フィクサー事務所68   作:バラのレバー

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「先生」

黒仮面の男、もといローランの世話になった私達は都心からはやや離れた小屋に三人で住んでいた。

聞く話によると、彼が育った場所であるそうで、全体的に老朽化が激しいものの、少し改修すれば問題なく住める程度だった。

あまり多くを語らない彼について分かったことは三つ。

生まれてすぐに両親を失ったこと。

祖母に育てられ、今はフィクサーをしていること、それと名前くらいだ。

私達は彼から様々なことを学んだ。

巣の禁忌、裏路地の夜、都市災害レベル、

生きていく上でかかる税金(フィクサーの免許を持っているだけでも税がかかるらしく、私達は一旦免許を停止した)

身の隠し方、情報収集、契約書の書き方、武器の手入れ、依頼の見極め、そして何より戦闘技術。

訓練が始まった日のことは良く覚えている。

「俺は教えるのが上手くないから師匠が俺にやってきたことをそのままやる。」

そう言った彼の方針は「体で覚える」だった。

本人曰く手加減しているらしいが、胃が裏返りそうな突きと蹴りに加えて、刃を潰した剣を容赦無く叩きつけられたので、普通に殺されるんじゃないかと思った。

地獄みたいな時間がようやく終わった時には、私もムツキちゃんも青痣だらけで全身が痛くて動けず、寝床まで運んでもらった。

防御を覚え、回避を覚え、反撃を覚え。

あんなに重かった剣が羽の様に軽くなり、訓練でも青痣ができなくなってきた頃。

示し合わせたわけではないが、私達は彼のことを「先生」と呼ぶようになっていた。

戦いだけでなく、心構えや生き方を教えてくれる彼のことはそう読んだ方がいいと思ったからだ。

そんな生活のある日、弱小組織の殲滅という、一人なら30分と経たずに終わる依頼に先生が私達を連れて行ったのは、きっと経験させたかったからだろう。

殺しの感触を。

...そのときは無意識だった。

組織員達に取り囲まれて乱戦になり、目まぐるしく動く戦局。

回避を仕損じれば首が落ちる。

防御を破られれば頭が砕かれる。

そんな極限状態の中、敵の一人が視界の端で剣が振り上げたとき、私は敵の心臓を刺し貫いていた。

剣を受け流すとか、避けるとかの選択肢もあったかもしれない。

でも、遅い振りでガラ空きの胴を晒す敵に対し、私は体に染みついた殺人術を無意識に振るっていた。

目の前の男が血を吐き出しながら後退りし、怨念のこもった眼で私を睨みつけて崩れ落ちた途端、停止していた感情が再起動し、悍ましい感触が手を伝って登ってきた。

「あ....あぁ...」

あれほど軽かった剣が急に石の塊みたいに重くなって、手で支えられなくなる。

背中を伝って行く悪寒が止まらない。

「うっ....」

胃が激しく痙攣し、酸っぱい液体が登ってきた。

私は咄嗟に口を押さえるが、逆流は止まらず、その場で戻してしまった。

「え、ええっ、うぇ…」

泣きながら胃の内容物を飛び散らす私を見かねてか、戦いの最中にムツキちゃんが背中をさすりに来た。

その手もまた、生温かく濡れていた。

残りの敵は先生が処理したため、この隙を敵に狙われることはなかったが、私はある意味で死んだほうがマシに感じられる苦痛に苛まれていた。

自分が、自分の体を拒絶している。

まるで、手首から先が別の生き物になってしまった様に震えが止まらない。

そのままガタガタと震えていると、先生が近づいてきた。

「アル、これがフィクサーだ。」

「どうだ?続けられそうか?お前がこれから殺すのはチンピラだけじゃない。同業も、陣営が違うだけの顔馴染みも、ターゲットというだけの罪のない人も、お前は殺すことになるかも知れない。そうなったら...お前は割り切れるか?」

先生は冷徹に言い放つ。

こんな程度で挫けていたら、フィクサーなんて務まらないのは分かっている。

でも、私は他人を犠牲にしてまで理想を追えるだろうか?

 

 

2年の月日が流れた。

何度も泣きながら、何度も苦悩しながら、結局私はフィクサーになることを決めた。

敵を斬るたびに自分が斬られている様な苦痛を感じていた私の剣は、次第に無感情にするすると流れて行く様になった。

それが、不要な感傷を克服したものか、それとも人として大切な物を失った結果か。

私には分からない。

正直に言えば、まだ割り切れていない。

だけど、フィクサーになりたいという思いがあの惨劇を引き起こしたのならば、捨てて行くことなんてできない。

それだけは確かなことだった。

ちなみに、この2年でなぜか私は大きく背が伸び、前は同じくらいの身長だったムツキちゃんはちょっぴり羨ましげに私を見ていた。

依頼帰りのある日、私は前々から気になっていたことを先生に質問した。

「先生はなんでいつも仮面をつけているの?」

私達は2年も一緒に過ごして先生の素顔を見た記憶がない。

もっとも、先生は多くの依頼をこなすために居ない日もそれなりにあったのだが。

先生は軽く仮面をさすりながら言った。

「おばあちゃんが教えてくれたんだ。フィクサーは顔を知られないほうがいいって。」

「それに...いや、なんでもない。」

仮面に隠れて先生の目線は分からなかったけど、何となく目を逸らしているように感じた。

機能的、と言うのは嘘ではないのだろう。

職種柄恨まれやすいから顔を隠すと言うのは合理的だ。

でも、もっと大きな理由がある気がした。

普段から余裕そうに、たまには軽口を叩きながら殺人を行う彼だが、時折仮面の上からでもひどく不安定に見えることがあった。

殺した相手の胸元から家族の写真が出てきた時に、彼が無機質に「煙草吸ってくる」と言って席を外したことを思い出す。

仕事に煙草なんて持って行かないくせに。

きっとあの仮面は彼が自分を守るために編み出した生き方の一つなんだろう。

先生は、私と一緒だ。

割り切れていない。

あの人には家族がいたとか、あの人の方が立派な生き方だったとか、相手の事情をわざわざ背負って苦しんでいる。

巣の中でも、わざわざ人の痛みを背負おうとする人は見たことがなかった。

みんな、生きるために他人を蹴落とすのに必死だったから。

そんな、都市では当然のことに先生は罪悪感を感じて、顔を覆っている。

先生は誰よりも都市らしい仕事をしながら、誰よりも都市らしくない人だったのだ。

このことをムツキちゃんに話すと、二ヒヒと笑って言った。

「先生の仮面さ、訓練で取っちゃおうよ!」

「2年一緒に暮らしてる私達に顔見せてくれないとかやっぱナシじゃん?」

私は大きく頷いた。それは名案だ。私も、先生の顔を見てみたい。そして、できることなら....

先生が長期依頼を受けている間、私達はより一層修練を重ねた。手に力が入らなくなるぐらい剣を振り、体が軋むくらい模擬戦を行った。

そして、久しぶりに帰ってきた先生を出迎えた。

「....顔付きが変わったな」

先生は私達の握る剣をチラリと見て、要件を理解したようで、持っていた次元バッグから剣を取り出した。

「試してみるか?」

弾かれたように駆け出し、仮面狙って剣を振り下ろす。

先生は弾き上げるようにいなし、私の胴を打とうとするが、ムツキちゃんが横からそれを防いだ。

剣を引き戻してすかさず先生に突きを繰り出すが、先生は上体を反らして躱し、後ろに飛び退いた。

「見違えたな。」

私は、先生を注視する。

動作の一瞬も見逃さない様に。

構えるわけでもなく、先生がゆったりと歩き始めたと思うと、時間が飛んだみたいに目の前まで来ていた。

「アルちゃん!」

ムツキちゃんの叫びで我に帰り、慌てて剣を振り下ろすが、それより速く先生の一打が私の左肩を打ち砕いた。

「うっ....」

かろうじて剣を落とさなかったものの、左腕はだらんと下がり、使い物にならなくなった。

...始まった。

先生と戦う上で、今まで幾度となく感じてきた「違和感」が。

本来、戦いというものは相手に対して自分を固定しておくことだ。

それは意識や視線、果ては気持ちまで、とにかく相手の存在を繋ぎ止め続けることが戦いの基本である。

先生との戦いではその固定が外れる瞬間がある。

まるで街を歩いて知らない人間とすれ違う時のように、見えているのに見えていない。意識が思考の外へと追いやられる。

それが彼の技術なのか、それとも何か道具を用いているのかは分からない。

またもや意識の外からの太刀筋が私を襲う。

私は反応できない。

そう、「私」は。

「やぁっ!」

ムツキちゃんが先生の攻撃を弾いた。

私もすかさず片手で先生に剣を振り下ろす。

先生は体を逸らして躱したが、前ほど余裕はない。

わずかに剣の先端が掠った感触があった。

その感覚を忘れない様に手に染み込ませながら、息を整え剣を握り、なりたい自分を強く念じる。

仲間と都市を飛び回るフィクサー。

....割り切れなくても、自分の信念を曲げずに生きるハードボイルドなフィクサー。

これはそのための一歩。

燃え落ちた記憶と、無力だった私はここに置いていく。

どんなに空が燃えようとも、溶け落ちない翼で灰色の世界を飛んで行くのだ。

「やるわよ。ムツキ。」

「アルちゃんカッコいい〜!」

同時に駆け出し、二人で呼吸を合わせた連撃を繰り出す。

ムツキが止まれば私が、私が止まればムツキが互いの隙を埋め、先生をジリジリと後退させる。

流石の先生も手加減した状態で二人の攻撃を捌くことはできず、防戦一方だ。

行ける、そう確信した。

ペースを握っているのは私達だ。

戦局が悪いと見た先生は、突如として動きを変えた。

打ち合うのをやめ、回避に専念し、私たちに生じる一瞬の隙をうかがっている。

疲労で一瞬対応が遅れた瞬間、先生は低姿勢からの肘打ちでムツキを跳ね飛ばし、隙に差し込んだ私の突きを剣の腹を叩くようにしていなし、剣を後ろに弾き飛ばした。

無手の私にトドメをさそうとする先生にムツキが駆け出す。

先生はムツキを迎撃しようと身構えたが、ムツキは剣を上へと放り投げた。

思わず、先生の視線が上へ向く。

今度はロックが外れたのは先生の方だ。

「先生!ぎゅーーーっ!」

ムツキが先生に飛びかか...もとい抱きついた。

思わぬ奇策で出来た僅かな隙をつき、キャッチした剣を渾身の力で振り下ろす。

剣が、空気を切り裂き駆けていく。

虚空を切り続けた私の一太刀は、遂にその仮面を捉えた。

硬い確かな手応えと、小気味の良い音。

飛ばされた仮面は宙を舞い、二、三度跳ねて、止まった。

予想だにしない展開に少し呆然としていた先生は我に帰り、私達を見ると、バツが悪そうに笑った。

「はは...強くなったな?」

2年間隠れていたその顔は、思ったより親しみがあり、悪く言えば平凡だった。街ですれ違ってもきっと記憶に残らないような顔だ。

その顔に、深い隈と憂鬱が刻まれていなければ。

先生が仮面をかぶる訳と、背負う物の重さを垣間見た気がした。

仮面を拾おうと手を伸ばす先生の手を掴み、真っ直ぐに目を見据えて話す。

「先生、私達はあなたに感謝してるわ。あなたが私たちに負い目を感じることなんて何もないのよ。」

先生は、仮面を被っている。

物理的にも、精神的にも。

だから私は、紛れもない私の本心を伝えた。

仮面の奥に、届くように。

「...違うんだ。」

先生の顔が一瞬色を失い、食いしばるように、絞り出すように言葉を紡いだ。

「そうじゃないんだ。そうじゃないんだよアル。」

「頼むから感謝なんてしないでくれ...」

「全部、全部俺のせいなんだよ...」

先生は一瞬口を閉ざした。

次の言葉が喉につっかえた様に。

「まだ消えないんだ。」

「俺があの日見た煙の根源が...この都市がどうやって回ってるのか思い知ったよ。」

「あのクソッタレな煙がどこからどうやって来たのか知らずにその恩恵にあやかってた俺も同罪だった!」

「結局俺も、誰かに自分の苦痛を押し付けて生きてるクズに違いなかったんだ。」

先生はまるで懺悔をするように跪き、押しつぶされそうな罪に耐えている。

薄々気付いていた、私はきっと先生の罪を消すことはできない。

彼の中に渦巻く自責の言葉と張り付いた怨嗟の声を消すことも。

だから、せめて。

背負うものを少しでも軽くできるように。

「私は、先生を赦すわ。」

「....は?」

先生は、訳がわからないといった声色だった。

「どうしてそんなに簡単に断ち切れるんだよ....」

「...お前の親や友達を殺したのは俺かもしれないんだぞ?」

「先生が居なくてもみんなは殺されていたわ。」

「でも、先生が居たから私は今も生きてる。それだけで十分でしょう?」

「そんな...わけないだろ。」

「俺が憎くて仕方がないはずだ。」

「まったく憎く無いって言ったら流石に嘘ね。」

必要なこととはいえ、シゴキは度が過ぎていると思うし。

「なら...」

「でも、それ以上に感謝してるのよ。」

「死を目前にして絶望してた私たちを掬い上げてくれた先生に。」

「見るのも苦しいはずなのに放り出さずに面倒を見てくれた先生に。」

「俺は、感謝される資格なんて....」

顔を背けようとする先生の話を遮って、私は思い切って本心を口に出した。

「わ、私は家族だと思ってるけど?先生は...違うのかしら?」

紛れもない本心であるものの、言ってみると案外恥ずかしく、顔がどんどん赤くなっているだろう私を見て、先生は大きく息を吐いた。

「お人よしすぎるよ。お前は。」

先生の声が変わった。

断罪を受ける罪人のそれから、手間のかかって仕方のない子供を見る大人の声に。

「お互い様だと思うけどね〜?」

ムツキがイタズラっぽく言うと、なんだか可笑しくなって私達は笑った。

先ほどの息が詰まりそうな空気などとうに忘れてしまったかのように。

都市の外れに咎人が三人。

ただ、この時だけは朗らかに笑った。

 




ローランを赦す

御職業は?(展開の参考にするかもしないかも。)

  • 管理人(プロムンユーザー)
  • 先生(ブルアカユーザー)
  • その他(どっちも知らない)
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