私は独立傭兵のケイト・マークソンです!   作:その辺の残骸

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グリッド444

 

 グリッド444。ベリウス中部にある大規模メガストラクチャーには複数のドーザーとルビコン現地企業、さらに星外企業からの脱走者によって営まれる一大歓楽街が設けられている。

 黒の安息地(ブラックヘイブン)の通称で知られるこの都市は傭兵が物資や情報を買い揃える、あるいは羽を伸ばすのにうってつけの場所だ。

 

 ミッションではなく、純粋に休息のためにケイト・マークソンはグリッド444に赴いた。

 グリッドは高度数千メートルに位置する巨大建造物であるため、その内部は気圧を保つよう密閉されている。ブラックヘイブンのような都市レベルの区画でも例外ではない。そこを循環する空気はケイトが感じたことのないものだった。

 

 匂いだ。様々な要因が絡まった独特の悪臭がどこでも微かに漂っている。空気の浄化が追い付いておらず、大昔の宇宙ステーションや潜水艦よりはマシ程度にキツい。

そしてこのグリッドに集う人々が放つ荒事の気配と野心と欲望が、空気にギラついた味を添えている。

 

 通りを行き交う人々と街の空気に最初は圧倒されたが、不自然に思われない態度を心掛けた。

 

(注目を集めてしまうのは仕方がない、か)

 

 自信に溢れた艶然とした笑みで全身から余裕を発散しつつ、自分の美貌や煽情的な肢体に注がれる多数の視線を察知してケイトは想った。

 

(この服装が逆に目立っているのかもしれませんね)

 

 ケイトは視線を落として白いシャツが包み、鮮やかな碧色のネクタイが彩る胸の谷間を見つめる。

 そのバストは豊満であり、重力に抗い、突き出ていた。

 フォーマルなスーツに着替えて街を闊歩している。だがこの都市に集まっている者達の粗雑な、あるいはケバケバしいファッションの中ではそれが浮いていた。

 

 特にAC乗りなどの傭兵らしき者達のファッションは奇抜で目を惹く。

 

 人だかりの中でも見出せる、輝くような美貌とスタイルを兼ね備えた褐色肌の若い女にケイトは絶句した。

 

(なっなんて格好を!? 恥ずかしくないのでしょうか!?)

 

 褐色の美女はハイレグにカットされたボディスーツでしなやかな肉体を露わにしている。背中は開いているし、申し訳程度にローライズのカットジーンズを履き、シースルーのトップスを羽衣のように身に着けている。過激な服装だが異性に媚びた印象はない。女が放つ煌びやかなオーラを引き立ている。

 堂々と歩めるのは、並々ならぬ覇気を放つ男を伴っているからではないだろう。

 

(あれでは殆ど下着姿ではないですか!)

 

 普段の自分の全裸同然のぴっちりスーツ姿を棚に上げ、ケイトは叫んだ。遠くなっていく二人組は、アリーナにも登録されている高ランクの傭兵なのだが、そのオールマインドにさえ素性を隠し通す秘匿性のために、ケイトがその正体に気付くことはなかった。

 

 ところで、ケイトも服装の恥ずかしさではいえば、人のことを言えたものではない。フォーマルなスーツを一分の隙もなく着こなしているが、タイトミニのスカートがぴったりと肉厚な臀部に張り付き、アンダーウェアの逆三角形がくっきりと浮き出ていた。

 ケイトはそれに気付かず、腰を妖艶にくねらせてお尻を振る歩き方で自信満々に歩いていたのだ。理知的な雰囲気の美女だけに、台無しを極めている。

 

 目的のバーは複雑に入り組んだ路地の奥にある。その道中。暗く狭い路を塞ぐようにしていた二人組の男に絡まれた。

 タトゥー塗れの巨漢と痩身の二人組は、覚えておくのも馬鹿らしい誘い文句でケイトに絡んできた。

 

「待ち合わせをしているので失礼します」

 

 涼やかな笑みと共に二人組の間を抜けようとする。巨漢が立ち塞がるとケイトは戦闘態勢を取った。躯体の戦闘能力を試す、いい機会だ。

 

 太い腕で力任せに掴みかかる巨漢を躱し、黒髪を靡かせながら、鋭いハイキックを見舞う。側頭部にめり込むような一撃は強烈で巨漢を跳ね飛ばして汚い床で昏倒させた。

 

(しまった)

 

 ケイトが負った被害はタイトミニの横が派手に破れて、スリットが入ったようになったことだけだった。

 

「このアマ!」

 

 一瞬後に事態を察して猛った痩身がナイフを懐から取り出す。ケイトはそのナイフを爪先で弾き飛ばす。

 さらにとどめに鳩尾を蹴ってやる。どうやら、自分は蹴り技が得意なようだと自覚した。

 

 仰向けで呻く痩身を前に、思い切ったケイトは両手でスカートのもう片側を破った。タイトさゆえの圧迫から解放され、脚裁きが良くなる。

 肉感的な太股のために、黒い腰布のような有様だが、このくらいのラフさがこのグリッド444には合っているはずだ。

 露出が増えたことは気にならない。元々、防弾仕様のハイレグ型の白いボディスーツを選んでいたので、横から見えてはいけないアンダーウェアが覗くことはない。

 

「良い運動になりました。感謝します」

 

 冷たい微笑みで二人組に別れを告げる。勝利の高揚感から無意識に豊満なヒップを揺らして、挑発しながらケイトはバーに向かうのだった。

 

 

 

 薄暗い店内に、オレンジ色の明かりが暖かい。

 

 ケイトはスッラの隣のスツールに腰を下ろした。今夜は長年の協力者であるこの老傭兵と親睦を深めるべく飲む。

 

「遅くなりました」

「私もついさっき来たところだ。どうだ、グリッド444は?」

「賑やかなところですね、気に入りました」

「なら、良かったよ」

 

 カウンターを滑り、グラスが二人分流れてくる。勝手がわからないケイトのために、注文はスッラがした。

 

 一口目のなんとも言い難い口当たりで、顔をしかめそうになったが、口が慣れてくるといける。

 このバーに限らず、ルビコンで消費されるアルコールの大半はルビコン各地で酒造されたものだ。それらはアルコールに化学物質を加えた人工酒である。

 嗜好品に乏しいこの惑星での需要のために、酒造プラントを持つ現地企業やドーザーはかなりの利益を得ている。ベイラムとアーキバスさえ、兵士の士気を保つために必要としていた。

 

 ミールワームを加工したサラミは加工前の姿を想像しなければ悪くない。

 ミールワームの体液を原料に複雑怪奇な製法で作られたチーズも青緑色と少々の味気無さ以外は完璧に再現されている。

 

 グラスに注がれた偽りの琥珀色を見つめるケイトの脳裏に、ルビコン3の痩せた大地を富ませるべく働く人々の姿が微かに思い浮かんだ。あの頃は希望があった。

 

「仕事は順調なようだな」

 

 物思いに耽っているとスッラが声を掛けた。

 

「私に与えられた能力を持ってすれば当然の結果です」

 

 誇らしくデカい胸を張り、ケイトは上機嫌でグラスを煽った。つまみもパクパクとやる。

 

「しかしアーキバスの"壁越え"に参加できなかったのは残念でした。実力を印象付ける絶好の機会だったというのに」

 

 それもこれも裏切者オキーフのせいだ。あの男は傭兵起用担当のペイターを言いくるめたのか、自ら依頼を斡旋するようになった。

 アーキバスとの距離を近づけておきたい今のケイトが請けざるをえない任務ばかりで、それに忙殺された。おかげで現地の最高司令官であるV.Ⅱスネイルとの知己を得る前進もあったが。

 

 オールマインドも技研製無人兵器という強力な手駒を抱えているが、別件で動かしているため、オキーフ排除に乗り出せない。

 さらに以前送り込んだ傭兵も皆返り討ちにされたため放置する他なかった。

 

「壁越えか。ふん、ただの犬ではないようだな」

 

 スッラが険しい表情を見せたのは、アーキバスの"壁越え"を成功に導いた傭兵が、ハンドラー・ウォルターの新しい猟犬、ルビコンでの名をレイヴンであることが原因だった。

 

「そのようですね。独立傭兵レイヴンは奇妙でもあります。ベイラムがレッドガンを派遣して行ったガリア多重ダムへの攻撃に参加しながら、途中で解放戦線側につきG4ヴォルタとG5イグアスを瞬く間に撃破しています。高額な報酬を提示されたとはいえベイラムの精鋭を相手にルビコニアン側につくとは」

 

 C4-621、独立傭兵レイヴンの話を本格的に始めようとした時、店の外が慌しくなった。

 複数人による、怒号と地響きがするくらいの足音を察知する。

 

「クソ! 通してくれ! 私は悪質な取り立て屋の集団に追われているんだ!」

 

 一人の男は店内に駆けこんでくると、直線上にいるケイトに向かって突っ込んできた。光学補正インプラントで光量を調整して、男の身体的特徴を捉える。

 オールマインド傭兵支援システムに照合をかけると、予想通りの人物がヒットした。ランク26/Eノーザークである。

 

 独特の金銭感覚の元に多額の借金を踏み倒し続け、取り立てに対してはACを使った暴力も殺害も辞さない。

 社会的モンスターであるノーザークはグリッド444で新たな融資を得るべく獲物を物色していたところ、連合を組んだ借金取りと被害者の集団から待ち伏せを受けたのだ。

 

 ケイトが振り返った時には、ノーザークは目の前で跳び跳ねていた。

 強化人間手術の類は受けていない真人間のはずだが、ヘルメスの如き俊足だった。強化手術を受けず、アリーナのランクに入るほど戦果を上げている傭兵は皆、どこかおかしいのである。

 

「ぐえっ」と間抜けに呻いたのはケイトだった。ノーザークの靴が白い美貌にめり込み、彼女を踏み台にしていた。

 全速で逃げながらもノーザークはケイトの美貌をはっきりと認めていたが、躊躇なくすっと通った鼻を靴で踏んでいる。

 

 そのまま、借金王はカウンターの内側から店の奥に勝手に入っていく。

 

「「ノーザークゥ!!」」

 

 痛みに顔を抑えてるケイトに向かって、遅れて突入してきた取り立て屋達まで突っ込んでくる。

 老若男女、揃って目を血走らせており、とても怖い。

 

「ひぃぃっ!」

 

 タイトミニスーツを着こなした黒髪の美女は情けなく悲鳴を上げる。彼女の大本であるオールマインドがこの光景を見たら、何を想うだろう。

 

 カウンターに倒れ掛かったケイトを横から強い力が引っ張り、テーブルの下に引き込んでくれた。

 店の中を埋め尽くす怒号と地響きが遠くなっていく。裏口から逃げたノーザークを追いかけていったのだ。嵐が過ぎ去ると、ケイトは同じくテーブルの下に身を隠したスッラに顔を向けて礼を言った。

 

「助かりましたスッラ」

「礼には及ばんよ」

 

 泣きっ面のケイトにスッラは蛇のように笑いかけていた。

 

「災難でしたね。あの男は私の店でもツケを溜め続けていたんですよ。今夜はたくさんのお友達まで連れてきてくれて……まったく」

 

 ノーザークを追ってきた取り立て屋達が圧し合いになり、カウンター奥の酒棚に激突して中身が床に散乱するなどの被害が出ていた。

 その中には星外から密輸入したり、企業関係者から調達した高価な酒もあり、温厚そうなマスターの言葉にも怒りが滲んでいる。

 

「いっいえ。この程度大したことはありません。氷、ありがとうございました」

 

 そんなバーのマスターはケイトを労わり、氷が入った袋をくれた。貌を氷袋で冷やしながら、スッラの付き添いでヘリに戻っている。奇異の目で見られたが、スッラのおかげで厄介な連中に絡まれることはなかった。

 

 別れ際、ケイトはノーザークのせいで伝えられなかった警告を口にした。「C1-249スッラ」とオールマインドのように呼び掛ける。

 

「ハンドラー・ウォルターの新しい猟犬C4-621は極めて危険です。我々が確認しているルビコンの戦闘記録だけでもその戦闘力は特例ランカーに匹敵。"壁越え"は偶然などではなく、必然です。それに情報も不足しています。強化手術を受けた経緯は不明、それ以前のパーソナリティは我々でさえ掴めていません。適切に対処しなければ大きな脅威に成り得ます」

 

 ケイトが告げる態度は無機質で機械的だった。

 

「分かっているとも。それでもあれは私の獲物だ。奴の犬は私が狩らねばならない」

 

 ルビコン3で活動するハンドラー・ウォルターの猟犬や"友人"、いずれ起こるコーラル増殖による宇宙規模の破綻を防ぐことを目的とした秘密結社オーバーシアーの関係者はスッラが狩っていた。

 

「ハンドラー・ウォルターが憎いのですか?」

 

 ウォルターはルビコン調査技研に深く関わり、強化人間手術を受けた当時のスッラとも面識があった。交流のなかで、スッラはウォルターに対する憎しみを育てたのだと思っていた。だが頭を振って、彼は否定した。

 

「一つ昔話をしよう。ある少年がいた。少年の父とその仲間は大きな過ちを冒し、遠く離れた地に落ちのびた少年は父の罪と招かれた災いを忘れなかった。生き残った者達の使命はいずれ起こる二度目の災いを防ぐことにあると考えた。

 自らを鍛え、心を凍らせ、同志を集め、忠実な猟犬たちを仕立てた。星々を焼き尽くす大火を起こし殺戮の大罪を背負う覚悟さえ決めた。

――――下らん。私には少年が憐れに思えてならない。次の世代を担う者は自由に生き、未来を選ぶべきだった。

 彼を縛るものはすべて焼き尽くしてやりたくなる。たとえそれが奴の大切なものであってもだ。奴は老いたがまだ自分の人生を生きるだけの時間はある」

 

 語りながら嗤うスッラの瞳の奥には赤い火が暗く輝いていた。

 

「それならば、違う道もあったはずです。貴方が彼から奪う度に彼は使命に囚われている」

 

 ケイトの言葉は殆ど無意識から出たものだった。スッラが殺気さえも込めて睨む前に、「すみません、今のは忘れてください」と失言を詫びる。

 

「私は奪うこと、壊すことしかできない。コーラルを受け入れるよりずっと前に自らを選んでしまったのだから。それに奴の"友人"を既に何人も殺している」

 

 年老いた男は諦めきっていた。その態度がケイトの奥底にある人間性の残り火を燃え立たせた。

 

「それは違います」と女は断言した。

 

「間違いはいつでも正すことができます。その選択をする意志が残っている限り。エラーを把握していながら残し続けるのは合理的ではありませんし、未来を選べるのは幼い者だけではありません」

 

「ははははっ! 言うようになったじゃないかケイト・マークソン。お前の答えも覚えておこう。今夜は良い夜だった」

 

 スッラがこんなに快く笑う姿ははじめてだった。古傭兵はケイトが声を掛ける間もなく、去っていく。闇に溶け込むように消えた。

 

 独りヘリに戻ると、ケイトはスーツを脱ぎ捨てた。ネクタイを解き、シャツを放り投げて股の切れ上がったボディスーツだけになる。ひんやりとした室内の空気で興奮を冷ましながら、ベッドに倒れ込む。

 オールマインドが惑星封鎖機構の動きを報せる緊急連絡を寄越すまで、今夜の出来事を何度も反芻し続けた。

 

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