裏路地、という場所は命の軽い場所である。
軽いいざこざから死傷沙汰が起きたり、
運の無い隣人が暗がりで肉の塊になって見つかったり、翼の実験体として住民が誘拐されたり、なにかとスプラッタな話題が毎日尽きない場所である。
だが待って欲しい。
別に裏路地は悪鬼蔓延る地獄でも、魍魎ひしめく魔界でもない。
夜、あるいは1部の暗闇を除けば曲がりなりにも人の里。
白昼堂々殺しをすればツヴァイ協会がすっ飛んでくるし、一応規則違反である。
お惣菜の美味しい安いスーパーもあるし、チープだがアがるディスコもある。
人によっては案外楽しくやって行けるのかもしれない。
さて、今日はそんな最低限度にすら満たない愚か者達を見ていくとしよう。
「おい!さっさとやれよ!ツヴァイの奴らが来ちまうだろうが!」
「うるせぇな!俺だって必死にやってんだよ!」
「大体てめぇがツヴァイの管轄のとこで内臓拾おうなんて言うから....」
「おぉい!お前ら!喋ってる暇ねぇぞ!さっさとしろ!」
小汚い服装の男たちはカチャカチャと音を立てながら、麻酔で動けない哀れな犠牲者の体にナイフを入れる。
「剥がれねぇ!」
「おい!足音がすんぞ!」
「クソッ!」
男は乱暴に内蔵を引っ掴み、ぶちりと引きちぎった。
「さっさとずらかるぞ!」
「動くな!ツヴァイ協会だ!」
「....逃げた後か。」
ツヴァイ協会のフィクサーはついさっき内臓を奪われた新鮮な死体を見た後、今月の犯罪率ゼロパーセントキャンペーンの失敗を確信し、頭を掻いた。
「はぁ...人事評価大丈夫かなぁ...」
「ふぅー」
「逃げ...切ったな。」
3人の男が肩で息をしながら地面に座り込む。
「やっぱツヴァイの担当地区で内臓拾いとか正気じゃねぇよ...マジでダメかと思ったぜ。」
「でも...まぁ、収穫は良かったな。」
男は戦利品の内臓を並べて満足気に笑う。
「この頃ヘルメット団とかいう奴らのせいで稼ぎが少なかったもんなぁ」
「こちとら金払えなきゃ捨て犬にぶっ殺されんのによぉ〜」
彼らは「ネズミ」。
組織、と言うには金も力も無い情けない負け組。
その日暮らしで精一杯な落伍者が辛うじて生きていくための寄せ集め集団である。
彼らは裏路地の住人からクズだとかゴミだとか吐き捨てられ、軽蔑される程度のただのチンピラに過ぎない。
だが、クズの間にも絆はある。
たとえ状況が変わったらすぐに切れるような脆い絆だろうと、成功した内臓拾いの後、取り留めのない話をしながら疲れた体に安酒を流し込むこの瞬間だけは、彼らは10年来の親友だった。
そろそろ内臓を売っぱらいに行こう、と男たちが立ち上がった時、ひとつの影が近づいてくる。
男は追って来たツヴァイ協会のフィクサーだと思い、慌ててナイフを取り出した。
「く、来るんじゃねぇ!」
「あ、い、いえ、あの....」
目の前に居たのは小柄な紫髪の女。
髪はボサボサとしており、半ば目を覆い隠しそうな長さであるため、根暗な印象を受ける。
そして、印象に違わずと言うべきか、おどおどとして、ところどころ言葉を詰まらせながら目線を泳がせている。
それを見た男はナイフをしまい、仲間に目配せして笑う。
「いやーいきなりナイフ突きつけて悪かった!」
「俺ら今金あるからさ!ちょっと遊ばない?」
先程とは打って変わった無害そうな声色と共に男は近づいていく。
背に回した手には針が握られていた。
先程使った麻酔針だ。
楽しい酒盛りの途中にネギを背負ってきたカモを仕留めるつもりらしい。
無害そうに、されど決してその目を離さずに近づく男の浮かべる笑みは何も演技だけではないようだ。
しかし、男は気付いていなかった。
おどおどとしている彼女はナイフなんかには一瞥もくれていないことを。
「あ、あの....」
「ん?なんだ?」
「し、死んでください。」
男の首筋に鋭い何かが突き刺さる。
「え?」
状況がわからず、呆然とする悪漢と対照的に、気弱そうな女は淡々と仕事をこなした。
「よい…しょっ!」
彼女は突き刺したネイルハンマーを捻り抜く。
首元を抉られた男は訳も分からず手で血を押さえていたが、首に乗った少女の足に力が入った途端。
ぱきり。
そんな小気味の良い乾いた音が響いた。
「ひ、ひぃ!」
「お、おい!あれやべぇって!!」
男が側を向くと、仲間は内蔵を抱えて既に走り出していた。
「野郎!」
クズは絆すら脆いものだ。
「1、2...」
「3」
狩人が地面を蹴り、飛ぶように前へ出る。
男が必死で稼いだ距離はぐんぐんと縮まり、後ろから頭を掴まれ地面に叩きつけられた。
「ぐぁっ!」
「や、やめ」
ぐちゃり。と頭の潰れる音。
少女は幾度と無くハンマーを振り下ろす。
男がピクリとも反応を示さなくなると、
死体を打ち捨て、最後の一人へと歩を進める。
「ひぃ!な、なんなんだよ!俺らが何したって言うんだよぉ!?」
「べ、別に恨みはないんですけど....」
鈍い音が響いた。
「バラして内臓と肉を売らせてほしくて…」
女は手馴れた手つきで男達を解体し、内臓、持ち物問わずに売れそうなものを片っ端から集めてし舞い込んだ。
「えっと…1人一万二千眼だから…」
少女は指を折って収益を計算しようとするが、面倒になってやめた。
「おい、お前そこで何してる?」
突然、低い声に咎められる。
声の主に目を向けると、青い制服と突きつけられたフィクサーライセンス。
「ツヴァイ協会だ。」
「殺人及び臓器強奪でお前を拘束する。」
「……」
「待て!」
女は素早く駆け出し、その後をツヴァイのフィクサーが追いかけようとするが、足に何かが当たる。
視線を落とすと、それは、表面に張り巡らされた溝が特徴的なリンゴほどの大きさの丸い物体。
金属特有の光沢がその表面を漆を塗ったように黒く光らせていた。
「なっ...!」
脳が警鐘を鳴らした瞬間。
あるいは本能が後退りをしようとした瞬間。
轟音と共に目の前が爆ぜた。
閃光が目を覆い、爆風が骨をへし折り、熱された鉄片が全身を貫く。
悲鳴を上げる間もなく即死だった。
物陰に隠れた女は立ち昇る煙に思わず笑みを溢す。
新型爆弾は上手く機能したようだ。
「今日は不思議なほどなんでも上手く行きますね…」
「私なんかがこんなに上手くいって良いんでしょうか…」
彼女の名前は伊草ハルカ。
フィクサー事務所、組織問わずに襲い、決まって爆煙を残して去るどこにも属さない根無草。
どれほど恨みをばら撒いたのか見当もつかない命知らずの生き方に裏路地の人々は畏怖を込めてこう呼ぶ。
「爆弾魔」ハルカと。
チカチカと明滅する薄暗い工場に少女は居た。
まだ年端も行かない少女は自分の拳よりも大きい頭の無骨な金槌を振り下ろしている。
レーン上を流れる部品を組み立て、ひたすらに叩き続けるその作業が何を作るものだったのかは終ぞ少女が知ることはなかった。
貧しい彼女は、色を知らない。
千紫万紅の花の色も、青々とした草原も、ため息が出るほど綺麗な空の青色も、彼女は知らない。
彼女の世界は明暗のみで構成されたモノクロームの世界。
白黒映画のように味気ない世界に、彼女は生きていた。
皮の剥けた手で槌を握り、充満した排気ガスで肺を侵されながら、一日中働く。
壊れれば古い部品を買えるように人間を入れ替える雇用主の下で、身を擦り減らしていく。
希望なんて持てないような劣悪な環境の中で幸いだったことがあるならば、少女の体はそのか細い手足からは想像できない程頑強だったことだ。
そのおかげで他の子供と違って彼女は肺を侵されて病むこともなかったし、過酷な労働で倒れることもなかった。
だが、心はそうでは無かった。
酒に溺れた父からの暴力と罵声は少女の心を徐々に蝕んだ。
いつからか、笑顔の作り方を意識し始めた時が、彼女が心を殺した時だったのだろう。
自分を卑下し、相手に謙りへらへらと笑う。
何も気にせずに生きるべき子供として歪なその行動が自我を守るための少女ができるささやかな抵抗だったのだ。
すると今度は彼女が友達だと思っていた者たちが彼女を虐めるようになった。
日々の労働で限界状態の子供達は抵抗をしない少女を癇癪の捌け口のように扱い、精神的、肉体的暴行を行うことで心を守ろうとしたのだ。
罪悪感すら感じられないほどに磨耗し、心にヒビの入った少年少女は、どこまでも残酷だった。
罵声は拳に。
拳はナイフに。
憎悪と侮蔑の嵐に見舞われ、その体と心を傷つけながらも、少女は抵抗しなかった。
彼らが追い立てられていることを知っていたから。
自分の中で苦しみを消せないのなら他人を使うしかないことを理解していたから。
そうしないと、自我が砕けてしまうから。
地獄の中で踊るのに。正気でなんていられないから。
それに彼女の中で、未だに父は心の支えだった。
父は母が死んだショックで酒が手放せなくなっただけで、まだ唯一の肉親である自分のことを愛していると、少女は信じていた。
打ち付けるような雨の降ったあの日までは。
ある雨の日の夜、疲労困憊の少女が家に帰ると家の中に見知らぬ男が立っていた。
「誰ですか…?」
少女が言い終えたかどうかと言ったところで男は飛びかかり、少女の首を掴んで床に押さえつける。
「〜ッッ!」
「おい、じっとしてろよ。動くだけ痛くなるだけだからな。」
「抵抗は考えるな。俺はお前の親父からお前を買ったんだ。」
「…?」
男は唖然としている少女の頬にナイフを突きつけながら残酷な笑みを浮かべる。
「まったく俺は運がいい!こんな上玉バラせるなんて!ありがとう神様ぁ!!」
男は少女の頬を切った。
「あ゛あ゛っ!」
「はぁ...はぁ...悪いな...久しぶりで辛抱効かねぇんだ…」
男は荒い息をしながら血の付いたナイフを舐め、少女の肩にナイフを突き立てる。
「う゛う゛っ!」
「お前の親父は全く最高だった!働きもせずに飲んだくれて女捕まえた挙句に実の娘を売っぱらうんだからよぉ〜!!!」
今度は太ももに刃が刺さる。
「……ッ!!」
少女は歯を食いしばって涙を流した。
それはナイフに刺された痛みよりも、ただ1人の肉親に裏切られたと言う事実が彼女の心を深く抉ったからだった。
「やっば...マジでそそるわぁ!これは良いこと教えてあげたくなっちまうなぁ?」
「や…やめてください。」
懇願する少女を見て、男は猟奇的な笑みを浮かべた。
楽しくて仕方がない。と言うふうに。
「お前の父親、いくらでお前のこと売ったと思う?」
「お願いします…やめてくだ…」
「酒瓶一本だよ。」
「笑えるだろ?」
少女の顔が絶望の色に染まっていくのを見た男は狂ったような高笑いをした。
「あっはははははは!!!!いい顔だ!それが見たかった!!!」
「その顔のまま死んでくれよぉ!!」
トドメに振り下ろされたナイフが目に入った途端、少女の中の何かが壊れた。
身を捩って、額に迫って来るナイフの着地点をずらす。
より苦痛を与えるためだろうか、サメの歯のようにギザギザとした刃が頬を貫くほど深く突き立てられるが、気にも止めていないかのように少女は男の顔を掴んだ。
「がっ!?」
そのまま男の腹部に膝を入れ、少女は立ち上がる。
「痛ぇ...こんのクソガキが…」
腹を押さえながら男が少女を睨んだ。
「ヒッ!?」
そのとき、男は恐怖した。
立ち上がってこちらを見つめる少女の瞳には一筋の光も無いからだ。
その両目には井戸の底のような暗い闇が広がっていた。
まるでポッカリと空虚な穴が空いているようだったのに、その目からは絶えずに涙が溢れ出している。
少女は突き刺さったナイフを気にも止めずに作業机に目を向けると、大きな金槌を手に取った。
「死んでください死んでください死んでください死んでください……」
「ま、待て!」
「来るんじゃねぇ!!」
男はうわ言のように繰り返す少女から逃れようとするが、腰を抜かしてしまって後ろ向きに地面を這うことしかできない。
少女が金槌を振り上げた。
嵐の中を走った。
泥を蹴飛ばし、雨を切り裂き、背後から迫る足音を振り切るために。
複数の足音、金属のジャラつく音。
聞き慣れた声。
「オラァッ!」
知らぬ間に挟み撃ちの形になっていたのだろうか。
被ったボロ布の死角から誰かが私をバットで殴った。
濡れた地面の上を滑った私は這いつくばってその顔を見る。
「お前を捕まえたら...工場長がボーナスくれるっていうんだよ...お前、頼み事聞くの好きだったよな?だからさ...捕まってくれよ。」
暗くぼやけた輪郭でも、その声が、その侮蔑するような態度が彼の顔を鮮明に浮かばせる。
私は、奥歯を砕けるほど噛み締めた。
好きであったものか。
私が好きで心を殺したものか。
私が好きで虐げられたものか。
私が好きで...裏切られたものか。
心中を憎悪と怒り、そしてもはや枯れそうな悲しみが渦巻く。
まるで心に嵐が吹いているようだった。
「....死んでください。」
呼応したように響いた雷鳴と光を合図に跳ねおき、ナイフと金槌を構えた。
もう、たくさんだ。
全てを切り裂き叩き潰してやる。
触れるもの全てを薙ぎ倒す嵐のように。
細い路地で目を覚ました。
あるいは覚めてしまった。
辺りに人々のざわめきが満ちているところから考えるに、今は昼頃だろうか。
砕けた腕時計を見ても答えはわからない。
私は、どう生きていけばいい?
誰も、私の側には残らなかった。
誰も、私のために泣いてくれなかった。
残ったのは赤く錆びついた金槌とナイフ、そして砕けて死んだ心だけ。
「私は...生きていて良いんでしょうか?」
ここに居ない誰かに答えを求めるように私は、空を見上げた。
憎たらしいほど青い、青い空だった。
私はハルカ好きです!信じてください!
御職業は?(展開の参考にするかもしないかも。)
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管理人(プロムンユーザー)
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先生(ブルアカユーザー)
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その他(どっちも知らない)