私は独立傭兵のケイト・マークソンです!   作:その辺の残骸

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ベイラム侵攻部隊強襲

 亡者が苦悶に呻き続ける、赤黒い光の渦の中だった。そこで美しい女の白い裸身が溺れるように藻掻いている。

 四肢が赤黒い光に侵食され始めると、女は無我夢中で体を守ろうとしたが、それは無意味な行いだった。

 

 朧気に残った、ここに放り込まれる前の記憶が蘇る。手術台の冷たい感触、無機質に自分を見下ろす七つの無影灯。

 

――――これが今回の実験体か

――――はい、先日の企業による大規模テロの犠牲者から徴発しました。この被験者は家族ごとテロに巻き込まれ……

――――実験体の素性など、知りたくもない。オペを開始する。脳深部コーラル管理デバイスはアイドリングしておけ。今回の術式は速度が肝要だ。神経とデバイスを素早く繋げるぞ。成功すれば、大きな進歩となる。持ってくれよ

 

 二人の男のやり取りの後、ここに放り込まれた。正気の世界ではない。光の揺らぎの中から響く、死者の嘆きに女は慄いた。

 

 ここは冥府だ。女は生きたまま、冥府に葬られたのだ。

 光の侵食は瞬く間に進み、女はついに激痛と恐怖に屈して悲鳴を上げた。

 しかし、それさえも死者たちの苦悶の声に紛れてしまう。

 

 やがて、女は赤黒く染まって錆びたようになってから崩れ、空間に霧散してしまう。また一つの死者の嘆きが果てることのない唱和に加わった。

 

「――――はっ!」

 

 ケイト・マークソンの悪夢には終わりがあった。弾かれるようにベッドから上体を起こす。

 

 我々(オールマインド)の起源の記憶が睡眠中に再生され、人間の情動に則った反応をケイトに起こさせたのだ。

 荒い息をつき、じっとりした汗のべたつきに不快感を強く感じる。すぐさまインプラントによる神経の調整が行われる。何度自己診断プログラムを走らせても、この不具合の原因は判明しなかった。

 

 ケイトは呼吸を整えた。とにかく、この不快感を解消したい、本能的な欲求を最優先してベッドから出た。

 照明が灯り、殺風景な白一色の室内を明らかにする。

 

 今のケイトは締め付けるような着心地のボディスーツを脱いでおり、オールマインドのエンブレムがデカデカと描かれた白いTシャツ姿だ。

 裾は脚の付け根までだ。瑞々しい、白い太股は殆どが剥き出しである。着衣はこれ一枚だ。

 

 突き出るような豊かなバストがシャツを押し上げていて、先端がくっきりしていた。

 この恰好が恥ずかしいとケイトは感じてはいない。リラックスできる、休息に最適なコスチュームだと思っている。

 トランスクライバーを載せた大型輸送ヘリは、居住区画を最小限にしたモデルだ。オールマインドは傭兵の活動に必須な移動拠点を格安でリースしているため、余程の食い詰め者か物好きでなければ選ばない代物である。

 

 最小限の居住性能を象徴するように、室内の真ん中にシャワーユニットが設置されていた。

 

 寝汗で張り付き、素肌が透けたTシャツを脱ぎ捨て、ケイトは一糸纏わぬ姿になる。

 温かいお湯のシャワーは気持ち良く、つい長く浴びてしまう。彼女自身の古い記憶にある鼻歌を無意識に口ずさみながら、裸身を清める。

 

「よし」

 

 着替えは極めて薄い保護被膜のスーツを肌に張り付けるだけなのだが、多少の時間と気合が必要だ。

 銀装甲で局部を保護した、黒く艶やかなボディスーツを纏うと、気が引き締まる。少し邪魔臭く感じたので、黒髪の後ろは纏めておく。それは理知的な印象がより強まる、ケイト好みの髪型でもあった。

 

 ケイトは軽くストレッチしながらオールマインドの傭兵支援ネットワークに接続。視界に情報ウィンドウが重なった。

 

 数日前にアーキバス・グループから受託した依頼を再確認する。作戦に変更はなし、本日決行だ。

 「ベイラム侵攻部隊強襲」、ルビコン3での傭兵活動が実を結び、勝ち取った指名依頼だった。

 

 トランスクライバーを待機させてある格納庫に出る。硬質な床にヒールの靴音が響く。長身の魅力的な肢体を殊更強調するよう、ボディスーツのブーツはヒール状になっていた。

 

 ケイトは所作に気を遣っており、誰に見せるでもないのに妖艶に歩んでいる。

 黒い被膜にぴったりと覆われ、銀色の装甲が食い込んだ豊満な臀部が妖しく揺れていた。ケイト自身、背筋を伸ばして胸を張り、自信たっぷりに突き進むのが好きだった。

 

 白銀の二脚ACトランスクライバーの狭いコクピットに乗り込み、システムを起動する。

 

《メインシステム 通常モード 起動》

 

 続けて、発進シークエンスを開始。ガレージ内にシークエンス開始を警告する赤色の回転灯が回り出す。

 重々しい音を立てながら、トランスクライバーを懸架しているクレーンが回転。クレーンアームがスライドすると同時に後部ハッチが開いた。氷雪が覆うルビコンの大地が広がる。

 

 ロックを外し、白銀の機体は朝日を照り返しながら空中に躍り出る。ケイトはメインブースターを点火して巡航する。

 十分に加速するとアサルトブーストに切り替えた。

 背部の装甲が開放され、ブースターからの噴射が一際激しくなる。加速度により、ケイトはパイロットシートに押し付けられていた。瞬く間に音速を超える。

 

 作戦地点はベリウス中部、ルビコン解放戦線の要塞、通称"壁"だ。指定された地点に着陸して、物陰に身を隠す。

 秘匿回線からの通信が入り、すぐに応答した。

 

『こちらV.Ⅷ ペイターです。独立傭兵ケイト・マークソン、聞こえていますか?』

『はい、感度は良好。何も問題ありません』

 

 今回はアーキバス、ヴェスパー部隊の末席に名を連ねるV.Ⅷが現場に出ている。

 傭兵起用担当を任されている彼とは、オールマインドとして交流があり、ケイト自身もメッセージや通信でやり取りをしていた。だが、戦場で逢うのは初めてだ。

 

『トランスクライバーは既に所定の位置で待機しています。ベイラムの動きに変化は?』

『ありません。現状、作戦を変更する必要はなさそうですね』

 

 ペイターは乗機デュアルネイチャーを駆り、"壁"に向かって行軍するベイラム私設軍部隊を観測している。彼はサポートのみを行うので、実際に交戦するのはケイト一人だ。

 

 今回のミッションは"壁"に侵攻したベイラムの部隊を襲撃し、その戦力を削いで作戦を頓挫させるというものだ。

 

 事前に綿密なミッションプランが提示されており、分刻みのスケジュールで行動しなければならない。

 それは高度知性体の端末であるケイト・マークソンの得意分野であり、自信があった。

 

(この青年が僚機ではないことに安堵している。V.Ⅷは生来の気質のために行動予測が困難だ)

 

 通信画面の向こうのペイターに友好的な笑みを向けながら、内心で思惟を言葉にするケイトだった。

 

 オールマインドが仮想戦闘訓練の一環として運営しているアリーナ、本来はAC同士が実機で行う戦闘興行のことだ――――においてもV.Ⅷペイターのプロフィールに異様な無遠慮と希薄な共感性という気質を記してある。

 

 ACパイロットはほぼ例外なく強烈な自我を備え、そのデータ収集にも余念がないオールマインドは、ペイターの気質を警戒していた。

 至極友好的な素振りで共闘していたら、突然背後から撃ってくるということが十分にあり得る相手なのだ。

 

『壁の守備隊とベイラムの先遣隊が交戦を開始しました。このまま監視を続けます。合図を出すまでケイトさんは待機を』

『了解。それにしてもケイトさん、とは。名高いヴェスパー部隊の隊員に親しくしていただけるとは光栄です』

『あっいえ、すみません。馴れ馴れしい口を利いてしまいましたね。どうかお許してください』

 

 はにかむペイターの顔が通信越しでも分かる。艶然と微笑みつつ、ケイトは応じているが、内心は穏やかではない。

 好青年といった風だが、他者との距離を無遠慮に詰めてくるペイターは、やはり恐ろしくあった。

 

 ベイラムグループの圧倒的な物量による戦略は封鎖された惑星ルビコン3では機能しておらず、要塞砲の射程に入った部隊は禄な戦果もなく粉砕され続けている。

 

『クソみたいな作戦考えやがって! 二時方向からも攻撃!? クソ土着どもめ!』

『畜生、生きて帰って必ず本部の奴らを殺し――――ぎゃっ!』

 

 無謀な作戦に投入されたベイラムの兵士達の怨嗟の声が通信から溢れるのをケイトは聴いていた。

 MT部隊は命令に従い、損害を顧みず長大な壁に向かって前進するが、"壁"の弾薬の備蓄は十二分にあるようで、砲撃による被害は増え続けた。

 

『頃合です。幸運を、ケイトさん』

『ありがとうV.Ⅷペイター。戦果にご期待ください』

 

 通信が切れる。トランスクライバーは飛び立ち、アサルトブーストで一気に強襲をかけた。

 

 "壁"からの砲撃を潜り抜け、敵の懐に飛び込んだ。着地の際、速度を殺せず地を滑るようにする。ベイラムのMTがこちらに気付き、マシンガンを向けてきた。だが遅い。右腕に装備したレーザーライフルVP-66LRを連射して二機を瞬く間に撃破。

 ブーストジャンプでトランスクライバーは跳び上がり、奇襲に動揺する敵を視界に収めた。

 

『所属不明機! 土着どもが雇った傭兵か!?』

『ACがベイラムを攻撃している!? 援軍の通達など受けていないぞ!?』

 

 ベイラムの部隊は両翼に展開しており、ケイトが指示された目標は右翼を担う本社部隊だ。左翼はレッドガンのAC及びMTが展開しているが、徹底的に砲撃されて進軍が遅れている。

 

「作戦タイムは120秒、十分過ぎますね」

 

 ケイトはふふっと余裕の笑みを零した。直後、けたたましい警告。"壁"の高所にずらりと並んだ固定砲からの榴弾の一発が、すぐ傍に着弾して機体を大きく揺らした。

 

「てっおお!? いっ今のは危なかった……!」

 

 余裕が吹き飛び、慌ててクイックブーストをかけて、その場から離脱するケイトだった。額の冷や汗を拭い、気を引き締め直す。優秀な傭兵に提供したパーツを元に改良を加えた、このオールマインド製フレームがいかに高性能といえど、要塞砲の直撃は致命傷になる。

 

 ケイトは機体のセンサーや弾道予測だけでなく、己の恐怖心も頼ることにした。致命的な攻撃を察知しながら、MTを撃破していく。

 ベイラムの部隊はただでさえ身を隠すものがない平地で必死に砲撃を避けていた。そこに、機動力で勝るACが襲い掛かれば無力でしかなかった。

 

 右背部からレーザーオービットを放ち、青色の閃光でMTを撃ち抜いていく。ライフルは急速に接近してくる敵機のためにチャージしてある。

 

『アーキバスの犬め! これ以上はやらせん!』

 

 何度目かのブーストジャンプの後、地上に降りたトランスクライバー目掛けて、果敢に飛び掛かってくる四脚MT。勢いをつけ、頭上からレーザーブレードで切りかかってくる。

 

 赤色でターゲットされた作戦目標の一つが自分から向かってきてくれたので、ケイトは思わずほくそ笑んだ。二分間で指定された目標を全て撃破するのが今回のミッションなのだ。

 

 左腕を振り上げるが、それは四脚のブレードと鍔迫り合いをするためではない。

 レーザーダガーをウェポンハンガーに架け、プラズマスロワーと換装する。四脚MTは高く跳び跳ね過ぎだった。流れるような動作で、トランスクライバーは近接攻撃を繰り出す。

 紫色のプラズマを纏った鞭が素早く二度、敵を打ち据えた。正面装甲が回転体の打撃で大きく凹み、火花が散る。バランスを崩して落下する四脚に向かってレーザーライフルを照射して、撃墜する。

 

「まずは一機!」

 

 敵機が爆散するのを確認し、ケイトは獰猛に笑い、次の目標に向かって急加速した。

 

『報告! ベイラムのAC部隊が街区に接近中!』

『レッドガンか!?』

『なんでもいい! ガトリングで全部撃ち落としてやる! "灰かぶりて我らあり!"』

 

 ACの接近にルビコン解放戦線の闘士達の通信が慌しくなった。

 六機のACは街区に接近すると、随伴している味方のMTを盾に使って大型ガトリング砲の掃射を防いだ。そして爆散する味方を後目に飛び上がり、アサルトブーストで一気に谷を超えたのである。

 "壁"正面にある街区に侵入したそれらは、ケイトがアーキバスから指定された目標だった。

 

 ケイトも目標を追いかけ、白銀の装甲で銃撃を弾きながら街区に乗り込む。守備隊の迎撃に煽られ、孤立していたベイラムACをロックオンした。

 

 ベイラム・インダストリー本社の精鋭を示すエンブレムが描かれたそのACはMELANDER型フレームに似ているが別物である。カラーリングはルビコンの環境に合わせた、白の迷彩だ。

 

 ベイラムが星外から持ち込んだ貴重な自社戦力であるそれは、構造を簡略化した大量生産仕様のACだ。他社製パーツとの互換性はなく、内装を含め自社製パーツとの互換さえ限られているが、基本的な戦闘能力は維持されている。

 

 ベイラムなどACパーツを製造している一部の企業はこの量産型ACをノーマルACと名付け、積極的に売り出していた。簡易生産型でこそあるが、将来的にはこちらを主流にしたいという意図がエコノミーやその類語ではなく、ノーマルの呼称を選ばせたのだ。

 

 確かにノーマルACは優れた兵器だが、オールマインドに言わせればACの紛い物だ。

 

「それを今ここで証明しましょう!」

 

 ノーマルACがトランスクライバーにリニアライフルを向けるより速く、間合いを詰めた。レーザーダガーを抜き、交差する一瞬で斬りつける。左手を捻じ込むように、深く差し込んで超高温の光刃を内部に送り込んでいた。装甲を穿ち、ジェネレーターまで達した斬撃によってノーマルを一機仕留めた。

 残り時間は八十秒。

 トランスクライバーはビルを使って飛んでくる弾をやり過ごすと、順調に解放戦線のMTを破壊していた二機のノーマルを襲った。

 プラズマスロワーの鞭を振り回すことで勢いをつけ、仰角をつけてビル越しにプラズマ機雷を投射した。頭上から振ってきた機雷の爆発でダメージを負ったノーマル二機に向かって、"壁"守備隊の攻撃が降り注いだ。

 

『第二小隊が全滅か。ちっアーキバスめ、腕利きを雇ったな』

『どうします隊長?』

『先にACから片付ける。ガトリング砲台はその後だ。身を守るだけで精一杯のレッドガンのチンピラどもに手本を見せてやろう』

 

 残りのベイラムAC部隊は動揺することなく、ケイトを迎撃するために動いた。

 

 立ち塞がってきた解放戦線のMTを蹴散らしながら接近していたトランスクライバーに三機のACが飽和攻撃を浴びせた。ケイトは素早く物陰に引っ込む。

 ミサイルの後に銃撃が続く。リニアライフルをチャージして、ケイトが遮蔽に使っているビルを射抜くつもりのようだ。

 

 たまらず飛び出したという動きを装い、トランスクライバーがビルの陰から飛び出す。

 三機のうち一機が離脱して、回り込みつつジャンプ。ハンドガンをダブルトリガーで浴びせてくる。トランスクライバーはジグザグに後退することで回避するが、一発が左肩に当たり、大口径の弾丸が意外なほど強力な衝撃を内部に浸透させた。

 

 機体のACSにかかった負荷をチェックしつつ、ケイトは応戦。ハンドガン持ちにレーザーライフルを浴びせる。青い閃光による対空砲火が頭部に一発、コアに二発当たる。爆散。

 

 残る二機は再び、ありったけの火器でトランスクライバーを攻撃しつつも素早く後退した。ケイトはアサルトブーストを点火して、突進した。

 ミサイルを避けるために跳び跳ね、ビルの壁を蹴って加速する。

 

『何ぃ!? 壁を蹴っただと!』

 

 ノーマルACの隊長機は驚愕していた。

 

「はぁっ!」

 

 ケイトの凛々しい声音と共に、トランスクライバーがプラズマスロワーを振るう。紫のプラズマを帯びた鞭の一閃で二機纏めて葬った。ベイラムのノーマル部隊は容易い相手だった。パイロットの腕や経験はそこそこだが、機体が悪い。大量生産を前提とした、グレードの低い内装のために、動きが鈍く、容易に攻撃を命中させることができた。

 

 スロワーの回転体を引き戻しながら、ふぅと息をつく。残り時間は四十秒だ。

 

『お見事です、ケイトさん。指定した目標の全滅を確認しました。撤退してください』

『まだ時間は残っています。後退しつつ時間が許す限り残存兵力を撃破します』

『なんと素晴らしいプロ意識なんだ……! 感謝します、ケイトさん。どうかご無事で!』

 

 ペイターの声は感極まっていた。ケイトは頷いて応える。

 

 戦闘で昂ぶったケイトはトランスクライバーを駆り立て、懲りもせず力押しで"壁"を制圧しようとするMTの群れに飛び掛かった。

 戦陣を突き崩し、そこに"壁"からの砲撃の雨が降り注ぐ。トランスクライバーの猛攻によって陣形が崩壊した右翼側は徹底的に耕されてしまった。

 

 四十秒が経った。直後、トランスクライバーは凄まじい怒号を傍受した。

 

『よく聞け、役立たずども!!』

『はいぃ!?』

 

 男の迫力ある大声に驚き、ケイトはお尻がシートから浮き上がるほどに跳び上がった。

 

(この声はG1ミシガン! 物凄い気迫です! うう……耳鳴りが……耳がキーンってする……!)

 

『愉快な遠足は中止だ! 右翼を担当していた部隊は壊滅、本社のクソほど有難い指揮系統も崩壊した! 残存兵力での"壁"攻略は不可能と判断し、遺憾ながらレッドガンは撤退する! 総員、帰還したらすぐに今日はレッドガン最悪の日だったと日記に書いておけ!』

『その言葉を待ってたぜ! 殿は俺がやる! MT隊は先に下がれ! レッド、お前はMT隊のお守りだ!』

 

 ガラの悪い、しかし快い豪快さのある若い男の声だった。口を挟んだその男がG4のコールサインを預かるタンク乗り、ヴォルタだとケイトには分かった。

 

『G4! 無駄口を垂れ流す暇があるなら、手を動かして弾を垂れ流せ! 戻ったら威勢だけは良い病欠のG5と連帯責任を果たしてもらうのだからな!』

『はいよ! 言われなくともやってやるぜ!』

 

 通信は終わったが、ケイトの耳鳴りはしばらく続いた。ミシガンの指揮によるレッドガンの撤退は驚くほど迅速で、無駄がなかった。まるで、最初からそのようにするつもりだったかのようだ。

 

 

 トランスクライバーは無数のMTの残骸に背を向け、一息で飛び去った。輸送ヘリと合流し、機体を収容すると、すぐにメインシステムを通常モードに切り替えた。ボディスーツとシートの接続を外し、体を自由にするとケイトは長い脚を伸ばした。

 

『見事な働きでした、ケイト・マークソン。今回の侵攻でベイラム・グループは回復不可能なほどの損害を被りました。これで我々のシナリオ通り、壁越えはアーキバスが果たすことになるでしょう』

 

 ミッションの戦果に上機嫌なケイト、そしてオールマインドである。意気揚々とコクピットから出て、華麗に着地する。

 ケイトは黒髪を掻き上げ、ふっと悪い笑みを浮かべる。

 

『アーキバスからメッセージが届きました。我々を労うものでしょう、早速再生してみましょう』

 

 オールマインドと共に、メッセージに耳を傾ける。それは忘れもしない、あの男の声だった。

 

『はじめまして、だな、独立傭兵ケイト・マークソン。俺はオキーフ、ヴェスパー部隊の第三隊長を任されている者だ。今回の作戦への協力に深く感謝する。あんたとは上手くやっていけそうだ、これからも仕事を回させてもらおう――――こんなところか。使われる側になった気分はどうだ?』

 

 V.Ⅲオキーフ。旧世代型の強化人間であり、かつてオールマインドの協力者であった男。しかし、リリース計画がもたらす輝かしい進化を恐れ、アーキバスに鞍替えした裏切り者であった。

 そのオキーフが今回のミッションを仕組み、しかも、それをわざわざ明かしてきた。

 

 今しがた果たした依頼がオールマインドを妨害するために企てられたものであり、挑発でもあるということだ。優れた諜報員であり、その元締めとして長官の役職に就いているオキーフの経歴と、レッドガンの動きを鑑みるに、二者の協力関係の深さを確かめる必要もあるかもれしない。

 

『我々は謀られたということですね』

 

 オールマインドの声音は無機質なままだが、屈辱に震えているのが判る。それはケイトも同じだ。

 黒いぴっちりスーツ姿で、理知的な美貌の美女は怒りでぷるぷる震えていた。ケイトは抑えきれない感情の爆発を叫ぶ。

 

『V.Ⅲオキーフ! この屈辱は決して忘れません! 貴方はこのケイト・マークソンの手で必ず!』

 

 排除します!という抹殺宣言をしながら握り拳をトランスクライバーの脚部に叩きつけようとして、ケイトは躊躇した。

 大切な機体に八つ当たりしたくない。勢いを弱めた拳はとんっと可愛らしく白銀の装甲を叩くのだった。

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