裏路地の夜はまさに波だ。
青い影がひしめき合って壁のように迫ってきて、目の前の全てを飲み込み、攫って消し去っていく。
まるで元々、そこには何もなかったように。
水音、光るフック、横切る影。
自分すら見失いそうな息苦しい夜の底で、私は必死に腕を伸ばして藻掻いていた。
技とも呼べない半端な振りに、鈍器のように力任せに振るった鞘。
殺しの美学も、高潔な精神も宿らないどっちつかずの汚い動き。
それは掃除屋を突き刺し、打ち据えても命に届くことはない。
首から液体を吹き出しながら、半分欠けた頭を揺らしながら、掃除屋たちは足を進める。
幾も立ち上がるそれらを立ち上がれなくなるまで叩き潰しても、別の掃除屋のフックから注入された燃料で溶かされ、再び燃料として循環する。
まるで岩に砕けた飛沫が波に帰るみたいに。
頭がこの存在をなぜ人間だと定義したのか分からない。
個体としての意志などなく、ただ一つのシステムとして循環し続ける。
それが、掃除屋という生物だ。
どのくらい、時間が経ったか。
とっくに無くなった腕の感覚が辛うじて捉えた頭をたたき割った感触を最後に、突然周りの掃除屋の気配が消えた。
全三波の内の、第一波が終わったようだ。
極度の疲労で座り込みそうになるのを堪え、群れからはぐれて割れた頭で這いずる個体の背負った燃料タンクを刀で貫く。
何体も殺して分かった。
いくらしぶとくても、本体は液体だ。
命を溢せば生きていられない。
割れた隙間から血のような赤い液体が吹き出し、掃除屋はだんだんとその動きを鈍くしていく。
液体の勢いが衰え、死にゆく掃除屋は何かを掴むように手を伸ばし、活動を停止した。
「132543...7543...1」
突き立てた刀を引き抜いた途端、体が支えられなくなった。
そのまま私は仰向けに倒れ、月のない空を眺める。
「はぁ...これで空も見納めか」
味気ない景色だけど、雲がないのは少しだけうれしい。
そのまま横向きに体を転がし、すでに動かない掃除屋に話しかける。
「ねぇ、最後になんて言ったの?」
死体は、何も答えはしなかった。
絶えず聞き続けた掃除中の掃除屋の言葉と、今際の際にあの個体が発した言葉は
明らかに毛色の違う響きだ。
周りに同族もいない中、わざわざ口を開いたのはなぜか。
私はもう一度掃除屋の死体を見た。
ガスマスクのような頭部に感情はなく、いまだ液体の流れ出る頭にはなにも詰まっていない。
それでもきっと、あれは彼の意思だ。
機械のような数字の羅列の中に、確かな機微があった。
絶えず循環する液体でしかなくても、物を考える。
もしかしたら誰かを愛したりするのかもしれない。
夢も、見るのかもしれない。
私は、彼らより不自由だ。
生きていたくないのに、死にたくないから生きていた私も。
縛りが消えたら自分が誰だったかもわからなくなった私も。
「ずっとずっと、自由になりたかった。私が私であるために」
声が震える。
「でも、そしたら自分がわからなくなった。私は誰かに私という存在の証明を押し付けているだけだったから。黒雲にも、アルにも」
「私が...弱かったから。組織にも染まれず、伸ばしてもらった手にただみっともなく縋り付いて。自分で自分の生き方を決めたことなんてなかった」
「結局私は...」
言い淀んだ。続く言葉を口にするのがひどく恐ろしかったから。
「またあの子を利用した...」
口に出してみて、私は壊れそうになった。
今まであの子から得たすべての体験が私の卑しい感情で穢れていく。
記憶に黒く雲がかかっていく。
本当はすべてわかっていた。
自分なんて持っていないことも、私らしくなんてわからないことも。
体の感覚が不鮮明になり、意識が遠のいていく。
かき混ぜたら消えてしまいそうな霧のように。
このまま、意識を手放せたらどれだけ楽だろう。
私の体はきっと風に乗って宙を流れて、どこかへ消えていく。
それはきっと自由で...私らしくなれるだろう。
ほどけていくのを感じる。
体と空間を隔てる壁が混ざって消えて。
目の前には体から立ち上った黒い靄が形を作り始める。
真っ黒な私の影。
視界が霞んでいくほどに鮮明な色彩を帯びていくその影を、私はぼんやりと眺める。
あるいは影なのは私で、あれが本当の鬼方カヨコなのかもしれない。
そう思えるほどに、私は黒く黒く溶けていった。
私の人生に幕を引くように瞼が下りる。
真っ暗なその先に、あの日の光景がよぎった。
翻る朱色の髪、私を引き留めようと伸ばした手。
怯えていて、虚勢を張っていたけど、揺るぎない目をしていた。
震える足で、なんとかしゃんと立ちながら。
彼女は、何からも縛られてはいなかった。
自分の道を自分で歩いていた。
それが、どうしようもなくまぶしかった。
黒く濁っていた手が、色彩を取り戻していく。
私の願いは、誰かを守ることじゃない。
自分の意志で、守りたい誰かのために存在することだった。
体に、感覚が戻る。
瞼が上がる。
意識を取り戻し、立ち上がる私を鬼方カヨコは不満そうに見た。
「ごめんね。それじゃ自由じゃないんだ」
「風に乗るのは楽だけど、いつか空の向こうに行ってしまう。太陽だって、そのうち見えなくなるから」
「だから、私は自分で空を行く。時には風に逆らって、私自身の意志で。便利屋で自分を定義せず、便利屋としての私を定義する」
手と手が触れ、私の影が黒く弾けた。
その破片は私に降り注ぎ、目も眩むほどの感情の波を引き起こす。
体を包む炎のような熱さとは裏腹に、頭はひどく冷静で。
熱情の隙間を縫うように理性の糸を巡らせる。
私は眩しい太陽から目を背けないための黒笠を被る。
そして、飛び立つ鶴のように白い着物に身を包む。
両の手に握るのは雪のような小太刀と叢雲のような黒い刀。
誰に教わるまでもなく、これらは私そのものだと理解できる。
「便利屋で自分を定義せず、便利屋としての私を定義する、か」
自分の言葉を反芻し、苦笑いが出た。
わがままだね。私。
でも、今なら言える。
「これが
いつの間にか押し寄せてきた掃除屋の波に向かって、当然のように私は黒い刀を振るった。
剣先から流れ出た黒い雲は掃除屋の群れを包み込み、絡みついてその動きを鈍らせる。
続けて刀を鞘に納めた瞬間に雷のような閃光が雲の中を走り、雲ごと掃除屋の群れを切り裂いた。
赤い雨を浴びながら現れた後続へ飛び込み、抜刀する。
一撃目で脚を切り払い、体勢を崩した相手に鋭い二撃目で首筋を断つ。
雲斬り。幾度となく練習してきた黒雲道の技は、ため息が出るほど手に馴染んだ。
でも、もう迷いはない。
崩れ落ちる掃除屋の裏から別の掃除屋が飛び出し、フックを振るう。
私は小太刀を抜き放ち、目の前に白い雲を描く。
オレンジ色のフックは触れた途端に雲に弾かれ、雲を突き破った小太刀に貫かれた掃除屋はそのまま斬り裂かれた。
形が一定ではないのもまた、雲の特徴だ。
固まった敵を黒い雲で斬り飛ばし、至近距離の敵には白い雲を纏った体術で応戦する。
今までになく自然体で、まるで草原で鶴が舞うような自由な戦いぶりで、次第に夜は更けていいた。
やけに近く聞こえる雑踏と、差し込んでくる日の光で目を覚ます。
裏路地の夜を越えたあとに、眠りこけていたようだ。
周りには積みあがった掃除屋の死体の山と、何やらがやがやしている民衆。
自撮り棒で撮影しているのもいれば、掃除屋の燃料タンクを拝借しようとしたところを私に見られて固まったのもいる。
掃除屋の死体なんて、普通はきれいに掃除されるものだから、物珍しいのは当然か。
しかし、他人にじろじろ見られるのは気に入らない。
私は眠る前に作ったであろう灰の山を一瞥して、煙草に火を付けた。
そのまま香りを味わった後、人を散らそうと息を吸い込んだ瞬間。
人ごみの中からムツキが顔を出しているのを見つけた。
再び会えた喜びに表情が緩みそうになるのを止めて、割とシャレにならないことをしでかした事務所の仲間に反省を求める視線を投げる。
へぇ。そんな委縮した顔するんだ。
「おかえり」
珍しくちゃんと焦った様子で弁明するムツキを遮り、私は言葉を発した。
「まぁ、とりあえず鍵開けなよ。シャワー浴びたいし、積もる話もいっぱいあるから。あとさっきから誰に許可取ってガンくれてるのかな?見せ物じゃないんだけど」
こう言って少し鯉口を切ってやれば、見物客は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
すると、消えた人混みの中から今度はハルカが顔を出した。
スーツで着飾っていて、どうも見慣れない雰囲気に一瞬面くらったが状況を理解する。
ああ。新入りと仲良くなって遊びに行ったんだ。
あのマイペースなムツキが。
私はなんだか怒るに怒れなくなって、冷や汗を流すムツキと、顔を真っ青にして飛んできたハルカを抱きしめた。
「ただいま。二人とも」
開花E.G.O:閑雲野鶴
ただ漂っていたカヨコが自分の意志で進むことを決め発現したE.G.O
白い雲は柔軟さを、黒い雲は前進を意味する。
雲の防御支援や広範囲への攻撃。
空中に足場を作っての移動など応用範囲は広い。
人の欲に果てはなく、いずれ太陽にすら手を伸ばすだろう。
故に彼女は太陽を隠し守る雲である。
御職業は?(展開の参考にするかもしないかも。)
-
管理人(プロムンユーザー)
-
先生(ブルアカユーザー)
-
その他(どっちも知らない)