私は独立傭兵のケイト・マークソンです! 作:その辺の残骸
ケイト・マークソンは熱いシャワーを浴びていた。居室のど真ん中に最小限のユニットバス。そんな劣悪な己の居住環境を痛感してもいる。
強化人間C4-621とエアを捕獲すべく繰り出した秘技"ポンポンペイン"を裏秘技"ポンポンペインキャンセル"で誤魔化し、オールマインドをして胡散臭い
白銀の装甲に損傷著しいトランスクライバーは格納庫に保管され、帰還中に爆散しない程度の応急処置を施されている。
「はーさっぱりした」
ケイトはお湯を止め、黒髪から水滴を振り払う。疲れきったカラダにお湯が良く効いた。
実質的にこの運び屋集団の代表者になっている金髪の黒ゴス少女、エディス・キュビックスはお茶会の席を設けているらしく、ケイトもそこに出席する。
先に体の洗浄を済ませたレイヴンを待たせないよう、いそいそと着替える。愛用の黒い被膜に銀色の局部装甲を付けたスーツではなく、コクピットの中に持ち込んだタイトミニのビジネススーツを着る。
新調されたスーツは快適ではあったが、汗を外側に通すため、戦闘後は人前に出るのが非常に恥ずかしい状態になる。
(備えあれば憂いなしとはまさにこのことですね)
用心深さを自賛しながら、インナーである防弾仕様のハイレグスーツ、ブラとショーツを一着で兼ねる効率的な下着を身に着け、いそいそとビジネススーツを着込む。
ケイトが廊下に出ると、心地よい声音が気さくに話しかけた。
「おっ来た来た」
待っていたのは、背の高い赤髪の少女。なぜかクラシカルなメイド服を着用し、その下には首から足先まで包む込む、黒と赤色のスキンタイトスーツを着ている。派手な顔立ちで目つきも鋭い。メイド服などより、露出の多いストリート系のファッションを好みそうな感じだ。
「お待たせしました、ヘル・リファレンス」
トランスクライバーから降りようとした時、心配そうに駆け寄ってきてくれたこの赤髪のメイドの名であった。
この名前はエディス・キュビックスと同じく使い捨ての偽名らしい。
「ヘルでいいよ。具合は本当にいいのか?」
赤髪のメイドは心配そうにケイトの表情を窺ってきた。
「問題ありません、恐らくコーラルの影響だったのでしょう。今はすっかり快復しています」
嘘の腹痛をコーラルに責任転嫁するケイトであった。
「ならいいけど。それじゃ、案内するからついてきて」
通されたお茶会の会場は少々狭苦しい食堂であった。テーブルを挟んで向かい側の席に琥珀色の瞳の幼い少女がふんぞり返っている。
席の一つにはタブレット端末が置かれており、エアのオペレーターとしてのエンブレムが表示されていた。
赤髪メイドが瀟洒な所作で引いた椅子にケイトは腰掛けた。
「この度はお招きありがとうございます、今の貴女はなんとお呼びすればよろしいですか?」
理知的な美貌に涼やかな微笑みを作り、挑発的なゴス少女に対抗するケイト。
「621が来てから教えるよ。急くことでもない」
気怠そうに金髪を弄びながら、黒ゴス少女は言う。
面倒臭いメスガキですね……と内心で悪態を吐くケイト。この傲岸不遜なゴシック風少女と話していると妙に心がざわつく。だから自分でも信じられないくらいの罵倒の言葉が湧いてくるのだ。
「ほら、ご到着だ」
フライトジャケットを羽織った軽装の少女、運び屋兼ACパイロットであるらしいキリカ・クロウハートがまず入室。
「お待たせ。いい感じに仕上がったと思うよ」
不愛想に言いながら、レイヴンを中に招き入れた。
局部だけ装甲した極薄スーツで繊細な肢体を包む強化人間少女は、ほんのりダークなゴシックロリータ少女に変貌していた。
「――――っ!」
エアが息を呑む。ケイトはと言えば、
(すっ素敵過ぎますよ、C4-621レイヴン! この可愛らしさ、修正が必要なほどに!)
心の中でどったんばったんの大騒ぎである。
「んっにあうか?」
レイヴンの不安気な表情の破壊力はKRSVのダブルトリガーフルチャージに匹敵していた。
「「よく似合っています! とても可愛らしいですよレイヴン!」」
エアとケイトの声が綺麗にハモり、互いに顔を見合わせる。
レイヴンは嬉しかった。儚げな白い脚が躍り、ひらりひらりとターンする。各所にあしらわれたレースのフリルがそれに伴う。鴉の羽のようだ。
「ウォルターにも見せてやろう」
エディスだった幼い少女が赤髪のメイドに目配せして、差し出されたタブレットを操作する。通信回線を開く。
「あーウォルターか。先ほどのC兵器との交戦の件だが、ウチのヘリで診てる621の様子が大変なんだ。できればすぐ出てくれたまえ」
応答は電撃的であった。
『621の容態はどうなっている?』
ウォルターは動揺や焦りを隠そうとしていた。エディスは自分の底意地の悪さを楽しみながら、端末を回転させ、カメラをちょこんと座った621に向けてやる。とりあえず手を振る銀髪の強化人間ゴスロリ美少女。
しばしの沈黙。
『まったく――――年寄りをからかってくれるな。心臓に悪い』
静かに怒りを滲ませて、言外にエディスを非難するウォルター。当然である。背後では「似合ってるじゃないか」と女の笑い声がした。
「ああ、悪かったよ。僕は時々、性質の悪い悪戯がしたくなってしまうのさ。忙しいところで邪魔をしたね」
ウォルターは通信を切る前に「その服の代金は俺に回しておけ」と言い残した。
「さあさあ、お茶会を始めようじゃないか。僕の奢りだ楽しんでくれよ」
三段式のケーキスタンドと紅茶。合成食品でもミールワーム加工品でもない。ルビコンでの価値はACパーツに匹敵するかもしれない天然の代物がテーブルに置かれた。
「あなた方は毎日このようなもの食べているのですか?」
エアが訊く。オンライン参加という体、実際にはレイヴンの傍らにいて味覚を共有している。はじめて味わう文明の味の甘さに衝撃を受けていた。
「いいや。大枚叩いて用意したんだよ。普段はミールワームを食んでるよ。レイヴンとエアに元気になって欲しくてね。そのために準備したんだ」
エディスの琥珀色の眼差しが一瞬だけ真摯になった。実のところ、ミールワームであってもヘルが毎食美味しく料理しているのだが、それは伏せておく。
紅茶を一口飲んでから、辛うじて上品さを保ってケーキをぱくつくケイトのほうを見た。
「ケイト・マークソン、君はついでだからな? 二人の安いおまけだ、勘違いするなよ」
「はっはい。安いおまけ最高です! 紅茶のお替りお願いします」
嫌味が気にならないほど、ケイトは熱中して軽食と紅茶を堪能しているのである。赤髪の派手派手メイドさんが注いでくれた紅茶を口にしたその瞬間にエディスは邪悪に笑って
「ああ、そうだ。僕の名前だがこれからはAMということでよろしく」
「ぶーーっ!! 今なんと仰いましたか!?」
不意に出てきた名に反応してケイトが紅茶を噴き出した。ケーキスタンドはヘルが素早く手元に引き寄せ、エアのタブレット端末はレイヴンが、口を挟まず飲食に集中していたキリカと黒ゴスはひらりと身をかわしている。
「すっすみません。とんだ不作法を……」
被害はほぼゼロだが、大いに恥じるケイト。優秀な登録傭兵にのみ配られるオールマインドロゴ入りハンカチでテーブルを拭っている。
「AM、アム。シンプルだし、邪悪で、怒りに満ちているから気に入ってるんだ。エリスンの"おれには口がない、それでもおれは叫ぶ"を読んだことは?」
ケイトのハンカチのロゴを見つめながら聞くアム。
「二十世紀末の文学には疎いものでして」
「まあ、大抵の人間はそうだろうな」
とにかく、と前置きして
「その名はオールマインドのイニシャルと被ります。誤解を生む可能性があるので他の名前にするべきかと」
「おや、君はただの傭兵だろ。なぜ組織の心配をするんだろうな?」
「ええ!? えーとそれはですね……」
アムの策略に嵌り、墓穴を掘ってしまったケイトはしどろもどろになって弁解する。レイヴンとエアの視線も突き刺さって冷や汗が滲んでくる。
「またあいつらだ。しつこいなぁ」
忌々し気に立ち上がるキリカ。物々しい警報が室内に響いていた。
「この警報は一体?」
エアは質問した。
「最近妙な独立傭兵の集まりに粘着されてるんだよ。ブランチとかいう連中のファンみたいな感じ? とにかく、喧嘩売ってくるから困ってるんだ」
格納庫に向かおうとするキリカ。
「私もスカーブランドで出ようか?」
「EZだけで片付けられる。ヘルはメイドさんの仕事をお願い」
「了解。それでは、お気をつけて」
恭しい礼で送り出す赤髪メイド。
クロウハート・エアサービスの格納庫には二機のACが置かれていた。どことも知れない惑星で運用されている、武骨で不格好で暴力的なシルエットのパーツでアセンブルされた機体。白色の中量二脚と深紅の軽量逆関節。
オールマインドもこの運び屋を調査しているが、詳細は把握できていなかった。
キリカの戦闘の一部始終はヘリの外部カメラから中継された。レイヴンは目を輝かせ、エアも純真に感心していたが、ケイトは違った。
(こっ怖い)
映像を見ているだけで震えがくるほど、怖ろしい戦いだった。純白のAC"EZ"はオールマインドが取り扱うコア理論モデルのACと異なる理論で構成されていた。
急速なクイックブーストで視界から消え、壁を蹴って縦横無尽に飛び、強固な装甲で銃弾を弾く。一方でブースト速度は低速、防御力の面でも偏りがある。見た目通り、歪な戦闘機械。
だからこそ純粋な暴力の体現者になれるのだろうか。独立傭兵らしく複数企業の混合アセンで組み上げられたAC三機を易々と撃破してヘリに戻ってくる。
ケイトが襲ってきた傭兵のデータをオールマインドから呼び出したところ、ランク外ではあるが星外の戦場での実績がある実力者たちだ。それが、手も足も出ず蹴散らされ、焼き尽くされている。
「ルビコンの外には私の知らないACがあるのですね」
全てを焼き尽くす黒い鳥の恐怖は、同時に星の外に広がる世界へと想いを馳せる切欠にもなった。