村に戻る頃には陽はかなり上がっており、時刻で言うならお昼頃だろうか。
「特に何かが起こっている感じはしないな。」
「そうね。」
先程のこともあり、二人の間には微妙な緊張感が漂っていたが何かが村に何かが起きている様子はなかった。
だが、
(違和感。いや、おかしいところはない。それが逆に違和感を感じさせる。なんというか不自然なような...。)
呪術師としての勘が何かがおかしいと訴えていた。
「なぁ、あそこって...」
ある疑問を梨花にしようとした時
「梨花ー!探したのです!」
「羽入!?」
突然、オヤシロ様と呼ばれる少女の羽入が梨花へと飛びついた。
(まただ。たしかに、俺の呪力感知は鋭いほうじゃない。だが、こうも呪力を感じないことがあるか?たとえば、天与呪縛のフィジカルギフテッドで呪力が完全にゼロならそれも頷ける。)
(だが、羽入は梨花と呪力が使える俺しか見えていない。
呪力がゼロっていう線はないよな?)
「梨花、古手神社で綿流しの予行練習なのです!」
「え?まだ綿流しのお祭りまで日はあるでしょ?」
「でも公由たちが探してたのですよ。」
「そう...。」
心底驚いたという顔とは裏腹に梨花は務めて冷静に振舞っていた。
(この反応は予想外のことが起きている...。ってことだよな?)
「んっん!」
わざとらしく咳き込み自分に視線を向かせる。
「その綿流し?っつうやつの予行練習は俺も行っていいのかな?」
「多分大丈...」
と梨花がいい切る前に
「ダメだと思うのです。」
羽入が遮り答える。
「え」
「...!」
「予行練習だから村の人以外は本番のお楽しみなのです〜。」
と綺麗に理由まで述べてくれた。
「み〜。分かったのです!」
梨花は普段村人達に振る舞う仕草で返事をした。
「まぁ予行練習を本番までに見るのも風情がねぇか。」
こちらも納得の姿勢を見せる。
「本番のお楽しみなのですよ!」
と羽入はふわふわ浮きながらこちらに来る。
「そうさせてもらうよ。」
と言いながらこちらに来た羽入を撫でる。
「にへへ〜。」
満面の笑顔を見せると梨花の元へと戻っていく。
「さぁ、古手神社に行くのです。」
「はいはい。」
「じゃあまたな。」
と手を振ると、羽入と梨花も手を振り返していた。
それぞれが向かう方角に視線を変える瞬間
赤い光が宿っていた眼は何を写していたのだろうか。
───────
梨花と羽入が呪術師の少年と別れ、古手神社に向かっている途中。
「ねぇ、羽入?」
「?」
「祐斗はああ言っていたけど、私は思ってないから。」
梨花は呪術師の少年の言葉を思い出していた。
「え?」
と羽入はキョトンとしている。
「ほら、羽入が本当に信じられるかって。」
梨花からすれば羽入は一心同体ともいえる存在。
勿論、羽入も梨花を必要としている。
いわばある種の共依存の関係とも言えるだろう。
だからこそ自分は信じていると。
こんな世界だからこそ伝えたいと思っていた。
「えっと...大丈夫なのです!気にしてないのです!」
羽入は一瞬言い淀んで答える。
知らないことを知っているように誤魔化すような。
(気のせい...?)
羽入は梨花と感覚などをリンクさせている。
例えば、梨花が食べたものの味を感じたり梨花が見たものや、聞いたものも羽入は把握できていることになる。
逆に、羽入が見たり聞いたもの等は梨花は把握出来ない。
なので梨花は羽入がした行動や知り得た情報等は、本人から聞かなければならない。
(でもそれだといつもの羽入だったら「本当に酷いのです〜。」とかじゃない?
気にしてない。っていうのも何かいつもと違うような...。
もしかして...羽入はその話の時、私とつながっていなかった?)
特段おかしな話では無い。
感覚の共有は羽入にしか出来ないのでそれをしていない時があってもおかしくは無いのだ。
だが何故か、羽入の返答に梨花は引っ掛かりを覚えてしまった。
が
「そろそろ着きますのです!楽しみなのです!」
と羽入が元気に知らせる。
「え、あぁ、そうね。」
思考を一旦切り替え、”普段”の梨花を演じられるようにしようとした瞬間。
「え?」
そこには刃物と兎を持った数人の村人がいた。
「おぉ、やっときたね。」
「さぁ、梨花ちゃま。”綿流し”の練習をしようか。」
「えっ...と。どういうことなのですか...?」
うまく思考がまとまらない中、言葉を振り絞る。
(綿流し?というかなんで刃物?羽入は?これは...)
「どういうって...」
「梨花ちゃま忘れちゃったのかい?」
「ははは、そう言えば説明の時に少し寝ていたっけかなぁ梨花ちゃまは。」
はははと自然に村人達は笑っている。
「まぁ練習だから大丈夫さ。」
と刃物を持っていた村人が兎の腹辺りを刺す。
「ひっ」
と小さな悲鳴が漏れた。
鮮血が飛び散り兎は自らの生を手放さないためにジタバタともがいているが、それも長くは持たないだろう。
「これから、腸を梨花ちゃんは食べるんだよ。」
「は?」
自分でも驚く程に自然に出たものだった。
「はは、驚かなくていいんだ!
これは儀式だからね。オヤシロ様への。」
「お、オヤシロ様はそんなこと望んでないのです!」
と羽入の方を見る。
「羽入...?」
てっきりいつものように返ってくると思っていた反応がない。
「...い」
「え」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
「ボクはもう待ちきれないのです!
生き血の滴る肝の味を!
頬張ばられてなお鼓動を続けようとする心臓の脈動を!」
羽入は両手を頬に当てて邪悪で恍惚な笑みを浮かべながらそう叫んだ。
頭が真っ白になる。
という状況が今ほど当てはまる場面は、私のこれまでとこれから全てを含めてもおそらく無いだろう。
どこで間違えたのだろう。
何がいけなかったのだろう。
そもそもこの世界は
今見ているものはゲンジツ?
「もう...いいや...こんな世界。いらないや。」
考えるのも面倒くさい。
兎の腹を刺した刃物を拾い首に当てる。
村人はギョッとして梨花を止めようとする。
羽入は未だ恍惚の表情を浮かべたまま何かを叫んでいる。
そのまま喉を裂こうとした刃物は次の瞬間には少女の手からは無くなっていた。
「あっぶねぇぞバカ!」
この語咄しの結末は惨劇か未来か。