昨日までの投稿はメラゾーマではない。メラだ。
「お嬢」
『はぁ…はぁ…化け物め!』
ネオンが照らす、夜の市街。
2人の人間が向き合っていた。
一人は如何にもマフィア然とした顔つきでボルサリーノ帽を被った中年の男。
倒れた周囲の仲間を見たのち、その元凶である朱色の髪の女に拳銃を突きつけている。
「あら、失礼しちゃうわね。化け物だなんて。」
そう言ってかき上げた朱色の髪は、生来の物か返り血か、その答えは背後から照らすネオンの影に隠れて判別できなかった。
「悪く思わないことね。私に出会ったのがあなたの運の尽きよ。」
「消えてもらうわ。」
フィクサーはキザに笑って剣を向けた。
「お〜」
ムツキの声とパチパチとした拍手でネオン街は溶けるように消え、アルの意識は駅近十ニ畳半の事務所へと戻って来た。
「カッコよくない!?」
「イイね!」
アルは親友からの好感触な反応を喜びながら照明の真下に置いた
「今回は結構手応えがあったわね。」
仕事机に戻した肘掛けに重心を乗せて名女優は満足げに言った。
「セリフは良かったけどさ、全員拳銃持ったマフィアは流石にヤバい相手すぎないかなー?*1」
「親指*2以外で見たことないよ?」
「良いのよ!こういうのは雰囲気だから!」
そうして『カッコいいシュチュエーションと決めゼリフ』談義を始めたものの、それは気を紛らわすにはやや力不足だったようだ。
「......」
「暇ね....」
「暇だねー」
「.....」
「なんで依頼が来ないのよー!!」
アルは机を両手で叩いてそのまま突っ伏した。
彼女がこうなるのも無理は無い。
事務所を開設して3ヶ月ほど経つが一向に依頼人は来ず、巣から持ち出した貯蓄がどんどん家賃に食い潰されているからだ。
「うぅ…」
「こんなはずじゃ無かったのにぃ…」
「しょうがないよアルちゃん。」
ムツキはバイトの求人雑誌を読みながら言う。
「協会無所属フィクサー事務所とかどんな組織と繋がってんのか分かったもんじゃないんだから、訳アリな人かお金ない人しか来ないよ。」
ま、うちはそれすら来ないんだけど。とムツキは付け加えた。
「うう…先生なんで教えてくれなかったのよ〜!」
「先生はワンオペだったのかもね〜」
無所属フィクサーに対しての依頼はリスクが高い。
その理由は大抵の場合、彼らが『12協会*3』に所属していないと言うことに帰属する。
フィクサーを取り仕切る機関である12協会に所属しているフィクサーは依頼人を裏切ることなく依頼を遂行するが、無所属フィクサーは必ずしも
『敵の組織に依頼料より高い金で買収されて逆に依頼人を殺した』なんてよくある話だ。
それを防ぐ為に無所属フィクサーに大金を積むくらいならばそれぞれの分野のスペシャリストが揃っている12協会に依頼を出すのが賢い方法である。
そんな理由で、無所属フィクサーが動く場合はよほど依頼人が切羽詰まっているか、よほど腕が良く高い金を払う価値があるかの二択になる。
「そもそも私達まだ九級だし。」
「むしろなんで事務所開く許可降りたんだろうね?」
「さあ?先生が推薦してくれたから...」
「...もしかして、先生ってすごいフィクサーだったりするのかしら?」
「かもねー?」
「もしかしたら一級フィクサーかもよ?」
そんな調子で実のない話を2人で根掘り葉掘りして花を咲かせていると、唐突に入り口の鈴が鳴った。
アルは反射的に体を起こして椅子に座り直し、机に肘を付け、顎の前で両手を絡ませた。
そして、何度も練習したであろう台詞を発する。
「ようこそ、便利屋68の事務所へ。」
「歓迎するわ。」
「ああ...どうも。」
若干引き気味な顔をした依頼人が入って来た。
雪のような白髪に黒のメッシュ、少し物憂げだが端正な顔立ち、肌ひとつ見えないほど丁寧に着付けられた紺色の着物。
これらの要素だけならば名家の令嬢、と言った感想になるのだが、腰に提げられた一振りの刀がその感想を否定する。
彼女は依頼人用の椅子に座ると、おもむろに煙草を取り出し、吸い始めた。
まるで息をするように、さも当然と言った自然さで煙を吸う彼女は身なりも相まって完全に
ハードボイルドの雰囲気に高鳴る胸の鼓動をなんとか覆い隠しながら、威厳たっぷりに口を開く。
「さて、依頼は何かし...ゲホッゴホ...」
煙草の煙はやっぱり苦手だ。
恩師の真似でこっそり煙草を吸って痛い目を見た彼女はより一層その感想を強くした。
「あ、ごめん。室内だった。」
躊躇いもなく刀の鍔を灰皿に使おうとする彼女を静止するように手を伸ばす。
見るからに分かる業物を灰皿に使わせるのは流石に忍びない。
「い、いや、良いわ。依頼内容を教えてちょうだい。」
アルは咳き込んで半泣きになっているがなんとか耐えた。
依頼人は遠慮するそぶりを見せながらも煙草を咥え直した後、煙と共に言葉を吐き出した。
「護衛をお願いしたくて来た。」
「ちょっと事情があって、今追われてる。だから土地勘が無い私がこの区を出るのを助けて欲しい。」
「誰に追われてるのー?」
「ごめん、それは言えない。」
「.....」
この類の依頼は見えている地雷である。
自分で言うのは癪だが、無理して依頼するメリットのない低い地位の無所属フィクサーへの依頼、というのはかなり拗れた事情があるように思える。
一体彼女は何に追われているのだろうか?
アルは試しに頭の中で敵対しうる相手を想像してみた。
捨て犬*4、剣契*5、五本指...最悪な相手には限りが無い。
ちなみに彼女達も知る事実として、二人の実力は合わせて『都市伝説*6上位』程である。
先ほど挙げた例だと順番に『都市伝説』、『都市悪夢』、『都市の星』である。
つまり、捨て犬以外正面からの戦いでは勝ち目が薄い。
それに捨て犬もあくまで『勝ち目がある』だけで、後の活動に支障を残さない怪我で済む確率はそれよりももっと下だ。
これは言わば底の見えない穴に飛び込むような無謀であった。
「えーと、申し訳ないんだけど...」
「報酬はどのくらい?」
断ろうとしたアルを遮ってムツキが質問した。
「4000万眼*7」
アルは椅子から転げ落ちそうになった。
「イイね!」
「待ちなさいよムツキ。この依頼は...」
「内容の分からない高額依頼。これ、すっごくハードボイルドじゃない?アルちゃん!」
「やってやろうじゃないのよ!」
理想と言うものは時に理性を凌駕する。
こう書くと聞こえは良いのだが。
「ありがとう。受けてくれて。」
彼女は相変わらず微妙な顔のまま煙を吐いた。
「....何で泣いてるの?」
「け、煙がちょっと目に染みただけよ!」
「全く問題ないわ!」
問題がないわけが無かった。
ただでさえとんでもないことを口走って内心大慌てだと言うのに、さっきまで見ているだけだったムツキは急にやる気を出して依頼人と細かい契約の確認を始めてしまっている。
この小悪魔め。
「…本当に大丈夫?」
先ほどから明らかに挙動不審のアルに対して依頼人は心配そうに尋ねた。
「ご心配無く。私たちはどんな依頼でも報酬さえ貰えればこなしてみせるわ。」
本心と異なってすらすらと動く口に今にも泣き出してしまいたいが、ハードボイルドは泣かない。
それ故にアルは必死に虚勢を張る。
「任せてちょうだいな。ウチは依頼人を笑顔で帰すのがモットーよ!」
言うまでも無いかもしれないが、出来立てホヤホヤのこの事務所にそんなモットーは無い。
「そっか。」
依頼人は心配そうな顔を止めた...止めてくれた。
「....どうしたことかしらね。」
依頼人に聞こえないように小声で漏らす。
言ってしまったからにはもう引けない。
ここは、腹を決めるしか無いだろう。
そう思ったアルは息を吐き、依頼人をしっかり見据える。
「任せてちょうだい。」
「自己紹介が遅れたわね。私は陸八魔アル、そしてその子は浅黄ムツキ。」
「記念すべき私たちの最初の依頼人、名前を聞いてもいいかしら?」
「....鬼方カヨコ」
最初の、という枕詞に少し顔を引き攣らせながら、彼女はそう名乗った。
...
....
.....
カヨコを連れて人気の少ない裏路地を歩いていく。
ごく稀に組織員と出くわすことはあるが、追われている人間を大通りで歩かせるリスクと天秤にかければ多少危険とは言え、人目を避ける方が良いと判断した。
それが、どんな相手と戦うことになるか分からない私たちにできる、「遭遇しない」という最善手だった。
私達の間を歩くカヨコの表情は暗い。
それは不安感とは別の物だ。
私は先生の顔にも張り付いていたその感情を知っている。
割り切れない。そう言う感情だ。
負目や罪悪感が内側から膿のように滲み出たかのような。
「.....」
私は何も言わなかった。
人には人の事情がある。
この都市では他人の人生に介入すれば自分を守れなくなる。
みんな自分のことで精一杯だから。
背中を預けていた相手と明日には斬り合うことになるかも分からない世界なのだから、傷は少ない方がいい。
私も彼女も。
ところで、裏路地を歩いていると、必ずと言って良いほど、ネズミやゴロつきに絡まれるものだが、今回は少し様子が違うようだった。
壁に気だるそうにもたれかかっていたゴロつきがカヨコの姿を見ると、飛び起きてそそくさと逃げていく。
おかげで楽に進めるのだが、言いようのない不気味さを感じる。
本当に彼女は何者なのだろうか?
そんな疑問を抱えながらも、未知の敵と接触しないように脇道に逸れたり、周り道をし続けて進む。
区の境目まであと少し、と言ったところで嫌な予感は実現してしまった。
区の境目に繋がる道を塞ぐようにして黒い服装の集団が居た。
いや、待ち構えていたと言うべきか。
黒い着物とシャツの間の子のような上着に、ベルトを巻いた黒いズボン。
そして、開いたシャツから覗く、黒い雲の入れ墨が彼らの正体を物語る。
彼らは黒雲会。
裏社会を牛耳る五本指の一角、親指傘下の暴力団である。
保護料やみかじめ料の徴収でかなりの範囲を仕切っている組織だ。
ランク付で言うなら…『都市疾病上位』。
勿論、都市災害ランクは危険度を示す指標としてはやや不十分*8だが、
この組織の構成員は誰もが剣術に長け、身体強化の入れ墨を入れている武闘派の集団だ。
組織の下っぱでさえ数を揃えれば十二協会の6課*9くらい楽々皆殺しにできるほどの。
元締めらしきオールバックの男がこちらに歩いてくる。
「探しましたよ〜お嬢。あんま勝手な散歩は勘弁してもらいたいんですけどね〜」
「にしてもどうやって1週間も逃げてたんですか?南部総出どころかその辺のゴロつきにまで探させたって言うのに。」
「...楊」
なるほど、どうやらとんでもない厄ネタだったらしい。
家出したお嬢様の逃走の手伝い。今私達は組織全体を敵に回していることになる。
「前の2人はお友達ですか?」
「違う。」
「へー、そうですか。」
楊が刀に手を掛ける。その瞬間、木枯らしに吹かれたような寒気が背筋に走った。
あの動作だけで分かる。
この男は、強い。
おちゃらけた雰囲気は擬態だ。
何でもないような顔で話しているが、既に脱力を済ましていつでも私を切り捨てられる用意を整えている。
「楊、分かった。」
一見言葉足らずとも言える一言だが場の状況がその不足を埋めた。
「話が早くて助かりますよ。」
楊が刀から手を離す。
すると途端に私を取り巻いていた寒気が引いた。
私は張り詰めていた気が抜けてぺたんと座り込みそうになったが、なんとか踏ん張って耐えた。
「じゃ、帰りましょうか。」
そう楊が言いカヨコが歩き始める。
九死に一生だ。このままじっとしていればことを荒立てずに済む。
ただカヨコを見送るだけで良い。それだけで私達の命は助かる....
カヨコの横顔を見た。
私の手が、カヨコを止めた。
「ムツキ、カヨコ連れて逃げて。」
「アルちゃん...?」
ムツキは驚いて私を見たが、目を見て頷いた。
「オッケー。」
カヨコは目を丸くする。
「ちょっと待って。何言ってるの?」
「依頼をこなすだけよ。命懸けでね。」
「待って。私は...」
「ウチのモットーは依頼人を笑顔で帰すことよ?」
「そんな辛気臭い顔じゃ帰せないわ。」
「行くよ!」
ムツキが固まっていたカヨコの手を引いて走って行く。
それに一瞬場がどよめくが、いち早く立ち直った何人かの組員が後ろを追いかけて行った。
「あーらら...」
その様子を眺めていた楊が私に視線を移す。
「何のつもりだ?」
「冗談なら笑えねぇな。」
冷たい殺気が私に突き刺さる。
ほんの脅しだった先ほどとは違い、首筋にピタリと刀を当てられているような錯覚すら覚えるほどだ。
「仕事中に冗談は言わない主義よ。」
私は震えを忘れるために長剣を握りしめる。
危機的状況には違いないが、『お嬢様を逃す為に格上の足止めをする。』というのは皮肉にも中々ハードボイルドな展開だった。
「人情で命を捨てるバカがまだ居るとはな。」
楊はそう吐き捨てて構えを取った。
深く腰を落として鞘と柄を握り込み、細めた目から鋭い視線を私に向ける。
雨の雫が落ちる一瞬。
それを人は捉えることができるだろうか?
楊が息を短く吐き出した瞬間、目にも止まらぬ抜刀と共に死の銀閃が走った。
速い。
死を悟って溢れ出た脳内物質が刃と比べれば鉛のように鈍い体に無理やり剣を振り下ろさせる。
鋭い業物に恐るべき速度の乗った、鋼すら断ちそうな斬撃を自慢の黒剣はギリギリで迎え撃つ。
刃が食い込む感覚と共に伝わった膨大な衝撃で私は後ろに吹き飛ばされる。
背中を庇うように空中で身を捩り、先に着地させた両手を使って跳ね上がるように立ち、剣を構えた。
心臓は未だバクバクと絶叫し、冷や汗が頬を伝っている。
自然に顔が強張った私と対照的に、楊は微笑を崩さない。
この男。やはり手練れだ。
数十は修羅場を潜り、少なくともその二倍は死体を積み上げてきたのだろう。
身体能力、戦闘経験は私を大きく上回っていることに加え、ほとんど見えすらしない居合。
勝てる要素は見当たらない。
だが、負けていい理由も同様に見当たらなかった。
私は悲鳴が如き内声を捩じ伏せ、強気に笑ってみせる。
「悪く思わないことね。」
「あ?」
「ここで私に会ったのが運の尽き。」
「消えてもらうわ。」
理想は時に理性を凌駕するものだ。
ハードルが上がったぁ!?(自分で上げた)
御職業は?(展開の参考にするかもしないかも。)
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管理人(プロムンユーザー)
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先生(ブルアカユーザー)
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その他(どっちも知らない)