フィクサー事務所68   作:バラのレバー

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『理想の出来』を狙って出せる物書きは存在しない。
頭に描いた情景との誤差0.000001%以内の出力に成功した瞬間
空間は歪み
語彙力は黒く光る。




「星」

 

「………」

「また仏頂面に戻ったんですか?あの子たちと居た時にはずいぶん楽しそうだったのに。」

「あの子達に俺の素顔を見せるわけにはいかないだろ...」

「素顔なんて晒していない癖に。」

「......」

「顔を忘れる前に、忘れられる前に外してくださいね。その仮面。」

普段と変わらない、なんでもないような会話。

それは嵐の前の静けさか。それとも未練を残さないためか。

いつもの足取りのままに白と黒のフィクサーは錆びた鉄扉の中を潜る。

そこで、空気が変わった。

「ついに奴のねぐらに辿り着いたみたいだな?」

「ええ。あなたと私だけですね。良くも悪くもしぶとく生き残ったのは。」

眼前に広がるのは赤い世界。

錆びた臭いが充満した夜の闇のような暗がりの中で、波紋が広がるほどの鮮血が地を満たす。

ぴちゃりと落ちた水滴に視線を上に向ければ、ぬらりと鈍く光る無数の赤い糸が天井から垂れ下がっていた。

まるで赤い星空のようだ。

壁にはぶよぶよとした剥き出しの肉が貼り付き、絶えず降り落ちる血と伴って、この一室全体がまるで鼓動する心臓であるように思わせる。

「一体何人分だ?ざっと3000人以上はありそうだな。」

「正確には4172人分の寝床だ。」

暗闇から底冷えするような声と共に、朧げな輪郭が赤く浮かび上がった。

絶えず血の流れ落ちる階段の上、骨と皮で形作られた玉座にて紅い鬼は歓迎するように腕を上げてみせた。

「私を追うのに随分と苦労したようだね?」

「そうだ。最低でも二年はかかった。人も大勢死んだしな。」

「ぶら下がってるのは全部血管みたいですね。気分が悪くなります。」

「苦労した内装を貶されるのは良い気分がしないな。」

鬼は口ではそう言うものの、たまらなく昂る感情は口角を裂けるほどに吊り上げる。

まるで皿に綺麗に盛り付けられた料理を見るような目だ。

「あなたの感想はどうであれ、ここで終わりです。」

そう言って、アンジェリカが腕を両側に振り抜くと、両手の黒い手袋にはいつの間にかメイスと斧が握られていた。

「今日、都市の星が一つ沈むことになるから。」

「夜は長いさ。星はまだ沈まないとも。」

血染めの夜が手を翳した途端、降る雨が逆さになったように、無数の血の粒が床から浮き上がり、鋭く形を変える。

そして、彼女が手を振り下ろした瞬間、

一瞬のうちに無数の紅い弾丸が放たれた。

「アンジェリカ。俺が前に出る。」

「いいえ、二人でです。」

2人は逆方向に飛び退き、進行方向を塞ぐ最低限の弾丸を弾きながら接近する。

ローランはデュランダルで切って弾き、アンジェリカは腕を大きく回転するように動かしてケヤキ工房製のメイスと斧を振るい、弾き飛ばす。

2人が血染めの夜を間合いに捉え、両側から武器を振り下ろした瞬間、

足元の血溜まりから何かが浮上するように這い上がってきた。

「「あバァしゃぁぁぁあ!!」」

喉が潰れたような、雄叫びとも断末魔ともつかない絶叫と共に二つの人型が現れ、ローランとアンジェリカに掴みかかる。

ローランは伸びてきた手を柄で叩き折って首を刎ね、アンジェリカは逆に距離を詰めてメイスで頭を打ち砕いた。

司令塔を失った人型はそのまま崩れ落ちるが、血染めの夜の姿が消えた。

「気をつけろ!どっかに消えた!」

「そんなに大きな声で呼ばなくてもここに居るさ。」

声のした方角を見ると、宙に浮かんだ口だけが動いて言葉を発しており、次第に血が引き寄せられるように集まって、その全身を作り出した。

「血は魂の通貨だ。私に血を吸われ、肉を喰らわれた者達はガワになっても私の支配下にある。」

「そして、本能のままに動くようになるのさ。空っぽな中身を満たすために。」

そう言った血染めの夜の周りから数多のガワが這い上がってくる。

人間として必要な構成物の大半を失っていると言うのに、彼らの眼は一様に赤く輝き、削げ落ちそうな口や背中に取り付けられた腕をブラブラと揺らしながら突撃してきた。

「ローラン。本命の方をお願いします。」

そう言うアンジェリカの握る武器が美しい双剣に変わった。

クリスタルアトリエの双剣。

それは、芸術品のように繊細な意匠を施された二振りの宝石。

アンジェリカは煌めく双刃を手に駆け出した。

羽根より軽く、硬く鋭いその刃は近づくガワを次々に引き裂き、貫き、屠り去る。

水鳥が舞うような美麗な動きに追従する白銀の軌跡が斬撃の結界を形作り、死に損ねた者達を骸に帰していく。

「ああ。任せろ。」

ローランはこの機を逃さず、大きく踏み込んで血染めの夜にデュランダルを振り下ろした。

甲高い音と共に紅い爪が刃を受け止め、滑って離れた二つの軌跡が激しく斬り結ぶ。

片や人外の臂力、片や生涯を捧げて錬磨してきた殺人剣。

音速に迫る剣戟の衝撃が波紋を起こし、血を巻き上げる。

姿勢を傾け、下から切り上げるように走った紅い五本の軌跡をローランは躱し、生じた隙に斬り込もうとするが、直感、或いは長年の経験から来る読みか。

突然生じた背筋が凍るような感覚に従って一歩後ろに退く。

その瞬間、立っていた血の水面から赤い槍が飛び出した。

「はぁ、躱したか。」

血染めの夜は一瞬だが残念そうな声色と対照的に、嗜虐的な笑いを浮かべた。

「それなら、化け物らしくやってみるとしようか。」

血染めの夜は四足獣のように手を着き、身体の周りに浮き上がった血を纏う。

そして、弓を引くようにギリギリと脚をしならせ、恐るべき勢いでその場から射出された。

爆発するように飛び出した鬼は周りを渦巻く血と共にライフル弾のように回転して部屋全体を縦横無尽に跳び回る。

破壊音と体の芯に響くような衝撃のみがその存在を知らしめるかのような血嵐の槍。

回転の先端から外れた雫さえ切れ味を持つほどの突進がいつ襲いかかるかも分からない状況で、ローランは静かに佇んでいた。

「久々にやってみるか。」

それは、ローランと、ある1人の姉弟子にのみ適性があった技術。

あの常に数手先を知っているかのような態度の師匠が純粋な興味と感心を向けた妙技。

ローランは師匠に教えられた感覚を思い出すために、目を閉じて頭の中を空にしていく。

ただ一つの純粋な感情を引き出すために。

 

空白になって溶け込みそうな頭の中に、記憶を束にして纏め上げていく。

赤く光る空に肺を侵す血と硝煙。

殺し尽くした赤い手と混ざり、濁って見えなくなった有象無象の罪の記憶。

今も心に染みついたドス黒い感覚。

そして、目を開ける。

 

─その剣には、月のような光輪が巻かれていた。

 

ローランは剣を振るった。

筋肉も、思考も用いていない。

それは心の反動によるものだった。

一瞬、或いは永劫の時間をかけて、光を巻く暗刃は暴風の血槍を迎え撃つ。

紅い殺戮の螺旋はその剣に触れた途端に、そよ風のように解け、またもや光輪の巻かれた脚での強烈な蹴りが血染めの夜を吹き飛ばした。

壁に高速で叩き込まれながらも特有のタフさで立ち上がった彼女は、弾け飛んだ脇腹に手を当てる。

すると、水がコップを満たすように、赤黒い血が寄り集まり、その傷を塞いだ。

「流石に...驚いたな。だが、そんなもので私を止められるとでも?」

そこに響いたのは銃声、工房の技術を凝らして作られた弾丸が血染めの夜の眉間に打ち込まれる。

今度は流石に不快そうな顔をしたが、その風穴さえもだんだんと治癒していった。

「すごくしぶといですね...」

「血が流れるんだ。それなら殺せないわけじゃない。もう少しだ。」

ローランとアンジェリカは再び武器を構えて出方を伺うが、血染めの夜は動かない。

まるで何かを思案しているように。

「思えば...ガワを被っていたのは私の方だったか...?」

血染めの夜、血鬼エレナはそんなことをぽつりと言った。

「あの日、あの館で呪われた瞬間から私はエレナでは無かった。」

鬼はどこか他の世界にいるような声色で、歌うように唱える。

「アンジェリカ。嫌な予感がする。撃て。」

言い終わるかどうかと言ったところで引き鉄を引かれた美しいリボルバーは煙と共に弾丸を撃ち出した。

それは吸い寄せられるように一直線に血染めの夜の頭に向かっていくが、その前に逸れた。

弾かれた訳でもなく、狙いを外した訳でも無い。

まるで見えない障壁が張られているようだ。

「あぁそうか。ふふ、ははははは!!私はまだ人を捨て切れなかった。完全な鬼になれていなかった!」

唱えるような口調が、歓喜の笑い声に変わった途端、血染めの夜を中心にして大量の血が流れ込んでいく。

徐々に速度を上げるそれはやがて渦を撒き、竜巻のようになって血染めの夜の姿を覆い隠した。

「ヤバいかもな...」

数瞬のあと、竜巻は止まり、その姿が露わになる。

蝙蝠のような巨大な血染めの羽根、血の鎧で覆われたその体には血管を思わせる赤と青の線が走っている。

その双眸は獣のように黄色く煌めいており、最早一片の人間らしささえ放棄した本物の鬼が、そこに立っていた。

「最高の気分だ。私は...私は今生まれたんだ。

何かもが素晴らしく見える。何もかもが私の思うままだ!」

鬼は降りしきる血の雨を浴び、全能感に満ちた歓喜の声を上げる。

「さて、新しい誕生祝いだ。お前達には最初に私の血肉になる栄誉を与えよう。」

「興味ありません。何かくれるって言うのならその首を貰い受けますよ?」

「やっとホントの化け物になりやがったな...最初からそうだったくせに。」

ローランとアンジェリカは飛びかかった。

デュランダルの強かな軌跡とクリスタルアトリエの流れるような乱閃が同時に襲い来るが、

先ほどとは比べ物にならないほどに速度の増した紅い爪はその二つに対応してみせた。

「見える!見えるとも!」

息つく暇もない高速の打ち合い。

ローランの呼吸の乱れで連撃に隙間が生じた一瞬、薙ぐように紅い爪が大きく振り回され、辛うじて防いだものの、二人は大きく後退させられる。

「大丈夫ですか!?ローラン!」

「あぁ...クソ。慣れないことしたせいだな...でも、まだいける。アイツの首を取るまで俺たちは止まっちゃいけないんだ。」

ローランは決意に満ちた声色でデュランダルを握り直す。

「復習といこうか?」

鬼の周りに血の粒が浮かび、再び鋭く形を変えて射出された。

ただし、その血の弾幕の中に血の鬼も飛び込んで。

「アンジェリカ!頼む!」

「わかってます!」

アンジェリカの持つ武器がまた変わる。

ホイールズインダストリーの大剣。

それは排煙管と無数の歯車の取り付けられた機械仕掛けの大剣。

身の丈よりも大きく、優に200kgを超えるであろうその大剣を、アンジェリカは大きく横向きに薙ぎ払った。

鋼の刃に触れた血の弾丸は傘が雨粒を弾くように撒き散らされ、飛び込んで来た鬼も大質量の一閃を受け止める為に爪を展開し、足を止めざるを得ない。

だが、大剣は鬼に当たる寸前でその姿を消す。(手袋に収納される)

そこにローランはデュランダルの一閃を差し込んだ。

黒い刃が鬼の腕を切り落とした瞬間、アンジェリカは深い呼吸と共に、居合の構えを取った。

彼女の手にはムク工房製の刀が握られている。

短い呼気と共に、繰り出されるのは神速の抜刀。

白刃の軌跡が全方位を取り囲む様に鋭く伸び、回避する隙間すら無いそれは、斬撃の檻と呼ぶに相応しい。

完璧にアンジェリカの動きを把握しているのか、ローランは斬撃が消える瞬間に飛び込み、檻から解放された鬼を切り裂く。

「そろそろくたばれ!」

飛び込んだ勢いそのままに、振り下ろし、突き刺し、切り上げと絶えず派生する連撃はどんどんと鬼を後退させ、奥へ押し込めていく。

斬り落とされた腕の再生に、リソースを割いているのか、爪の速度も威力も先ほどより鈍い。

決着が近い、とアンジェリカが思った矢先、ローランの背後に何かが浮上して来た。

それは獣の頭の様で、目も鼻もないが、ワニのような長い口の中に無数の鋭い牙を覗かせていた。

「って!後ろがガラ空き!」

アンジェリカは駆け出した。

弾丸ではあの頭を仕留められない。

武器を振り下ろすのは間に合わない。

だから、施術で強化された肉体を飛ぶように動かし、自分を獣の牙の前に差し込んだ。

食らいついた鋭い牙が肉を裂き、骨を軋ませ、強靭な顎が彼女を振り回す。

「あぁあぁあ!」

常人であれば千切れ飛びそうな痛みと負荷を彼女は押し殺し、獣の口の中に手袋を突っ込み、ショットガンを握る。

すぐに口内で散弾が弾け、根本から獣の頭を吹き飛ばした。

そのまま彼女は倒れ、握っていたショットガンを力無く手放した。

「甘いなぁ...全く。」

鬼が愉悦の笑みを浮かべる。

「余計なことを!」

ローランはアンジェリカの元に飛び出しそうになる体を無理やり鬼へと向けて、攻撃を続ける。

だが、血液操作に狙いをすましていた先ほどとは異なり、全力で振るわれる馬鹿げた速さと威力の爪の猛襲にローランは次第に追い詰められていく。

渾身の一撃でなんとか爪を叩き折った瞬間、砕けた爪が溶けるように血に変わり、それを纏って鋼鉄が如き硬度と化した拳の強打がローランに打ち込まれた。

硬さと速さ、破壊のための二要素がまったく十分以上に乗った拳はメキメキと肋骨に喰い込み、吹き飛んだローランの体は背中から強烈に壁に叩きつけられる。

「ははは。見えるか?もう治ったぞ。」

鬼はすっかり元通りになった腕を見せびらかしながらローランに近づいていく。

「二人でも私を殺せないと言うのに、一人でどうするつもりだ?」

そして、ローランの足を掴んで逆さ吊りにし、子供がおもちゃを振り回すように幾度となく地面に叩きつけた。

「かはっ...」

叩きつけられた反動で一瞬浮いたローランから手を離し、鬼はその背中に蹴り込みを入れた。

背骨の軋む音と、猛スピードの大型車に撥ねられたような衝撃。

打ち出されたパチンコ玉のようにローランは宙を飛び、血溜まりの中を跳ねて転がった。

「弱いな。全く弱い。昔はお前達と同じ存在であったことが恥ずかしくて仕方ないよ。」

「...五月蝿え。」

ローランは剣を支えにして、立ち上がった。

全身が軋むように痛み、血が絶えず流れ出ている。

荒い呼吸と共に、グラつく体は満身創痍であることを告げていた。

立ち上がったものの、ただそれだけ。

事態は少しも好転してはいなかった。

「俺は、お前を殺さなきゃいけない。」

ローランは無意識に呟く。

そんな自分の言葉に引っ掛かりを覚えたのか、自問する。

俺は、なんで。

なんでこんなにこいつが憎いんだろうな?

その思考を最後に、力尽きて崩れた落ちたローランの視界は暗転した。

 

 

 

「俺は幻覚を見てるのか...?」

夢か現かもわからない一面に広がる暗い世界の中。

俺は目の前の光景に唖然とした。

昔の顔馴染み、他の事務所から手伝いに来た気のいい奴、いけすかなかったフリーランス。

血染めの夜事件で死んだあいつらが、俺を見ていた。

咎めるわけでも無く、恨み言を言うでも無く、ただ見ていた。

「あ〜、えーと。」

俺は言葉に詰まった。

あいつらは仲間と呼ぶには少し距離がある。

いや、距離をとっていたんだろうな。

実際、俺はあいつらの死に際に涙一つこぼさなかったし、内面を知ろうともしなかった。

同情して傷つきたくなかったから。

だから、仕方ないと納得して忘れ去ったはずだ。

それでも、あいつらの顔を見ると、心に熱いものが込み上げて来てしまう。

「あー。迎えに来たのか?もう時期追いつくと思うけど。」

俺は心の乱れを誤魔化すように言う。

すると、■■■■■(あの日の誰か)が一歩前に出て、『そうじゃないだろ。』と呆れ顔で首を振り、俺に手を伸ばした。

「....そうだな。お前らの為に...なんて言うのはおこがましいけど。終わらせないとな。」

俺は、過ぎ去ったあの日に手を伸ばす。

空の星を掴めないみたいに、過去に手は届かない。

でも、過去からの光には、きっと届くから。

手を近づけるほどに、見過ごして来た情景が早送りの映画のように頭の中を駆け抜けていく。

永遠のような一瞬の中、指先に触れた冷たく溶けるような感触。

俺は、その手を握りしめた。

すると、■■■■■達は解けるように光の粒子へと姿を変えた。

悲しみ、痛み、無念さ。そんな感情が手を伝い、内側に流れ込んでくる。

そして、その奥の温かい何かが、曖昧な感情の渦に乗って、胸の奥でより集まり、大きくなっていく。

まるで種が芽吹くようだ。

どこからか溢れ出した黒い靄が剣に巻かれ、紅い夜に塗り潰された星々の光が、暗い刃の上に金剛石を砕いた様な光の粒を散りばめた。

俺は、その剣を強く握りしめた。

 

 

 

「ふむ。終わったか...」

鬼は少し物足りなさそうに呟き、動かない男に背を向けた。

死んだフリからの奇襲も、最後の足掻きの突撃も、全て上から叩き潰してやろうと考えていたが、どうやらそれは望みすぎのようだ。

しかし、それならそれで良いとも思った。

真の化け物になった自分が人間などと言う劣等種を大差をつけて追い抜いたことの証明になるからだ。

「楽しみだ。生まれ変わった私にこの都市はどう映るのだろう?」

近い惨劇の未来に声を弾ませる鬼は、突如聞こえて来た声に足を止める。

「──たった一つの綺羅星が、夜空を埋める星達に敵うはずがあろうか?」

立ち上がったローランの手には、星空のような剣が静かに煌めいていた。

「今日、都市の星が一つ沈むことになる。」

再起した人間に、鬼は満面の笑みを見せ、赤と黒はゆっくりと歩み寄る。

先に仕掛けたのは鬼。

真なる怪物としての誇りを乗せた全力の一閃を放った。

風を切る音すら消える程の豪速の爪が蛇のように弧を描いて振り下ろされる。

次の瞬間、爛々と光る鬼の目が捉えたのは、噴き出る鮮血でも、零れ落ちる臓物でもなかった。

星が瞬いた。

そう認識した瞬間、腕から熱と共に感覚が消えた。

予想外の状況に鬼は後退し、肘から先が消えた腕を見た後、ローランを睨んだ。

「小癪な!」

そして、すぐに腕を再構築して爪を振るった。

ローランは感情で鋭く研ぎ澄まされたその剣に渦巻く思いを乗せ、それを迎え撃った。

両者は紅い星空の下を縦横無尽に飛び回る。

壁を足場に、天井を踏み台に。

火花と星明かりが空間を彩る剣戟の中、ローランの剣技は次第に速度を上げて鬼を追い詰めていく。

一撃、一閃全てが命を断つ斬撃。

無機質だった仮面の男からの激情を込めた攻撃に鬼は思わず圧倒された(恐怖した)

「クッ...来い!」

鬼は亡者の大群を呼び出す。

取り囲む輪を小さくするように様にそれらは猛スピードで迫るが、一瞬で薙ぎ倒された。

この一瞬で逃げる手もあっただろう。

だが、化け物としての矜持が、人間に対する侮蔑の感情が鬼からその選択を奪った。

掴んだ一瞬で鬼は掌の上で血を踊らせ、紅い槍を形作る。

そして、砕けんばかりにそれを握り締め、放った。

「終わりだ!」

矮小な存在への憎しみと怒りを込めた致死の一投。

音の壁を破る音ともに、赤い一本の線に見えるほどの速度で血の槍が飛来するが、ローランはそれを斬り払い、飛び退こうとした鬼の脚にアンジェリカのショットガンを放つ。

たった一瞬待てば再生する、足止め程度の攻撃。

取るに足らないその刹那が、時を踏み躙る魔物の命運を分けた。

「ああ。終わりだ。」

地を蹴ったローランは鬼に肉薄し、最後の攻勢に出る。

振り下ろす一閃を皮切りにした、天地表裏の認識すら霞むほどの高速の斬撃の嵐。

縦横無尽に空間を舞い踊り、一振り一振りに爆発する感情を込めた剣の舞。

まるでローランが複数に増えたように感じるほどの死の残像。

その荒れ狂う剣技の名は

 

── Furioso

 

血の鎧が剥がれ落ち、元の青白い顔を覗かせながら、瀕死の鬼は静かに呟いた。

「...これで私を滅ぼしたと思うな。いつか、また夜を引き連れて戻って来てやる。」

ローランはなにもいわずに鬼の首を落とした。

化け物といえども頭をすげ替えて生きていくことはできないのか、血にも帰らずにそのまま骸となった。

そして、弾き出されるように走り、アンジェリカの前に倒れ込む。

「おい!アンジェリカ!俺の声聞こえるか!?」

「....汝は貧しい私の心の火鉢の傍から決して離れない人に似ている。」

アンジェリカは懐かしむように初めて会った時と同じ詩を口ずさむ。

「ついに終わりました....お疲れ様です。」

そう言って、弱々しく笑った。

その言い残すような顔が、支える手を伝っていく血の熱が、ローランの心を引き裂きそうになる。

「しっかりしろ!おい!!このまま死んだりするなよ!?」

「俺のせいでお前が死ぬとか....」

「目を閉じるな!!!しっかりしろ!!」

ローランは半狂乱になってアンジェリカを激しく揺すり、顔を叩く。

「馬鹿野郎!!!!勝手に殺すな!!」

そんなことを言い放ってアンジェリカはローランを殴った。

「...え?」

「はぁ...疲れてちょっと休もうと思ったら...」

「あなたに殴られて死ぬかと思いましたよ...」

「良かった....」

ローランは安堵した息を漏らして座り込む。

「本当に良かったって思ってます?仮面越しじゃ分かりませんよ?」

都市の人々は他人の苦痛に関心を示さない。

乾いた同情を向けることはあっても、本気で心を他人のそばに置いて苦しんだりしない。

でも、アンジェリカはローランの苦痛を知りたがった。

時には、自分の苦痛を語り、時にはローランに尋ね。

抽象的で巨大な、ローラン本人ですら全貌の分かっていない罪と苦痛を知ろうとした。

だから、ローランは語るのかもしれない。

「俺が仮面を着けてるのは...俺の歪な顔を見せたくないからだ。」

「都市の酷いことに加担してる自分が嫌で...堂々としていられないんだ。」

「たまに俺も考えたりするんだよ。自分が生きるために大勢の人間を殺すのはあの化け物どもと一緒なんじゃないかって...」

「取り返しのつかない多すぎる罪が俺を締め付けて沈んでいくんだ。それで、いつか俺も暗い水底で、血まみれのまま忘れられるのが怖いんだ。」

ローランを赦した二人の少女も居た。

でも、結局変われなかった。

ローランはどこまでも『都市の人間』としての生き方しか知らない。

誰かを犠牲にして生きる術しか知らないのだ。

故に苦痛は絶えず廻り、罪は高く降り積もる。

それを仮面の中の世界に閉じこめて、身をすり減らして生きるのがローランという男の生き方だった。

「そうですか。」

突然、鋭く伸びた右ストレートがローランの顔に叩き付けられる。

その衝撃たるや凄まじく、仮面(世界)は粉々に砕け散った。

「確実に問題ありげな顔ですね...」

「ま、心配はしてくれたみたいなので良しとしましょうか。」

アンジェリカはローランの顔に手を当て、うんうんと頷く。

「あなたは私が覚えておいてあげます。せっかく残った仲間ですし。」

「それと、どうしてあなたが都市の苦痛の全てを背負おうとしてるのか分かりません。」

「それはそれで、これはこれじゃないですか。」

ローランは呆気に取られる。

余りにも簡単な、しかしもっともな答え。

これまでの苦悩を、苦しみを陳腐にするような暴論。

でも、その言葉(魔法)は不思議と口に馴染んだ。

「それはそれで、これはこれ...か。そうだな。」

「俺は、自分勝手に生きていくよ。アンジェリカ。背負いたいものを背負って、守りたい物を守る。」

「誰かを傷つけただけ、誰かに優しくする。矛盾ばっかで情けないかもしれないけど。」

「それがきっと、都市だから。」

 

 

 

 

 

 




土曜に出すんじゃなかったのかって?
すまん、ありゃウソだった。
折角のビッグウェーブ。乗らなきゃ損でしょ?

御職業は?(展開の参考にするかもしないかも。)

  • 管理人(プロムンユーザー)
  • 先生(ブルアカユーザー)
  • その他(どっちも知らない)
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