私は独立傭兵のケイト・マークソンです! 作:その辺の残骸
損傷したトランスクライバーを駆り立て、ケイトは戦域を離れている。
(レイヴンと戦わずに済んだのは良い事なのですが――――)
バイク型のシートに銀色の股間プロテクターを押し付け、黒い被膜が張り付いた太股でシートを左右から挟んだ艶やかな姿勢で跨る黒髪の美女は悔し気だった。
カタフラクトの突撃は、オールマインドが惜しみなく技術を投じた白銀色のACに深刻なダメージを与えていた。
フレームにまで達しており、リペアキットで修復しきれないほどの損傷だったが、まだ自衛程度の戦闘できる。
ケイトはアーキバスが維持している勢力圏に逃げ込んでいるところだ。
雪と氷と廃墟が延々と続く。まるで、無限のループに囚われたようだ。
降り立った当初は感動を覚えたルビコンの光景も、今のケイトには焦燥を抱かせているだけであった。
オールマインドから通達がきた。
『貴女を回収するための人員を手配しました。指示するポイントで待機してください』
回収ポイントがマークされる。すぐ近くだ。派遣される人員も伝えられている。V.Vペイター。末席に名を連ねていた彼は異例の速さで出世を重ねていた。
V.Ⅶスウィンバーンがルビコン解放戦線の攻撃で捕虜になり、ナンバーが繰り上げられたことが始まりだった。
直後に功績でメーテルリンクを上回ったと判断され、V.Ⅵに昇進。
さらについ最近、惑星封鎖機構への大攻勢のため、兵站整備を指揮していたV.Ⅴホーキンスが、独立傭兵らしき白と赤のACに襲撃され、生死不明に。またも繰り上がりで、ペイターがナンバーを引き継いだのである。
離脱した先任二人の業務を引き継ぎ、問題なくこなしているペイターの能力に疑う余地はない。
ルビコンにおけるアーキバスの中核になった者が、わざわざエスコートに送り込まれるのは、ケイトの名声やオールマインドの影響力から考えても奇妙だ。
しかし、ケイトは考えるのは後にした。まず自らの本体に謝罪する。
「今回の失敗を糧に、次の任務は必ず成功させます。100%、いえ200%の戦果を誓います」
疲労を言い訳にせず、ケイトは自分の失態を認める。真摯な態度は身体にも現れていた。
強い決意に呼応して、豊かな曲線を描く臀部が引き締まっている。
『これまでの我々への貢献、本当にご苦労でした。ケイト・マークソン、あなたの献身に感謝を』
言葉と裏腹にオールマインドの返答は冷たく感じられた。無理もないことだと、ケイトは納得する。
(とにかく、V.Ⅴとの合流を急がなければ――――あれは!?)
十一時方向、遠方の氷崖に片膝を着いた砲撃姿勢のACを見て取った。自分に向けられた砲にケイトは反射的に跳躍した。
ロックオン警告はなかった。マニュアルによる狙撃だ。
「襲撃!? ここはアーキバスの勢力圏だというのに!」
地表で炸裂した砲弾から電撃が爆ぜた。見たことのない武器が、ケイトをますます混乱させる。
KRSVをレーザーモードに切り替え、アサルトブーストで接近してくる敵機を牽制する。敵機は俊敏な動きで、トランスクライバーの射撃を躱す。
反撃は強力なエネルギーの塊だった。プラズマとレーザーを共鳴増幅させたそれは、まさにトランスクライバーが右手に握った長銃の最大出力モードだった。
「くぅっ!」
白銀色の右腕が根本から吹き飛んだ。墜落するトランスクライバーのコクピットで、ケイトはシートに股座を強く押し付け、操縦桿にしがみつく。
突き出るような双丘が、衝撃の激しさを物語る勢いで弾み、ケイトを煩わせる。
「あり得ない、どうして!? オールマインド! 何故なのですか!?」
明らかになった敵影に向かって、ケイトは叫んだ。感じたことのない強烈な悪寒が黒い髪の美女の躰を駆け抜ける。
黒色の極薄スーツの下で、白い裸身に冷や汗が滲む。ケイトは震えていた。
雪原に砲火が轟き、爆炎が渦巻き、眩い稲妻が瞬いた。
独立傭兵レイヴンが駆るACパンツァーとオーネスト・ブルートゥが操るミルクトゥース・ユニサスなる大型兵器がぶつかり合う。
『もう一人のお客人が先に帰られたのは残念だ――――』
「いちいち、つっこまないぞ」
一貫性のないブルートゥの発言を気にせず、極薄なスキンスーツ姿で華奢な肢体を露わにした銀髪少女はACを操る。
『スロー、スロー、クイック、クイック、スロー』
わざわざ通信チャンネルを開いたまま、ダンスのリズムらしき物を口ずさむ。しかし、ブルートゥとレイヴンのどちらの動きにも、そのリズムは当てはまっていない。
最後のスローで、カタフラクトは猛加速して、パンツァーを引き離した。
『敵機レールガン砲塔旋回! パンツァーが射線に入ります!』
エアが警告するよりも一瞬早く、パンツァーはドリフト。 回避運動に入っている。
カタフラクト上部に載せられた回転砲塔式レールガンが滑らかに旋回。青白い雷光のマズルフラッシュ。音を置き去りに砲弾が空を裂く。
ドリフトの途中で点火したアサルトブーストによってタンク型ACは弾かれたように飛び、621はシートに押し付けられた。
「ぬぅぅっ!」
砲撃は回避したが、マッハ10に達する大口径砲が傍を掠めた衝撃で半人半戦車の機体が舞い上がる。しかし、それさえ逆手に取るのがレイヴンだ。
ブースター噴射で立て直し、クイックブーストで加速をつけて、滑らかに着地する。
『贈り物を受け取ってはくれないのですか!?』
既にミルクトゥース・ユニサスは側面を向け、山積みされたAC用の火器を乱射している。ドーザーらしい力技のカスタマイズだ。
レイヴンが操るパンツァーとミルクトゥース・ユニサスは共に無限軌道によって疾走する陸戦兵器である。
ブーストによる飛行能力は長距離巡航のための補助でしかなく、その戦闘は地に履帯を付いての二次元的なモノになるわけだ。
そして、単機で戦場の制圧する大型兵器であるカタフラクトはスピード、火力、装甲においてタンク型ACを凌駕している。
同じコンセプトのより強力な戦闘兵器である。だから、ブルートゥには勝利する確信があるのだろう。
『ああ、ご友人! 命ある限り、二人きりでこのダンスを楽しみましょう!』
ここでブルートゥは言葉を切り、周囲に呼びかけた。
『――――今です! オーケストラを奏でましょう!』
二人きりっと言った傍から、残った手下に命じてレイヴンを一斉攻撃する。
コヨーテスのMT部隊は既に壊滅状態だ。まともな判断力があれば理不尽に強いACに挑むような真似はせず離脱している。
しかし、乗っているのがコーラルをパチパチに決めたドーザーなので、合理的な判断などおかまいなし。
四方八方からの銃撃はパンツァーの重装甲にとっては易々と弾ける非力なものだが、駆動系への負担は蓄積する。
前衛を手下に任せ、ブルートゥは後退。レールガンで一方的にパンツァーを撃ち抜く気だ。
「一体どうやってコーラルジャンキーどもを手懐けているのやら」
UAVとパンツァーのカメラ映像で戦闘を見守りながら、カーラは呟いた。
ブルートゥがいかなる方法でコーラル中毒者たちを従えているのかは、灰被りと嘯く彼女の明晰な頭脳を持ってしても見当が付かない。
「同感だね。脳神経学や心理学は僕の専門外だが、興味が湧くよ」
金髪の幼い黒ゴス少女、アムは尊大な態度でモニターを見つめている。
「やめておいたほうがいいよ。あのクズの頭を覗いたら、こっちの脳が腐っちまう」
女同士の会話に口を挟むことなく、ウォルターは621を見守っていた。
『そっちの読みが当たるな、こりゃ』
左右非対称に装甲を張り巡らせた、真紅の逆関節型ACスカーブランドのコクピットで、ヘルは言った。
金髪の胡散臭い黒ゴス少女に仕える赤い髪のメイドさんである。
だが、今は従者の衣装であるメイド服を脱ぎ、黒と赤色のスキンタイトスーツで艶めかしい肉体美を剥き出しにしている。
純白の中量二脚、EZを駆るキリカ・クロウハートと共に、警備の傍らで621の戦闘を観戦していた。
戦闘用のスーツを着たヘルと対照的に、キリカはフライトジャケットを羽織った私服でACに乗っている。
二人は621が敵を殲滅するまでの所要時間を予想し合っていた。キリカは四十秒、ヘルは一分間かかると読んでいたのである。
『やっぱ勘が冴えてるなぁ、キリカは』
『まあ、ね』
結果が出ると、ヘルは改めて感心していた。そして、謙遜しないキリカである。
今はヘル・リファレンスとアムを名乗っている二人組との出会いは、AC乗りになってちょうど一年が経った頃。あの頃は運び屋というより、傭兵の仕事が主だった。
過去の大戦で用いられた汚染粒子で荒廃した惑星で、当時キリカは各地を飛び回り、大物狩りを繰り広げていたのである。
敵は大戦時の巨大移動要塞――復元途中で、実際には単なる要塞。汚染粒子による推進・防御機構を兼ね備え、音速超えのスピードで高速機動するACに酷似したナニカ。その他多数。
とにかく本来ACでは力不足な超兵器を相手にして、全て撃破したわけだ。
やがて一発で都市の区画を丸ごと粉砕する極超音速の砲撃や、極めて優秀な搭乗者の技量で襲いかかる人型兵器も鈍間に視えるようになり、飽きがきていた。
気分転換と資金稼ぎのために参加したアリーナで、出会ったのが赤い髪の少女と金髪のゴス娘だった。
キリカにとって、久しぶりの楽しい戦いになった。真紅を纏ったスカーブランドはひたすらに強く、キリカが全力をぶつけられる相手だった。
決着が付かず、残念であった。
無人ACの大群さらに、その親玉らしき要塞兵器がアリーナのある市街地に侵入してきたことで、キリカは赤い髪の少女と共闘しなければならなくなり、異星の地でビジネスパートナーになった今も再戦は済んでいない。
「このしゅんかんを、まっていたんだ」
急加速するパンツァー。一瞬オンラインになった接触回線から悲鳴が聞こえた。
それ自体が質量兵器となったE-104型MTが、ちょうど回頭したカタフラクトの正面――ミルクトゥース本体を直撃。
激突の衝撃音に混じり、ブルートゥが吐血するのがレシーバー越しに分かった。
高速で撃ち出されたMTとの正面衝突はミルクトゥースをスタッガーに陥らせるに十分な衝撃だった。
『ご友人……貴女は強い。しかし、その力を無秩序に振るう姿は不憫だ……私はカーラが授けてくれたレールキャノンでこの惑星に秩序をもたらしたいのです。
コーラルと調和する人類の未来を宇宙に
吐いた血が潤滑油になったかのように、オーネスト・ブルートゥは語りかけてきた。レイヴンはエアと揃って渋面になる。
「これでおわり」
『一千万の生命を救済する私の使命にどうか――――』
銀髪の少女の返答は紫電の炸裂。プラズマミサイルを使い切って周りの雑魚を片付け、オートキャノンの火力をミルクトゥースに集中させる。
かつてカーラが心血注いで組み上げた精緻な機構が打ち砕かれ、ブルートゥのAC乗りの象徴である悍ましい乳児の骸骨も砲弾の穿った穴に変わり果てる。
ミルクトゥースが燃え上がる。どこか狂気が滲むようなイエローの作業用フレームから声が届く。
『レイヴン――――あなたもまた偽りの―――――』
それが、最期の言葉だった。交戦からジャスト四十秒、ミルクトゥースはカタフラクトを巻き添えに爆散。オーネスト・ブルートゥは消失した。
『オーネスト・ブルートゥ。なんだか良く分からない人でしたね』
「うむ。できるだけはやくわすれる」
『私もそうします』
ちょうどウォルターからの通信がきて、621は嬉しそうに応答した。
「おわった。そうしきもやっておいた。かそうだ」
銀髪の強化少女なりに、粋な言い回しをしたつもりだった。
『ご苦労だった621。キャノンの回収はRaDが行う。お前は戻って休め』
「むー、りょうかい」
手応えはイマイチだった。
『ビジター。チャティ・スティックだ。後の事は任せてくれ』
接近してくる回収チームを先導しているのは軽タンク型のACだった。チャティはRaDのシステム担当者であり、何度かボイスメッセージを送ってくれたことがある。
カーラの腹心である彼が指揮を執るならば心配ない。
「こんぷりーと、あーるてぃーびー」
621はパンツァーに帰還コースを取らせる。
帰路の途中で、銀髪の少女はケイト・マークソンの傭兵登録が抹消されたのを知った。