私は独立傭兵のケイト・マークソンです! 作:その辺の残骸
愛機と共にドルマヤンが取り込まれた歪な鋼鉄の巨獣は、かつてセリアであった変異波形の断片が完成させた技研の遺産であった。
かつて科学者たちはコーラルを弄び、数多の戦闘機械を、殺戮と破壊の化身を夢想していた。
その名をアクゼリュス。カバラにおける第五のクリフォト、残酷の悪徳を意味している。
アクゼリュスは十機建造されるはずだった機体のうち、セリアの力と中央氷原にて掌握した設備で組み立てることのできた唯一の機体だった。
「これも君の力なのか」
夢の中にいるかのようにドルマヤンは言葉を吐く。セリアが用意してくれた力の詳細を知りたいとドルマヤンが考えるだけで、この機体を理解することができた。
半世紀以上に渡って、警句をもってルビコニアンを啓蒙してきた老人はコーラルに満たされた紅い空間で、唯一愛した女性の恋人に抱かれている。
青黒色と白銀色のACが攻撃を仕掛けてきた。
レーザーの閃光と砲弾を振り払うように、ドルマヤンはアクゼリュスのクイックブーストを作動させた。ACの三倍近くある巨体が一瞬で加速し、猛烈な風圧を発生させた。
全周に展開されたコーラルによる
本来、アクゼリュスに実装されなかった機能であり、セリアの力によるものだった。ドルマヤンと共にコーラルに働きかけ、その流れと性質に指向性を与えている。
ブーストによって崖の反対側まで移動したアクゼリュスが今度は地を蹴って跳ぶ。たった二度の戦闘機動でドルマヤンの老いてなお強靱だった肉体は無惨に圧壊した。しかし、セリアに包み込まれた男の意志は死なない。
二人は歪んだ深紅の唱和となり、コーラルを狂わせていく。その毒々しい波動はもう一人の変異波形にも触手を伸ばしていた。
サムとセリアのパルスがアクゼリュスの火器管制システムをなぞり、二機のACをロックオンした。
空中でサブブースタを吹かして姿勢を制御すると、純白の巨獣が吼え、炎を吐きかけた。ミサイルと火砲の弾幕。
攻撃に呼応してドルマヤンが秘めてきた憤怒が解放された。彼が唱えた警句の意味を理解せず、都合よく解釈して用いる者たち。
戦士としての力を崇めるばかりで、人とコーラルの未来を考えもしない余燼ども。
人間世界に戦火を招く忌まわしいコーラル。
双方、焼き尽くしてくれる。いや――――
「私は救わねばならない。セリアを、皆を。ルビコンの大地に生きる全てを」
ドルマヤンは想い出した。セリアを喪った自分に寄り添ってくれた青年を。男性特有の肉体の力強さと繊細な肌の温もりで、偽りのない愛をくれたリング・フレディを。
コーラルリリースをもって衆生を救済し、抑圧と搾取を是とする人間世界を糾すことこそ使命だ。憤怒から慈悲に代わり、また憤怒に戻る。
ジェネレータ内のコーラルが燃え尽きかけ、狂ったように増殖して次の世代を育む間に男の感情は流転した。
波形の断片と化したドルマヤンはただ最も強い感情を繰り返すだけの存在だった。
恋人の混沌とした感情をセリアは愛し、肯定し続けた。半世紀を経て、コーラルの波形として一つになった男女には愛があった。それは世界を冒す、窮極の愛であった。
足元で炸裂した砲弾から飛び散ったコーラル粒子を浴びないよう、ケイトはトランスクライバーを跳躍させた。
渓谷に爆音が反響しており、分子分解を起こすコーラル兵器によって大地が抉れていく。
「ひぃぃぃ~~~っ!」
艶やかな黒の被膜に覆われた乳房を弾ませ、操縦桿を引くケイトの情けない悲鳴。本体であるオールマインドと会話していた時の冷酷で妖艶な気配は実存の危機の前に消し飛んでいた。
猛禽類さながらに急降下してくる純白の巨獣の死角に入るべく、アサルトブーストで猛加速。追従しているレーザーオービットの攻撃はコーラルの粒子装甲に弾かれるばかり。
飛んできたミサイルから深紅の光が閃き、オービットを消滅させた。右背部に残った基部をパージして機体を身軽にすると、クイックターンをかける。
最小半径の旋回に振り回されないよう、下腹部を引き締め、銀色の装甲が守る股間をシートに押し付けて踏ん張る。
ケイトの大質量の臀部は、ぶるんと大きく弾んでいた。
近辺の登録傭兵を適当にでっち上げた依頼で援軍に寄越せないか打診したが、オールマインドは不可能と即答。
『強化人間C4-621と協力し、サム・ドルマヤンとセリアが乗る機体を撃破してください。リリースを起こすほどではありませんが、相変異を起こしています。決して野放しにはできません』
オールマインドは命令してから通信を切った。お手上げということだ。
トランスクライバーが巨大兵器の背後を取った。レーザーウィップを振るい、プラズマ機雷を落下してくる巨大兵器めがけて投擲する。紫色のプラズマが球形に爆ぜ、粒子装甲を形成するコーラルを著しく減衰させる。
「私を格下と侮らないことです!」
AC同士の戦闘で押された口惜しさも込めての反撃だった。
ケイトの攻撃を殆ど意に介さず、ドルマヤンとセリアはレイヴンのアニヒレイターに注力していた。エアに引き寄せられるというだけでなく、その戦闘力を脅威に感じての動きだった。
「ないす、ケイト」
レイヴンはアニヒレイターをかっ飛ばし、渓谷に着地した巨大兵器に突撃する。迎撃の弾幕はサイドのクイックブーストを連発して掻い潜る。
激しい荷重がかかり、ほっそりとした銀髪の少女の肢体を痛めつけるが621は屈しない。
透けそうなほど薄い保護被膜と局部装甲だけのパイロットスーツで露わになっている肉体には凄まじい力が漲っていた。それは、憐憫ではなく、感銘を抱かせる戦士性の発露であった。
速度によって減衰した粒子装甲を突き抜ける。青黒色のアニヒレイターはグレネードキャノンを二発頭部に直撃させた。黒煙を払い飛ばしながら、巨体の側面を掠める。
かと思えば両脚を振り上げ、上昇をかける。MTの背部レドーム、そのジョイントをパルスブレードで正確に斬り付け、破損させた。
損傷によって出血のようにコーラルが滲み出て、歪んだ声で歌っていた。
頭を振ってACを叩き落すのに失敗した純白の巨獣は、背部のキャノンからコーラルの奔流を解き放った。
砲撃しつつ巨大兵器は回頭。空中のアニヒレイターを追尾するが、青黒色のACは機体をバンクさせて、位置エネルギーを運動エネルギーに変換することで増速して攻撃を回避した。
距離を十分に取り、左側に流れる深紅の閃光に毒々しい気配を感じながらレイヴンは呼び掛けた。
「エア、よくなったか?」
「はい、私は貴女に助けられてばかりですね」
「きにするな」
苦しそうなエアの声。彼女はセリアと精神的な戦いを繰り広げ、それに集中しなければならずレイヴンの戦闘をサポートすることができなかった。先ほどの攻撃でセリアの浸食が弱まったので振り払うことができた。
「もっと早くサム・ドルマヤンとセリアの関係に気付くべきでした」
青年期をドーザーとして過ごしたドルマヤンは変異波形と交信する能力に目覚めた。そして、セリアと出会い、恋に落ち、二人の絆はアイビスの火によって一度途絶えた。
「セリアは私を書き換えながら、望む世界のヴィジョンを見せてきました。コーラルを全宇宙に拡散させるコーラルリリース、それによるコーラルとの共生と人類の進化。あるいは宇宙にとっての災いとなる両者の絶滅」
「どういうこと?」
小首を傾げながらレイヴンが質問する。ミサイルポッドをパージして、身軽になる。崖に降りたことで、コクピットが揺れる。
トランスクライバーが跳び跳ねた巨大MTに必死で食らいつき、アニヒレイターのエネルギーが回復する時間を稼いでくれている。
「二つの思惑が絶えず入れ替わっているのです。恐らくサム・ドルマヤンの意志であり、セリアはそれを叶えようとしているのでしょう。とにかく、極めて危険です」
ルビコニアンに最大の英雄と讃えられる人物こそがアイビスの火を招いたこともエアは理解させられた。
彼が心に秘めた怒りも、悲しみも、そして愛も。
しかし、二人の悲劇に想いを巡らせている暇はない。
ドルマヤンとセリアの思惟はコーラルを浸食し、変容させている。猛烈な速度で燃焼と増殖を繰り返すだけでなく、粒子のエネルギー量もかつてなく高まっている。中央氷原に集積したコーラルが浸食されてしまえば、手が付けられなくなるだろう。
ここでセリアを討たなければならない。しかし、どうやって?
「わたしにいいかんがえがある」
淀みなく、レイヴンは告げた。
「考え、ですか?」
「そうだ。あたらしいたたかいかたをする。ドルマヤンとセリアにできるのならわたしとエアにもできる。コーラルをじゆうにする」
「コーラルを自由に、ですか」
エアにはひどく魅力的な響きに思えた。そうだ、力強くレイヴンは肯定する。少女強化人間の真紅の瞳が煌めいたように思えた。
「やりとげるにはエアのちからがひつよう。しっぱいすればきえてなくなる。できるか?」
「勿論です、全力でサポートします!」
応える友人に頼もしさを感じ、銀髪の少女は微かに微笑んだ。アニヒレイターも息を吹き返し、ジェネレータが戦いの歌を雄々しく奏でる。
エディスがカスタムしたアーキバス製ジェネレータは苛酷な戦闘において真価を発揮する。
「よし、ケイトにもおねがいする」
レイヴンは素早くケイトに作戦を伝えた。エアの正体が人間ではないと説明すると無用な混乱を招くので、ハッキングを仕掛けて一発逆転を狙うと説明。
白銀色のトランスクライバーは右手の主砲複合エネルギーライフルを構え、戦意を発散する。
『承知しました、傭兵として虚仮にされたまま帰ることはできませんからね! 一発ぶちこましてやりましょう!』
意気揚々とケイトは応じてくれた。頼もしい限りだと、レイヴンはこの黒髪のお姉さんのことがもっと好きになった。
「私の命、貴女に預けます!」
フットペダルを限界まで踏み込み、兵装に回していたエネルギーをKRSVに集中する。
レイヴンについていけば生き残れる、無根拠な確信が信仰の域へと高まりつつあった。