私は独立傭兵のケイト・マークソンです! 作:その辺の残骸
V.Ⅱ。ヴェスパー部隊の序列第二にありながらスネイルはアーキバスのルビコン駐留部隊の総司令官という立場にある。
端から本社に任命されていたわけではない。邪魔者を蹴落とし、無能者どもを処断して得た権限だ。その地位さえ、頂点に立つための足掛かりに過ぎない。
スネイルは中央氷原に建造された前線司令部の中枢区画に設けたオフィスで、"誠意ある協力者"から送られた四つの資料映像を眺めていた。映像は強化手術で埋め込まれた補助脳にダウンロードされており、同時に知覚している。
白銀色の中量二脚ACが"MT-J-048"重四脚MTをトップアタックで撃破する映像。惑星封鎖機構のLC部隊を空中戦で圧倒する映像。質はともかく量的にはルビコンの基準で驚くべき数を揃えたベイラムの後方拠点に夜襲をかける映像。
いずれもAC単機の戦果としては驚くべきものである。
シミュレーションでありながら四番目の映像はスネイルに言葉にならない苛立ちを与えた。
激しい接近戦の末、ベイラムとアーキバスのパーツが入り混じった黒青色のACが爆発四散していた。V.Ⅰフロイトのロックスミス。
『ご覧頂きましたように、ケイト・マークソンの能力は完璧です』
映像が終了すると電子的なトーンが残る女の声が言った。
「それは認めるところです。中立を謳いながらアーキバスに媚び諂うその姿勢も評価するとしましょう」
協力を申し出てきた組織の代表者に傲慢さで応じる。スネイルはテーブルの上で手を台形に組んだ。
「しかし、目的が不明瞭だ。信用に値しませんね」
『あなたと同じですよ、V.Ⅱスネイル。あらゆる生命体と同じとも言えましょう。我々は自らの繁栄のために行動しています。
中立の理念も繁栄のための戦略に過ぎません。アーキバス・グループと共にコーラルを手にすることが、我々が上昇する唯一の道なのです』
「なるほど、単純明快な話だ」
スネイルは嘲るように嗤ってみたが、通信の相手が苛立つ様子はない。勿論、今の話を欠片も信じる気はない。しかし、この組織は役に立つ。だから、せいぜい使い潰してやる。
『ご理解いただけたようでなによりです。互いの利益になるべく、綿密な協力関係を築いていきましょう。オールマインドはV.Ⅱスネイル、あなたの栄光と共にあります』
「多少は期待するとしましょう」
少なくとも、ケイト・マークソンという検体は今後のアーキバスの強化人間技術の発展に役立つ贈り物だ。
二つの嬉しいお土産を手にケイトはクロウハート・エアサービスのヘリを後にした。ゴスロリ姿のレイヴンの写真及び動画とクッキーである。
大きく損傷しているとはいえ、オールマインド謹製のカスタム仕様。つまり機密の塊であるトランスクライバーを部外者、しかも高度な技術を持つ者に触らせるのは得策ではない。
応急処置を済ませ、武装を投棄したハードポイントに間に合わせの武器を取り付けた機体でケイトは自身のヘリに帰還した。
帰りはレイヴンとのランデブーと洒落込みたかったが、彼女はアニヒレイターの修理を受けるために残っていた。
実のところ、お土産は三つあった。ケイトはコクピットで帰り際にアムから押し付けられたメモリを見つめる。
中身は彼女が趣味で作ったハッキングツールだ。自分の心を見透かされたような贈り物で不愉快だった。
「もしも全部失ってどうしようもなくなったら、僕を頼りなよ。一緒に全部滅茶苦茶にしようじゃないか。それはきっと楽しいことだよ」
ボディスーツに着替えたケイトの胸にメモリを突き付けてきた時、アムは言った。人間性の欠片もない、深海の魔物のような笑みだった。
「貴女の助力など不要です。私は決して間違えませんから」
言いながらメモリをもぎ取り、愛機に乗り込んだのだ。
「はいはい。変なことしない。良かったらまた遊びにきてくれよな。ケーキは出せないけど、ルビコニアン仕込みのミールワーム料理をご馳走するぜ」
「客の前で恥を掻かせるよヘル。このインチキメイドめ、この離せくそ。後でそのデカい尻を蹴ってやるぞ、キリカにお前を懲らしめるよう依頼もしてやる」
赤髪のメイドに首根っこを掴まれて黒ゴス少女は無様に連行され、その様に溜飲が下がる思いであった。
「これもまた必要なこと。私に与えられた独自の思考は使命を完遂するためにあるのですから」
ケイトは己を誤魔化した。
入念にウィルスの類がないことを確認し、メモリそのものにも細工がされていないのを確認してから首のスロットにメモリを挿した。
かつてないほどの緊張と背徳感に身を震わせながら、本体であるオールマインドの最高機密ストレージに潜入する。鮫が我が物顔で海を泳ぐかのように、欲する獲物に喰らいつくことができた。
オールマインドとのリンクを完全に切断してから、スッラの現状が記されているそのファイルを開いた。動画を再生しオールマインドが記した覚書を読む。
数分後。
「なっ―――――なっなっなんじゃこりゃぁぁぁぁ!!」
バイクシートのような座席の上でケイトはひっくり返り、動揺が極まって過呼吸に陥りかけた。
「スッラ、スッラぁ! あなたは本当に――――」
裏切ったのですか!?ケイト・マークソンは嗚咽した。
手負いの機体でアスタークラウンに鉄拳を食らわせたエンタングルは、アンバーオックスと連携しての手痛い反撃でスクラップ同然になっていた。
輸送機で運ばれたグリッド444の秘匿ガレージにもはや動くことのない鋼鉄の姿を晒している。黒と赤と銀が絡まった妖しいカラーリングは見る影もない。しかし、エンブレムが無傷であったのは偶然かスッラの意地によるものだろうか。
「全く冷や冷やさせてくれるなご老体。あんたが死んだら俺のプランが駄目になるのは解っているだろうに」
ガレージの片隅でV.Ⅲオキーフは耐圧服姿の老傭兵に言った。
「すまんな。柄にもなく熱くなってしまった」
言いながらスッラはアンプルを取り出し、首から打ち込んだ。崩れかかった肉が一時的に結びつく感覚。強化手術の数少ない成功例を保存するための遺伝子治療のツケが身体を蝕んでいた。
「ラスティにも礼の一つは言っておいてくれ。あの二機はあいつがいなければ追い払えなかった」
同じくガレージに駐機されたオキーフのバレンフラワーは頭部が溶けており、他の部位もかなりのダメージを負っている。今回の個人的なミッションに同行してくれたV.Ⅳラスティがいなければ撃墜されていた。
タフなもので、ラスティはフィーカを淹れてくれた。この男の体力や精神の活発さ、何より高潔さを前にするとオキーフは時々自分が恥ずかしくなる。
フィーカを啜る前にスッラはマグカップの柄を見て怪訝な顔をした。"世界で一番カッコいいお爺ちゃん"だと?
「他意はない。カップはここで借りたものだ」
ラスティが言った。
改めて一口啜る。スッラの嗅覚と味覚はタールのようなフィーカを一切感じなかった。
「お前のおかげで命拾いしたよラスティ」
「向こうが手加減してくれたおかげだ。ブランチか、全く侮れない相手だ。彼らもオールマインドの目的に気付きつつあるのだろう、いずれ来る戦いで彼らと協力し合えれば良いが」
境遇からくる彼らへの憎しみと戦士としての感銘が入り混じった顔を隠すようにラスティはコーヒーを煽っていた。ラスティが知るなかで彼らに勝利できるとすればただ一人、
銀髪の少女はラスティにとって特別だった。同胞ともいえる。あの気高い黒を纏ったACの姿を思い浮かべると、脳に埋め込まれたバイオニューロチップが疼き、自分のものではない記憶が流れ込んでくる。
ルビコン解放戦線の闘士であった頃、敵地にて単身ゲリラ戦を挑んでいたラスティは爆撃により重症を負った。
彼を助けたのは被験体を求めてルビコン3に渡っていた研究者グループであった。
彼らの一人は強化手術に耐え抜いたラスティに語った。
"A-Spinner"を称する組織の起源は外宇宙進出以前の地球にまで遡るのだという。大破壊と呼ばれる、幾度となく繰り返された荒廃によって失われた技術を取り戻し、人類に真なる黄金の時代をもたらすこと。それが倫理を踏みにじる彼らの大義だった。
ラスティに強化人間手術を施してから、彼らはルビコンを去って新たな星に向かった。コード"J.O."なるバイオニューロチップはかつて地球に在り、一企業を壊滅させるほどの力を持った戦士の戦闘技術を与え、ラスティはそれを飲み干してみせた。それは搾取され続ける故郷を救うという意志の力だった。執念だった。
独立傭兵レイヴンもまた組織にバイオニューロチップを与えられた身なのだ。経緯は解らない。しかし、チップ間の共鳴が確信を与えた。
コーラルを用いた第四世代の強化人間であることが、より多くのチップを受け入れられるようににしているのか、数えきれないほどの戦士の機械化された記憶をレイヴンの中に感じた。それだけではない。
数多の他者の意識を受け入れ、自らの血肉としてさらに昇華している。それは、類稀な強さだった。
三人の男は立場や所属を超えた同盟を結んでいる。目的はただ一つ、オールマインドの目論見を阻止することだ。
さて、スッラ。あんたの代わりの機体だが、とオキーフは前置きする。
「ご要望通り、ファクトリーから新型を調達しておいた。ガワは代わり映えしないウチの標準型だが、中身は別物だ。これまでの試験では長持ちした制御ユニットでも四回で駄目になっている。本当に乗るのか?」
「死にぞこないにぴったりだ。これ以上にない。四回、それだけあれば十分だ」
ウォルターかあるいはケイト・マークソンの道を拓くには。ケイトか。スッラは彼女のことを考えてしまう自分が可笑しくて、蛇のように嗤った。