私は独立傭兵のケイト・マークソンです!   作:その辺の残骸

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救援

 戦闘の余波で燃え盛るアーキバスの基地から離脱していくAC"テンダーフット"。

 

 追撃の気配はない。ケイトは振り返ることなく、一心不乱に機体を加速させていく。

 アーキバスの先端技術によるフレームに比べ、内実ともに旧態依然としていると評されるベイラム製フレームの頑強さに助けられていた。

 

 テンダーフットは武装の大半を喪っており、損傷は激しい。だが、アサルトブーストによる飛行には耐えられる。

 

――――ケイト・マークソン、愚かな娘。本気で我々(オールマインド)から逃れられると思っているのですか?

 

 オールマインドは数多の電子の眼でケイトの乗機を捉えていた。

 吹雪のなかに紛れているが、送り出した新たな猟犬たち――自律兵器のセンサーは、その程度では誤魔化せない。

 アーキバスのおかげでオールマインドの手駒は随分と増えた。これまでの暗躍で喪われた数を補ってあまりあるほど。

 マインドγの喪失は手痛いが、新しく造れば済むだけのことである。

 

 直接制御していたACが破壊されたことによるショックは、ペイターに押し付けている。

 再構築に時間を要するので、しばらくは使い物にならないが、オールマインドが万全であることが何より重要だ。

 

 ペイターも述べていた通り、コーラル代替技術による強化人間は抽出したデータを基に電子的に再現された複製に過ぎない。

 オールマインドという総体を構成する技研の犠牲者――亡者たちと真の意味で一つではなく、その意志に使役される下位の存在でしかなかった。

 

 提供するはずだったサンプル(ケイト・マークソン)の脱走。

 V.Ⅲペイターの戦死。

 追撃はオールマインド指揮下の部隊が行い、同盟の責任を果たす。

 

 諸々を報告しておく。この作業はオールマインドにとっても面倒に感じられた。

 

 アーキバスは惑星封鎖機構との決戦を目前にしており、スネイルはその最終調整に追われている。

 

 しかし、オールマインドへの警戒は欠かしておらず、それどころか真の目的であるリリース計画についても徐々に探りを入れていた。

 密約を結んだオールマインドには些事であっても、詳細を報告するよう"要請"してもいる。

 コーラル集積地点にあるはずのバスキュラープラント、その再建のためにもアーキバスとの関係は当面維持しなければならないので、怪しまれないように要求に従っていた。

 

 グリッド086においては、およそ相容れないはずの勢力による同盟が結ばれるイレギュラーが起こっているが、概ね計画通りに進んでいる――オールマインドはシミュレーションを繰り返し、自らの描く未来図への確信を深めていた。

 

 

「やはり捲くのは無理か」

 

 真っ向から吹雪に煽られ、揺れるコクピット。ケイトは独り言ちた。

 レーダーが四時方向から接近してくる機影を複数捕捉している。

 焦りはしていない。機影を捉える前から、オールマインドが追手を差し向けるのは予測できていた。

 

 とはいえ、今のケイトに戦う力はなかった。

 煩わしいアラートを切っているが、テンダーフットは死に体なのだ。

 万全なら悪天候下の飛行とて問題ないが、損傷でバランサーに不調が生じていては、飛ぶだけでも一苦労だ。

 ケイトの懸命な操縦で辛うじて飛行バランスを保っているだけで、いつ墜落してもおかしくない。

 

『仕掛けてきませんね。様子見でしょうか?』

 

 エアは訝しんだ。コーラルによる"交信"ではなく、通信回線と合成音声を用いている。

 

 レーダーが捉えているだけでも、十機を数える追撃部隊は、ケイトに襲い掛かることもせず、距離を保って並走していた。

 手負いのAC一機に対して、あまりにも慎重過ぎる。

 オールマインドの思惑を察して、ケイトは険しい表情になった。

 

「こちらを脅かしているつもりでしょうね。性格が悪い真似を」

 

『ならば今のうちに身を隠してしまいましょう』

 

 相手の慢心に付け入らない理由はない。こちらが手負いならば猶更だ。

 

 ルビコン3に点在する廃都市に降りる。

 その場凌ぎの潜伏ではなく、指定された地点だ。どうにかたどり着けたというところである。

 地形データを頼りに、着陸に適した広場を選ぶ。

 

 ケイトはテンダーフットを慎重に降下させ、ブースタを切る――着地の衝撃が予想以上に大きい。

 

「くっ……!」

 

 脚部のアクチュエータが軋むのを感じた。

 ケイトの白い肌を覆う黒いボディスーツの下に冷や汗が滲む。縋り付くように操縦桿を強く握り、両脚は恥も外聞もなく広げて踏ん張った。歯を食いしばり、湧き上がってくる激しい感情を抑える。

 

 オールマインドの工作員として動いている間には強く感じることがなかった感情だった。

 恐怖が全身を駆け巡っていた。

 その鋭敏な反応はケイト・マークソンが自らを総体の一部ではない、一人の人間だと自覚した証であった。

 だがしかし、今のケイトに感慨に浸る余裕は微塵もなかった。

 

「こっのぉ……! 止まれっ!」

 

 機体の姿勢を低くして、重心を安定させながら制動をかける。

 

 テンダーフットはどうにか転倒することなく着陸した。思わず、ケイトは大きく息を吐いた。

 

『ケイト、大丈夫ですか!?』

 

「少しばかりしくじりました。ですが着陸は成功しましたので、問題ありません」

 

 心配するエアに、ケイトはつとめて気丈な声で返事する。

 こんなところで斃れては、自らを犠牲にしてまで助けてくれたスッラに申し訳が立たない。

 それに、彼が戦闘中に抜け目なく自分に託したメッセージをウォルターに伝える義務もある。

 

(歩くくらいしかできない、か)

 

 ケイトはテンダーフットを立ち上がらせ、歩行させる。着陸の衝撃で脚部の損傷が一段と酷くなり、戦闘機動は完全に不可能になっていた。

 元々碌な武器が残っておらず、ダメージも蓄積しているので、それ自体の悪影響は少ない。

 レイヴンから借りている機体を自分のミスで傷物にしたことに、ケイトは心を痛めた。

 

 重々しい足取りで雪と氷に覆われた地面を踏みしめ、黒い装甲の傷ついたACはビルの陰に身を隠した。

 ケイトはシートに身を預けて、休息の体勢になる。疲労はあるが、敵の気配があるおかげで気が緩むことはない。

 

(今のうちにエネルギー補給を)

 

 束の間の安息を得て気が緩んだせいだろうか。猛烈な飢餓感を覚え、ケイトはコクピットの収納スペースを探った。

 ケイトのために用意された潤沢なサバイバル装備から、高カロリーのゼリー飲料を取り出す。

 

 ゼリー飲料は味気ないこと極まりない。

 しかし、摂取すると全身に活力が生き渡るのが実感できた。

 二本、三本とパウチを空けていく。

 肉体がエネルギーを、戦い抜くための燃料を欲していた。

 

「さあ、来るなら来なさいオールマインド!」

 

 腹が満たされると、戦意も昂ってきて、ケイトは意気揚々と声を上げた。

 

 

 それで隠れたつもりですか?

 

 オールマインドを称する意志の総体は、潜伏して追撃をやり過ごそうとするケイトの浅はかさを嘲笑いながら、包囲の輪を縮める。

 整然と編隊を組んだIA-24: KITEを旋回させ、渦を描くように接近させていく。

 

 ザイレムを確保した際に多数を手中に収めた無人機は、使い勝手のいい航空戦力だった。

 KITEを統率しているのは封鎖機構から鹵獲し、無人機に改修したHCだ。オールマインド独自開発の技術でより強力なエネルギー兵器を搭載している。

 ACサイズに絶大な戦闘力を集約したマインドγに比べれば程度は低いが、この改修型HCに太刀打ちできる者は、数えるほどしかいない。

 

 送り込んだ戦力は、それだけではない。

 

 地上からはゴーストのステルス部隊を差し向けていた。

 もしもケイト・マークソンが想定以上に奮闘したとしても、不可視の奇襲を受ければ一たまりもないはずだ。

 過剰なほどの戦力投入。非合理的である。

 だが、裏切り者には力の差を思い知らせ、無謀な反逆を後悔させてやらねばならない。オールマインドはそう考えていた。

 

 これ見よがしに部隊を接近させているというのに、ケイトに慌てる素振りはなかった。テンダーフットは動かない。

 

 ――まさか、機体を捨てたとでも?

 

 オールマインドは疑念を抱きながら、手勢を進ませた。

 

 吹雪で視界が悪く、ケイトがACから降りていたとしても、それを確かめる術はない。

 ボディスーツと肉体の性能に加え、生身での逃走を想定したサバイバル装備がACに搭載されていたのなら、極寒のルビコンで生き延びることも不可能ではなかった。

 

『残念ですが、いまの私には打つ手がありません。降参です。どうぞ、一思いにやってください』

 

 疑念の答えは、ケイトからの通信という形で明らかになった。観念した様子はなく、むしろ挑発するような口調だ。

 

『殊勝な心掛けですね、ケイト・マークソン。その態度に免じて、苦痛なく葬ること約束しましょう』

 

 裏切り者の挑発に応じながら、五機編成で向かわせたKITEの前衛隊の一機に攻撃を命じた。

 

 機体の両舷から長大なレーザーブレードを延ばし、自律兵器が急降下する。確実にテンダーフットを破壊する突進攻撃だ。

 

 ケイトは突撃してくる敵機を見つめる。

 微笑んでいた。

 生命を委ねることができる他者がいてくれるからこそできる表情だった。

 

 吹雪のヴェールを切り裂いて迫ってくる光刃を、前触れなく地下通路から飛び出してきた白いACが迎え撃った。

 轟く砲声。ACが手にした右の巨銃が、KITEを叩き落とす。

 

『お待たせ。クロウハート・エアサービスのご利用どうも』

 

 運び屋(ミグラント)の少女キリカ・クロウハートが愛機"E.Z."で駆けつけてくれた。

 

「ヘルはケイトをガードしといて。飛んでる煩いのはわたしがやる」

 

 空色の瞳の少女は戦場を広く見渡し、吹雪の彼方から高速で参戦する敵影さえも捉えていた。

 僚機である深紅の逆関節機"スカーブランド"に頼み、まずは残った四機の飛行自律兵器の始末にかかった。

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