悪魔の実 Sレア   作:もやしモン

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第十五話 これがボムボムの爆発エネルギー!!

 

 今まで俺は環境を利用して戦って来た。

 ハックの時も、Mr.1の時も、そう。ボムボムの実の力を引き出せず、俺の能力じゃ相手を倒せないと思っていたからだ。

 

 でも、今は違う。

 

 ボムボムの実は、ちゃんと強い。俺が、それを信じてやれば、答えてくれるほどには。

 

 ティーチとの戦闘も、これが最後の攻防になるだろう。

 

 俺は一歩踏み込む。ミス・バレンタインが再び横につく。

 彼女は俺の手を強く握りしめて来た。

 

 ……握りしめて来た?

 

「って、えぇぇぇぇぇ!!!」

 

「うっさい」

 

 ──あいえぇぇぇ!? 手、なんでぇぇ!?今日、握手会だったっけ!?

 

 その瞬間、足元の感覚がふっと軽くなる。

 

「お? 体が……軽い?」

 

「今、あなたの“重さ”を1キロにしてる。動きやすいでしょ」

 

「軽くも出来るのか」

 

「私が触れてる間だけね。手を離せばすぐに戻るわ。だから、離すんじゃないわよ?」

 

「危ないぞ?」

 

「誰に言ってんのよ」

 

 バレンタインの唇がいたずらっぽく笑うと、ティーチの方を指差した。

 

「行くわよ。私たちでアイツの闇を破る」

 

 バレンタインの拳が軽く俺の肩を小突く。

 緊張がわずかにほぐれ、夜の海風が吹き抜けた。

 

「男と女がイチャイチャしやがって」

 

「うらやましいか?」

 

「ちげぇわ!! 真面目にやれって言ってんだ!!」

 

 ──いつだって真面目だ。今の俺のテンションは最高潮!!今なら天すら割れるな、モーセのように!!

 あ? モーセは海だったか? そんなことはどうでも良いか!!

 

爆歩(ばくほ)!」

 

 俺はミスバレンタインをお姫様抱っこし、飛び上がった。

 

 軽くなった体が、空気よりも滑らかに跳んだ。

 空中を走る感覚は、まるで羽が生えたみたいだ。

 

 体重が軽いということは、それだけ爆発による推進力が増す。

 空中で何度も爆発し、軌道を変える。相手にこちらの目的を悟らせないように。

 

「いくら早く動こうが、オレの闇は全てを呑み込む!! 黒渦!!」

 

 奴の能力により、空中を動く俺の動きが止まり、俺()()が奴の元へと引き寄せられた。

 

 だが、俺は冷静に対処する。

 

 腕に意識を集中する。炎が道標となるように、一筋の螺旋を描く。

 そして、掌の周囲に、空気がひずむ。微細な流体の壁が作られ、渦を巻く。

 

 風車、ドリル、台風、DNA。回転は、あらゆるものの力になる。

 回転と、爆発のエネルギーを合わせれば、闇の引力すら打ち抜ける!!

 

「捻れろ! 螺旋爆拳(グランドスラム)!!」

 

 お互いの技がぶつかり合う。俺の拳が闇に吸い込まれる瞬間──ティーチが眉をひそめた。

 奴の闇が吸い込むように迫る。だが、俺の拳の周囲では、空気の層がねじれて、爆炎が回転しながら奴の闇と拮抗している。

 

「何だ…? 一体何をして……?」

 

「お前の闇の力は、能力者に能力を発動させない力なだけで、能力者が生み出したものを消すことは出来ねぇだろう?」

 

「だが、オレの闇はあらゆるものを吸い込む。何故、吸い込めねぇ?」

 

「無敵の能力なんてあるわけねぇだろ。ただの勉強不足なだけだっ!」

 

 ブラックホールっていうのは、引力という一方向への歪みだ。そこへ回転という渦の歪みを加えれば、歪みが乱れ、引力が弱まる。

 大きな川の流れでも、渦の中心には逆らえない。流れがどれだけ暴れても、渦が強ければ全部巻き込まれるように。

 

 だから、俺は拳を回転させながら突き出した。螺旋状の空気層が拳を包み込み、圧力を閉じ込める。

 

「ミス・バレンタイン!!」

 

 彼女がいるのは上空。爆歩で移動中に、彼女は空中に飛び上がっていたんだ。それは俺とティーチの真上。

 

 俺が起こす爆発で、対空し、チャンスを窺っていたのだ。

 俺の声で、彼女が急速落下。

 

 彼女の手がティーチの肩口に触れた。

 重さは弾丸のように加速する―ふつうなら、この一瞬で決まるはずだった。

 だが、ティーチは“重さ”そのものに怯まない。

 

「おっとォ……重くすんのはもう分かってんだよ」

 

 闇が再構築される気配がする。

 バレンタインは悟る。──また抜けられる。

 

 一度失敗している技を、同じままでは通じない。

 だが、俺は彼女に視線を送る。すると、彼女は信じて頷いてくれる。

 

「よそ見すんなよ、ティーチ!!」

 

 闇が肥大する。それはもう、回転がどうのとか言うレベルではない。周りの木々が、大地が奴の体に引き寄せられ、飲み込む。

 

 だが、爆発は止まらない。

 

 爆発する成分を生み出す。爆発する。生み出す。爆発する。その繰り返し。だが、1回目よりも多く、爆発を起こす。何度でも何度でも何度でも!!

 

「あぁ? な、なんだ、爆発が大きくっ!?」

 

「テメェの闇はさぞすげぇんだろがな。飲み込まれるよりも多く爆発を起こせば、何の問題もねぇ!! 」

 

「力技かよ、脳筋野郎が!!」

 

「しらねぇのか? 筋トレっていうのは、化学に基づいた立派な化学だ。つまり、これも科学ってことだぁ!!」

 

「それを脳筋って言うんだよ!!」

 

 爆発しない“爆圧”が、バレンタインの触れている肩に沿って流れた。

 ティーチの体幹を、逃げに使う方向とは真逆へ押し返すように。

 二段階の“逆向きの力”。

 

「ぐッ……!」

 

 重さに耐えきれず、ティーチが膝をつき足が大地に沈む。

 バレンタインの指先が、触れたまま離れない。

 

「て、てめぇ!!」

 

「さぁ、潰れなさい!!」

 

 彼女の手には、逃げられない。

 闇は俺が抑えた。彼女を狙えば、俺の爆発が襲う。闇を展開はもう出来ない。今度こそ!!

 

 その瞬間──背筋が凍った。

 

 悪寒。

 

 見聞色とは違う。ずっと戦って来たものが分かる命の危険を知らせる勘。

 

 だが、俺じゃない。

 

 黒ひげを必死に抑え込む彼女へと視線を向ける。彼女は気がついていない。

 奴の闇が、足元に広がっているのを。

 

「逃げろ!!」

 

「え?」

 

「……解放(リベレイション)

 

 ティーチの低い呟きのあと、大地が光を生み出した。

 

 爆炎。

 轟音。

 圧力。

 骨が砕けるような衝撃。

 

 爆発が島全体を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がつけば、吹き飛ばされ、地面に転がっていた。木も、雑草すら一本も生えない大地へと変わっていた。そこへ、落ちてくる雪。その冷たさで目が覚めた。

 少し気絶してしまっていたようだ。額に強く痛みを感じる。

 

 ──っ! 俺の爆発を闇に溜めて、一気に吐き出したのか。やられた。闇にそんな使い方があったなんて。

 

 視界が揺れ、鼻の奥が痛い。鉄の匂い。

 耳鳴りが続いて、世界が全部遠い。

 それでも、倒れている彼女だけは、はっきり見えた。

 

「……バレン…タイン……?」

 

 雪の上に横たわっていた。

 片腕が妙な角度で、血が地面に流れていた。

 それだけで、胸が焼ける。

 

「ゼハハハ……お前の爆発がアイツを殺したんだ。見事じゃねぇか、ジェム」

 

 どこからか現れたティーチの声が空気を震わせるたび、俺の頭の奥で何かが軋む。

 

 違う。

 そんなはずは……。

 

 でも、指先が震えて、足が動かない。

 胸の中で何か黒いものが膨らむ。

 

 脳裏に、別の光景が一瞬走る。

 

 白い服の人間が、倒れた女性を踏みつけていた。

 冷たい床。泣き声。血。

 

 誰だ。

 

 いつの記憶だ。

 

 わからない。

 

 なのに、目の前のバレンタインに、全部が重なった。

 

「……はぁ…はぁっ…っ!」

 

 ドクンッ、ドクンッ

 

 肺が細くなる。

 心臓が暴れる。

 呼吸が合わない。

 

「……俺が、…弱いから……」

 

 悔しさで心臓を何度も叩く。自分が許せなくて、怒りでどうにかなりそうで。

 

 ドクンドクンドクンドクンドクン。

 

 胸が焼ける。

 心臓の周りに微細な爆圧が連続して走る。

 血流が引きちぎられたように加速し、筋肉という筋肉に酸素が叩き込まれる。

 

 視界が赤く染まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、世界の速度が、落ちた。

 

 

 

 

「……なんだァ?」

 

 ティーチが眉を動かす。

 

 俺の身体から白い蒸気が立ち上っていた。

 気化ではない。血流の異常加速で、体温が一気に跳ね上がっている。

 一歩踏み出すと、足が地面を砕く。視界からティーチの姿が“消える”。

 

「ぐおっ!?」

 

 ティーチが反応した時には、俺の拳はすでに奴の懐にあった。

 殴るつもりなんてなかった。ただ、手が勝手に動いた。

 拳にまとわりついた爆圧が、ティーチの胸骨を内側から鳴らした。

 

「なんだ!? 急に、速度がぼっ!?」

 

 ティーチの体が横に弾け飛ぶ。雪が爆圧で蒸発し、白い霧が立ち上る。

 自分でも“何をしたのか理解できない。

 

 ──心臓が張り裂けそうだ。

 

 胸の奥で爆弾が暴れ続け、筋肉を裂きながら力を押しつける。それを見たティーチが愉快そうに壁から飛び出す。

 

「なるほどなぁ……テメェ、自分の心臓を爆発させて、血流の速度を上げてやがるのか。なんで血管が破裂しねぇのかわからねぇが、血涙に、鼻血、自滅技だな。体が持つわけがねぇ」

 

「はぁはぁはぁ…っ!」 

 

 ──体が暑い…手の震えが止まらねぇ。普段の爆発の圧力での筋トレのお陰で、なんとか使えてる。

 でも、少しでもコントロールが乱れたら、血管が破れて、内出血どころの騒ぎじゃ無い。出血多量で、確実に死ぬ。だが──

 

「……テメェを…ぶっと…ばすのには…十分だろうが」

 

「ゼハハ……ゼハハハ!! なら、魅せてみせろよ。お前の可能性を!!」

 

 クラウチングスタートの構えをとる。最高速で、最高のスタートを、反応出来ない速度で。俺自身を爆弾とする。

 

 地面に指をかけた。雪が体に触れら前に弾け飛ぶ。指先の温度が異常すぎて、雪が蒸発すら追いつかない。

 

 呼吸をするたび、肺の中で圧が生じる。息を吸うだけで頭がクラクラする。酸素を取り込みすぎて、逆に身体が悲鳴を上げているのに──

 

 止まらねぇ。

 

 止められねぇんだよ。

 

 ティーチが笑ってるのがわかった。だが、あいつの声が遅い。音すら追いつかない。

 大地が爆風で抉れ、視界が真っ白に伸び、次の瞬間には、ティーチの眼前。だが、ティーチは備えていた。

 

「オレの闇が手のひらだけだと思うなよ? 闇黒星(ダークマター)!!」

 

 黒い闇が反射的に広がる。

 

 だけど──そんなものは関係ねぇ。

 

 俺は、既にそこにはいねぇんだ。

 奴が見ていたのは残像。急加速と、クラウチングスタートの構えで、直線にしか来ないという予測。その僅かな読み間違えが、隙だ。

 

 直線に進んだと同時に足元を爆破、奴が闇を作り出すよりも早く、奴の頭上へと飛び上がっていた。

 

 俺は拳を握り、爆発で心臓の鼓動をさらに跳ね上げた。

 拳を振り抜き、奴の背中へと叩き込む。

 

「ぐっ……が……ッ!!? 」

 

 地面が割れ、大地に沈む。更に追撃だ。ティーチが起き上がるよりも早く、考えるよりも速く、鼓動が俺を前へと突き進む。

 

「ちっ!」

 

 ──体の反射速度に思考が追いついてねぇ。あの黒いのがティーチなのかも分からねぇ。黒い何かが見えたら、反射的に攻撃してる。神経がすり減る。脳が焼き切れそうだ。

 

 それでも、止まらない。

 ティーチに起きあがろうとした瞬間、俺は爆風を自分の背中へ叩き込んだ。背後が爆ぜて、俺の体が弾丸のように加速する。

 そして、俺の膝が奴の顎に突き刺さった。

 

「がっ……!!」

 

 ティーチの体が耐えきれず、膝をついた。

 

 ──もうひとおs……っ!?

 

 一歩、足を踏み出した。瞬間、心臓に激痛が走った。爆ぜるたびに遅れ、鼓動と鼓動の間に、空白ができる。

 

 ——あ、これ。

 

 わかる。

 これは、限界だ。

 

 喉の奥が焼けつき、肺が空気を拒む。雪の上に、赤い点が一つ、また一つ。

 次の瞬間、鼻から、口から、耳の奥から、堰を切ったみたいに血が流れ出す。

 

「……がっ、くそ……」

 

 視界が傾く。膝が笑うどころか、完全に裏切った。

 倒れるまでがすごくゆっくりに感じる。妙に、静かだ。

 

 胸の奥で暴れていた爆圧が、ゆっくり、ゆっくり、薄れていく。

 心臓の痛みが、遠のく。

 

 ……ああ。

 

 もう、戦わなくていい。

 その考えが浮かんだ瞬間、胸の奥が、ふっと軽くなった。

 

 逃げていい。もう動かなくていい。殴らなくていい。守れなかったことも、これ以上増えない。

 

 ——楽だ。

 

 その安堵が、頭の中に広がった瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 んなもん、いらねぇんだよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 踵を爆ぜさせ、爆発の反動で、無理矢理右足を前へ出す。絶対に倒れてはいけない。その意思だけで、人はまだ動ける。

 

「まだ、動くか!?」

 

 自分の思考に、ムカついた。

 

 楽?

 逃げていい?

 

 ふざけんな。

 

 歯を噛みしめると、噛みしめた歯の隙間から血が線を引く。

 腹の底から、怒りが湧いた。ティーチではなく、自分にだ。

 拳を強く握ってみるが、力が入らない。けどな──

 

「ここで……楽になろうとしてんじゃねぇぞ、臆病者が」

 

 踵を爆ぜさせるが、小さく、制御も雑だ。いつもの十分の一も出てねぇ。それでも、身体が前に出せた。崩れかけた体を、爆圧で無理矢理支える。

 骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げ、血が、だらだら落ちた。

 

「ちっ…」

 

 鼓動が、うるせぇ。胸の内側で爆発してやがる。なのに、止まらねぇ。止める気もねぇ。

 

「ゼハハハ……しぶといな。普通ならもう死んでる」

 

「うるせぇ」

 

 自分の声が低くて、荒れてるのがわかる。頭に血が回りすぎて、言葉を選ぶ余裕なんざ欠片もねぇ。視界がやけにクリアだ。

 舞う砂煙も、ティーチの顔のシワも、全部ムカつくほど見える。

 

「人の仲間転がしといて、よく笑ってられんな……クソデブ」

 

「ゼハハハ! 余裕がねぇなァ!」

 

 一歩踏み出すだけで、地面が砕ける。脚が勝手に前に出る。止まる理由が見当たらねぇ。心臓がまた一段階、強く爆ぜた。頭の奥がカッと熱くなる。

 

「……生きる気もねぇが、負ける気はもっとねぇ」

 

 ──まだ、動ける。それだけで十分だ。

 

 俺は、前を向いた。自分でもわかる。足の血管が破裂してる。

 脚部の血管を守っていた爆圧制御が崩れたせいだ。

 心臓を直接爆ぜさせる技は、あまりにも繊細で、ほんの一瞬の乱れが、命取りだ。

 

 ──だが、そんだけだ。

 

 進め。立ち止まることを考えるな。

 

 俺は血に濡れた地面に指を突き、再びクラウチングスタートの構えを取った。

 

「そんな、あからさまな攻撃、受けるわけねぇだろ!!」

 

 ティーチが闇を引き寄せ、身を翻そうとする。

 

「……なら、躱せないようにしてあげる」

 

 その声は、俺のものじゃない。ティーチの背後。空気を裂くように、黄色い影が滑り込んだ。

 

「て、テメ──「ニーライト…」うっ!?」

 

 今まで、何回も、何十回も、これを打って来た。

 これは、初めて出来た技だから。爆発のコントロールが効かない今でも、出来る技!!

 

大爆拳(ダイナボンバ)ぁぁぁ!!!」

 

 何も考えず、セーブせず、力の限り膝を爆発させる。

 拳がティーチの腹部にめり込み、拳の内側で炸裂した“内爆”が、ティーチの胸骨を内側から打ち鳴らす。ティーチの巨体が、雪原を抉りながら吹き飛んだ。

 

 爆発の勢いで肩が外れ、だらんと垂れる。

 

「っ! ジェム!!」

 

「近寄るな!!」

 

「え?」

 

 ──体中が熱い。汗が小さく爆発している。血も流れすぎてる。爆発の制御が出来ねぇ。また、爆発に巻き込んでしまう。

 

「いや! そんな出血量、すぐに医者に見せなくちゃ!」

 

「無理だ……それに」

 

 ガラガラと音を立てる音。彼女も気がついたようで、ハッと後ろを振り返る。そこには、ティーチがゆっくりと立ち上がる姿があった。

 

「嘘…」

 

「流石に効いたぜ……」

 

 ティーチの声は、まだ余裕を残していた。

 息は荒いが、倒れない。

 

 ——そうか。

 

 殺しきれなかったか。

 

 ……まぁ、いい。

 

「離れてろ、バレンタイン」

 

 息を吸うだけで、胸が焼ける。

 心臓が、もう一度爆ぜようとしている。

 

「いや! あんた、アイツを道連れに死ぬ気でしょ!? そんなの私が許さない!!」

 

「流石、よく分かってるな……でも、大丈夫。安心してくれ」

 

 わかってる。

 自分が一番よくわかってる。

 

 視界の端が暗くなり、音が遠のく。

 身体の感覚が、少しずつ薄れていく。

 

 言葉が、胸の奥に突き刺さる。

 

 ティーチが、愉快そうに笑った。

 

「ゼハハハ、さぁ、覚醒してみろ、ジェム!!」

 

「降参。俺の負けだ」

 

 降参。その言葉を言ってしまった瞬間、熱が一気に消えた気がした。血も、汗も、線香花火のような火花が消え、落ち着く。体は激しくだるいが、このまま立ち続ける。

 

「……は?」

 

 ティーチが間の抜けた声を出す。

 

「聞こえなかったか?降・参。白旗。ノーコンテスト。試合終了だ」

 

 俺は片手をひらひら振る。

 正直、腕を上げるだけで視界が回る。

 

「いやいやいや、待て待てジェム。オレはいま、覚醒イベントを期待してたんだが?」

 

「悪いな。今日は臨時休業だ」

 

「臨時休業!?」

 

「心臓がストライキ起こしててな。これ以上働かせると、過労死で訴えられる」

 

 ティーチが口を半開きにして固まる。

 

「……お前、ここで冗談言える余裕があんのか?」

 

「余裕はねぇ。余命がチラついてるから、テンションだけ上げてる」

 

 膝が笑う。

 立ってるのも限界だが、それでも背筋は伸ばす。

 

「ほら見ろ。血、出過ぎだろ?これ以上やると、絶対に死ぬ。それでも、お前は倒せねぇ。その確信がある」

 

 ティーチが頭を掻いた。

 

「いやぁ……参ったぜ。お前は、自分の命はどうでもいいタイプだと思っていた」

 

「さっきまではな。気が変わったんだよ」

 

 彼女の本音を聞けた。俺の隣に並びたいという彼女の願いを叶えるためにも、俺は死ねない。俺が思っていたよりも、俺の命は俺だけものじゃないって思えたから。

 

「お前は強さを求めていた。覚醒は、お前の強さをさらにもう一段上げる力だ。それを簡単に諦めると?」

 

「嗚呼」

 

 即答だった。

 視線の先で、バレンタインが息を詰めて見ている。

 俺は安心させるように、笑顔を浮かべる。彼女が笑っていられないなら、俺の自己満足でしかない。だから、俺は、ここでは死ねない。

 

「俺にもやるべき事がある。それが済んだら、お前の部下でもなんでもなってやるよ」

 

 ティーチは数秒黙り込み──やがて、腹の底から笑った。

 

「ゼハハハハ!!いいぜ、ジェム!!」

 

 闇がゆっくりと収束していく。

 

「オレもまだ無名の男だ。お前が入りたいと願うほどの男になって待っててやるよ」

 

「ああ。その時は心臓もブラック企業から解放しとく」

 

「なら、これを渡しておく」

 

 そう言って、渡して来たのは1枚の小さな紙切れだった。

 

「なんだこれ?」

 

「ビブルカード。これさえあれば、ログも入らずにオレの元へとやって来れる。来たくなったらいつでも来い、歓迎するぜ?」

 

 そう言い残し、ティーチが背を向け、闇の中へ溶けていく。

 

 ……その瞬間、力が抜けた。

 

「っぶね……」

 

 膝が折れる前に、誰かに支えられる。

 

「……馬鹿」

 

 顔は背けているが、低くて、震えた声。ぐすんと鼻をすする音が僅かに聞こえる。

 俺は弱く笑う。

 俺は彼女をよく泣かせてしまう。君の笑った顔が見たいのに、いつも間違えてしまう。

 

「ごめんな……それと、ありがとう」

 

 返事はなかったが、強く掴まれた腕の力が、答えだった。

 

 

 

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