私は独立傭兵のケイト・マークソンです! 作:その辺の残骸
流線形の装甲をした白銀色の中量二脚ACは、地形追随飛行で目的地を目指していた。
機体と同期しているケイトは、重厚な装甲に覆われたコクピットの中にいながら、風を感じている。
アサルトブーストにより音速を叩き出しているトランスクライバーの装甲に感じる大気が心地よい。
地上は白く、荒涼としている。元来、養分に乏しい土壌が大半を占めるのがルビコンの大地だ。
さらに、半世紀前のアイビスの火によって焼き尽くされ、汚染され回復不可能な状態に陥ってしまった。
今回は依頼のためにACを駆っているのではない。彼女自身の目的のための調査だった。
先ほどまでしきりに飛び交っていた通信は止んでおり、黒煙を上げながら炎上するE-104型MTの真新しい残骸があちこちに転がっている。
それは、何者かと交戦したルビコン解放戦線の部隊だった。
残骸に沿って起伏のある地形を進み、惑星の過酷な環境に適応した数少なく植物である針葉樹群をフライパスする。
やがて、市街地に出た。頭部のセンサーをフル稼働させる、スキャンモードに切り替える。
走査を繰り返しながらトランスクライバーは、巨大なガンシップらしき残骸が墜ちている広場に向かって進んだ。
――――登録番号Rb18確認、Rb37確認、Rb29確認――――いずれも機体大破、搭乗者死亡
建造物を避けるため、高度を上げながら移動中だ。ケイトはスキャンに引っ掛かったACの残骸をオールマインドに登録されている情報と照合した。
Rb37、識別名モンキー・ゴードを除く二名は下位とはいえランク入りしていたACパイロットであり、Rb29のハークラーに至ってはベイラムレッドガン部隊の末席としてG7のコールサインを拝命していた人物だった。
企業や解放戦線、ドーザーなどの勢力に属するACパイロットも建前上、所属組織に雇われた傭兵としてオールマインドに登録し、そのサービスを受けているのだ。
それはオールマインドが提供する物資、情報、訓練などの有用性の証左であり、ルビコンにおける軍事活動はそれなしでは困難なのだ。
企業所属の傭兵の戦闘ログを通して獲得される各勢力の動向はオールマインドにとっても、大いに有用だった。
広場に接近した時、ケイトは切れ長の目を少し細めた。
「見つけた」
空から垣間見えた輸送ヘリとそれが運んでいたらしいACの残骸の近くにトランスクライバーは降下する。
着地の振動がコクピットを揺らすが、その重さが、巨大で強力な戦闘機械の中にいることを実感させてくれる。
ほとんど同時に別方向からACが飛来してきた。
友軍の識別信号を出している、そのACはケイトの乗機と同じ脚部を使用しており、黒と赤と白の蛇が絡み合うエンブレムと同じ、左右非対称のカラーリングを纏っていた。
『助力に感謝します、C1-249スッラ。改めて挨拶させていただきます。私は登録番号Rb66、ケイト・マークソン』
ケイトはバストアップ映像付きで、コーラルリリース計画の揺るぎ無い協力者に挨拶した。
わざわざ顔を出したのは、自らの躯体を他者に披露して、その反応が見たいという欲求が沸いたからだ。
C1-249スッラはアイビスの火以前より活動する古い独立傭兵であり、オールマインドとの付き合いは長く、同胞と呼んでも良い側面を持っていた。
彼は成功確率一割の手術を生き延びた側で、"我々"は生き延びられず、電子的な遺体保管庫に投棄されたという違いはあるが。
『それが貴様の肉体か。なるほど、良い貌をしている』
スッラは痩身で白髪の老人だ。古い傭兵が嗤う貌は狡猾な毒蛇や冷酷な哲学を探求する古代の哲学者をケイトに連想させた。
既に一世紀近く戦場に在るスッラだが、強化手術の一環として施された遺伝子治療のために肉体に衰えはない。
彼には計画の妨げになる存在の排除、"狩り"を任せていた。
『ルックスは人類との接触や交渉に重要と考え、入念にデザインしましたので』
スッラの発言を額面通り受け取ったケイトは、理知的な美貌に得意気な笑みを浮かべていた。
片手を豊かな胸の前に置いて、それとなく自分の"性能"の一部をアピールしている。
『そうだな。接触に交渉。まったく大切なことだ』
スッラはくつくつと笑った。同志との快い会話を続けたいが、残骸を手早く調査しなければならない。
状況次第では並外れた腕前の傭兵が駆るAC二機との激しい戦闘になるのだから。
『私が降りて調べます。スッラは周辺警戒を』
『了解した』
トランスクライバーのコクピットハッチが開き、漆黒のボディスーツの美女が飛び出す。
手足と局部に白銀の鎧のような装甲プレートを取り付けた、戦闘装備だ。
冷たい地表を素早く駆けて抜けて、斜面を滑り降り、ケイトは仰向けになったACの残骸に取り付いた。
本来は探査、作業用のACであるC-2000系列の中量二脚だ。シャープな装甲に覆われた頭部だけが換装されている。
ケイトは頭部のひしゃげた部分に両手を入れて、引っ張る。すると、簡単に引きはがすことができた。装甲としては異様に軽いそれを放り捨てる。
彼女の筋力が強化されていることもあるが、それにしても簡単過ぎた。
「ハリボテ」と呟き、前傾姿勢で上体を突っ込み、内部構造を検める。人間の肉体はこうした作業に向いていた。
ケイトが身動ぎすると、スーツの銀色の装甲板が食い込む、魅惑のヒップが左右に微かに揺れた。
外装が変更されていたが、ACの頭部はHC-2000そのままで、かなり古い。
跳ねるように動き、黒髪の人造美女はコクピットに向かった。ハッチを開いて、中を確かめる。
やはりかなり古いパーツのようで、おまけにシートの一部が破れている。
ハッチの縁を掴みながら、コクピット内部に足先から体を入れた。手を離して空中でくるりと回転する、無駄な動作で身体能力を発揮をして、中古のシートにお尻を乗せるケイトだった。
「APUは生きていますね」
補助動力装置は入れて、戦術COMを叩き起こせば、必要なデータをモニターに表示することができた。本来あるべき傭兵ライセンスが存在していない。抜き取られていた。
『登録番号Rb23、識別名レイヴンは自身の死を偽装して潜伏中。間違いなく、惑星封鎖機構の執拗な追撃から逃れるためでしょう』
コクピットから出て、警戒態勢を取るエンタングルの背中に顔を向けて、埋め込んだインプラントで通信を入れる。
この機体はルビコンにおけるコーラル再湧出を全人類圏にリークした、自らをブランチと称する傭兵集団に属するACだった。
強固な政治的信念を持つ集団でもあり、企業や封鎖機構といった人類文明に強い影響力を持つ勢力に対して、物理的、情報的な攻撃を繰り返している。
単なる無頼の集まりではなく、有能で危険だ。たった四人で惑星封鎖機構に甚大な被害を与え続けているブランチは機構の不倶戴天の敵である。
その行動の秘匿性が高く、思想的にも予測不可能であり、オールマインドとしても脅威と見做していた。
ブランチの中核たる独立傭兵レイヴンの消息を追い続け、この汚染市街上空を機体を積んだヘリが飛行していたという情報を頼りに調査にやってきたわけだ。
『傭兵ライセンスは識別名キング、シャルトルーズの両名によって回収されたと――――』
『違うな、ハンドラー・ウォルターだ。ふんっまた新しい犬を飼ったか』
撃破された多数MTや封鎖機構の超大型ガンシップを考慮した結論をケイトが言いかけた時、スッラが遮った。
老傭兵の声から殺気が滲み出し、ケイトの背筋に冷たいものが走る。
コーラルを用いた旧世代型強化人間を"ビジネスパートナー"としている男はルビコンとコーラルそのものに深い因縁があった。
『なぜハンドラー・ウォルターの猟犬がライセンスを取得したと分かるのですか?』
トランスクライバーに戻りながら、問い掛ける。
三色で禍々しく塗装されたACは味方であるというのに、今のケイトには酷く恐ろしく感じて目が離せなかった。
『勘だ』
『勘、ですか。根拠に欠けていますね』
非論理的だったが、奇妙に説得力のあるスッラの言であった。
『どちらによ、ライセンスを拾ったのが何者かすぐに分かるだろう。奴の犬なら私が殺す』
老傭兵は手出しをするな、と言外に告げている。生身の肉体にプレッシャーが襲い掛かった。
この瞬間、ボディスーツだけで裸同然の格好にケイトは途方もない心許なさを感じた。
協力者のACから放たれる殺気に竦みながらも平静を装ってACに乗り込む。
去り際、今度はスッラが問い掛けてきた。
『肉体で感じるこの世界はどうだ? ケイト・マークソン』
つい先ほどまでと打って変わって、穏やかな声だった。
『興味深く思い、探求したくなります。ヒトの五感は電脳上の存在である私に未知の刺激を与えてくれますから。まさか感覚器が変わるだけで、ここまで認識が変わるとは。私としたことが、想定していませんでした』
スッラの殺気が失せたことで、気持ちが緩んだためにケイトは素直に老人に答えた。さらに声を弾ませて続ける。
『それに先ほどは貴方が恐ろしく感じました。過剰な情動は誤った判断を招くために抑制すべきなのに、自律できないほどに』
ヒトを超えた知性を自負するオールマインドの現身として、白状するのは少し恥ずかしかった。
『恐怖を感じたか。それは良い傾向だ。戦場に立つのならば、常に持っておくべき感情だ。危機を察知して、対処する最良の感覚なのだからな。恐れを忘れるな、ケイト・マークソン。そうすれば、お前は"変わる"かもしれないのだから』
スッラが何を考えているのか、理解できなかった。
『発言の意味が不明です、C1-249スッラ』
『少し喋り過ぎたか。また逢おう』
しかし、スッラは応えることなく、最大速でエンタングルを離陸させた。