私は独立傭兵のケイト・マークソンです!   作:その辺の残骸

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遺志が招くもの

 

 漆黒のC兵器は空中に真紅の残光を描きながら、何度も羽搏いた。掻き消える姿をケイトはどうにか視界に捉え、両手の爪から放たれるコーラルの光刃を掻い潜る。

 

「くっ!」

 

 光刃が僅かにトランスクライバーの白銀色の装甲を掠めると、真紅の光が広がった。単なる超高温ではない。分子構造に干渉したコーラルが装甲を解いたのだ。コーラル兵器の前では装甲強度は意味を持たない。

 ちらりとレイヴンのアニヒレイターを確かめると、C兵器の攻撃を巧みに回避しており、それどころかレーザーライフルの一撃をヒットさせている。

 しかし、光弾はC兵器が展開しているコーラルシールドに弾かれていた。

 

『こちらでもあの機体の詳細は把握できてない。教えられるのはせいぜいコーラルを動力としたC兵器の特性程度だ。出力は桁違いだが、内部のコーラルには急激な燃焼と再増殖のサイクルがある。一度チャージングに入れば再増殖が終わるまで動きが鈍る。そこが狙い目だ』

 

 トランスクライバーの機動力を振り絞り、ケイトは凄まじい速さで飛び回る敵を正面に捕捉して、ロックする。

 

『だが、本格的な攻撃をかける前にコーラルシールドを破っておく必要がある。でなければ本体を損傷させることはできないだろう』

『十分な情報ですハンドラー・ウォルター。生き残りましょう、レイヴン』

 

 言いながらケイトは射撃姿勢を取った。神経接続の深度を上げたことで、トランスクライバーのセンサからの情報がより高速でケイトに伝達されている。

 

『私が隙を作ってみます。レイヴンは続けて攻撃を!』

 

 トランスクライバーがKRSVからプラズマを電磁加速して撃ち出す。旋回しながら接近してくるC兵器に着弾して、紫色の光が炸裂する。だが止まらない。プラズマの光を弾き飛ばしながら、漆黒の敵機が眼前まで迫ってきた。

 

「来る! ですが迎え撃てる!」

 

 左肩のパルスシールドを咄嗟に展開し、突き出された爪を防ぐ。展開直後で最高出力を発揮したパルス防壁だが、一撃防いだだけでオーバーヒートしてしまう。振り上げられる足先。そこに取り付けられた爪がケイトが座するコクピットを狙う。

 

 レーザーダガーを発して、これを払う。切っ先が迫った時、ケイトは大気を灼く真紅の光刃を素肌に直に感じた。それは機体との深い直結が起こした錯覚だった。

 

 なおも足を振り上げた勢いで宙返りするC兵器に向かって、アニヒレイターの垂直ミサイルが降り注ぐ。トランスクライバーがバック・クイックブースト吹かして急速後退した時、敵機も離脱していた。一瞬で中距離と呼べる距離が開いている。

 距離を取ってくれたのは好都合だ。至近距離でコーラルの光を浴びせられるだけで機体はダメージを負ってしまう。

 

『これが技研のC兵器……! 想像以上の力ですね!』

 

 C兵器という単語を口にしてしまうミスを表面的な情報しか知らない素振りで誤魔化そうとしながら、レーザーオービットを発射して牽制。光の矢が次々にコーラルによる紅い防護膜に突き刺さっているが、それは脅威にならないと判断しての動きだった。

 

「気に入りませんね! ならば、これを喰らいなさい!」

 

 KRSVのレーザー砲門から高出力のレーザーが放たれる。二機のACより高い高度を取って急速旋回していたC兵器に命中。コーラルバリアの光が弱まる。

 

「そこ、もらう」

 

 ケイトが今です!と呼びかける前にレイヴンは動いていた。チャージしていたレーザーキャノンを解き放つ。連続攻撃が功を奏した。閃光の槍が真紅の光を撃ち抜き、悪魔のような漆黒の機体がエネルギーの爆発に飲み込まれる。

 C兵器は回転しながらの急降下の後、クイックブースト。一瞬で低空に達した。機体を起こしてACに向かってコアの砲口を向ける。光と熱が集まり、空を切り裂いた。

 

『くぅ! まだ余力があるというのですか!?』

『まぶしい』

 

 歯を食いしばり、全身の力で加速による負担に耐えるケイト。C兵器が解き放ったコーラルキャノンはトランスクライバーとアニヒレイターを射線に捉えていたが、二機は咄嗟に回避したのだ。照射は断続的に三回行われた。その間、ケイト達は回避に専念せねばならなかった。

 

 攻撃でケイト達を足止めすると漆黒のC兵器はコーラル粒子を噴きながら、アサルトブーストで突き進み始めた。

 

『工廠に向かっている!?』

『とめよう』

 

 トランスクライバーとアニヒレイターも滑空でエネルギーを回復させてからアサルトブーストを最大出力で吹かす。

 ケイトの視界は一瞬で流れていく。紅い光の軌跡だけを見据えて加速のGに耐えている。それはレイヴンも同じのようで、通信画面で少女の白い美貌が苦悶の表情を浮かべていた。

 

『戦闘中失礼します。敵機のコーラルパルスを解析しました。変異波形のパターンを検出。断片化しており、有用性は疑わしくありますが我々が求めるものに変わりありません。確保を――――聴こえていますかケイト?』

 

 苦痛を堪えながら、オールマインドからの指示を聞いていた。もう少し気を遣って欲しいと思ってしまう。

 

『了解!』

 

 オールマインドのエンブレムを睨みながら、荒っぽく返事するケイトであった。

 

 工廠に接近したC兵器は垂直に飛び上がり、先ほどと比べ物にならないコーラルの光帯を放った。光が工廠の天井を貫き、大穴を穿つ。C兵器のブースターからの噴射が止まり、墜ちるように工廠を貫いた穴に入ろうとする。

 

『チャージングに入ったようですね。これならば!』

 

 トランスクライバーは追撃しながらチャージしていたKRSVを構え、最大出力で発射する。

 レーザープラズマ複合エネルギーによる超高出力の照射が落下する敵を捉え、輝きを取り戻していたコーラルシールドを吹き飛ばした。

 漆黒の装甲までも損傷して剥離し、吹き飛ばされるC兵器。まだ健在だ。

 身を捻り逆さになった機体のカメラアイと見つめ合った時、ケイトは恐怖に身を強張らせた。

 

(あの中に宿るコーラルの意志は私もレイヴンも見ていない)

 

 漆黒の機体に宿るコーラルは虚ろだった。敵意も悪意もなく、ただ一つの衝動に従っている。

 

「とどめは、もらう」

 

 身を強張らせている一瞬のうちにアニヒレイターがレーザーキャノンとライフルで頭部とコアを射抜いた。完璧な長距離狙撃だった。

 

 C兵器はジェネレーターからコーラルの光を溢れさせながら地下深くへと、闇の底へと落ちていく。同時にコーラルは大気にパルスを奔らせ、年老いた想い人の名を虚しく呼んでいた。

 

 

 Cパルス変異波形の狙いが地下に秘匿されたコーラルの井戸にあることは明白だ。

 

(確保しなければ)

 

 嫌な予感を覚えながらも、ケイトはトランスクライバーのアサルトブーストをもう一度点火させ、工廠に向かわせようとする。

 

『素晴らしい実力でしたレイヴン。私は念のため撃破した機体を確認します。貴女は待機を――――』

『だめ、いったら、きえてなくなる』

『レイヴン? 貴女は何を……!?』

 

 その時、地下からコーラルパルスのノイズが迸り、ケイトの強化知覚を強打した。さらに真紅の光柱が噴き上がり、夜空を照らす。瞬く間に工廠はコーラルによる嵐に飲み込まれ、急速に広がったコーラルは身を翻して離脱していた二機にまで届いた。

 

 

「これは――――っ!!」

 

 コーラルの侵食は機体とセンサを通して、ケイトの神経を焼き尽くさんとした。

 

「い゛い゛いい゛い゛!? あ゛゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

 黒髪の人造美女は灼熱の激痛に目を見開き、悲鳴を上げる。半世紀前に感じた苦痛と絶望が蘇り、ケイト・マークソンをただ一人の無力な女に戻してしまった。神経直結の深度を戻す操作さえままならず、動揺するオールマインドの声も聞こえていない。

 紅い光が満ち、煉獄と化したコクピットの中で、ボディスーツに包まれた美しい肢体が責め苦に悶える。誰か、助けてと憐れに乞うばかり。

 

 操縦不能に陥ったトランスクライバーが機体を左右に大きく揺らす。地表に激突する寸前。激痛で意識を失う直前、ケイトは強い力に引っ張られていくのを感じた。

 

 

 

『――――621! 無事か!?―――――返事を!!』

『だいじょうぶ』 

 

 黒灰色の保護被膜と黒い装甲によるボディスーツに身を包んだ銀髪の少女は静かに己のハンドラーに返事をした。

 第二工廠で起こったコーラルの爆発によって彼女自身も致死量寸前の汚染を被ったがどうにか気を失わずに耐え抜いていた。

 

 BAWS第二工廠があった場所からは真紅の光が迸り続け、全てを炎の色に照らしている。その勢いは留まることを知らない。別の方角でもコーラルの噴出現象が起きており、あの黒い機体が引き起こしたであろう事態が広域に被害をもたらしているのは明白だった。

 それはコーラルが持つ無尽の力を誰かに伝えようとしているかのようでもある。

 

『いらいにん、あんぴ、かくにん』

 

 レイヴン――――強化人間C4-621はケイトの様子を確かめるべく、コクピットハッチを開く方法を考える。強引にこじ開けるのは最後の手段にしたい。

 

――――それならば手伝えるかもしれません。少し時間をください

「おねがい」

 

 その声は621の脳に埋め込まれたコーラル管理デバイスから響いている。コーラルに呑まれた直後に接触してきたルビコニアンのエアを名乗る女性だった。不可思議なハッキングの手法により、戦闘で損傷した白銀色のACの胸部装甲が開く。長身、黒髪の美女は大股開きで倒れているが、意識を失っているだけだった。

 

「ありがとう、エア」

 

 621は意を決して自機のコクピットハッチを開き、仰向けに寝かせたトランスクライバーの胸部装甲に降り立つ。狭苦しいコクピットにしなやかな身のこなしで入り込み、ケイトの頬に手を当てる。それが刺激となり、ケイト・マークソンはゆっくりと目を開けた。

 

「貴女が助けてくださったのですね。しかし、なぜ?」

 

 独立傭兵同士、今日は味方でも明日は敵になるかもしれない関係だ。打算のある自分はともかく、この少女に危険を冒してまで同業者を助ける理由があるとは思えなかった。

 

「このきたい、つくってくれた、ひと。いちどくらい、ひとだすけ、しろ、いった」

 

 微笑みながら、たどたどしい言葉で語り掛ける銀髪の強化人間少女。ルビコンに降り立つ前に出会ったアーキテクトは621の戦闘能力を完全に発揮できるACを提供する引き換えに、この機体を使って損得抜きで他者を助けることを求めたのである。

 

「エディス・キュビックスですね。傭兵に人助けをさせるなんて、本当に変わった人間なのですね」

「そう、すごく、かわってる」

 

 女と少女は笑い合った。大型ヘリが接近してくる音が聞こえた。

 

「貴女のハンドラーが迎えにきてくれたようですね」

「うん、のってく?」

「心遣いは嬉しいのですが、これ以上借りを作ると返せなくなりそうなので辞退させてもらいます。大丈夫、自分のヘリに戻るくらいはできますから」

「なら、よし」

 

 何よりも涙や汗など様々な体液を盛大に放出してしまった今のはしたない姿を他者に長く晒したくないケイトであった。アニヒレイターに戻ったレイヴンを見送る。

 

「大きな借りを作ってしまいましたね」

 

 ウォルターとレイヴンが乗るヘリが見えなくなってから、ケイトはオールマインドから通達を受けた。

 

 

 この夜、突如としてベリウス地方の地下でコーラルの波が暴れ狂った。

 多くの者が想像さえしていなかった災厄は惑星封鎖機構のウォッチポイント・デルタを含む諸勢力の拠点に打撃を与え、大陸の一部を消し飛ばしながらコーラル争奪戦に新しい流れを造り出した。

 それは大気中に拡散したコーラル流が集積した中央氷原への進出であり、オールマインドもまた計画を新たなステップに進めるのだった。

 

 この流れを創り上げたもの。セリアの個体名を持つコーラルの意志の残骸は、これから巻き起こる戦いの果てに創造される楽園を思い描き、無邪気に笑む。そして"サム"を探してルビコンの大気を漂った。

 

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