私は独立傭兵のケイト・マークソンです! 作:その辺の残骸
夜闇に煌めくブースト噴射の猛々しいプラズマ炎。
深紅のカメラアイが残光を曳く。黒と赤――死神の色を纏った重装の鉄騎は奔っていた。
ケイトが駆るテンダーフット――ベイラム製MELANDER C3は地上から濃密な砲火を敵機に浴びせ、
「性能ではそちらに分があるようですが、負ける気はしません!」
たまらず上空に逃げた敵ACに右腕で保持したガトリングの集中砲火を浴びせるケイトは自信満々に胸を張る。
敵は
大跳躍からブーストによる滞空を長く続けるダークブルーのACは、薄緑色のパルスエネルギーを全周に張り巡らして、ケイトとスッラの猛攻を凌いでいる。
通常のパルスシールドではあり得ないほど高出力かつ恒常的な防壁ではあるが、ブラックコフィンのパルスガンが効果的に削いでいた。
デュアルネイチャーは機動性の面でも数世代先を行くスペックを発揮している。
しかし、ケイトとスッラの技量と連携はこの性能差を埋めるほどで、二機のACからの集中攻撃を避け切れずにいた。
『この新型が圧されてるというのか!?』
驚愕するペイターの声。しかし、ヴェスパー部隊のナンバーを拝命しているのは伊達ではない。
『ロックした、これ以上やらせはしないぞ!』
ここぞという機を見極め、ペイターはクイックブーストでプラズマミサイルとパルスガンを振り切る。そして、雷神の鉄鎚たるマルチエネルギーライフルを突きつけた。
『その機体はアーキバスの貴重な資産。損なうのは惜しいが仕方ない!』
闇色のアーキバス標準機、ブラックコフィンに向けられるペイターの言葉は企業戦士としての忠誠心に満ち溢れていながら、どこか白々しい。
「そう動くと思っていましたよ!」
KRSVが放たれる前にケイトは先手を打った。
ペイターの動きを必死で追い、フルチャージ射撃のため静止した座標ぴったりにグレネードキャノンを叩き込む。
着弾した二発の榴弾が起こした爆炎に包まれたデュアルネイチャーの照準はスッラから逸れ、老傭兵は格闘戦を挑むチャンスを掴む。
「好機ですスッラ!!」
アサルトブーストで急上昇をかけながら叫ぶケイト。力を振り絞って踏ん張り、次の一手に備える。
デュアルネイチャーに突っ込む漆黒のアーキバス標準機。
「まだまだ子供の間合いだな」
色が喪われた視界のなかで、スッラは呟く。
デュアルネイチャーの左腕から吹くマシンガンの銃火に傷付きながらも、強烈なブーストキックを叩き込んだ。
コアのコクピットブロックを正確に捉える致命の一撃。非情なまでの殺しの業だ。
『やりました、お見事です!』
『気を抜くな! まだ終わっていないぞ!』
墜落していくデュアルネイチャーに無邪気に歓声を上げるケイトに、スッラは鋭く警告する。
銃剣のようなエアロパーツをバレル下部に備えたデトネーティングバズーカをデュアルネイチャーに撃ち込む。
「避けた!? 死んだフリとはセコい真似を!」
後方への瞬間移動めいたクイックブーストで、スッラの追撃を避けたデュアルネイチャー。
ケイトは上空からガトリング、ライフル、グレネードキャノンを総動員して猛攻を浴びせる。
だが、圧し潰されたコクピット周辺から火花を散らす黒青の逆関節機は左右に機体を振ることで被弾を最小限に抑える。
それどころかスッラが放ったプラズマミサイルの炸裂と回避運動の勢いに乗り、基地の大型建造物の後ろに飛び込む。
射線を切られたことでケイトは無駄撃ちと悟り、操縦桿のトリガーから指を離す。
遮蔽に隠れたペイターを睨む。パルスアーマーを再展開して仕切り直すつもりと読んでいた。
ペイターはKRSVによる遮蔽越しの砲撃を仕掛けてきた。建物を貫通した共振エネルギーは長大な光の剣となってケイト達に襲い掛かる。
二機は散開してひとまず光刃をやり過ごす。
『このマインドγが追い込まれるとは。あなた達の力は我々の想定を上回っているようですね』
倒壊した建造物を飛び越え、パルスアーマーの光を神気の如く纏って姿を現したデュアルネイチャー。
そこから発された声はペイターであり、ペイターではなかった。
それを証明するようにマシンガンをパージした左手でひしゃげたコクピットブロックを掴み、放り捨ててみせる。空しく宙を舞ったコクピットブロックは放物線を描き、格納庫に激突した。
操縦者を自ら排除して無人となった機体は変わらず動いており、クリアバイザーの向こう側で光るセンサーは明確な意思を放っている。
「オールマインド……!」
険しい表情でケイトはその名を呼んだ。
『アーキバスの坊やはオールマインドと懇ろになったようだな』
「……そのようですね」
冷静さを保ちながらスッラに応じるが、ケイトの内心は穏やかではない。
ペイターという青年の選択に恐怖を感じている。
彼はアーキバスを裏切り、オールマインドと協力関係を結ぶだけでなく、その一部になっていた。
コーラル代替技術を用いた新世代型強化人間であってもオールマインドは取り込むことができる。
優秀なACパイロットであるヴェスパー部隊の自我と戦闘データを吸収し、より強力なACを開発するために利用することもオールマインドの計画の一つであった。
しかし、コーラルという人類が抽象的かつ観念的に"魂"と理解している要素の触媒を欠いているため、新世代型強化人間の意識は単に複雑なデータの集合物に過ぎない。
先ほどの攻撃でペイターという個はこの世界から消滅している。今こうして話しているのは、電子的に再現された人格でしかないのだ。
「何が貴方をそこまでさせるのですか!?」
こみ上げてくる感情が言葉になり、問いかけになった。
『オールマインドは私という自己を保存し、高めるのに理想的な仕組みでした。だから、誘いを受けたときも迷いを感じませんでしたよ』
その答えに絶句しながらもケイトは理解した。
ペイターにとって自我とは記録であり行動パターンであり、外界への影響力なのだ。自己の連続性は彼にとって問題ではないということだ。
『それにですね、古臭いと笑わないでくださいねケイトさん。高い地位とそれに伴う権威、他者を圧倒する絶対的な力。そうしたモノを手にするのは男のロマンじゃないですか?――――さて、』
饒舌に野心を語ってからペイターは言葉を切った。
『あなた達は危険なイレギュラーであり、エラー因子です。この場で抹殺し、我々の計画の遂行を完全なものとします』
オールマインドの宣言と同時に黒青色のマインドγが突撃してくる。
――――消えなさい。
オールマインドの意志に呼応するかのようにデュアルネイチャーを取り囲むパルスアーマーの光が、エネルギーが増大していく。
「これは……!? スッラは私の後ろに下がってください! こちらの機体にはパルスアーマーがあります、それを使って防いでみます!」
ケイトは本能的に後退。クイックブーストで弾みをつけて、高速で離脱。
直後、マインドγを中心に光が爆ぜた。アサルトアーマーなのだろうが、爆発半径も威力も桁違いだ。
パルスアーマーを展開して、薄緑色の爆光を防ぐテンダーフット。
その背後にスッラのブラックコフィンは退避しており、無事だ。ケイトはひとまず安堵する。
『ジェネレータ出力再上昇、オペレーション・パターンⅡへ移行。本来は強化人間C4-621との対決に取っておきたかったのですが、良いテストになると考えることにしましょう』
低空で炸裂したアサルトアーマーの威力は地表まで削り取っている。アーキバスの基地を容赦なく破壊していた。
「レイヴンと同等に扱っていただけるとは、光栄ですね」
『強がっていられるのも今のうちですよ』
先ほどまでと比べ物にならない超絶のスピードで飛び回るマインドγに応戦しながら、ケイトは勝気な言葉を絞り出した。
スッラとの連携でなんとか耐え凌いでいるが、マインドγが引き上げたジェネレーター出力はKRSVの威力も大幅に高めている。
一撃の被弾が致命傷になるし、スタンニードルランチャーは変わらず危険だ。
「少しでも敵の戦力を削がなければ!」
どうにか側面に回り込むとテンダーフットは左手のライフルを指切り撃ちで素早く連射。
「よしっ!」
スタンニードルランチャーを狙撃して、基部を撃ち抜き破壊する。
本当は出鱈目な出力のパルスアーマーが再展開される前に発振ユニットを潰したかったが、位置が悪かった。
マインドγがパルスガンの弾幕とプラズマミサイルを避けるのに手古摺っている間に、ケイトは距離を取る。
――――粘りますね、だが無駄なことです。
――――スタンニードルランチャーが破壊されたか。スネイルの小言は憂鬱だが許容範囲内だ。KRSVさえあればいい。
ペイターとオールマインドの統合された意識は勝利を確信している。
パルスアーマーの再展開まで残り二十秒。
次のアサルトアーマーは確実に二機に大きなダメージを与える。生き延びることができたとしても、撃墜されるまでの時間が延びるだけだ。
最大出力を発揮したマインドγの性能にペイターの意識は酔い痴れ、全能感さえ抱いてた。
"ACとしての"最強を追究したのがマインドγという機体だった。
傭兵支援システムという表向きの顔と、ケイト・マークソンが実戦で収集した戦闘データを基に、製品としての兵器では採算が取れないほどのリソースを投じて建造されている。
このACで負けるはずがない。オールマインドはそう自負をしていた。
パルスガンとデトネーティングバズーカのダブルトリガーで、ブラックコフィンが攻撃を仕掛けてくる。
高速で接近してくるスッラにKRSVで応射してやることもできる。だが、あえて撃たず、戦闘機動だけで漆黒のACをいなすことに決めた。
再チャージしたアサルトアーマーを使い、スッラを消し飛ばしてやるのだ。
裏切り者であり、欠陥品であるケイト・マークソンはそれからじっくりと始末してやろう。
『貴様の傲慢に礼を言わせてもらうぞ』
『こちらこそ。C1-249スッラ、あなたの献身に感謝します』
ブラックコフィンの全武装をパージして、スッラはマインドγに向かって特攻する。アサルトブーストにクイックブーストを加えた高速の機動偏向。
技量の限りを尽くし、死を覚悟した戦士だけが引き出せる神速のマニューバだ しかし、オールマインドの戦闘処理能力はそれを読み切っていた。
クイックブーストをかけるだけでスッラの決死の特攻は躱される――はずだった。
『なにっ!?』
基地の砲台がマインドγに牙を剥き、高出力のレーザーキャノンを発射してきた。咄嗟に回避するが、スッラとケイトを見失う。
無人砲台の故障ではない。ハッキングによる人為的なものだ。
次々に砲撃してくるレーザーキャノンを逆にKRSVのプラズマで破壊しながら、オールマインドはそう結論付けた。
――――Cパルス変異波形エアッ!!
オールマインドはレーザーキャノンによる砲撃を指揮する存在の名を忌々し気に叫ぶ。
『この程度のサポートしかできず、申し訳ありません』
エアは通信でケイト達に詫びた。
彼女は基地の防衛システムを掌握すると援護射撃のタイミングを見計らい、息を潜めていたのだ。
流石に防衛用兵器の制御系は強固なプロテクトに護られており、時間がかかってしまった。
「十分です」
力不足を痛感するエアに、ケイトは優しく言った。本当はもっとたくさんの言葉をかけたいが今は時間が惜しい。
マインドγを逃さないよう視界に捉えながら、テンダーフットの全ての射撃武器を叩きつけて、スッラを援護する。
ガトリングガンの残弾がみるみるうちに0に近づく。砲身は狂おしいほどに赤熱していた。
『オールマインド、貴様には私と一緒に墜ちてもらう! 今日、ここで生き残るのはただ独りだ!!』
『老いぼれの殺し屋風情が戯言を!』
最後の力を振り絞り、スッラが駆る漆黒のACはマインドγに喰らいついた。
アサルトアーマーが再展開されるコンマ数秒前というギリギリのタイミングで組み付き、逃れられないようにする。
『後は頼む』
スッラの言葉には多くの意味が含まれていた。彼が自らを犠牲にすることを提案した時、ケイトは引き留めなかった。
第一世代強化手術の後遺症である肉体の劣化と、搭乗者に致命的な負荷をかけるブラックコフィンへの複数回の搭乗でスッラの肉体は限界に達していた。
この戦闘を切り抜けたところで、彼が生き延びる目はない。それはケイトにも理解っていた。
ラバーのような質感のグローブに包まれた両手には操縦桿を握り潰しそうなほどに力が籠り、震えていた。
ブラックコフィンのコアが開く。
ブラックコフィンはその運用から敵地での自爆も想定されていた。
ジェネレータを暴走状態にすれば、機体を内側から吹き飛ばし、跡形も残らないほどのパルスエネルギーを放つことができる。
アサルトアーマーの爆光は、夜に一瞬の昼を齎した。その光はブラックコフィンそのものを粉砕し、マインドγの曲線的な装甲を全損させた。
『これは!? 敵機反応、残っています! 警戒を!』
エアが警告する。
ケイトは悲しみを振り払い、パルスエネルギーの爆発から飛び出してくる敵機をロックオンした。
閃光によるホワイトアウトは瞬間的なもので、薄らいだパルスの残光が空間に漂うのみ。
マインドγは装甲こそ全損し、パルスアーマーを発生させる左背部のユニットも喪っていた――それでもアサルトブーストで飛び回るくらいには内部機構が活きている。
損壊したフレームを剥き出しにしたマインドγの姿は、
「なんて頑丈な!」
思わずそう叫ばずにはいられないケイトだった。
『無駄死にだったなァ! すぐに老いぼれと同じところに送ってやるぞ、ケイト・マークソンゥ!!』
吠え猛っている者はペイターの声だが、その人格は明らかに異なる。
オールマインドを構成する無数の自我――かつて繰り返された強化人間手術の被験者たちの亡霊の魂が無秩序に表面化しているのだろう。
聞くに堪えない罵詈雑言が通信を埋め尽くす。ケイトはあまりの五月蠅さに回線をオフにした。
もはや言葉は不要。決着に必要なのは純粋な力だけだ。
右腕のガトリングガンと背中の二連グレネードキャノンをパージして、テンダーフットは飛翔する。ケイトは真っ向から受けて立つ気でいた。
残る武器は左手のアサルトライフルと左ハンガーのパイルバンカーのみ。
マインドγはKRSVを後生大事に手にしており、ケイトに向けている。
しかし、損傷したマルチエネルギーライフルの用途は射撃ではなく、打撃武器であると見抜いていた。形こそ残ったが損傷で射撃武器としては機能しないのだろう。
空中で弧を描きながら、テンダーフットは唯一残されたライフルを連射した。マインドγはそれを強引なジグジグ機動で躱しつつ、距離を詰めてくる。
機体をぶつけるつもりだ。本体がこの場にないオールマインドにとってマインドγを失うことは単なる損失であり、自己の消滅を意味しない。
彼我の速力と機動性の差からテンダーフットは肉薄されてしまう。だがケイトは怯まない。ライフルを放り捨て、隠されていた武器を抜いた。
「まさか、これを予期した備えではないでしょうね?」
テンダーフットの左腕には小細工が施されていた。恐らくあのイケ好かない黒ゴス娘の仕込みなのだろう。
ケイトはテンダーフットの左腕で一閃した。
『ぬぁっ!?』
パルスブレードの光刃が叩きつけられようとしたマルチエネルギーライフルの分厚いバレルを切り裂く。
アサルトライフルと同時に左腕に装備されていたHI-32:BU-TT/Aの斬撃がマインドγを迎え撃ったのである。
最後の武器を文字通りぶった切られたマインドγ。ケイトはトドメを刺しにかかる。
「バンカー!」
音声入力でハンガーシフトをコール。左腕のパルスブレードとパイルバンカーが換装される。
左腕を振り被った瞬間。
悲しみ、悔しさ、怒り、勝利の高揚感、生物としての本能的な生存の喜び。
数多の感情がケイト・マークソンのなかで渦巻いた。想いは迷いを産み、隙を作り出しかねない。
――――迷っていてはスッラに顔向けできませんね。
一意専心。必殺の近接武器と名高い長大な超硬度金属の杭を敵機のコアに叩きつけた。
今はただ撃ち貫くのみ。