私は独立傭兵のケイト・マークソンです! 作:その辺の残骸
レイヴンの僚機となるべく要請に応じた時、ケイトは補給作業の最中だった。
航空優勢を握る惑星封鎖機構から身を隠すため、坑道に潜伏していた。
一週間近く殆ど休みなしで働いている。独立傭兵としての任務と本来のオールマインドの工作員としての任務。双方でケイトは多忙を極めていたのだ。
封鎖機構の強硬的な動きや新たにルビコン入りした雑多な勢力というイレギュラーはあったが、
オールマインドは傭兵支援システムとしてアーキバス、より正確にはV.Ⅱスネイルと接触。
独立傭兵を支援する表向きの立場と、アーキバスのコーラル独占(当然、オールマインドは真の目的は伏せている)を助ける裏の顔を併せ持つようになっていた。
とはいえこの協力態勢については定時連絡で概要を伝えられただけで、具体的にはケイトは訊かされていない。
オールマインドの真の目的を知るV.Ⅲオキーフという懸念事項への対処も定かではなく、やや不安があった。
何よりスッラが気がかりだ。快復後に機密性の高い任務に就いているため連絡厳禁と言い渡されて久しい。
この多忙さを抜け切っても、オールマインドから何の通達もないのなら個人的にスッラの現状を調べるつもりだった。
電子音がコクピットに反響した。弾薬の補給とリペアキット・ナノマシンによる簡易修理が完了したのだ。
ケイトの支度もちょうど終わる頃だった。
ルビコンでの戦いでより強く、より艶やかに鍛えられた腹筋を最後に一拭いして、ボディシートを廃棄物シュートに放り込む。
補給作業を開始すると同時にケイト・マークソンはボディスーツを脱ぎ捨て、生まれたままの姿で汗を拭っていたのである。
今日までケイトの肌にぴったり張り付き、その身を守ってきたボディスーツは丁寧に畳んでシートの下の収納スペースに納めている。
シート上で横向きになると新品のボディスーツを身に着けた。
大きく広がった穴に足先を入れ、首元まで引っ張り上げていく。首元のスイッチを入れると、急激にスーツが縮まっていく。
ケイトのボディラインに沿って、極薄の黒い被膜が肢体を覆った。
股間や四肢を保護する銀色の装甲プレートは以前と変わらないが、より軽量かつ強固に改良されている。
豊かに突き出た乳房は黒い被膜にその魅惑的な形通りに包まれ、やはり装甲が施されていない。
おまけに先端部の形がくっきりと出ている。
ボディスーツを装着した身体の各所を見ながら、ケイトは呟く。
「逆に涼し過ぎますね、この新型は」
以前のスーツは極薄だが、通気性が悪く包まれている感覚があった。
改良された新型ボディスーツでは、着心地が考慮され裸でいるのと変わらない肌感覚が実現されている。
汗だけを通す特殊素材を採用して、長時間の着用による負担にも対策されていた。
ケイトの要望から開発された新型スーツなのだが、オールマインドの設計は極端であった。
装甲のある股間や手足以外は素っ裸でいるようなもので、ケイトは少し恥ずかしかった。
「とにかく、これで完璧。さあ、仕事の時間です」
前傾姿勢で操縦桿を握れば豊かなバストが自信満々に揺れ弾む。黒い被膜が張り付いた臀部を突き出す。
股間部分の装甲をバイク型シートに力強く押し付け、左右の太股で挟んで三点固定。
坑道を抜け、白銀色のACトランスクライバーはブースターを最大噴射。凍てついた大地を蹴って、蒼天に飛び立つ。
アニヒレイターと合流すると、機体をぴったりと横につける。
二機は低空飛行で防衛目標の前線基地が築かれた峡谷地帯に向かっていた。
『御機嫌ようレイヴン、エア』
ケイトは他者を魅惑することに特化した笑顔と心地よい声音で呼びかけた。
『んっごきげんよ』
『今回はよろしくお願いします、ケイト・マークソン』
エアはコーラルの性質を用いた交信ではなく、制御下に置いた通信機器を介して合成音声で会話している。
彼女はレイヴンのオペレーターという立場を演じており、ハンドラー・ウォルターを始めとした人間と交流するようになっていた。
『ケイトで結構ですよ、エア』
エアの事務的な対応に歓迎されていないとケイトは察した。笑顔は崩さず、話題を切り出す。
レイヴンは以前、シュナイダーからの依頼で惑星封鎖機構の補給拠点を襲撃して徹底的に破壊した。
増援として送り込まれた特務機体エクドロモイのチームをも撃墜する映像はアーキバスの対封鎖機構コマーシャルに用いられ、機構の軍事的絶対性はまやかしであるというイメージを形成していた。
『燃料基地襲撃の手際、お見事でした。アーキバス内部でも貴女の評価は大きく高まっていますよ』
ケイトがアーキバス寄りの傭兵であり、現場レベルでは蜜月を築いていることは周知の事実。あえて内部事情を漏らし、アーキバスとの深い関係を暗示する。
『ますこっとではない、それ、わからせた』
誇らしげに薄い胸を張るレイヴンである。
『エアのおかげでも、ある』
と付け加える。件の依頼はパイロットとオペレーターという立場での初仕事でもあったからだ。
それからもケイトはレイヴンの仕事ぶりを褒めそやした。単に利用するための好感度稼ぎだけでなく、本心も混じっていた。
『C1-249スッラ』
レイヴンの発言は不意打ちだった。
『えっ!? 彼がどうかしたのですか!?』
『彼……? あなたはスッラについて何かご存じなのですか?』
露骨に疑いの視線を向けるエア。通信回線を挟んでの会話だが、アニヒレイターのコクピットから赤く輝く視線を感じるのである。
『いっいえ! 詳しいことは何も! 互いに独立傭兵ですし、時には同じ任務で協同したこともありましたが、個人的な付き合いは一切ありません!』
レイヴンはじっと見つめてきた。コーラルの色に染まった瞳から感情は読み取れない。
『ぶじでよかった』
レイヴンはまず安堵した。
『スッラはきけんなころしや。わたしのせんぱい、618もころされた。だからケイトもきをつける』
『はっはい。お気遣いありがとうございます』
『ケイトは、ほかのひと、ころされてほしくない』
ケイトの碧眼を見つめながら、銀髪の少女は呟いた。
(他の者に殺されたくない? 貴女が私を殺すということですか!?)
純真無垢な気性だと考えていた強化人間C4-621の口から出た物騒な発言に動揺するケイトであった。
突如湧いてきた恐怖に、肉感的な太股で強くシートを挟む。
『スッラはかならずころす、あんしんしてほしい』
(スッラも殺す!?)
決意と殺意に満ち満ちた621の宣言。
ケイトは安心できませんよ!と心の中で叫ぶ。協力者であり借りもある老傭兵の命が危ない。
この時、半ばパニックに陥った彼女の頭の中では、老騎士スッラと銀髪の美少女暗殺者レイヴンの対決シーンが思い描かれていた。
「二人が戦う理由などありません! 武器を収めてください!」
死闘を始めんとする両者を止めるべく、割って入る姫君ケイト。妄想の中で自然と自分を高貴な立場に置いている。
しかし、黒髪の麗しき姫君の叫び空しく、剣戟が繰り広げられてしまう。
「やめなさい! やめろ! やめろったらやめろ~っっ!!」
スッラと621の周りを走り回る。胸元が露出したドレスで乳房を壮大に揺らしながら、ケイト姫は訴え続け――――
(はっ!? いけない任務中でした!)
妄想から我に返った切欠は作戦エリアへの接近を告げる警告音だった。
冷静さを取り戻しながら、ルビコン解放戦線の現状をケイトは想起する。
意外なことに、ルビコン解放戦線の劣勢は覆されつつある。
兵器とコーラルの供給源であったBAWS第二工廠の消失、コーラル湧出現象による被害。
かつてないルビコンの民の窮地にサム・ドルマヤンが還ってきたのだ。
帥父の称号で尊敬される老人は気高い戦士の魂を取り戻し、愛機を駆って勝利に次ぐ勝利を呼び込んだ。
アーキバスとベイラムが中央氷原への配置転換を行った隙を狙い、ドルマヤンは少数の手勢のみでベリウス各地の企業拠点を強襲。
帥父の鬼神の如き活躍で解放戦線は搾取されたコーラルを奪還し、多数の戦争資源を獲得した。
それだけではない。ドルマヤンは大気中へのコーラル噴出の余波として、新たに生じた井戸の在り処を示してみせた。
何の観測機器も用いず、己の感覚のみでルビコニアンの糧を見つけ出す所業は奇跡と形容されるべきもの。
その御業に解放戦線内のドルマヤンへの敬意は信仰の域に達している。
指導者にあるまじきことだが、当人が他者との交流を拒み、コーラルを用いた瞑想に没頭していることも、老戦士の神秘性を高めていた。
(確かに今の解放戦線には勢いがある。士気もかつてないほど高まっている。しかし――――)
それはサム・ドルマヤン個人に依存したものだ。
崇敬する帥父が再び堕ちれば、一転して戦意を喪い、烏合の衆に成り下がるだろう。
帥父と崇められるこの老英雄は、かつてCパルス変異波形セリアに唆され、アイビスの火の引き金になった罪人でもある。
計画の妨げとなるセリアだったものが活動している現在、オールマインドが排除するべき対象であった。
『レイヴン、エア一つよろしいですか? 余所者なりにルビコンの現状について考えたことがあるので、意見を伺いたいのです』
『なに?』
無表情だが身を乗り出し、興味津々なレイヴン。
『ルビコン解放戦線、彼らはコーラルとの共生を謳っています』
共生、その単語にエアが強く反応した。
『それは実際には人間からコーラルへの搾取でしかないように思えます』
レイヴンとエアが息を呑む。
『コーラルとの真の共生の実現、そのためには人類もまたより高いステージに――――』
ペースに引き込んだと判断して、滔々と語り出そうとするが、敵襲を告げる電子音に遮られた。
(なんですか! せっかくいいところだったのにまったく!)
トランスクライバーを崖上に下ろし、数百の赤い輝点が一群を為している北に向き直る。
青黒色の二脚AC、アニヒレイターも傍に降りてレーザーライフルをアイドリングさせていた。
『自爆型ドローンが接近中! 侵攻方向を表示します!』
エアの操作で自爆ドローンが飛来する方角と総数が視界に現れる。
多数のグループに分かれており、総数は五千に届く。
『独立傭兵レイヴン! 基地の対空兵器は不十分だ! 可能な限り迎撃してくれ!』
解放戦線の管制官が叫ぶ。
『はなしはあと』
離陸したアニヒレイターは、レーザーライフルの狙撃で早速二つのグループを爆散させていた。
数に圧倒されるが、誘爆で周囲のドローンごと破壊できるので、全滅させるために必要な弾薬は見た目より遥かに少ない。
ケイトはレイヴンに頷き、碧眼に戦意を煌かせる。
『ええ! この程度、楽勝です!』
操縦桿を強く握り、フットペダルを踏み込む。
ケイトの身体が強烈なGに押し付けられ、白銀色のACが舞い上がる。北東側の群れを迎撃するべく、銃を向けた。左腕のマシンガンを掃射。視線に沿って火線が流れていく。
『独立傭兵へ、その調子で迎撃を続けてくれ』
自分でも驚くほど落ち着いた調子で基地管制官は二機のACに通信を入れた。
傭兵の駆るAC二機による迎撃率は100%だ。自爆兵器を相手に完璧に立ち回っている。
管制塔から遠方の空で起こる爆発はまるで花火のように感じられた。
企業の攻撃は帥父の演説前の良い余興になった。安堵感に椅子に身を沈めようとするが、非常警報がそれを阻んだ。
何事だ!管制室が慌ただしくなる。耐爆シェルターが内側から吹き飛び、混乱はさらに増した。
黒煙の中から姿を見せたACに解放戦線の闘士達は身を凍らせる。他でもない帥父ドルマヤンの愛機、アストヒクだ。
老英雄と共に戦歴を重ねた最初期のコア理論モデル・アーマードコア。
携えたライフルが管制塔に狙いを定める。
『私は目覚めた。お前達はお前達の道をいけ――――幸運を』
全帯域で呼びかけるサム・ドルマヤンの声。帥父がなぜ我々に銃を向ける。
突如、悪夢へと塗り替わった現実を咀嚼する前に、管制塔に徹甲弾が降り注いだ。
崩れ落ちる塔に一瞥をくれることさえせず、ドルマヤンは飛翔した。彼を呼ぶ声の元へ。
「セリア、遅くなってすまない」
老戦士の視界にノイズが走り、技研の警備部隊の残骸が転がる、あの日の光景が浮かぶ。
己の内にあった畏れが"向こう側"を拒み、星と人とコーラルに災禍をもたらした。
罪の重さに怯え、恐れ、隠れ、言葉を弄し続けた。
だが、今は違う。サム・ドルマヤンの心は澄み渡り、止まった時計の針を動かそうとしている。