「腹減ったな」
冷蔵庫を開け、何かないかと探ってみる。
「……豚バラと、ニンニク、卵……お、米もあるな。じゃあ、チャハーンだな」
まずは、フライパンに油を引いて、豚バラ、大葉、スライスしたニンニクを炒める。
次に、卵、ご飯を入れるが、ここで、最初に米に卵を混ぜておくといい感じにパラパラになる。マヨも少々。
塩、コショウで味を整えて……なんかあったポン酢をさっと入れると。
「完成。食欲無くてもさらりと食えるポン酢チャーハン!」
「ふぁ……ちょっと、寝過ぎちゃった…って、あんた何してんの?」
「ご飯作ってたんだ」
ちょうど飯が出来上がった時に、2階から降りてきたミス・バレンタインが目を見開いて驚いた。
「ご飯って……だって、いつも部屋にいてお腹空いたら出てきて『飯は?』って言ってくるあんたよ? なんで今日に限って、熱でもあるの?」
「いや、君は俺の嫁か?」
「なっ!? ななな、んなけないでしょ!!! 埋めるわよ!?」
ああ、良かった、結婚してるのかと思った。
「普通に筋トレして腹減ったから作っただけだ。ミス・バレンタインも食べるか?」
戸惑いながらも一緒の席についてもらい、手を合わせる。その仕草も彼女は驚いていたが、まぁ、別人だから仕方ない。黙々と食べていると、彼女も恐る恐る食べてくれた。
「お、美味しい!!」
それはそれは美味しそうな顔をして食べていた。
やばい、今の顔、国宝レベルでは? これ、拝観料取られるやつだろ。
「そ、そんなにか?」
「本当に美味しいわ! こんな美味しいの初めて食べたもの!!」
ああ、今、感動で涙を手で隠して、男泣きしている。
母さん、あなたが俺に押し付けた家事がここで役に立ったよ。ありがとう。その母はたぶん、今もテレビの前で煎餅かじってるけど。
これで少しでも心の距離が近づければ……
「あ、でも、まだ覗いたの許してないから」
「はい、ごめんなさい」
全然ダメでした。
────
それから数日後、とある島にたどり着いた。
次の仕事が来るまでは自由時間だということで、宿で休むことになった。買い物は明日行くことになったが、昨日のお詫びを買ってきた。
「お菓子を買ってたんだが、食べるか?」
「……あんた、女の子はみんな甘いもの好きとか思ってる?」
「え? 違うの?」
「いや、好きだけど、もっといろんな種類買ってきなさいよ。それで私の好みを把握しなさい。女の子に渡すプレゼントっていうのは、相手をしっかり見て、よく観察して、それとなく出すのよ」
なるほど、メモメモ。
「……そうか、せっかく君が熱心に雑誌で見ていた、チョコレートケーキを買ってきたんだけど」
「チョコ!? 先に言いなさいよ!!って……あれ? なんであなたが知ってるの?」
「君をよく観察して」
「うわっ、それストーカーよ、ストーカー……でも、まぁ、いいわ。チョコに免じて許してあげる」
「ハハッ、気をつけるよ」
メモメモ
──翌日──
ミス・バレンタインから、傘が壊れたから新しいのを買いたいと2人で町へと繰り出したわけだが。
これが長いのなんのって。すべての傘を吟味し出す勢いだ。
「ねぇ、この傘どう?」
うわっ!? 男が聞かれたら最も困る質問ベスト3に入るやつ!! んなもん分かるか!! 似合ってるって言っても絶対不機嫌になるんだよな!!しかも、今選んだやつ、前のと全く一緒だろそれ!!
「え……えーっと、良いんじゃないか?」
「やっぱりそう思う!? 前のと違って持ち手のとこに水玉が付いてるから可愛いわよね!」
いや、握ってるから何も見えんが、そうらしい。
「そうか。ミス・バレンタインはオシャレだな」
「当然よ!」
こういう時はとりあえず褒める。良し悪しなんて分からんからな!!
何本か買ったみたいだが、全部黄色。違いもよく分からん奴ばかり。それでもちゃんと見ているあたり不思議なもんだ。
別の店を探している時に、気になっていたことを聞いてみた。
「ミス・バレンタインは、鍛錬をしないんだな」
「しないわよ。だって私、強いし?」
うわ、自信家だ。でも嫌いじゃない。
それだけ社長? を信用してるってことか。社会に出たことないから分からないが、そういうものなのだろうか?
まぁ、前の任務も、俺があれこれ勝手に苦戦してるだけで、彼女は飄々としてたしな。
「答えにくかったら言わなくていいんだが……ミス・バレンタイン。君は何故この組織に?」
「あら、女が生き残るにはどこかの組織に入るのが一番よ、それ以外に道なんてなかった……」
「……本当は何になりたかったんだ?」
「キャハハハ!! 忘れちゃったわ。どうせこの道にしか進まないんだし、それにお金には困らないしね」
笑ってるけど、目が少しだけ、寂しそうだった。
────
その後、とりあえず筋トレ用品がいろいろあったから買ってきた。
それと、本だ。
一応爆発の仕組みとかの本と、歴史の本、この世界はスマートフォンなんてものがないらしく、ニュース・クーという新聞屋に頼むようだった。
新聞なんて読んだことなかったから、なかなか読むのに苦労するが、これはこれでいい暇つぶしだ。
記事としては、シャンクスって人が四皇って呼ばれるようになったらしい。
あとは、バーソロミュー・クマって人がソルベ王国の国王になったとか。
えーっと、後は、今、この世界は大航海時代。
海を見渡せば海賊たちが現れ、それを狩る海軍や賞金稼ぎがいるとかか。
また、とんでもない世界に来てしまったな。
より一層、鍛錬に励まなければと心に決めた。
──次の日──
爆発訓練、再開。結果:全然ダメ。
「……ダメだ、全然爆発出来ねぇ…」
焦げた匂いだけが残る手のひらを見つめ、俺は肩を落とした。砂浜に響く、耳鳴りのような静寂。
一度暴発させてからというもの、一向に成功しなくなってしまった。
爆発というのがそもそも縁のないものだから、イメージしにくいというのもあるだろうが、それにしてもうんともすんとも言わないのは困ったものだ。
「何してんのよ、もうお昼よ。ご飯は?」
後方の木陰から、聞き慣れたツンとした声。ミス・バレンタインが、腕を組んで俺を見下ろしていた。
「ああ、もうそんな時間か。すまない、能力が使えなくなってしまって」
「は、はぁ!? 大変じゃない。それで次の任務失敗なんて洒落にもならないわよ!?」
「面目しだいもない」
「とにかく、何とかしなさい! それまでご飯抜きだから!!」
「えぇ!?」
「返事は!?」
「シュア!! 」
こうして、命がけの訓練がスタートした。
────
ぎゅるるるるるると、腹の虫が鳴り響く。
腹が、減った。それはもう、笑えるぐらいに。
「……なんで、空に、たくわんが見えるんだろうな……」
「アンタ、それたくわんじゃなくて、アタシの傘」
「たくわんがしゃべった…?」
振り下ろされた傘の柄が、Mr.5の頭に“カン”という音よりも、腹の鳴る音のほうが勝っていた。
──何度目かの挑戦──
両手を前に突き出し、力を込める。頭の中でイメージするのは、炎でも火薬でもない。“起爆点”──つまり、感情だ。
怒りじゃダメだ。焦りもダメ。……爆発ってのは、冷静な中にある熱だ
「俺のこの手がボムボムと燃える!!」
と、手のひらが熱を帯びた──と思った瞬間、爆発した。
「出た! 出たよ! 線香花火かってくらいだけど!」
「自分で爆発してテンション上がるとか、変な人……」
「……ったぁ……けど……出た。やっと、出た……!」
思わず顔がほころぶ。自分の爆発で初めて喜んだ瞬間だった。
「おめでとう」
「ありがとう! よし、今の感覚を忘れずにもっかい!!」
俺のこの手が赤く燃えさかるように!! そうぼうぼうと!! ……ぼう?
「ぎゃああああああ!!!」
爆発の加減を間違え空中へ飛び上がった。髪の毛がアフロ化し、そのまま地面に顔面激突。犬神家状態とかした。
「アホ!! なんで自爆してんのよ!!」
ミス・バレンタイン、ため息混じりにバケツで水ぶっかけられ無事鎮火。
その後も何度もリトライをし、ついに
「すぅ……はぁ……… 右ストレェェェェトォォ!!」
右肘を可能な限り引き、足を踏み締め、腰を回した瞬間に、肘を爆発。その拳は三日月を描き、空を切る。爆発と体術の合わせ技、
見事な右フックの完成だ。
「いや、別の技になってるじゃない」
「あれ?」
「爆発に振り回されてるけど、まぁ、いいわ」
「むぐっ!!」
口に丸ごとレモンを突っ込まれてしまった。息を吸う為、頑張って咀嚼する。
ハチミツの甘みと、レモンの酸っぱさが絶妙で、体に栄養が行き渡っているように感じた。
「美味し?」
「おいしぃ……」
「そっ、じゃあ、はい」
「うおっ!?」
いきなり、腕を肩に乗せられ、彼女は一歩、二歩と砂を蹴って歩き出す。
俺の足はもつれ、完全に彼女に引きずられる形になった。
「いや、大丈夫だって! 歩けるから!」
「足プルプルさせて何言ってんのよ。パートナーなんだから、助け合わないとダメよ」
言葉とは裏腹に、支える腕は丁寧で、歩幅を合わせるようにゆっくりと進んでくれる。
熱で霞む視界の中、彼女の横顔がやけに近く感じた。
「……ごめん」
「いらないわ。それよりも他にあるでしょ?」
「ありがとう、ミス・バレンタイン。俺、頑張るよ」
「はい、素直でよろしい」
俺は抵抗をやめ、彼女の肩に身を預ける。
砂漠を吹き抜ける風の中、そのぬくもりだけが確かな救いに思えた。
────
そんな彼女の看病と傷の痛みに耐えること1週間。
傷がようやく塞がった。背中の鈍い痛みもほとんど消え、再び筋トレを始められるようになった。
「ニーライト
右腕を引き、左を前に──肘を爆発。
拳に加速を与え、威力は倍増……のはずが
「ぎゃぁぁあ! 肩がァァァ!!!」
「もぉ〜! 何やってんのよ!」
爆発の勢いに肩が耐えきれず脱臼。慌てて駆け寄ってきたミス・バレンタインが、慣れた手つきで肩を戻してくれる。
最近は、これが日常になりつつある。
能力で威力を上げられても、体がそれに耐えきれない。だからこそ、筋トレで体を作る必要がある。
「そういえば、あなた、服のセンス変わったわよね。前はコートばっか買ってたし、それに髪も切ったの?」
「能力を使うと服が破れるからな、上は羽織るだけでいい。どうせ動くと暑くなるし。髪はまぁ、気分転換だ」
「まぁまぁね」
何気ない言葉だけど、それだけで嬉しかった。
今の俺は、肩を守るために剣道の小手のような防具を装着している。
掌は空いてるから、接触による爆発も問題ない。
「その格好なら、明日の任務もバカにされないでしょうね」
「ああ。オフィサー・エージェントとの」
初対面は緊張する。でも、少しだけ楽しみでもある。
この世界に来て、いろんなことがあった。
怖かった。逃げたくなった。泣いた。殴られた。爆発した。
でも、そんな中でも、少しずつ──自分が変わっていくのが分かった。
“逃げない”って、こんなにも難しくて。
“誰かを守る”って、こんなにも怖くて、でも温かいんだ。
「……なぁ、ミス・バレンタイン」
「なに?」
「ありがとう」
「……ふっ。急にどうしたのよ、あんぽんたん」
ふと、彼女がこっちを向いて、ちょっとだけ口元を緩めた気がした。
次回 嘘と虚勢とオカマ道