私は独立傭兵のケイト・マークソンです! 作:その辺の残骸
ルビコンの夜空は神秘的な深い青に染まっている。
ネメアレオ中隊の
大規模な戦争に伴う環境破壊を被りながら、いまだ豊かな自然を残す地球生まれのジェドにとってここは冷たく、恐ろしい異界だった。
惑星からの退去を拒み続けているルビコンの植民者でさえ上空や地下に人工の居住空間を築き上げている。
(こんな惑星に縋りついてまでコーラルを売り物にして金を稼ぎたいというのか? 理解できないな)
名門一族出のエリートであり、己自身の力を試すべく地球圏で最も実戦的な惑星封鎖機構に入隊した青年には、企業だけでなくルビコニアンも富を求める貪欲の徒に思えてならなかった。
ジェドは青いブースト炎を眩く噴いて先行している1stフライトに視線を向け直す。任務のことを考える。
現地企業BAWSが有する兵器工廠への監査。それがジェドの初の実戦参加となった。2ndフライトに新兵を抱えるネメアレオ中隊は非常事態に備えた後方待機にアサインされている。ジェドが率いる飛行小隊は特に有望な新兵が割り当てられており、経験を積ませる目的で今回の作戦に参加させられていた。
工廠内部にコーラル井戸を隠蔽している疑いがあるとはいえ、監査に制圧艦隊からLC部隊を送り込むというのは過剰にさえ思えるが……
だが、それでもシステムの判断に従うのが封鎖機構の兵士の義務だ。ジェドは封鎖機構という機械仕掛けの軍事組織によく順応していた。
遠くに四方を防壁に囲まれた第二工廠が見えてくる。
MTとLCによる混成部隊は工廠への侵入成功を報告してきた。損害、抵抗はゼロ。工廠内部は既にもぬけの空であった。
『コード15! 所属不明ACだ!』
用心しながら前進していたMT隊は潜んでいたACとの交戦を報告した。直後、友軍信号が次々にロストしていく。
BAWS側と思しきそのACはLCさえも瞬く間に落としていく。通信では応援を求める声が叫ばれ始める。
待機地点に向かっていたネメアレオ中隊にも緊張が走っていた。
救援要請がシステムに受理され、中隊長に続いてアフターバーナーをかけ、最大速度で工廠に急行する。
その時、地上から撃ち上がった無数の熱源がLC部隊に接近してきた。
「攻撃!?」
アラートと回避指示がHMDに瞬くなか、ジェドは叫んでいた。地上の廃墟群に隠蔽されたランチャーから無数のミサイルが垂直発射されたのだ。
事前に今回の強制監査の情報を掴んでいなければ、仕掛けることができない罠だった。
――――だが、こんな程度の攻撃でLCが墜とせるものか!
傭兵が操る寄せ集めの機動兵器に、ミサイルの弾幕。BAWSによる抵抗は浅はかに思えた。
『慌てるな! 訓練通りにやるんだ!』
動揺する同期を叱咤しながら、ジェドのLCは教本通りの見事な回避機動を取る。ベテラン揃いの第一小隊は勿論のこと、第二小隊もジェドに倣い、チャフの散布や高G旋回でミサイルを振り切っていく。執行部隊に配備されているLCは優れた空間機動力を備えている。不意打ちとはいえ、一方向からの誘導弾の弾幕に墜とされるようなことはない。
「こんなことをして、何になるってんだ」
上昇しながら行った急旋回のGから解放されたジェドは忌々し気に振り切ったミサイルを睨んだ。ミサイルを避けただけで沸き立つ部下達に苛立ちを募らせる。
『ジェド! 正面からレーザー砲撃だ! 回避しろ!』
そのとき中隊長が警告を発した。一瞬の隙を突いたかのように放たれたレーザーの照射に対して、反射的に右方向への急加速をかけていた。コクピットのモニター越しに眩い閃光が機体の左半身を融かすのを見た。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!」
爆発が起こり、ジェドのLCは錐もみ回転しながら墜落していく。機体のオートバランサーは生きており、残ったスラスターを活かしてLCを立て直し、廃墟の道路上に仰向けで不時着させた。機載AIによる一連の動きにパイロットが介在する余地はなかった。
「クソ! どうにもならないのかよ!」
強烈な振動によるショックから回復すると、航行不能に陥った自分の機体の状況にジェドは激しい屈辱と無力さを感じて、サイドコンソールに拳を叩きつけていた。
奇襲を仕掛けてきたACとネメアレオ隊が空中戦を繰り広げるのが見える。ついさっきジェドが叩き落された凍てつく夜空にプラズマ噴射の煌びやかな輝きが航跡を刻んでいる。
LC部隊は幾何学的なフォーメーションで高出力のエネルギーライフルを手にしたACを囲み、レーザーとミサイルの集中砲火を浴びせようとする。
しかし、ACは未熟なパイロットが半数であることを見抜いたようで、2ndフライトの、ジェドが部下として任されていた新兵に狙いを絞った。
プラズマが連射され、それに飲み込まれたLCは洗練された人型を醜く膨張させてから爆散する。
「何をやっているんだ! あれではいい的だというのに!」
破損した鉄の塊になったLCのコクピットで叫んでいた。養成機関で苦楽を共にした同期の死はジェドに喪失感よりもむしろ、無能さへの憤りを抱かせた。常にこの青年はトップであり、抜きん出て優秀であった。
戦闘光に照らされ、ACの姿が浮かび上がる。白銀に塗装された二脚型。滑らかな装甲は鎧兜を帯びたワルキューレのよう。美しいマシンだと、ジェドは認めざるを得なかった。
しかし、その手に持つ長大なエネルギーライフルはレーザーとプラズマの砲身を水平に束ねており、歪で無骨であった。
LCの高出力レーザーを躱し、時に装甲で受け流しながらACは翻弄している。第二小隊を崩すことで包囲を突破すると第一小隊のLCを撃ち落す。その戦いからジェドは目を離せなかった。
空戦を想定していない機体に無理をさせていたのは確かなようで、ブースターを止めて白銀のACは滑空し始めた。そこを狙い、中隊長機がライフルの照準を合わせる。その機体が側面からのレーザーに穿たれ、爆散した。小さな影が爆炎で姿を表す。
その小型機は滑空するACの右背部にドッキングした。小型の無人戦闘機を回収したACは地上に降り立ち、高架道路を伝って離脱していく。向かう先はBAWS第二工廠。本隊と交戦したACの援軍なのだろう。
この戦闘の生存者はジェドだけだった。独り残された青年は怒りと屈辱と喪失感それに恐怖が混ざり合った感情の荒波を抱きながら、震えていた。
「制圧艦隊所属の精鋭ともなれば、手加減できる相手ではありませんね」
道路からトンネルに入ると、ケイトは一息ついた。LC部隊との空中戦は前哨戦としてはハードなものであったが、進化した乗機の性能を確かめられた。
トランスクライバーはマインドαモデルからβへとアップデートされ、基本性能が大きく向上している。
さらに右腕にはオールマインド最新鋭の複合エネルギーライフル44-142KRSVを装備し、火力は従来のACを遥かに上回っている。
惑星封鎖機構の動きを掴んだオールマインドにより、今回の作戦の状況は整えられた。
オールマインドの情報操作によりBAWS本社は有力で信頼がおける傭兵という評判を得ていたケイトを指名して、工廠の防衛を依頼した。
そしてケイトは独立傭兵レイヴン、C4-621に協力を持ち掛け、承諾を得た。全てが計画通りに運んでいた。
C4-621は入手した資料によれば十代後半の少女である。だが、並外れた戦闘能力を持つ旧世代強化人間であり、乗機アニヒレイターは実在を疑われている天才アーキテクトが組み上げた興味深い機体だ。
その力を測り、懐柔の糸口を探ることがオールマインドの命令であった。
(スッラには申し訳ないですが)
彼女もまたハンドラー・ウォルターを使命から解放することに執心する老傭兵の抹殺対象たるウォルターの猟犬である。だが、情報を集めるにつれケイトにとっては個人として交流したい存在になっていた。
ACパイロットとしての抜きん出た戦闘能力だけでなく、その個性に強く惹かれたのだ。ケイトはC4-621の姿を思い浮かべた。資料にあったのは、銀色の髪に無感情な美貌の少女だった。その眼差しは鋭く、主の敵を噛み殺す猟犬のそれ。
ケイトと同じく、スキンタイトなボディスーツに包まれたしなやかな肢体。胸が薄くて邪魔にならず、羨ましい。
偽りの名だけを持った少女が奥に秘めたもの、そしてその過去を暴き出したいという危険な探求心がケイトの中に沸き起こっていた。
トンネルの後半に差し掛かると、工廠への増援として迫っている特務部隊との戦闘に向けてマインドセットする。
陸戦最強を誇るタンク型機体カタフラクトに僚機との連携で無類の強さを発揮する高機動機エクドロモイ。LC部隊でさえ過剰だというのに、封鎖機構は切り札となる兵器まで作戦に投入している。
機体を操りながら飲料水の入ったボトルを手に取る。ストローを咥えたケイトはプラスチック臭のする冷たい水を啜った。あっという間に殆ど飲み干す。
LC部隊と空戦を演じたことで汗を掻いていたし、躯体をぴったりと覆っているボディスーツは通気性が最悪で酷く蒸れる。
トランスクライバーと直結している間は機体に感覚が集中しているから良いのだが、接続を解除すると生々しい不快感が襲い掛かり、ミッション後のケイトをシャワーに直行させていた。
(少し飲み過ぎたでしょうか)
ボトルを空にするとケイトは大量の水分を補給した後に起こる現象を連想して下腹部を意識した。
正確にはその股間部を。人工的な造形美を誇る黒髪の女傭兵の股座は銀色の装甲が保護している。
(これを使う日が来なければ良いのですが)
銃弾を跳ね返すほど強固な装甲プレートの下には、肉体を持たない知性体として特に悍ましく感じる生理現象に備えトイレパックを装備してある。
だが、保護被膜の通気性からくる発汗のためにその世話になることはなさそうだった。ケイトとしては一度たりともこの装備を使いたくない。
そんなことを考えていた時、連絡が来た。独立傭兵レイヴンからだ。ハンドラーを介さず、短いメッセージで敵の殲滅を完了したことを報告し、次の指示を求めている。
(LCを含め、あれだけの部隊をこの短時間で。トランスクライバーの最大効率でも不可能な戦果だ)
やはりこの猟犬は敵に回せば大きな脅威となる。親睦を深めつつも、弱点を探り出さねばならない。
『流石は壁越えの傭兵。こちらも片付きましたが一つ報告が。封鎖機構に想定外の動きがあり、特務機体が複数増援として接近しています。これも撃破しなければなりません――――ひとまず合流しましょう』
友好的な声音でレイヴンに告げ、ケイトは合流地点のマーカーを設定した。トランスクライバーはアサルトブーストで一気に加速して高架から舞い上がる。
独立傭兵レイヴンが駆るアニヒレイターは青みがかった黒で塗装された二脚ACだ。それはオールマインドでさえ実在を疑っていたエディス・キュビックスの名で知られる天才アーキテクトが手掛けた機体だった。ウォルターとC4-621はルビコン入り前の慣らしとして訪れた戦場でエディスと出会い、このACを提供されたとのことだ。
増援が向かってくる海の方向に向かってレイヴンとランデブーしながらケイトはその機体を観察する。
コアに用いられているのはケイトのトランスクライバーと同じく、MIND ALPHAだが驚くべきことではない。アイランド・フォー動乱に介入した際、試作型を少数市場に流していたからだ。腕部はNACHTREIHER/46E、脚部はLG-011 MELANDER。プラズマ噴射の色でアーキバス製の還流型ジェネレータを装備していると分かる。だが、既製品なのは外見だけだ。中身はアーキテクトの手でチューンナップされている。
攻撃的な流線形を描く頭部はデータにないオリジナルモデルだ。バイザーから鋭く光を迸らせてる。
武装はレーザーを主体としたもの。背部に垂直ミサイルとレーザーキャノンを装備した汎用タイプだ。
無言で隣を飛ぶアニヒレイターから漂うプレッシャーにケイトは気圧されながら、通信回線を開いた。バストアップ映像を送り、狡猾な女妖狐を思わせる美貌に柔和な笑顔を作る。
レイヴン側の通信を傍受。「用心しろ、621。ケイトとやらの動きが怪しければ、お前の勘に従って動け」というウォルターの警告。鋭い眼差しがトランスクライバーに向けられたようで、ケイトは恐怖を感じて身を震わせ、引き締まった美脚を少し内股にした。
恐怖と内心を押し隠しながら呼び掛ける。
『協力に感謝します、レイヴン、そしてハンドラー・ウォルター。噂通りの実力ですね。特務機体は封鎖機構の精鋭に託された高性能機ですが、私達が力を合わせれば打ち勝てる相手です』
アニヒレイターから向けられた疑いの眼差しが弱まる。通信回線が開き、極薄のスキンスーツに黒色の局部装甲板を配した、可憐な戦闘装束を纏った美少女のバストアップ映像が投影される。C4-621はケイトがオールマインドから分離してから目にした、最も美しいものだった。
『わかった、がんばろう。ケイト』
強化度合の深刻さを示す、たどたどしい言葉遣いでレイヴンが応えてくれた時、ケイトは歓喜した。オールマインドとして統合されたオリジナルの人格は庇護欲が強いのだと、己を客観視する。それはそれとして興奮は抑えられない。
だが、年長者としてはしたない振る舞いはできないと奮起して、大人の余裕に溢れた艶然とした態度で応じる。
『敵機は三機、まず地上最強とまで称されるタンク型のカタフラクト。MTをコアに組み込んだこの特務機体は――――』
得意気に情報を伝えようとした時、「上空、敵。赤い」とレイヴンが鋭く警告を発する。次いでトランスクライバーのセンサが上空から急接近する熱源とコーラルの反応を捉え、空の深い青に真紅の輝きが閃いた。
「これは――――C兵器!?」
ケイトは本当に予想外の事態への驚愕から思わず声にしてしまう。通信回線がオンになったままだと気付き、不味いと焦る。
弁解する間もなく、沖から低空飛行で接近中だった三機の特務機体が空から降り注いだ真紅の閃光に薙ぎ払われた。コーラルの奔流は海水を蒸発させ、内側で起こった大爆発が蒸気を払う。封鎖機構が送り込んだ機動兵器の焼け焦げた残骸が僅かに見えた。
『徘徊していたC兵器が引き寄せられたというのか!? しかし、速過ぎる、データにもない。秘匿されていた機体か――――迎え撃て621! 生き延びるにはそれしかない!』
ウォルターの動揺が通信越しにも解る。既にレイヴンはクイックブーストをかけて後退して、夜空を焼き尽くすような真紅の輝きを神気の如く纏った人型兵器に銃を向けていた。機体自体の装甲は焼き尽くされたような黒。
ケイトは遅れてその隣に並び立ち、トランスクライバーに戦闘態勢を取らせる。
『こちらも全力で当たり、必ずレイヴンを生還させます。ハンドラー・ウォルター、もしご存知であれば可能な限りあの機体の情報を提供してくださると助かります』
『了解した。頼んだぞケイト・マークソン』
ウォルターの返答は短かったが、苦悩が窺えた。
オールマインドとリンクして、ケイトは自分でも強襲してきたC兵器のデータを探った。アイビスの火の影響で断片化したデータから技研が開発した無人AC IA-C01L:EPHEMERAの試作機の一つに酷似していることを突き止めた。データによれば機動力を追求した軽量機であり、痩せ細ったようなシルエットは確かに似ている。
だが、頭部には一対の鋭いブレードユニットが角のように伸び、手足にも鋭く長い爪のようなブレードが装着されており、改修が施されているようだ。
刃にコーラルを纏っていることからオシレーターとしての機能がある武装だ。さらに胸部には大口径の発射口を有している。先ほどの照射はこの砲門からのものだろう。
『我々の援軍は間に合わない。あの不明機には貴女の能力で対処する他ありません。最適の健闘を』
『解っています! こんなところで終わるわけにはいきませんから!』
ケイトは吼え、トランスクライバーとの神経直結段階を危険なレベルに引き上げつつ飛び立った。
アニヒレイターは敵機に回り込むように飛翔している。
二機のACの突撃に呼応して、
機体から発せられるコーラルパルスはノイズに紛れ、かつて愛したヒトの名を呼んでいたが、621もケイトもそれを聞き取ることはできなかった。