【番外編】私は悪い奴。ビビ王女なんかじゃ無い
「大変な事実に気がついてしまった」
俺の声が室内に響いた瞬間、空気がピクリと動いた。
それは緊張でも興味でもなく、“嫌な予感”が形になったような沈黙だった。
ここは、Mr.3が蝋で作った簡易拠点。たまたま任務での航路にいたので、俺はお土産を待って訪れたのだ。
「……またどうでもいいこと言い出したガネ」
Mr.3がソファに背を預けながら、ぬるくなったアイスコーヒーを啜る。
その隣、床に寝転んでマンガを読んでいたミス・ゴールデンウィークは、完全に無関心そうだが、俺は気にせず話を続ける。
「……アイスってさ、食べごろの瞬間が短すぎるんだよ」
「なんの話だガネ」
「このアズキバー。冷凍庫から出した直後は、凶器レベルの硬さ。釘も打てるくらい。
でも5分置くと溶け過ぎている──だから、わずか3分。たった3分間だけが、“完璧”なんだ」
「だから、ナニカネ?」
「……まるで、恋のようだよね」
「殴っていいカネ?」
「じゃあ、アイス用の温度タイマーでも作れば? “アイス3分チェッカー”とかって売りなよ。売れないだろうけど」
ミス・ゴールデンウィークはマンガのページをめくりながら、棒読みで答える。全く興味を持ってくれない。
「お前ら冷たすぎない? アイスより冷たい」
「冷たくしてるのは、お前がめんどくさいからだガネ」
俺は手の中のアズキバーを見つめた。
ほんのり溶けている。もう完璧ではない。けれど──まだ食べられる。そう、“まだ間に合う”。
「……でもさ、考えてみてよ。俺たちって、いつも“ちょうどよさ”を見逃してるんだよ。
暑ければ文句言うし、寒くても文句言う。でも“今ちょうどいい”って気づいた瞬間って、あんまりないだろ?」
俺の言葉に、ハッと気がついたようにMr.3は静かになってしまう。
「それは、そうかもしれないカネ。我々は、最適を求めすぎてしまっているのかもしれないガネ。
それだけを求めるのではなく、他にも道があるというのを伝えたかったのカネ?」
そう伝えてくるMr.3に、笑みを浮かべる。
「いや、全然。アズキバーっていつ食えばいいかわかんねぇよなって話」
「なんの話だったんだガネ!?」
ミス・ゴールデンウィークが寝返りを打ち、扇風機の風を奪うように位置を変えた。
「これから面接でさ。その子にこのアイス差し入れしようと思って。Mr.3たちもいる?」
「帰れ!!」
⸻⸻
海から吹く風が、スーツの裾をはためかせた。
潮の匂いにかき消されないよう、胸の奥に溜めていた息を、ゆっくり吐き出す。
スーツのボタンが、なんとなく苦しい。きっと、着慣れていないせいだ。
重たいドアの前。
看板には「バロック・爆発サービス」と書いてあった。
……ちょっと待って。なにこの名前。「爆発サービス」って何? 爆発をお届けするの?
絶対別の名前の方がいいってわかる。いや、これはもう試験ってことなのだろう。既に試されている。
バロックワークス。
私の守るべき国──アラバスタを乗っ取ろうとする会社。
私はこの“裏社会”に足を踏み入れようとしている。
──演じきらなきゃ。
ここで迷えば、すぐに見透かされる。
ノック。三回。間は一定に。
「入ってよし〜」
やけに気の抜けた声が返ってきた。拍子抜けするほど柔らかい声だったけど、どこか“人を見てる”気配もある。
ドアを開けると、室内は驚くほど整っていた。
外観の荒れ具合とは正反対に、机の配置、書類の並び、家具の配置にまで妙な統一感がある。
たぶん──わざと外と内の印象を逆にしている。混乱させ、揺さぶるために。
そんな空間の中央、ふたりの人影が座っていた。
一人は、目隠しをしている白髪の男性。ヘラヘラと笑って、椅子にだらしなく座っている。第一印象は──苦手なタイプ。
もう一人は、金髪の女性。唇はわずかに笑っているけど、目はまったく笑っていない。
距離を測るような視線が、私の一挙手一投足を観察しているのが分かった。
「本日は、面接の機会をいただき……」
「まぁまぁ、まず座って。固くならなくていいよ」
白髪の男が声をかける。
あまりに軽い口調に、つい拍子を外されそうになった。
──いけない。気持ちが前に出過ぎた。
私は浅く息を整え、にこやかに微笑んだまま椅子に腰を下ろす。
「改めて、ビ、ビ……ビィオラ・ビレンカです」
やってしまった。本名の冒頭を口走った!?
いや、大丈夫。ちょっと噛んでしまっただけ。本名がバレるなんて──
「ビビビィオラ・ビレンカさん? 言いづらいな……ビビでいい?」
「ダメです!!」
条件反射で叫んでしまった。冷や汗が止まらない。
「真面目にやりなさいよ。噛んだだけでしょ、ビィオラ・ビレンカさんね」
「は、はい……」
ふぅ……落ち着け私。王国での生活を思い出して。国民の前に出ることに比べれば、相手はたった2人。冷静に対処すれば大丈夫。
「私は、面接官のミス・バレンタイン。こっちのはMr.5。いくつか質問するので、答えてください」
「はい」
「年齢は?」
「14です」
「14!? わっか!?」
毎回反応が大きいわね、この人。
バレンタインさんはため息をはいて、鋭い目がさらに鋭利になった。シュンっておとなしくなるファイブさん。いつもこんな感じなんだろうな。
「志望理由は?」
「力が必要だからです。守るために、ひとりでは足りないと、思い知ったので」
「誰を?」
「自分の信じたものを、です」
嘘ではない。でも、全部が本当でもない。それに気づいたのか、男性の口元が上がった。
「いいね。中々見ないよ、君みたいな人材」
どうやら、印象は良かったようで、内心ホッとする。
「次の質問だけど、あなたは何が出来るの?」
「護身術とワイヤー術。あとは、催眠術と、超カルガモに騎乗が出来ます」
「ん? 催眠術? へぇ〜」
男の眉がぴくりと動いた。目隠し越しでも分かるほど、明らかに興味を引かれた顔。
「じゃあ、見せてもらおうか。その“催眠”ってやつをさ」
「え?」
──言わなきゃよかった。軽く言っただけなのに、まさか食いつかれるとは。
「……承知しました」
私は静かに立ち上がる。軽く礼をしてから──
その場で、体をゆっくりひねりながら、腰を揺らし、腕を上げ、ポーズをつける。
「♪魅惑の〜〜……メマーイ・ダンス♡」
「「…………」」
完全な静寂。
──なんでこれをやったの!? いや、言ったのは私なんだけど!? 王宮の宴会で酔った付き人がやってたやつなのに!!
でも──
「……うっ! 頭が!!」
「えっ」
「なんか知らんが……じわじわ来る……! っていうか目を逸らしたら負けな気がする……!」
「いや、目隠ししてるのに見えているんですか!?」
バレンタインさんが横で顔を覆ってる。たぶん笑いをこらえてる。
「ふっ……“催眠”ってそういうことだったのね。見たくないのに、目を逸らせない。ある意味、究極の強制力」
「違います! 違いますからね!?」
私の悲鳴に、男はひときわ大きく笑い出した。
「いい! 最高にいいよ! そのセンス、大事にしてねビビちゃん!」
「だからビィオラ・ビレンカです!!」
「いや、もう“魅惑のメマーイダンサー”って呼ぶしかないだろこれ」
「絶対やめてください!!」
それでも──その場の空気は、確かに変わった。
重苦しさも、疑いの視線も、どこかに消えた。
「よし、じゃ、最後にこれでいこっか〜」
ファイブさんが机の引き出しをがさごそと漁りながら、何かを取り出した。差し出されたのは──1本の、棒状のアイス。
「……アイスですか?」
「そう! 裏社会名物、“凶器級スイーツ”。通称、
「通称に問題があると思いますけど!?」
ファイブさんはにこにこと笑っていたが、バレンタインさんは「また変なことを」とでも言いたげに、わざとらしく溜息をついた。
「では、最終試験。3分以内に──そのアズキバーを一口、かじれたら合格。失敗したら……」
「失敗したら……?」
「前歯、一本いなくなるかもね〜」
「試験というより、もはや拷問器具では!?」
それでも、私は受け取った。手に伝わるのは尋常じゃない冷たさ。
重く、無骨で、何より……硬い。ひと目でわかる。これはただのアイスではない。
「……いただきます!」
覚悟を決めて、私は勢いよくアズキバーに前歯を立てた──
「……っっ……ぐゥぅぅ!!??」
口元が引きつり、目にじわりと涙が浮かぶ。
なにこれ……なにこれ!? 全然歯が入らない!
砕けるのは私の方じゃない!? これ、本当に、食品!?
冷凍岩石。もはや氷の兵器。戦場に投げ込めば、それなりの損害が出るだろう。
それでも──やるしかない。
ここで引いたら、このふたりに“使えない奴”と判断される。信頼どころか、命の保証すら危うい。
「あれ、そんなに固いの?」
「ん? 食べてみる?」
「……いや、硬ッ!? ちょっと! こんなの、どうやって食べるつもりなのよ!!」
バレンタインさんが一本手に取ってかじろうとするが、眉をしかめて即座にギブアップ。
「ふっふっふ……俺はこのアズキバーに“可能性”を見たんだ。さあ、ビィオラちゃん──君の“覚悟”を見せてくれ!!」
それでも、私は逃げなかった。深く息を吸い、アゴの角度を変えて再挑戦する。
氷の塊は、広く力をかけるより、狭い一点に集中させた方が割れやすい──護身術の先生が言っていた。そう、原理は同じ。
私は冷静に、計算しながら、わずかに端を噛む角度を調整して──
──ガリ。
静寂の中、わずかに響いた“砕ける音”。
「……食べた」
バレンタインさんが目を見開いた。
私は息を切らしながら、小さく欠けた小豆バーの先端を掲げる。
ファイブさんはにっこりと笑った。そこにあるのはからかいでも試す目でもなく──“歓迎”の気配だった。
「見たか、ミス・バレンタイン。これが真の“アイスブレイカー”ってやつよ!」
「……何言ってんのよ」
その返しに、思わず私も小さく笑ってしまった。
痛いし、バカみたいだし、意味があるとも思えないのに。
──どうしてだろう。ほんの少し、心がほどけた気がした。
「……文句なし。合格。面白かったし、根性もあるしね」
「まぁいいわ。ペアを組む以上、女性は大事だし」
なんとか、合格をもらえた。
くだらないって思われても、かまわない。私はこの組織に、そしてこの戦いに、しがみついてでも生き残る。
どれだけみじめな思いをしても──アラバスタを守るために。
こうして、私の“バロックワークス潜入任務”は、始まった。
「そうそう。アイスブレイカーと、魅惑のメマーイダンサー。コードネーム、どっちがいい?」
「どっちも嫌です!!」
幸先が不安です。