第十三話 チェリーパイ同好会結成!!
あれから少し時が過ぎ、はや数ヶ月。
「「ビィオラ、フロンティアエージェント昇格おめでとー!」」
「ありがとうございます!」
夜の港町。
俺たちは、小さな酒場の奥のテーブルを囲んでいた。
壁にかかる古びた地図、潮風の匂い、そしてランプの炎。
騒がしすぎず、静かすぎず──祝いの席にちょうどいい空気だった。
「いやぁ〜、なんか感慨深いな。面接の時にアイスブレイカーしていたビィオラがもうフロンティアエージェントとは」
「言わないでくださいそれ!」
「ふふっ、ほんと成長したわね、ビィオラ」
ミス・バレンタインが、ワイングラスの縁をなぞりながら笑う。今日も推しが可愛い。
壁は海風に晒されて古びているが、居心地は悪くない。
潮の香りと、焼き魚の匂いが交じり合う。
窓の外では、波の音が夜をやさしく叩いていた。
「ビィオラはジュースな。まだ十五なんだから」
「わかってますよ、もう……」
「俺は練乳入りイチゴジュースだ」
「いや、甘過ぎでしょ。そんなに甘いの好きだったの?」
「最近な」
笑い合う声が、潮風に溶けていく。
こういう時間がずっと続けばいいのになって──一瞬、そんなことを思った。
でも、それが“続かないもの”だってことも、俺は知っている。
明日から、ビィオラは俺の部下じゃない。
フロンティアエージェントとして、別の任務を受け持つ立場になる。
寂しさと、嬉しさの入り混じる夜だ。
「さて、今日のメインは──チェリーパイだ!」
「わぁ、美味しそう!」
「さすがビィオラ。甘い物好きは成長の証だ」
「何の理屈ですかそれ?」
テーブルに届いたチェリーパイは、香ばしい生地の隙間から赤い果汁がこぼれ、甘酸っぱい香りを漂わせていた。
ナイフを入れると、さくりと心地いい音がする。美味しさが口いっぱいに広がる。パイ自体には味は無いが食感が良く、それが逆に主役のチェリーを引き立てていた。
ミス・バレンタインは紅茶を注ぎ、俺はイチゴジュースを一口。穏やかすぎる夜だった。
──その時までは。
「なんだとぉ!? チェリーパイがねぇだぁ!?」
低く響く怒鳴り声が店内に落ちた。
「先ほど売り切れてしまいまして……」
振り向くと、三メートルをゆうに超える巨漢が、カウンター越しに怒鳴っていた。
店員の女の子は萎縮していたが、男は威圧をやめない。
分厚い腕、使い古されたシャツ、乱れた無精ひげ──場慣れした“海の男”ってやつだ。
客たちは一斉に視線を逸らし、空気が張り詰める。
俺は、自分のチェリーパイをチラリと見る。ここで、あらごとでもされたら、せっかくの祝いの席がパーだ。面倒な絡まれ方もするかも知れないが、仕方ない。
「あー、良かったらこれどうだ? まだ手ぇつけてねぇからよ」
「あぁん? お前……いい奴だなあ!」
その笑い声は、壁が揺れるくらい大きかった。
そして、男は、何の遠慮もなく俺たちのテーブルに腰を下ろした。まさか、ここで食うとは思わなかった。
「ゼハハハハ! 悪ぃな、邪魔しちまって。チェリーパイがあると聞いちまうと体が勝手に動くんだ」
「は、はぁ……すごいお好きなんですね」
ビィオラが少し引き気味に答える。横でミス・バレンタインは、「また凄いのが来たわね」と眉をひそめた。
俺は大男に見えないように手を合わせ、ごめんねとポーズを取る。
「お前さんたち、仕事帰りか?」
「ああ、部下の昇格祝いでね」
「へぇ、若ぇのに部下持ちとは大したもんだ!」
男は酒を煽り、豪快に笑う。その豪胆さには不思議と嫌悪感がなかった。
むしろ、どこか“人間らしさ”の塊みたいなやつだ。
「そういや、名前は?」
「“ティーチ”だ。海賊をやってる」
「海賊、ねぇ……こんな辺境に来るなんて物好きね」
ミス・バレンタインが、つまらなそうにグラスを傾ける。
ティーチは気にせず、にやにや笑っていた。
「ドラム王国って場所に行くついでに寄ったんだ。ここは、チェリーパイが有名らしいからな」
「ドラムに? なんか、病気にでもかかったか?」
「そんなところだ。まぁオレもこの世界じゃ無名だがよ。いずれ“時代”を変える海賊になるつもりだからよ。体は大事にしねぇとな」
「はは、そりゃいいな」
その言葉に、俺は笑いかけた。
ティーチはグラスを持ち上げ、琥珀色の酒を一気にあおった。その目が、獣みたいに光り、俺へと向ける。
「だから、強い仲間を探してる……お前、なかなか強いな。良い覇気だ」
「わかるもんか?」
「そりゃな、これでも船長だ。悪魔の実は、食べてるのか?」
「嗚呼、ボムボムの実の全身起爆人間だ」
「どんなことが出来る?」
「今やってる」
「あ?」
彼は拳を軽く握って見せる。
何も起きない。ただ、俺の体内では起こっている。
「俺は今、体内で小さな爆発を起こしてる。爆発ってのは、外側に向かう衝撃波を生み出せる。それをコントロールして、内側へと向かわせることで、筋肉に負荷をかけてる」
「……能力を制御した筋力トレーニングか?」
「お、察しがいいな。爆発を外に出さずに、自分の中で回し続ける。普通にやるより効果的だ。何より、能力の緻密な操作と、筋力強化、更には暇つぶしも出来ると来た。結構しんどいけど」
「……おもしれぇな。常人にはない解釈だ」
まぁ、ベガパンク先生考案の修行方法だからな。最初は筋肉に圧力をかけすぎて骨折れるわ、肉離れが起きるわで散々だった。
今までの鍛錬では、徐々にステップアップという感じだったが、今回は難易度が段違いだ。体内を爆破なんて、目を瞑って飯食えって言ってるようなもんだ。
科学に犠牲はつきものじゃ。とか言った時は、爆殺してやろう思ったわ。ミリ単位でのトレーニングには役立ったし、筋肉とついてるからなんとも言えねぇけど。
「あとは、爆発攻撃、爆風での加速、爆発を構成する要素の抽出とかな。まぁ、かなり扱うのに苦労したけどな」
「……初対面の相手に能力をひけらかすなんて、不用心だな」
その言葉に、俺はニヤリと笑って見せる。こういうときは、余裕を見せるものだ。
「分かってても止められないのが強さって奴だろ?」
ティーチの目が、一瞬だけ光った。
ほんの数秒だった。だけどその光の奥に、“底の見えない闇”を見た気がした。
「ゼハハハハ! いいな、その傲慢さ、気に入ったぜ。お前、名前は?」
「ジェムだ」
「ジェム、お前、俺の仲間にならねぇか!?」
突然の誘いに、俺が答えるよりも前に、ミス・バレンタインが口を挟む。
「ちょ、ちょっと、何言ってるの?」
「オレは、これから成り上がる。その計画もすでに考えているんだ。お前も来い」
ミス・バレンタインには見向きもせず、俺だけに目を向ける。
変な男だ。品がなく、態度はデカく、清潔感も無く、相手のことを考えてもない。ただ自分のやりたいことを常に優先する。
前世の俺なら、関わり合いたくない人間。
けど、この世界に来て、力をつけた今、この男の格と共に、妙に惹かれる。強さというだけで、魅力があるんだから、男って奴は不思議な生き物だ。
だが────
「無理だな。俺は、推し活で忙しいからな」
「推し活?」
俺は視線だけをミス・バレンタインへと向ける。彼女と目が合うと、彼女は顔を逸らし、飲み物を飲んでいた。耳を赤く染め、俺の足をガシガシと蹴りながら。
「この子を支えるのが、今の俺が生きる意味だ。それ以外は今は興味ないな」
「そうか、そうか」
酒の香りに混ざって、硝煙のような匂いが漂った気がした。
ティーチは豪快に立ち上がると、背中越しに言い残して去っていった。
「なら、またどこかで会おうぜ、“チェリーパイ好きな”兄弟!」
「ああ、またな」
その笑い声が遠ざかっていく。
黒ひげが去ったあと、店には静寂だけが残った。
「ごめんな、2人とも。俺が声を上げたばっかりに」
「いえ、大丈夫です。助け合いは大事ですから」
「アイツ、変な奴だったわね。何者なのかしら?」
「さぁな。だが……忘れられない顔になりそうだ」
海の香りと焦げた油の匂いが混ざる中、俺はふと空を見上げた。
ランプの灯りの向こう、黒い雲が流れていく。
「……それで、これからはどこで任務するんだ?」
「
「まぁ、ハックとも修行してたし、大丈夫だろ」
「そうですか?」
「嗚呼、なんたって、俺の部下1号だからな」
「いつでも帰って来ていいからね」
ビィオラがグラスを両手で持ちながら、照れたように笑った。
その横顔が、あの頃より少し大人びて見える。ミス・バレンタインが、少し誇らしげに微笑む。その声に、どこか優しい姉のような響きがある。
俺の胸の奥に、ぽつりと火が灯るような感覚があった。
「ありがとうございます」
くすっと笑いがこぼれる。
テーブルの上では、ランプの炎がゆらりと揺れ、光が三人の顔をやわらかく照らしていた。
──こんな穏やかな夜を、何度過ごせるだろう。
俺は心の中で、ふとそんなことを考える。
この組織にいて、命の保証なんてない。
けど、今日だけは、それを忘れてもいい気がした。
「じゃあ、改めて。フロンティア昇格、おめでとう。それと、ありがとう。ビィオラの頑張る姿、けっこう励みになってた」
「……っ!」
ビィオラの頬が少し赤く染まる。
それを見て、ミス・バレンタインがくすりと笑う。
「まったく……口がうまいんだから」
「いや、事実だからな」
「キャハハ! ほんと──あなたらしいわね」
ランプの火が小さく揺れた。
夜は静かで、やさしく、どこか切ない。
──この夜を、きっと俺は忘れない。
たとえ、明日どんな戦いが待っていようと。
──────
──それから、何ヶ月か経った。相変わらず、任務の毎日。
今日は任務を終え、ドラム王国の人のいない島の隅で、1人で筋トレ。ミス・バレンタインは、別任務でいない。
「さて、何からやろうか」
──爆破能力を伸ばすか、魚人空手、見聞色も良いな。相変わらず、武装色はサッパリだ。前に比べればまぁ、いいが。5回に1回くらいで成功する程度。ほんと、センスがない。
その時、重い足音が聞こえて来た。
振り返ると、吹雪の中に黒い影が立っていた。頬に刻まれた笑い皺と、月光のように光る歯。
「ゼハハハ! よぉ、ジェム!!」
初めて会った日から、何度かティーチと会うことがあった。というより、向こうからこっちに来ている。この
「また来たのかティーチ。勧誘は遠慮願うぞ」
「いいや、普通に誘うのはやめだ。お前は、一度決めたことは最後で貫き通すタイプだろ」
「じゃあ、何しに来たんだ?」
低く笑いながら、奴は肩をすくめた。
雪に埋もれた足跡を踏みしめ、ゆっくりと俺の隣に並ぶ。
ティーチの笑みが深まる。雪明かりに照らされ、その黒い瞳だけが光を帯びた。
まるで海そのものがこちらを覗き込んでいるような、底の見えない眼差し。
「お前は、言ったな? 推しのために強くなるのが俺の今の目的だってよ」
「? ……あ、嗚呼」
「なら、さらに1段階強くなれる方法を教えてやるよ」
その瞬間、ティーチの目が光を失った。
背筋が凍り、その場から飛びのく。
闇が、奴の掌から滲み出る。空気が軋み、世界そのものが吸い込まれていく。
「
「はっ!?」
空気を反転爆破。爆風が反作用で俺をさらに上空へ押し上げる。
爆炎が港を照らし、黒い影が一瞬、炎の向こうに浮かび上がった。
ティーチは、まるで炎を楽しむように笑っていた。
「爆発で空を飛ぶか、咄嗟の判断も良い。やっぱり仲間になれよ、ジェム!!」
「いきなり何すんだテメェ!」
「鍛えてやってんだよ。悪魔の実には、もう1段階先があるんだ」
「先?」
「覚醒と呼ばれるステージだ。だが、あまりにもサンプルがすくねぇからな。心身が能力に追いつけばとか言われているが、そんなもの、いくらでも思い続けられる」
「じゃあ、なんだってんだ?」
「死だ。死ぬほどの痛みを乗り越えてこそ、覚醒する!!」
「あぁ? だから、殺され続けろってか? ざけんなボケ!!」
「ゼハハハ、力には代償がつきものだ。さぁ、オレのために強くなれ!!」
神様、僕は何か悪いことをしたのでしょうか? こんなのばっかりです。