「今日はここに入ってみましょうか。」
美食研究会一行が今日いただくメニューはチキン。肉の質、味付け一つとっても大いに探求の余地のあるテーマである。
「も〜お腹ぺこぺこだよ〜」
「ふふふ⭐︎楽しみですね。」
「早く!早く入ろー!?」
待ちきれないイズミがガンと音を立てて引き戸を開けた。
「い、いらっしゃいませ。」
厨房からぎこちない笑顔の店主が出迎えてくれる。
歳は30半ばといったところで、物腰柔らかな雰囲気をしているが、気苦労が多いのかやや生え際が怪しく、あと10年もすれば前髪が無くなってしまうのでは無いかと10代の少女たちは予想した。
「ふむ。」
ハルナはまず店の内装を見回す。
綺麗に清掃されて、塵一つ無い床、壁に貼り付けられた手書きの味がよく出ているメニュー表。
塵一つ無いと言っても、木材の温かみがあるおかげで、客に息苦しさや遠慮を感じさせないような工夫が見て取れた。
このようなどこか落ち着く、たまに帰って来たくなるようなノスタルジックな雰囲気は彼女の好むところである。
結局のところ、冒険をしたら帰って来られる場所も欲しいのだ。
店主に案内されるまま一行はテーブルにつく。
「ご注文は何になさいますか?」
「そうですね...」
ハルナは少し立ち上がって壁をぐるりと見回す。
酒場と言うだけあって豊富なつまみと酒が揃っているようだ。
だが、いつぞやのミートパイ屋でもそうであったように、ハルナは直球勝負を流儀としている。
その店の自信作、それさえ食べればカタがつく。そう彼女は考える。
看板メニューとはすなわち、店の魂である。
長い研鑽の末に店主が辿り着いた料理人生の到達点。
ならば、その一本と勝負するのが流儀というもの。
彼女の美食地図に書き加えられるか、都市の地図から消されるか。
一期一品のdead or alive. 彼女は探求者であると同時に冷徹な審判者でもあるのだ。
「とりあえず、人数分の「手羽中の醤油照り焼き」を。」
「かしこまりました!」
店主はさっきと異なり元気に返事をして厨房に向かって行った。
現在、店には彼女らしかおらず、店主の調理する音だけが響く。
「もしかして繁盛してないのかな?」
「新し目のお店の可能性もありますね〜」
ふと、ハルナの脳裏にある店がよぎった。
素晴らしい腕前の定食屋だったが、有名になったばかりに毎日数百人が押しかけ、ほとんどワンオペの店主がK.O。
代打のバイトが調理...あるいは錬成?した形容し難い生物兵器が客を卒倒させ、大騒ぎになっていたのが今でも鮮明に思い出せる。
その後、店主とバイトは生物兵器をばら撒きながら逃走し、どこかに姿をくらませたらしい。
その時にばら撒かれた毒々しい紫色の身体?生地?の上にプツプツと泡を立て続ける緑色のソースを被り、積み重なったパンの隙間からはみ出たタコを思わせる紫色の触手で驚くほど機敏に動き回る名状し難いパンケーキの化け物は完全に一般人の手に負える代物ではなくなり、ツヴァイ協会が出動するほどの騒ぎになった。
料理の実力だけでは生きていけない。そう思い知らされた一件であった。
「今彼女は何をしているんでしょうか...」
彼女に幾度となく向けられた
それでも決して手の抜いた料理など出さない誇り高い彼女。
叶うことなら...もう一度。
「お待たせしました。」
香ばしい香りが鼻腔をくすぐり、思い出に浸っていたハルナを現実に引き戻した。
テーブルには大皿に盛られた手羽中の山が置かれており、立ちのぼる湯気と、焦茶色のタレのツヤが食欲を増進させる。
「ふふふ、やめにしましょう。反芻は行儀が良くありませんもの。」
空腹から理性を失なったのか、何故かジュンコの持った手羽中にがっつき揉み合いの格闘をしているイズミを尻目に、手羽中を一つ箸で摘む。
ふー、ふー、と念入りに冷ましてから一口。
ファーストコンタクトはよく漬け込まれたタレと油での滑らかな口当たり。
醤油の甘みが広がった口内で咀嚼すると、表面のパリっという食感と共に炭が薫る。
厳かな香りでキリッと味の分別がついた後、中から現れた肉には手羽中特有の筋肉質な食感と程よく乗った脂。
鳥の中トロとも形容できるその部位は炭火焼きで程よく水分を飛ばしているおかげで、まるで不純物を取り除いた鋼のように純粋な肉の味が伝わって来る。
心が震えるような味ではないが、どこか温かくなるような、心を満たす味だった。
「まぁ...」
光惚とした表情を浮かべたハルナの皿には既に八本の骨が置かれていた。
彼女は一般と比べてかなり少食だが、一本一本がそれほど大きくなく、非常に箸が進む味わいであったため、無意識に食べ進めていたのだろう。
久しく覚えた満腹という感覚に少しの息苦しさと共に、言い表すのが難しい満足感を感じた。
「では、ハルナさん。始めましょうか。」
アカリがいつも通りニコニコしながら言う。
「ええ、そうですわね。」
「ジャッジを下すとしましょう。」
美食研究会のジャッジはハルナとアカリの二人で行われる。
2人が特に活動に積極的であるのも一因だが、ジュンコはシンプルに判定に興味を持たず、ただ美味しいものを食べたいだけであり、対してイズミは味覚が狂っており、不味いという概念が存在しないため、自然にこの2人が除外されるからである。
「コホン。では...」
しかし、このシステムには一つ、致命的な欠陥がある。
それは...
「「せーの」」
「合格ですわ。」
「不合格ですね⭐︎」
「「は?」」
2人の味覚はイマイチ合わないということである。
「本気で言ってるんですかハルナ?刺激がまったくないじゃないですか。」
「アカリさん。刺激だけが美味しさではありませんのよ?」
「あーあ。まーたやってるよ。」
ジュンコが心底めんどくさそうな顔をする。
「あの〜私は別に大丈夫ですのでそんなに争わなくても...」
段々とヒートアップしていく論争に、店で暴れ出しでもされたらたまらないと思ったのか、控えめに店主が出て来る。
「え、でもおじさんの命かかってるよ?」
「え?」
何ともなさそうに言ったジュンコの一言に店主は首を絞められた鶏のような顔になる。
「私殺されるんですか!?」
「アカリが勝ったら多分...」
店主は意味が分からないと言った表情をしていたが、何かに思い当たり、恐る恐る口を開いた。
「...もしかして。美食狩りですか?」
「そうだよ〜」
と無邪気なイズミ。
哀れな店主は頭を抱えた。
そうこうしているうちにハルナとアカリの口論は高速化していき、お互い疲れ果てて肩で息をしていた。
「はぁ...はぁ...埒があきませんわ。」
「アカリさん、ここは一つ。
ハルナは胸の前に拳を差し出す。
「仕方ありませんね...」
それに応えるようにアカリも拳を差し出す。
これは人類の発明したもっとも公平な決定法。
どんなに困難な議論でもほんの数秒で決着がつく魔法。
すなわち...
「「最初はグー!」」
「「ジャンケン...」」
2人が拳を振り上げる。
1人の男の命を賭けた、一世一代のじゃんけん勝負。
打算も、技術もありはしない、純粋な魂と精神の闘技。
刹那にも満たない一瞬の決着の直前、2人の考えたことは同じであった。
((こんなので決めたらグルメとして失格では?))
冷静になった2人は振り上げた拳をゆっくりと下ろし、お互いの顔を見て気まずそうに笑った。
そして、淑女的な協議の結果。
「保留」という結論で合意した。
「次に私達が来た時に進化しているかどうかで判定いたしますわ。」
「腕を上げておいてくださいね⭐︎」
「あ、はい。ありがとうございます。」
かろうじて九死に一生を得た店主は半ば上の空の状態で答える。
「でも、それなら私たちがまた来るまで店を維持する方法を考えないといけませんね。」
「売り上げは芳しくないみたいですし。」
「おっしゃる通りで...」
「では、マスコットを作りましょう!」
「は?」
ハルナの突拍子もない提案に店主が素に戻る。
しかし、別にこれは考えなしに言ったわけではない。
店主の料理の腕は確かなものであるため、
おそらくマーケティングが上手くいっていないのだろうというのがハルナの言い分だった。
定食屋の彼女...愛清フウカも最初はそんな状態だったからだ。
一応納得した店主は審査員に任命され、
第一回ウンボンのチキン酒場マスコット選手権が開催された。
先陣を切ったのはアカリ、スケッチブックに描かれた絵を自信満々に広げる。
描かれていたのは鶏の頭でエプロンを身につけ、両手にお玉と肉を刺す大きなフォーク。
頬に包丁が突き刺さり、チキンバケツを背負った筋骨隆々の大男。
怒ると赤くなる!と矢印で説明されている。
「マスコットにしてはゴツすぎるかなと...」
続いてはハルナ。
描いたマスコットは
羊のような、雲のような胴体から長い二本の足と鶏の首が生え、頭以外にも首元と胴体に2個ずつ目を持つ怪物だった。
そして、肌はなぜか青い。
「いやいや、怖すぎますよ!」
続いてイズミ。
幼い子供がクレヨンで書き殴ったような要領を得ない絵であったため、落選。
現状、ろくな案が浮かんでこないため、必然的にトリを務めるジュンコへと期待の視線が集まる。
「あんまり自信ないけど...」
そう言ってジュンコはスケッチブックを見せた。
書かれていたのは生の鶏肉がベースになったキャラクター。
羽だった部分を前脚にして、後ろ脚と合わせて四足で歩いている。
首があった場所が縦に裂けて口になっており、その両側にはクリクリとしたつぶらな瞳と、まつ毛が描かれており、
頭に被ったずり落ちそうなコック帽があざとい。ややキモいが可愛いと言える出来である。
「すごいですねジュンコさん!」
「これキモカワって言うんですよね!?」
「キモ...くしたつもりはないんだけど...」
「採用。」
何かが店主の琴線に触れたらしく、力強く言い切った。
その後、アカリの要望で辛味のあるスパイシーなチキンを追加し、ハルナの意見で、どんなに客が来ても店が回るように体を鍛えることを約束した。
「ありがとうございました!」
深々とお辞儀をする店主に別れを告げて、黒舘ハルナは考える。
思えば不思議だった。
何故、あんなに店主の肩を持つ気になったのか。
いつもの食べ歩きと何が違ったのか。
思い返せば一つ、思い当たる節があった。
それは、「心」が満たされた感触があったことだ。
客が来なくてもしっかり仕込みと掃除をし、食べる客を思って心を込めて腕を振るう店主の在り方はいつかの彼女と近いものがあったのではないだろうか。
都市の料理人は基本的に自分本位だ。
自分の欲を満たすために究極の味を追い続けるか、ただ単に楽に食っていくことを期待しているかの二択である。
だからこそ、久しく見る
突然吹いた一陣の風がハルナを通り過ぎていく。
道に捨てられていた紙屑やビニールが風に攫われていったが、暖かな残り香だけは、消えずにそこにあった。
一回ぐらいランキング乗ってみたいものだね。
来週の土曜日正午に今の作者の全力全開投球予告しておくので、お気に入りと評価のし所さん!?まずいですよ!?
ランキングの話?別に関係ないない。(目を逸らす)
御職業は?(展開の参考にするかもしないかも。)
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管理人(プロムンユーザー)
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先生(ブルアカユーザー)
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その他(どっちも知らない)