私は独立傭兵のケイト・マークソンです! 作:その辺の残骸
防衛対象である前線基地で起こった混乱は迎撃中のケイト達にも伝わっていた。
その原因が他ならぬルビコン解放戦線の指導者サム・ドルマヤンであることも、傍受した通信から把握している。
急造のため、基地の指揮統制設備が地上に集中したのが災いした。
防衛対象は実質的に壊滅状態に追い込まれた。管制塔との交信は途絶しており、基地各所の戦闘指揮所も破壊されたようだ。
飛び交う解放戦線の闘士達の無線は悲嘆ばかりで、戦術的な内容は何一つない。
『彼の思惑は分かりませんが対処するしかありませんね』
ケイトはレイヴンとエアに呼びかけた。分からない、というのは嘘だ。エアが追うセリアと英雄だった老人の関係に、いずれ彼女もたどり着くだろう。
『私とレイヴンも同じ考えです。アサルトブーストで飛行中のアストヒクは三十秒後に作戦エリアに入ります。ケイト、抑えられますか?』
レイヴンのアニヒレイターとトランスクライバーの距離は離れており、残りのドローンを片付けて応援に駆け付けるまでは少々時間がかかる。
猛々しい前傾姿勢で機体を操りながら、ケイトは誇りを持って返答する。
『問題ありません、ドローンを処理した後に急行します』
上空の空に爆炎で広がり、トランスクライバーの白銀色のボディを照らしている。ケイトは谷底に陣取り、マシンガンを掃射している。
(まったく、なんと脆い!)
ドローンとルビコン解放戦線、双方を指して脆いと感じていた。
(精神的な支柱であるサム・ドルマヤンを喪った解放戦線は衰えることでしょう。帥叔ミドル・フラットウェルの指導力をもってすれば組織の形は保てるでしょうが、ただそれだけのこと)
ドルマヤンの排除は予定よりも早いが、問題はない。事態を察したオールマインドから秘匿通信が入る。
ケイトは優れた電子戦能力を持つエアに悟られないよう、こちらでも用心しながらチャンネルを繋ぐ。
『サム・ドルマヤンはCパルス変異波形セリアと添い遂げることを決意したのですね』
オールマインドの無機質な女性の声音には憎悪が混じっていた。
『そのようです。あの男は現時点で最も危険なイレギュラーと判断するべきでしょう』
ケイトはぞっとするほど冷たい声音で言い放った。
『アイビスの火で燃え残り、断片化した変異波形にどれほどの力が残っているかは未知数ですが、サム・ドルマヤンと合流すれば我々の計画の大きな妨げになることは間違いありません』
トランスクライバーは反転。ケイトは遠方から接近するアストヒクをサブウインドウに拡大表示。ドルマヤンのACは山なりの軌道を描き、上昇していた。
古めかしいBASHOフレームは航空力学の観点からすれば全く飛行に適さない、推力だけを頼りに飛翔している。
『そのために私がいます。必ずやあの男を排除してみせます。戦果にご期待ください』
酷薄に笑み、碧眼に敵意を爛々と輝かせる。ケイトは白銀の愛機を加速させる。
艶やかな闇と銀で裸身を鎧った彼女は今、獰猛な獣を駆り立てる黒髪の魔女であった。
アストヒクは落下軌道に入っている。ブースタから迸っていた深紅の輝きはなく、エネルギーを使い切ったのは明白だった。
滑空する目標をロックオンし、KRSVを構える。既にチャージは完了しており、二門の銃口は暴力的な光が蓄えている。谷底での滑走からブースト全開で一気に飛び上がる。
『御機嫌ようサム・ドルマヤン』
無線周波数に当たりをつけると、ケイトは挑発する。
『愛する者のために全てを捨てたのですね、帥父とあなたを敬ってきた人々を。さぞ苦しい決断だったことでしょう』
嘲笑いながら、左腕のマシンガンとレーザーオービットで偏差射撃をかける。有効距離には遠く、牽制程度の効果しかない。アストヒクの正面装甲が弾丸とレーザーを弾く。
回り込むようにトランスクライバーが動いても、挙動に変化はない。
『お前達もまたルビコンの子。私達が向こう側に誘おう』
ドルマヤンの声は澄み切っていて神聖でさえあった。
『賽を投げるのは我々です。消えなさいイレギュラー』
ケイトの言葉にドルマヤンは炎で応じた。ハンドミサイルが発射され、まっしぐらに向かってくる。放たれたミサイル群には複数の弾種が混合している。
トランスクライバーは左腕のマシンガンの残弾を一気に吐き出してミサイルを全弾撃墜。
幾つかのミサイルは着弾前に自爆し、チャフと閃光弾がケイトの追撃を阻む。
予想通りの動きだった。技研の遺産コーラルジェネレータの性質を活かすことで、アストヒクは独特な戦闘機動を取る。
反撃は燃焼したコーラルが急増殖するまでの時間を稼ぐためのものだ。
サム・ドルマヤンのデータはアリーナに登録されており、ケイトは幾度となく勝利を収めていた。
ミサイルを使った目くらましはシミュレーションにはなかったが、動きは読み通り。
ホワイトアウトした視界の中でトランスクライバーのKRSVは正確に敵を追尾していた。濃密なチャフの雲に逃げ込んだアストヒクめがけて、力場を解放する。
強力なエネルギーの光帯が旧式フレームのACを飲み込む手応えはなかった。
「外した!?」
ケイトは背筋に冷たいものを感じ、機体を右へのクイックブーストで跳ねさせた。視界はまだ回復していない。徹甲弾が一瞬前までコアがあった空間を通り過ぎた。
視界が回復すると、いかなるテクニックを用いたのか無傷で舞い、真紅の噴射炎を迸らせるアストヒクの姿があった。
アリーナのデータと異なる武装、SG-026 HALDEMANとSG-027 ZIMMERMAN――――二挺のショットガンを構えている。
『セリア』
脈絡なく思い人の名を口走りながら、ドルマヤンは散弾を浴びせかけてきた。ショットガンが最大の威力を発揮する距離ではないが、白銀の装甲が削られていく。
「くぅっ!」
屈辱を噛みしめながら、追い立てられたケイトは崖の上に機体を降下させた。マシンガンを投げ捨て散弾を防ぐ盾に使いながら、ケイトもハンガーシフト。
左腕武装をプラズマスロワーに切り替え、空中の敵機にウィップを叩きつける。アストヒクは機体を大きく後ろに傾け、一閃を躱すとケイトと同じ崖に降り立つ。銃火の応酬を続けながら、対照的なシルエットを持つ二機のACは交差。
「はあっ!」
その瞬間、人体同然のしなやかさを発揮したトランスクライバーが敵機の胸部装甲を蹴りつけた。衝撃により回転するアストヒク。
深紅の閃光がアストヒクを中心に弾け、バックのクイックブーストで距離を取ろうとするケイトに襲い掛かった。
「こちらもパルスアーマーで!」
コーラルにより致命的な破壊力を得たアサルトアーマー。これを誘発するためにあえてケイトは接近戦を挑んだのだ。
コーラルパルスの放出が開始されるまでに蹴りを叩き込むのは危険な賭けだったが、有効打を入れるべく試す価値があった。
トランスクライバーのパルスアーマーが破壊的な深紅の嵐から機体を守り抜くが、衝撃波で弾き飛ばされてしまう。
「これでは追撃できないっ!」
ケイトが機体を立て直す一瞬で、深紅のコーラルパルスから飛び出たアストヒクが二挺のショットガンを乱射してくる。たまらず谷底に逃げ込む。
これがサム・ドルマヤンの真の実力なのだ。ケイトはごく短時間の交戦で心身ともに激しく消耗していた。
リペアキットで装甲を修復し、KRSVを頭上に向けて警戒すると、ケイトはレーダーに意識を向けた。妙なことにドルマヤンは追撃せず、むしろ距離を取っている。それだけではない。
(ここにきて新手!? それにこれはあまりにも大きい……!)
巨大な熱源がよりによってレイヴンのアニヒレイターと同じ方角から急接近していた。
『増援、大型MTが来ます!これは――――』
感じ取った禍々しいコーラルの気配が二人に警告しようとしたエアを竦ませた。
「せりあが、くる」
ケイトに加勢するため、青黒色のACアニヒレイターの最大速で急行していた621が呟く。
背後から迫ってきた巨大なコーラル反応、それを内蔵する純白の巨体が仕掛けてきたミサイルの弾幕を振り向くことなく避ける。
アニヒレイターは上空にポジションを取り、崖よりやや上の高度で飛ぶ大型MTに向かって背部の二連軽グレネードキャノンを発射。爆発は深紅の保護膜に遮られる。
「よそうどおり」
621の呟きは負け惜しみではない。爆炎を抜け出して飛び去る巨大な機体を改めて観察する。
突き出した機首はAC一機を丸呑みできるほど巨大かつ重厚に装甲されている。
背面各部にはコーラルを動力とした機体特有の深紅の奔流を放つスラスター。
ACの三倍はある巨躯相応のキャノンにレドームユニット、ミサイル発射口多数、近接防御用の機関砲及びレーザー機銃を確認。
純白のカラーリングは世界の全てを拒み、否定するかのように穢れ一つない。
「セリア、来てくれたのか」
妨害を振り払い、ドルマヤンはかつて喪った恋人が宿る純白のマシンとランデブーする。もはや誰にも二人を引き裂くことはできない。
「あの日の私の臆病が君をこんなにしてしまった。償うことはできない」
巨大な純白のマシンが減速する。アストヒクその前方を跳ぶ。
コーラルを介したパルスが、狂おしいリズムでドルマヤンに意志を伝えた。
「私を赦してくれるのか、セリア」
MTの機首が開く。怪物が獲物を貪るかのように。
十メートル級の鋼鉄の巨人であるアストヒクが一飲みされる。顎が閉じると、ケーブルによって巨大な機体の口内にACが固定された。
「ありがとう、ありがとう」
老人は深紅のノイズに向かって、譫言のように繰り返す。
「もう迷わない。私は君とともにある。今度こそ焼き尽くそう、余燼のすべてを。そして皆を向こう側へ」
純粋な歓喜と共に、純白の機体が変形する。折り畳まれていた下半身が解放され、逆関節の脚部ユニットとなり、氷雪を踏みしめた。
向かってくる三つの敵意と相対するマシンのシルエットは白亜紀末期の頂点捕食者を連想させた。
純白の巨体が極めて生物的な動作で身を振ればフレームが軋み、咆哮を模倣する。
エアはコーラルに広がっていく悲鳴と歓喜の矛盾した叫びを確かに聞いた。セリアとドルマヤンを宿したあのC兵器はこの世にあってはならないものだ。