私は独立傭兵のケイト・マークソンです! 作:その辺の残骸
仕事の時間だ。
スッラはヘルメットを被り、HMDを起動した。ミッションに必要な情報は滞りなく戦術COMに入力済みだ。作戦地点までのフライトコースが表示されていた。
《メインシステム 戦闘モード 起動》
ナビゲーションボイスがコクピットに響く。
輸送ヘリから切り離されると、スッラは即座にアサルトブーストを起動した。還流型ジェネレータの青いプラズマ噴射によって、漆黒の人型兵器が飛翔する。
ルビコンの凍てつく夜闇を駆けるのはアーキバスの標準的な中量二脚。闇に融けるようなその姿に相応しい名が与えられていた。
その名を
大破したエンタングルの代わりとして、オキーフから手配してもらったカスタムモデルだ。
ファクトリーで加工された"制御ユニット"の著しい能力の劣化を補うべく、機体性能を追求したカスタマイズが施されている。
特徴的な左右非対称のコアを含め、外観こそ変化はないが、桁違いのスペックを誇っていた。特に機動性は標準仕様に倍する。
しかし、その代償として搭乗者に凄まじい負担がかかる。中央氷原に渡ってからの二度の搭乗はスッラの残り少ない命をさらに縮めていた。本来であれば出撃の度にユニットを取り換える運用が想定されたACなのだ。
全身を圧し潰すような慣性荷重と神経を焼き尽くすような電気信号の奔流に苛まれながら、老傭兵はくつくつと嗤ってみせる。
「貴様のせいで中央氷原からとんぼ返りする羽目になった。無駄にさせてくれるなよ、ケイト・マークソン」
ケイトの消失直後、スッラは中央氷原からベリウス地方に戻るべく海を渡った。オールマインドの支援から切り離され、傭兵登録も抹消されている身だが、傭兵支援システムを介さない直接の依頼としてケイトの救出に赴いている。
この出撃が最期になるだろう。執心してきたあの男ではなく、ケイトのために命を使い果たそうしている己が可笑しくてたまらない。
電子音が、匍匐飛行するブラックコフィンに接近してくる機影を報せる。
「来たか。時間通りだな」
友軍の識別信号を発するACはクライアントが寄こした僚機だ。
ブラックコフィンに並走する機体はベイラムのMELANDER C3フレームが構築されていた。
ブラックコフィンと同じく黒を纏いながら、全身に深紅を奔らせている。
識別名はテンダーフット――新参者の名の通り、新品同然に見える。レッドガンとしてミッションに臨む際、ウォルターの猟犬がG13のコールサインで搭乗した機体だ。赫々たる戦果を誇るが使用されたのは僅か数回のミッションのみ。
ブラックコフィンを援護するべく、テンダーフットは凄まじい重武装で馳せ参じていた。
右腕に
「ふん、この私がウォルターの飼い犬と協同することになるとはな」
スッラは望む返事が返ってこないことを理解していながら、黒と赤の僚機に挑発的に呼びかけた。
《Sulla YOU HAVE CONTROL》
テンダーフットからの返事はHMDに流れたテキストだった。スッラはコールに応じて、テンダーフットのコントロールをブラックコフィンとリンクさせた。
黒と赤のACは無人制御されており、コクピットは空だ。アーキバスの基地を襲撃し、この機体でケイトをピックアップして離脱する作戦だった。
同時に右腕のデトネーティングバズーカを叩き込む。ミサイルとバズーカの目標はレーザーキャノン砲台やレーダー、地上の指揮所などに集中させてある。プラズマの炸裂とバズーカの連鎖爆発が基地防衛の要となる設備を破壊していく。
時間差でパルスガンを掃射して、進路上のMTを薙ぎ払う。
薄緑色のパルスエネルギーがバブル状に放射され、光が夜闇を照らしながらMT-E-104、ACに比べれば哀れなほど簡素な構造の戦闘MTを破砕していく。
アーレア海を臨むアーキバスの重要拠点ではあるが、主力は中央氷原に送られている。防衛戦力の大半はBAWS製のMTだ。
テンダーフットも火力を解き放ち、アサルトブーストの速度を乗せて威力が増した実弾の弾幕を展開していた。
無人機とはいえ、元々の搭乗者の戦闘データが反映されており、攻撃にはまるで無駄がなく、クイックブーストによる回避運動も適時こなしている。
ガトリングとアサルトライフルを集中させ、重装甲の四脚タイプMT-J-048を滅多打ちにする。
慌てて弧を描く旋回運動で銃撃から逃れようとする四脚MTの未来位置を予測して、テンダーフットはグレネードキャノンを撃ち込んだ。二連射された榴弾がMTの側面を捉えて炸裂。
強烈な爆圧は重装のMTをひっくり返すほど。横転したJ-048は今まさに起動して迎撃に当たろうとしたACを巻き込み、爆散した。
残骸を包む炎に照らされながら、テンダーフットはフライパス。黒と赤の機体の姿が闇のなかで明らかなる。
直地すると安定した射撃姿勢から銃火を解き放ち続ける。赤熱したダブルトリガーの砲身が剣のように闇を切り裂く。
「動き出す前に一機片付いたか」
思わぬ僥倖にスッラはほくそ笑む。
今しがたMTの巻き添えを喰らったACはアーキバスに雇われた独立傭兵の機体だ。
オールマインドは中立の立場を逸脱して、アーキバスを支援するようになっていた。各種任務を斡旋されたACが既に半数に減じたヴェスパー部隊隊長機の穴を埋めていた。
とは言っても優れた能力を持つ強化人間のパイロットの代わりはそうそう見つかるものではない。特にルビコン3のように隔離された辺境の惑星では。
『おい、管制センター! 援護はまだか!?』
『駄目だ、通信が妨害されている! こいつら、どこの差し金だ!? 今のルビコンでアーキバスに楯突くなんて!』
『じょっ冗談じゃ』
基地に残った三機の通信を拾ったが、吹き出してしまいそうなほど狼狽えている。ランク外の独立傭兵であり、その質は低い。オールマインドとアーキバスからの援助で機体は多少マシになっているようではあるが。
「ふん、素人どもめ。運がなかったと諦めることだ」
容赦してやるつもりはない。迂闊に飛び上がった逆関節型に向かってプラズマミサイルを撃ち込めばリニアライフルを撃つのも忘れてクイックブーストを吹かして振り切ろうとする。
その間にデトネーティングバズーカを地上に向け、大火力が厄介なタンク型のACに撃ち込む。
直撃。爆発による衝撃と黒煙タンクの身動きを封じると、アサルトブーストを点火。
「ぐっ!」
スロットルを最大まで押し上げた戦闘加速はスッラの強化された骨格さえ痛めつける。
苦痛を堪えながら真正面に捉えた敵AC、ベイラムとアーキバスのフレームを適当に組み合わせたような二脚が乱射するマシンガンを装甲で弾き返す。
ブラックコフィンはパルスガンでミサイルを叩き落している。至近距離で破壊されたミサイルは母機であるACを傷つけていた。
クイックブーストによる瞬間的な位置ズラしでスッラは二脚の背後を取る。独立傭兵の二脚はブラックコフィンを見失い、回頭しようとする。
その動きよりも速くスッラはブーストキックでブースターユニット周辺を蹴り砕いた。無様に吹っ飛び、うつ伏せに倒れたACをロックしてオーバーヒートするまでパルスガンを浴びせる。
バブル状パルスエネルギーがACのボディを分子レベルで破壊し、爆発四散させた。
「雑魚の相手は私だけで十分だ。貴様はケイトを拾え」
密着してのアサルトアーマーでタンク型を消し飛ばしつつ、スッラはテンダーフットに命じる。忠実な僚機はライフルで援護射撃を行いつつ、連続的なブーストジャンプで後退していく。
ブラックコフィンは高く跳びあがり、テンダーフットに腰部を狙撃されバランスを崩した逆関節型に襲い掛かる。
上から押し潰すようにして、ブースト加速をかける。
逆関節機が咄嗟に展開したパルスアーマーをブラックコフィンの自重とクイックブーストの瞬間加速を併せて押し破り、地上に叩きつける。
ブラックコフィンに踏み潰された敵機のアイカメラから光が消え、各部から火花が飛び散った。
『お待たせしましたスッラ! 感謝します、本当に何とお礼を言えばいいのか……』
振り返ったとき、通信ウィンドウが開き、艶やかな漆黒のボディスーツを張り付けた黒髪の美女が映った。装備を取り戻したケイトは地上に出てテンダーフットに乗り込んだのである。
「無事で良かった」
スッラは素直な感情を口にした。思わず零れたセリフに老傭兵は自分でも驚いていた。
ケイトの顔を見たとき、歓びを感じたのである。殺しを生業とする己が忘れ去ったはずのひどく人間的な感情であった。
『すぐにそちらに合流します』
ブラックコフィンに接近するべく、フットペダルを踏み込み、ケイトは離陸する。バイクシートではない通常のシートは久しぶりだ。
テンダーフットはレイヴンの乗機であり、銀髪の少女強化人間の香りが微かに残っている。それがケイトの戦意を多いに高めた。
レイヴンの戦闘経験を入力された補助AIはケイトの操縦を的確にサポートしており、はじめて乗る機体でありながら、不足なく操ることができた。
それどころか自分の実力が数倍に跳ね上がったような感覚さえある。
あの傲岸不遜な黒ゴス娘、エディス・キュビックス、今はアムと名乗る存在がテンダーフットを調整したのだろう。こんなことができるのは並外れたアーキテクトだけだ。
レイヴンやスッラ、エアに改めてお礼を言うついでに、あの小娘にも一応礼を言っておこうと決めるケイトである。
『新手が来る。予想通りV.Ⅲペイターだ。アーキバスの若造はオールマインドと組んで何やら企んでいるようだ』
「やはりそうですか。それにしても第三隊長とは随分なスピード出世ですね」
スッラが警告する。テンダーフットのレーダーにも高速飛行で向かってくる敵影が捉えられており、両手の武装を構えてケイトは戦闘態勢を取っていた。
何となくそんな感じがしていたが、スッラの発言で確信が持てた。ペイターは忠誠の対象をアーキバスからオールマインドに切り替えたようだ。
アサルトブーストで駆けつけてきたオールマインド製の逆関節機が滑らかに着地する。有機的な曲線を描くダークブルーの装甲は神像の如く磨き抜かれている。
『V.Ⅲペイター現着! アーキバス・グループの栄光を阻むイレギュラーを駆逐し、サンプルを再度確保する!』
スタンニードルランチャーのバレルを担ぎ、生物的な俊敏さで接近してくるマインドγ・デュアルネイチャー。意気揚々とした迷いのない動きだ。
『貴様は好きに動け。私のほうで合わせる』
「了解! 二人で力を合わせて切り抜けましょう!」
スッラと一緒に戦えることが嬉しくて、ケイトは声を弾ませる。先行し、デュアルネイチャーのKRSVが撃ち分けてくるレーザーとプラズマを避け、テンダーフットの強力な火器を浴びせる。
マインドγフレームとなったデュアルネイチャーは左背部の一見すればパルスシールド発振ユニットに見えるパーツから全周にパルスアーマーを展開して、砲弾を弾きながら舞っている。
しかし、ケイトの射撃は連続的な超絶機動で動き回る逆関節機を確実に追尾してパルスアーマーを減衰させていた。
「最期に共に戦えて良かったよ」
通信で聞こえないよう、スッラは呟き、デュアルネイチャーの凄まじい機動力に食らいつく。
老傭兵の命数は今まさに尽きようとしていた。