フィクサー事務所68   作:バラのレバー

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書き貯め分を少しお見せいたします。


手放せない
「路地と仮面」


燃え盛る巣から逃れて私とムツキちゃんは裏路地へと足を踏み入れた。

るんるんと歩いて行くムツキちゃんの後ろにつき、なんとなく私は周りを見渡した。

切れかけのネオン、壊れた水道管、ヒビ割れのコンクリート。

建物の間では汚れた服装の男達がしゃがみ込んでタバコを吸っている。

「....っ!」

立ち上る白い煙が、私の記憶をこじ開けた。

瞬き一つで空が燃える様に赤くなる。

どこからか鳴り響くけたたましいサイレンが頭を満たす。

打ち鳴らす軍靴、人々の悲鳴、武器のぶつかる音。

その全てが私の頭の中で増幅され、反響する。

なんで、何でこんなことに。

隣の席の◼︎◼︎◼︎ちゃん、◼︎◼︎◼︎◼︎先生、お母さん、お父さん。

みんなの顔が次に次に浮かんできては、火に焼かれて爛れていく。

焼けて落ちた思い出の断片が、頭に突き刺さり、私の何かを焦がしていく。

ごめんなさい。ごめんなさい。私だけ生き残ってごめんなさい。

普段催促しないムツキちゃんの異様に強い押し、大きなバッグ、見計らったように起こった戦争。

目まぐるしく掘り起こされる記憶の中で感じた違和感。

そこから浮かび上がり、頭の中を支配しようとする推測、あるいは邪推を私は無理やり振り払った。

私は、親友を疑いたくはない。

それに、もしも私の邪推が真実だったとしても、

私とムツキちゃんは運命共同体であり、大切な友人に違いはない。

何も違いはないはずだ。

たとえ、私達が途方もない罪を背負っていたとしても。

「着いたよアルちゃん!」

ムツキちゃんの声で、私は戦場から帰ってきた。

「あれ?アルちゃん体調悪い?」

私の顔を覗き込むムツキちゃんを直視できず、私は目を逸らした。そして、逸らした先で目に入ったものに話題をすり替える。

「だ、大丈夫...ちょっと疲れただけ。それより、この旗って...」

壁に掛けられている旗には見覚えがあった。いや、フィクサーを志す身だ。知らないはずもなかった。

「ハナ協会....!」

「正解!」

ハナ協会、都市最大のフィクサー協会にして、フィクサーの管理、認可、格付けを行う総本山。

ここはその支部だが、それでも並のフィクサー事務所の数倍の大きさである。

しかし、ドアには「本日休業」と書いてある。

「とりあえず免許取ろっか!」

「えっ!ちょっと待って...」

「ていうかフィクサーは20歳からだよ!」

ムツキちゃんは構わず扉を開けて、私の手を引いて中へ入っていく。

中は当然だが伽藍としており、

受付の窓越しに男が椅子に座って居眠りをしていた。

「あのー!起きてくださーい!」

ムツキが叫んだ瞬間、男はハッと起き上がり、椅子の上でドタバタしながら慌ててアイマスクを外した。

「な、なんでしょう!?」

男は恐ろしく早く笑顔を作り、受付特有の聞き心地の良い声色で言った。なんと素晴らしい仕事人だろうか。

きっと普段は居眠りをできないほど忙しいのだろう。

そんな仕事熱心な男は私達の顔を見て、数秒固まると、渋い顔をして鼻を鳴らした。

「何しにきたんだ?可愛いお嬢さん方。遊び場ならもっと他にあると思うんだけどな。」

「フィクサーの免許を取りにだよ?」

皮肉を気にせず、ムツキちゃんが当たり前の様に答えた。

「あ?おいおい...」

「フィクサーが20歳からって知らないのか?第一今日は開けてねぇし、冷やかしなら他所で...」

ムツキちゃんはバッグの中から分厚い札束を取り出して男の方に投げ渡した。

「お釣りはいらないよ。」

とムツキちゃんはニコニコと笑う。

「冗談ならその辺でやめとけ、親に迷惑かけたくねえならな。」

「冗談じゃないよ?本当にフィクサーになりに来たから。嘘だと思うなら確認すれば?」

男は渋々確認すると、驚きの声を上げた。

「嘘だろ?一体どうすりゃこんな金額がポンと出てくんだ!」

男は信じられないと言った顔でムツキちゃんを見た。それは既に面倒なガキを相手にする顔ではなく、得体の知れないものを見た顔に変わっていた。

そこで、すかさずムツキちゃんが仕掛けた。

「ねぇ、このぐらいの金額あったらさ、いいよね?どうせ外見年齢なんて当てにならないんだし。」

「そりゃあ、そうだが...」

男は目に見えて悩み始めた。

都市には外見を変える技術なんていくらでもある。

男は最早目の前の少女が少女であるのかも確信が持てなくなっていた。

それに、ハナ協会所属とはいえこんな支部で受付をやらされている男には余りにも魅力的な金額が提示されている。

上司に取り入るのも良し、武器を新調するも良し、のしあがるチャンスが目の前に転がってきたのだ。

しばらく悩み抜いた結果、男は深くため息を吐いて、書類を書き始めた。

「顔写真撮るから、ちょっとこっち来い。」

2人とも写真を撮った後、『あっちで座って待ってな。』と男に言われた通りにソファに腰掛けてしばらく待つと、男が近づいてきた。

「ほらよ。」

男はぶっきらぼうに免許証を投げ渡してきた。

「ほら、用が済んだんならさっさと出ろ。」

万が一にでも他の人間に見られたく無いのか、私達が半ば追い出されるように建物を出るとき、男は急に思い出したように先輩の受け売りだが、と前置きをして語る。

「フィクサーは毎日星の数ほど増える。でも何でだろうな?星が空を埋め尽くすことはないんだよな。」

男はニヒルな笑みを浮かべる。

「これがなんでか分からない奴が真っ先に死ぬ。忘れねぇことだ。」

「フィクサーは金のためなら何でもするが、命は金で買えないからなぁ。」

そう言って男は持ち場に戻り、アイマスクを付けて眠り始めた。

数秒もしないうちに寝息が聞こえてくるのを見るに、相当常習犯らしい。

「人材不足なのかな?」

「どうだろうねー?」

顔を見合わせ笑い、私達は事務所を後にした。

 

 

 

「スー....スー....」

静かになった支部に寝息だけが響く。

ゆっくりと伸びた男の手が、アイマスクを外した。

「さ〜て、試してみるか...」

男は冷酷な笑みを浮かべ、すっと立ち上がる。

その目は、少しも潤んでおらず、乾き、ギラついていた。

ジャックポット寸前のスロットを見るように、あるいは飢えた狼が兎を見るように。

「言っただろ?フィクサーは金のためなら何でもやるって...」

男は心底楽しそうに笑うと、どこかに電話をした。

 

 

 

私たちが外に出ると外は少し暗くなっていて、元々少なかった人通りはさらに少なくなっていた。

「急ごっか。ホテル取ってあるから。」

「う、うん。」

昼に寂れた雰囲気が充満していた裏路地は、夜に近づくにつれ、急速に魔性を纏っていく。

肌がピリつくような嫌な雰囲気だ。

裏路地の夜は流石に始まらないだろうが、そもそも暗くなった裏路地は危険だ。

さっさと抜けるに越したことはない。

陽が落ち切らないように急いで建物の間を走っていくと、不意に呼び止められた。

「おい!待てよお前ら!」

床に座っていた3人のガラの悪い輩が私たちの方を向いていた。

その手には武器が握られている。

「アルちゃん止まっちゃダメだよ!」

走り出したムツキちゃんの後を追いかけ飛ぶように走る。

命が羽より軽いこの場所で呼び止めてくる者たちがどうやって生計を立てているかなど想像に難くない。

「あっ!おい!待てコラガキ!」

怒号を飛ばしながら追ってくる3人組から

ムツキちゃんと2人で逃げる。

路地の角を曲がって行くと、目の前に密林のように張り巡らされた配管が現れた。

私はムツキちゃんと目配せし、体を擦るギリギリのコースで滑り込んだ。

「クソッ!待てよオイ!」

平均よりやや小柄な私たちでもギリギリであるため、彼らにとってはなお難しい。

おかげでかなり距離を稼ぐことができた。

あと曲がり角を一つ行けば目的地だ。

私達が曲がり角を曲がった途端、ボロボロの服の連中が壁のように並んでいた。

「ハハハッ!馬鹿が罠にかかったぜ!」

浮浪者の1人が心底愉快そうに笑った。

しまった。さっきの連中の仲間だ。

じりじりと後退する私達の背中が何かに当たる。

振り返った瞬間、私は首を掴まれて宙吊りにされた。

「クソガキが!手間かけさせやがって!」

完全にキレた男の手が首に食い込む。

「カ...ハ...ッ...」

「アルちゃん!!」

「黙ってろ!」

男はムツキちゃんを蹴飛ばし頭を踏みつけた。

靴裏のガムでも取るようにグリグリと押し付けながらムツキちゃんを罵倒している。

「クソガキがよぉ!なんの勘違いで護衛もつけずに金持って裏路地に入ってきてんだ?」

「観光は他所でやるべきだったな、え?」

「クッ....」

「ヒューッ!見ろよ!このガキたんまり持ってやがるぜ!」

輩どもがムツキちゃんのバッグを開け、歓喜の声を上げながら金を数えている。

「これなら俺らだって『捨て犬』に入れるんじゃねぇのか!?」

「馬鹿野郎!それでもまだ余るぜ!強化施術だって受けれる!」

「まあ後にしようぜ。このガキどもを売っぱらってからだ」

私の首を持った男が言う。

「な、なあ、最近さあ、ご無沙汰なんだよ...売る前にさ、良いだろ?」

「お前マジかよ...流石に引くぜ?」

どっと男達が笑う声を聞き、私は急速に血の気が引いて行くのを感じた。

ああ..もう終わりなんだ。

私はこれから自分に起こる結末を悟り、激しく恐怖した。ムツキちゃんも同様だったのだろう。いつもの笑顔は何処かに消えてしまい、蒼白い顔で黙りこくっている。

嫌だ。死にたくない。こんなところで。

「だ...れか...助け...て」

「あ?助けて?助けてっつったか?テメェ?」

「おいお前ら聞けよ!助けてだってよ!」

男達がこれまでで一番の笑い声を上げる。

涙しながら転がり回っている者もいた。

これはきっと罰なのだろう。私たちだけが生き残った罰。裏切り者の私たちでもみんなのところへ行けるだろうか?

とっくに風化して久しい神頼みと共に、諦めて目を閉じたとき、突然私の体が地面に落ちた。

驚いて目を開けると、私を掴んでいた男の手がなくなっており、男は訳が分からず血を噴き出す腕を見つめていた。

「い、痛ぇッーーー!!!」

男が腕を押さえて崩れ落ちる。突然の悲鳴に顔を向けた男達と私は崩れ落ちた男の側に佇む人物を目撃した。

黒いスーツに、血の付いた長剣、そして最も特徴的なのは顔全体を覆い隠すのっぺりとした柄無しの黒い仮面だ。

「.....」

いつしかその場に立っていた者は何も語らず、不気味な沈黙が辺りを包む。

我に帰った輩達が口々に汚い言葉を叫びながら、黒仮面に襲いかかった。

黒仮面は飛びかかってきた男の首を素早く切断して持っていた斧を奪い取り、横に居た1人の頭に振り下ろした。

噴き出した血を浴びるのを気にも留めず、そのまま斧を素早く引き抜くと、バットを持って向かってくる男の脚を狙って投擲した。

投げ出された手斧は目論見通り男の脚を抉り、後ろから着いてきていた二人も急に立ち止まった男の背にぶつかり、動きが一瞬硬直した。

すると、黒仮面は素早く腰を落として両手で剣を握り、剣先を後続に合わせた。

黒仮面は一呼吸の後、雷よりも速く、音も無い神速の踏み込みを見せ、三人の輩を一直線に貫き、突き刺さったその剣を外側に振り抜いた。

まるで封筒を剥がすように三つの胴体は分断され、飛び散った血と内臓が辺りに飛び散る。

「おらぁぁぁぁ!!!死ねぇええええ!!!」

血走った目をした棍棒の男とナタの男が黒仮面に飛びかかった。

黒仮面の圧倒的な強さを目にした以上、逃げることは叶わないと思い、不意打ちに賭けたのだろうか。

黒仮面は武器の間合いから僅かに外れるように後ろに退くと、下げた脚を軸にして時計回りの後ろ回し蹴りを繰り出した。

遠心力の加わり、鈍器と化した靴の踵が棍棒の男の首をめちゃくちゃに回転させ、勢いそのままに繰り出された左拳の痛打がナタの男の顔面を破砕する。

黒仮面は次の攻撃に備えて剣を構えるが、最早誰も生きてはいなかった。

泥の中で生きる者達が見た一夜の夢は、濁った血に溶けて消えたのだ。

やがて、黒仮面はまだ生きている片腕の男に視線を留めると、ゆっくりと歩き出した。

「おいおい、ウソだろ....?あれだけ居たんだぞ...?」

片腕になった男が血溜まりから歩いてくる黒仮面に恐れ慄きながら後ずさる。

「ま、待ってくれよ。金なら今手に入ったんだ。半分、いや!全部アンタにやるよ!それで手を打とうじゃねぇか!な!?」

片腕を突き出し、命乞いをする男に、黒仮面は何も言わない。

「ほ、本当に待ってくれ!や、雇われただけなんだよ!俺たちは!」

「そこのガキ2人ゆすれば大金が入るって…」

涙声になりながら頭を擦り付けて必死に懇願する男を見て、黒仮面はやっと、一言だけ返した。

「そうか。」

「わ、分かってくれただろ?それなら、助け....」

振り下ろされた長剣で、男の言葉は断ち切られた。

「助けてなんて言っちゃだめだろ...この場所で。」

もう動かない死体を見つめながら仮面は呟く。

そして、突然の出来事に呆気に取られている私達を見て、黒仮面は口を開いた。

「....お前ら、巣出身だろ?こんなところで何やってんだ?」

当然のように私達の出身を言い当てたその声は、冷たい、沈んだ男の声だった。

私は声を震わせながらも答える。

「フ、フィクサーになりたくて。」

「フィクサー?何でこんな仕事を?金持ちの道楽か?ここの連中は皆巣に行きたくて命張ってるってのに、お前らは遊び半分でこんなところに来るのか?」

「笑えないな。」

黒仮面の声に怒気が混ざった。

黒仮面の発する威圧感に押されながら私はかすれそうな声を張り上げる。

「す、巣はこの前無くなっちゃって...だから、生きていくには、こうするしかなくて...」

黒仮面はハッとしたような様子と共に、慎重に質問をした。

「お前らまさか....旧L社の巣の住人だったのか?」

私は黙って首を縦に振った。

男は手で顔を覆い、しばし空を見上げた後、

「そうか」とだけつぶやいた。

後悔の染み込んだ声だった。

「フィクサーになりたいって言ったよな?」

「俺が最低限の生き残り方を教えてやる。」

こうして、私とムツキちゃんは黒仮面の男、もといローランの世話になることになった。




ローラン君!!!!!
.....失礼致しました。
さて、どうなってしまうのでしょうね?

御職業は?(展開の参考にするかもしないかも。)

  • 管理人(プロムンユーザー)
  • 先生(ブルアカユーザー)
  • その他(どっちも知らない)
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