私は独立傭兵のケイト・マークソンです! 作:その辺の残骸
ハイムマンのACはアサルトブーストで巡航し、無駄のない急制動をかけて着地した。パイロットとしての技量の高さが見て取れる。
さらに部下の二機が続く。武装は異なるが、フレームは変わらない。第二世代の傑作と名高いVP系列の二脚だ。
『ハイムマン監査部長ですね。お会いできて光栄です。私は独立傭兵のケイト・マークソン』
ケイトはハイムマンの指摘に応じることなく名乗った。巧妙に隠蔽して製造番号を削るなどしているが、企業の物資をせしめているという指摘そのものは事実であった。
声さえも人の心を動かすように造られているオールマインドの現身にハイムマンは動じない。
『独立傭兵か。アーキバスに盾突くのであれば、捕縛して"加工"するのが正道であるが、チャンスをやる。そのコンテナを献上しろ。そうすれば今日のところは見逃してやろう』
傲慢に告げるハイムマンの後ろで、スタンガンを両手に装備した部下の機体が動く。ケイトとハイムマンの間にいたMT乗り達に向けて電撃が放たれ、彼らを飲み込んだ。
対機動兵器においては機能停止に追い込んで鹵獲に持ち込むことを意図した武器ではあるが、人間相手に撃てば掠るだけでも致命的だ。
一瞬のうちに血液が沸騰し、焼け爛れた肉が弾け飛び、後には焼け焦げた跡だけが残った。
『この役立たずの虫ケラどものようになりたくなかろう? 私はスネイルの青二才と違い、寛大なのでな。約束は守ろう』
両者の間に沈黙がしばし流れる。ハイムマンは次の言葉を想像して、邪悪な笑みを浮かべていた。
当然ながらケイトを見逃す気はなく、製造元不明のフレームや武装を全て回収して徹底的に調べ上げるつもりでいる。
『ええ、よく分かりました』
ケイトはにっこりとしながら言った。直後、クイックブーストを吹かしてトランスクライバーは突撃。
パイロットとしては熟練であり、第九世代の強化人間であるハイムマンとその部下二機が反応できない速度で蹴りを入れた。
『ぬおっ!』
ブーストキックをもろに喰らってひっくり返った乗機の中で叫ぶハイムマン。
上司の怒りを買わないよう慌てて部下達がエネルギー兵器の閃光を上空に逃げたACに放つ。掠りもしない。
トランスクライバーはブーストジャンプを繰り返しながらビル街を跳ねて、距離を取る。
『私は傭兵であり、傭兵とは依頼を果たすものです。それをご理解ください。依頼遂行のため、そしてオールマインドへの脅威と見做し、貴方達を排除します』
追いかけてきたアーキバスのAC隊に向かって急反転して宣言するケイト。
ハイムマンの排除は指揮系統混乱のためにライバル企業ベイラムはおろか、ルビコン解放戦線にまで煮え湯を飲まされているアーキバスにとって有益。つまり最終的にはオールマインドの利益になるのだ。
ケイトは緻密な未来位置予測で障害物のない地点に敵を誘い出す。白銀のACがバズーカとレーザーオービットを無慈悲に浴びせた。
三機纏めて被弾し、特にスタンガンで自軍の兵士を粛清した機が酷く損傷した。
『シージ・パターンでかかれ! 囲んで嬲り者にしてくれる!』
地上に縫い留められて一方的に攻撃される屈辱に顔を真っ赤にしながらハイムマンは指令を出す。
三機でフォーメーションを組み、連携攻撃で追い込もうと試みるが、大回りに旋回しながら接近してくるミサイルに邪魔をされる。
プラズマ系武装で重武装した機体は回避に専念しなければならず、トランスクライバーは悠々と包囲をアサルトブーストで突き抜ける。
『吹き飛びなさい』
ケイトはすれ違いざまに、プラズマ重装タイプのアーキバスACにバズーカを撃ち、クイックブーストを誘発した。
瞬間的な高速移動後の地点はデトネーティングミサイルの爆薬を括りつけたワイヤーのすぐ傍だ。ミサイルが起爆することで連鎖爆発がACを飲み込む。
『くっ目をかけてやったというのに無能者が! 逃すかぁ!』
撃墜された部下を罵りつつハイムマンはスタンガン機を伴って、アサルトブーストでビルの間を駆け抜けて追撃する。
ビルの屋上から屋上に飛び移る、軽快な動作はトランスクライバー、あるいはマインドαの特徴的な機体構造を示していた。
ジェネレーターを適度に休ませる動きでも、追跡してくる残り二機を翻弄している。
高層ビルよりさらに高いモニュメントを目指している。
アイビスの火に焼かれた市街では、墓標のように見えるそれ目掛けてケイトはアサルトブーストを点火する。
「くぅっ!」
強烈な荷重に押し潰されそうになるが、それでも全身で感じる加速感が今のケイトには心地良かった。
己のためにチューンナップされた白銀のトランスクライバーが叩き出す暴力的なまでのスピードとパワーに、身体が応え昂ぶるのだ。
強化躯体の強靭な肉体を前提とするトランスクライバーの推力は機体を素早く上空に跳ね上げ、モニュメントに沿って急上昇していく。
「ぬぉぉぉぉぉぉ逃さぬ! ゴロツキが如き傭兵に、青二才のスネイルに、この私が負かされてなるものかぁぁぁぁ!」
執念で追跡するハイムマンはGで潰れそうであり、ケイトの身体能力が強化人間を凌いでいることの証明だった。
既に乗機にはGによる空中分解を警告するアラートが鳴っていたが、意固地になった監査部長は上昇を止めようとしない。レーザーライフルとキャノンを乱射しながら飛び続けていた。
それに付き従う残る一機のACは損傷のために先に限界を迎えて空中分解した。だが、直前に両肩のプラズマミサイルを放っている。
ハイムマンも自分の機体のミサイルを発射して、時間差での攻撃を仕掛ける。光り輝くハイテク誘導弾が推力が衰えてきた白銀色の敵機を追う。
しかし、コクピットでケイトは不敵に笑い、機体を上下反転させた。ミサイルに向かって突っ込みつつ、ケイトは視線で飛んでくるプラズマミサイルをロックオン。碧眼に反射する多数のロックオンマーカー。全てのミサイルを捉えていた。
「行きなさい、オービット!」
号令を発し、レーザーオービットがミサイルにレーザー照射。紫色のプラズマが一気に弾けた。
その向こう側にいるハイムマン機に向かい、左腕プラズマスロワーを投射。鞭の先端の回転体がブースターで加速され、敵機を激しく打つ。
『がぁっ!?』
ミサイルが爆破され、その向こうから何かが飛んできてコアを殴打したのはハイムマンにも視えた。直後に機体のACSがダウンしてスタッガーに陥り、空中で制御不能になってしまったが。
モニター正面の光景にアーキバスの監査部長は目を剥く。機体を起こした白銀色のACがのしかかり、両脚で全自重をかけてきた。
落下速度のためにどうすることもできず、ハイムマンの機体はビルの屋上に叩きつけられ、そのまま地下まで貫通する。
最後には脆くなっていたビルが崩落し、ハイムマンがACごと押し潰されるのを滞空しながらケイトは見つめていた。
増援はなかった。オールマインドが保有するAC輸送ヘリがやってくると、ケイトは機体とコンテナの物資、オールマインド製のものを含めて豊富なそれを積んで汚染市街から離脱。
吹雪に紛れながらヘリは飛び続けている。ルビコンで多く見られる、独立傭兵の姿だった。
通常モードに切り替えたトランスクライバーのコクピットでケイトは本体たるオールマインドからの連絡を受けた。
『予定外のトラブルでありながら見事な対応でした、ケイト。今後のアーキバスはV.Ⅱによって統率され、他勢力との衝突を優位に進めることになるでしょう。今後の独立傭兵としての活躍にも期待しています』
告げると、オールマインドは去る。今は別たれているが、彼女はケイト自身でもあるため、相槌を打つ必要はないはずだ。
それから、おもむろにコクピットを解放した。輸送ヘリの格納庫には当然のように殺風景な灰色が広がっているだけで、おまけに薄暗い。
しかし、性能追求のために狭苦しくなったコクピットの閉塞感が少しはマシになる。
ケイトは戦闘の高揚感が去ってから残った、澱のような感情に想いを巡らせていた。
スタンガンで殺されたMTパイロット達の最期が何度も蘇る。恐怖はない。
ただその行為に対する本能的な嫌悪感と激しい情動、怒りや憐みを覚えた。
(彼らは命令に従った。私に力が及ばなかっただけです。なのに無価値と断じられ命を奪われた。それは理不尽というものでしょう)
オールマインドと今日の体験を共有したとしても、同じ思考に達するか疑わしい。ケイトは多数のインプラントを入れているとはいえ有機体だ。
肉体に宿ることでヒトに共感する性質を得てしまったのだ。
そもそも我々の理想は他者を謀り、踏みにじった先に成し遂げられるものだ。なのにケイト・マークソンという個はそれに躊躇いを覚えた。
「少なくとも彼らには働きに見合った対価を受け取る権利があったはずです。そして、その権利は誰にでもある」
明晰な頭脳で思考を巡らせ続け、報酬によって依頼を遂行する独立傭兵のパーソナリティに基づいて導き出した仮初の結論だった。
ケイト・マークソンはシートの上で横になり、体を丸めて胎児のような姿勢になった。驚くほどに落ち着いて安らぐ。
自然と身体が休息に入り始め、眠りに落ちていく。