に散らばる。低空でマッハ2を超える非常識な巡航速度のため、砂地が爆ぜ、巻き上がった。
流麗な装甲のアーマードコアは急減速しながら、半ば砂漠に埋もれた高層ビルの屋上に降り立った。複眼のカメラアイが、異形のシルエットを為す頭部が見上げる空には、眩い緑の神気を纏った人造の魔剣が鎮座する。
今、621と一つになっている、単機で一軍に勝る強力無比なACさえも超える、力の具現。魔剣が放つ神気は大地を汚染し、生命を奪う邪毒でもあった。
不意に機体の周囲に稲妻が瞬いた。それは超高出力ジェネレータから生成された粒子による防御膜が最大出力に達した証だ。巨大な魔剣と同じく、純白のACもまた世界を冒す災厄を力とする戦闘機械であった。
すべての戦争を終わらせる戦争のための力であったはずのそれらを世界を支配する巨大企業の尖兵に成り果て、際限のない汚染を広めていた。
耐Gジェルに覆われたコクピットの中で、パイロットは嘆きを振り払った。一匹の獰猛な獣となり、ACは戦闘態勢を取る。アクチュエータから奏でられる駆動音のハーモニーは、機体が完璧に調整されていることを物語っている。
最高の機体、最高の武装、最高以上のパイロット。それらを束ねて臨んでも、勝利をもぎ取るには奇跡さえ足りない。
しかし、機体と繋がった搭乗者の戦意は融解寸前の炉心の如く燃え上がっている。
機械仕掛けの半神たるアーマードコア・ネクストとその
魔剣が不気味に嘶き、全方位に向けて破滅の神気を振りまく。瞬時に装甲を融解させる高濃度粒子汚染が広がった空間に在ることができるのは、同じ神気を纏った存在のみ。
コア後部が可動し、ACがオーバードブースターの翼を広げる。死神の化身たる大鴉さながらの威容。
甲高い吸気音の後、ACは大気を突き破って白い閃光と化し、飛翔した。オーバードブーストにクイックブーストの多段噴射で猛加速を加え、瞬間的には極超音速に達していた。
挑発するように二挺のライフルを獲物に向け、決して砕けぬ矢となる。魔剣が炸裂させた神気の中を駆け抜け、昇っていく。
コクピットが激しく揺れ、警告音が鳴り響く最中、パイロットが嗤うのを621は確かに感じた。
決着を待たずして621のメンテナンスは終わった。医療ポッドのカバーが開く。覚醒した強化人間C4-621はひんやりとした床に降り立った。
銀髪の少女は一糸纏わぬ姿を恥ずかしいと感じない。しなやかで、繊細な白い肢体は人工的な印象だ。下方視界を妨げず、運動の邪魔にもならない薄い胸部をしている。しかし、綺麗に括れた腰から広がるヒップは豊かに育っている。
「おはようございます、レイヴン。調子はいかがですか?」
「おはよう、エア。ぜっこうちょう」
頭の中から響くエアの透き通った声に返事をする。
「レイヴン、貴女の乗機アニヒレイターについて調べさせていただきました。この機体を組み上げたエディス・キュビックスというアーキテクトは星外のACパイロットや技術者の間で有名なようですね」
実在の証拠は組み上げた極めて高性能なACのみ、企業や地球政府でさえも素性を掴めていない。戦場伝説的なアーキテクトだ。それがエアの知的好奇心を刺激して、レイヴンが寝ている間ずっと情報を集めていた。
「非常に興味深い人物です。エディスの事を教えていただけませんか?」
「へんなひと、ちっこい、えらそう」
621なりにエディスの特徴をピックアップしてエアに伝えたつもりである。621のような生い立ちの者は生まれてから死ぬまで一度も袖を通すことがないであろうドレスで着飾って戦場を行き来している不審人物全開な金髪の少女、否、幼女。
それがエディス・キュビックスであり、621は不遜な笑みを浮かべる小さな姿を脳裏に思い描いていた。
「変な人……高度な技術を持ちながら、あえて企業にそれを売り込まないというだけあるのですね」
銀髪の少女強化人間の説明に、自分なりに納得するエアだった。
中央氷原に到着後、連絡こそあったが、ウォルターはヘリに戻っていない。RaDのシンダー・カーラと協力関係を結び、別動隊としてコーラルを観測すると告げてきた。
現在は定時連絡以外は取っていない。ウォルターは忙しい様子だった。
シャワーを浴びてから621は黒を基調とした素肌に密着するパイロットスーツを身に着ける。手首のフィッティングスイッチに触れるとスーツ内側の空気が一気に抜けた。
身体が締め付けられた瞬間には「んっ」と思わず可愛らしい声を漏らした。銀髪の少女の魅力的なお尻が圧迫で持ち上がる。
透けそうなほど薄い被膜状のスーツで、股間部分の装甲プレートなど最低限の防護が施されている。見た目は裸同然だが、耐G性能は高い。
いつでもACに乗り込み、出撃できる恰好になってから栄養を補給する。621はハイカロリーかつジャンクな風味のチューブ食を啜り、ちょっとした贅沢とした星外からの輸入品であるミネラルウォーターで水分を摂り、栄養剤を流し込む。
強化人間の少女は食嗜好の面で人間らしい情緒を再獲得しつつあった。
その方向性がジャンクフード嗜好だということで、ウォルターを悩ませてもいたが。
「レイヴンが休んでいる間に仕事を探してきました。気に入ると良いのですが」
「かくにんする」
621はACに乗り込むとオールマインド傭兵支援ネットワークに接続し、早速依頼に目を通す。
現在のエアの立ち位置は独立傭兵レイヴンの正式なマネージャーだった。
コーラルによる感応を用いた「交信」ではなく、オンライン上で他者と交流することに抵抗を示したエアであったが、621は懸命に説得してウォルターと引き合わせ、リサーチャー兼マネージャーとしての雇用をどうにか認めてもらったのだ。
以来、エアは地球で伝説的なリサーチャーとして知られているらしい、E.W.なる人物が著したハンドブックなどを用いて、心構えとテクニックを猛勉強している。
ブリーフィングを起動する。依頼者はルビコン解放戦線、指名依頼だ。仲介人アーシルの録音音声が、熱意と誠実さを感じさせる調子で依頼の詳細を説明する。
ルビコン解放戦線も中央氷原に進出し、拠点を確保してから比較的順調に前進していた。この度、士気高揚を兼ね要人が前線基地を視察するので、その間の警備を頼みたいとのこと。回答期限まで残り一時間。
依頼を承諾する621。さらに僚機要請オプションを開き、出撃可能な傭兵をチェックする。
「僚機を付けるのですか? レイヴンの戦闘力ならば単独でも十分に思えますが」
「ふそくのじたい、そなえる、いやなよかん」
僚機となる傭兵と報酬を山分けすることになるが、奇襲などに対処しやすくなる。出撃可能な傭兵の一覧がレイヴンの視界に表示された。
Kニス、ジャック・オラン、リンゴ、マーズブレード、鹿島香取、万年伍長、レッドエリック――――派手なカラーと個性的なエンブレムのACが次々と視界を流れる。全員、ランク外の傭兵だ。
「むむむ」
傭兵達の機体や経歴を確かめながら、難しい顔をする銀髪の強化人間少女。主戦場が中央氷原に移る前後に活動を開始した新入り揃いであり、実力ははっきりしていない。
勘に任せ、レイヴンはリンゴという名の若い独立傭兵に僚機を頼もうとするが、その直前に新しい名前が表示された。ケイト・マークソン。
レイヴンは悩むことなく、ケイトを選ぼうとする。
「待ってください、レイヴン。ケイト・マークソンはアーキバスとの関係を深め続けています。彼女が解放戦線に助力するのは不自然です、こちらを陥れようとしているのかもしれません」
エアはケイトをこの上なく警戒していた。疑念は彼女の身辺を洗う度に深まっていった。不気味なほどクリーンかつ、実力を高く評価するコメントや戦闘映像さらに生身で様々な戦闘訓練をこなす宣伝映像が星内ネットに溢れている。
一方でトップエースクラスの技量を持つ傭兵でありながら、星外での目立った戦歴が存在しない。
この女傭兵――――何か変なのだ。ウォルターとの間でもケイトへの疑念は一致していた。
「だからこそ、ケイトにたのむ」
「だからこそ……ですか?」
「いっしょにしごとして、ケイト、しょうたい、みきわめる」
現在のエアはレイヴンのオペレーターも担当しているので、ミッション中にケイトと接触してそれとなく質問をすることができる。
「それが私の役目ということですね。分かりました、お任せください」
621の本心としては、ケイトが気に入ったので一緒に仕事したいだけなのだが、友人を納得させる方便を戦闘に特化させられた頭脳からひねり出した。
「たよりにしてる」
見事、エアを言いくるめた621はケイトに僚機要請。要請はコンマ二秒で承諾された。