悪魔の実 Sレア   作:もやしモン

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第三話 魚顔って雰囲気イケメンって聞くが、魚の顔はちょっと違うか?

 

 薄暗い、広い空間だった。

 どこまでも冷たく、空気が薄い。息をするたびに肺が焦げつくような感覚に襲われる。

 

 その静寂を、濁った声が破った。

 

「魚人空手──」

 

 耳に届いた瞬間、全身が勝手に動いた。

 反射的に腕を上げて顔をかばう。考えるより先に、体が「死ぬぞ」と叫んでいた。

 

「っ!!」

 

「二千枚瓦正拳!!!」

 

 衝撃とともに拳が胸にめり込み、肋骨がギチッと悲鳴を上げた。

 そのまま吹き飛ばされ、背中から壁に叩きつけられる。世界がぐにゃっと歪んで、暗闇がじわじわと視界を侵食していく。

 

 鼻血で息がしづらい。口の中は鉄くさい味でいっぱいだ。頭の奥がズキズキと脈打つように痛む。

 

「はぁ、はぁ……くそ……こんな序盤で出てきていい強さじゃねぇだろ……」

 

 なんで、こんなことに……

 

 

 

 俺は、ただ──

 

 

 

 

屁をこいただけなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──さかのぼること数時間前。

 

 

 

 ボスの指示に従い、待ち合わせ場所へと向かう。

 そこは倉庫街のような、いかにも闇の取り引きが日常的に行われていそうな場所だった。

 その船着場には、ガレオン船と呼ばれる50mほどの巨大な船が停泊していた。

 

「“黄金色(こがねいろ)の古文書"ねぇ。アラバスタって国のものらしいわ」

 

「なぁなぁ、ミス・バレンタイン。聞いた? この船、スイーツ食べ放題なんだってさ!チョコマウンテンあるよ、チョコの山!! 噴水みたいな!」

 

「え? チョコ? 気になる…じゃなくて! アンタ緊張感ないわね。任務よ? それともわざと?」

 

「あ、バレた? 緊張したらトイレ行きたくなる性質なの。ここトイレ3つしかないし、揉めるでしょ、避けたくなるだろ?」

 

「はぁ、ほんとバカ」

 

 そんな他愛もない話をしながら、今回一緒に行動するオフィサーエージェントと待ち合わせをしているのだ。

 

 そろそろ来るはずなのだが、

 

「お・ま・た・せ♡ あちしのとうじょうよーん!!」

 

 白鳥の羽根をあしらった帽子に、女物のドレス。すね毛たっぷりな足。背中に白鳥。顔には濃い化粧。

 そして、誰よりも堂々とした態度で立ち上がった()()()は、クルクルとバレエでも踊るかのように現れた。

 

「……あれがMr.2?」

 

「うん……たぶん」

 

 バロックワークスって、なんか闇の組織的なイメージだったんだが、陽気な性格な人もいるんだな。ミス・バレンタインもめっちゃ優しいし。

 意外と組織内の円滑な環境のために、性格を重視したりしているのだろうか? そう考えると、人事の人は相当な敏腕だわ。

 

 まぁ、それは置いといて──

 

「あー、Mr.2。今回の潜入は豪華客船なんだろ? ドレスコードはちゃんとしなきゃダメじゃね? なんで女物の服を着てんだ?」

 

「そ・れ・は、こういうことよねーん!」

 

 そう言って、Mr.2が右手で優しくミス・バレンタインの顔に触れると、Mr.2の顔が見たことのある美女へと変わった。

 

「み、ミス・バレンタイン!? え!? なんで!?」

 

「がーっはっは! ビビった!? これがあちしのマネマネの実の能力よーん! 一度触れた相手に変身できる能力♡」

 

 俺は思わず凝視した。背格好、髪型、顔つき、そして──服のラインまで全てが同じ。まごうことなき、ミス・バレンタインがいる。

 違うのは、服のフィット感と、胸元の強調具合が妙に過剰なことぐらいか。

 

「さァ、アチシと一緒に任務に励みましょ♡ ダーリン♡」

 

 そのまま豊かな胸を、ためらいもなくこちらに押しつけてくる。

 

「なっ!?…お、おまっえ!?」

 

 ああ、なんてこった……。

 

 世界って、こんなにも甘くて、尊くて、柔らかくて──

 いや待て違う! それ違う! 俺は今、任務中。しかも目の前のこれは本人じゃない!! いや、でも、可愛い!

 

「……ふーん?」

 

 聞き慣れた声が、右耳から静かに滑り込んできた。

 ブリキの人形のようにギギギと振り向くと、ミス・バレンタインが腕を組んで、片眉をピクリと上げながら、まっすぐ俺を見ている。

 その目は怒りに燃えているわけでも、冷たく突き放す目つき。

 

「だらしない顔ね。仕事中なんだけど?」

 

「ハッ!? ちが、いや、これはその……!」

 

 テンパった脳が熱暴走して、まともな言葉が出てこない。

 さっきまで甘々だった理性が、一気に茹で上がって沈んでいく。

 焦って身を引こうとした瞬間──

 

「照れちゃって〜♡ アチシの包容力にメロメロかしらァ〜?」

 

「だから! 違っ! ほんとにっぐへへ……!」

 

 ちくしょうー! 無理ダァ!

 

「……ふん!」

 

 短い一言を残して、バレンタインはプイッと顔をそらした。

 

「どんまい、ファイブちゃん♡」

 

 Mr.2が楽しそうに背中を撫でてくるが、誰のせいでこうなってると思ってんだ。

 俺はその場に正座し、そっと地面に手をついた。

 

「……生まれ変わるなら……もずくになりたい」

 

 すると、背中に控えめなコツンという感触。

 振り返ると、バレンタインが少しだけ頬を赤らめながら、俺の頭をつついていた。

 

「……紹介、まだだったわね。私が、ミス・バレンタイン。そしてこっちはMr.5……まあ、一応、私の相棒」

 

 その一言で、地面に流していた涙もひっこみ、俺はガバッと立ち上がった。

 

「え? 今、相棒って言った!? 今相棒って言ったよね!? ねえねえ、聞いた!? これ、今の! 録音してた!? だれかッ!?」

 

「うっさい、おバカ」

 

「ぎゃぷらん!?」

 

 その言葉と同時に、バレンタインのヒールが俺の足を無慈悲に踏みつけた。幸せは、いつだって痛みと隣り合わせだ。

 

「話が全く進まないから、そこでステイ」

 

「シャア!!」

 

「見事に躾けられてるわねーん」

 

 

 ────

 

 

 絢爛なシャンデリアが天井に咲く。床には深紅の絨毯、壁には金の装飾。まるで王族の晩餐会だ。だがここは、正義が口を噤む場所。高額で取引されるのは、金塊でも芸術品でもない。

 生きた人間。芸術作品、骨董品。

 

 俺は、艶やかな燕尾服に身を包み、片目に単眼鏡(モノクル)をかけていた。隣にはドレスを纏ったミス・バレンタイン。彼女の黄色の髪に合う黄色のドレスを着た、完璧な社交界のレディだ。

 

 ここは黒檀の間。闇のオークション会場の入り口。

 

「思ったよりも派手な場所だよな。もっと根暗な感じだと思ってたよ」

 

「当たり前でしょ。ここに集まるのは、海賊、貴族、裏の商人……欲望を持つ者ばかり。真っ黒な人ほど、輝くものに目がないんだから」

 

 ミス・バレンタインが笑顔のまま耳打ちしてきた。俺たちは参加者じゃない、参加者の付き人。つまり、裏社会の客人に扮した人物の従者ということになる。

 

「……確かに、笑顔で人を値踏みするってのも、悪趣味以外何者でも無いわな」

 

 目の前の舞台では、鎖で繋がれた男が見せ物にされていた。銀髪の若い男。肉体からかなり鍛えているように見えるが、その表情は恐怖し、体が震えていた。

 大きな体が子猫のように小さく見えるかのように。

 

『屈強な男 ムッスル!! 四十万スタートで、百八十万ベリーで落札となりました!!』

 

「人1人の価値が180万ね……嫌なものを見た」

 

 男が舞台袖にはけ、壇上には、黒いビロードに包まれたガラスケース。その中に封じられているのは、羊皮紙でできた、異様な文書。

 

 ──あれが今回の目的の品か。

 

「さてMr.2。ここからはあなたの見せ場よ」

 

 ミス・バレンタインが小声で囁くと、Mr.2──今は貴族のオッタマ・ゲイル三世を演じる彼が、天井を仰いで鼻を鳴らした。

 

「ふふん、あたしに任せなさいな♡」

 

 司会者が競りを開始する。

 

 古びた金属の留め具がついたそれは、明らかに“ただの骨董品”ではなかった。何より、出品者自身が一切口を開かず、拍子木の音とともに競りが始まったことで、観客たちの間に妙な緊張が走る。

 

「……こちら、“世界政府制定以前の文書”という噂もある貴重品。保証なし、内容不明、ただし大国。アラバスタから出土されたアラバスタの秘密が記されているという噂がある古文書!! さて、諸君。欲望に正直にどうぞ。開始は100万ベリーから!!」

 

 拍子木が叩かれた。

 

「200万!」

 

「300万!」

 

 瞬く間に競りは加熱する。各テーブルの参加者たちが手元の札で応じ、司会者が叫ぶように声を重ねていく。

 

「さあ、500万!他にいらっしゃいませんか!」

 

 このとき、Mr.2がゆっくりと手を挙げた。小指を立てた優雅な仕草に、全員の視線が集まる。

 

「……おや、ここで新たな入札者、南海の名門・ゲイル三世様より、600万のご入札だ!」

 

 騒めきが起きる。ゲイル三世という名が、裏社会でそれなりの格を持つらしい。

 

「ゲイル三世様は、本物の収集家としても名高い。古文書に関しては……そう、目利きが違うのだとか」

 

 と、ミス・バレンタインがすかさずフォロー。彼女の声は小さいが、近くの商人にしっかりと聞こえるように計算されていた。囁くような噂話は、疑念よりも信憑性を持つ。

 

 Mr.2が小さく笑い、席を立ち上がる。

 

「お〜っほっほ♡ 皆様、古文書というのはね、価格じゃないの。内容の取引価値が重要なのよぉ!」

 

「ほう?」

 

「たとえばこのような断片的な資料でも、正しく解読すれば──隠された歴史への座標になりうる。読めば終わり、ではなく。読めるようにしてからが、本当の始まりなのよ」

 

 堂々たる知識披露。実際、Mr.2はMr.0からの指令と共に古文書が持つ価値に関する簡易レクチャーを受けていた。演技だけでなく、その知識もすべて役の一部として吸収していたのだ。

 

「ちなみにこの文書、紙質は500年前から存在するヴェラム紙よね? 羊皮紙。巻き癖が甘い。つまり、現代で偽物として作るには高すぎるコスト。製紙痕も自然。ホンモノで間違いないわぁ」

 

 観客たちがざわつく。誰もが彼の言葉に本物かもしれないと確信し始めていた。

 

「1,000万!」

「1,300万!」

「1,700万!」

 

 もはや誰もが競り勝ちたくなっていた。Mr.2の言葉が“商品”そのものの価値を引き上げてしまったのだ。

 

「……Mr.2、いいのか? 釣り上げるような真似して?」

 

 俺が小声で話しかけると、Mr.2はニヤリと笑う。

 

「んまー♡ 大丈夫よぉ。まだ“落札”しようとしてるわけじゃないもの」

 

「落札しようとしてないのに上げているのか?」

 

「見ていればわかるわよーん!」

 

 その策略に黒服の男が手を挙げた。

 

「3,000万ベリー」

 

 静まり返る会場。俺はMr.2がここで、値段を上げるのかと思った。だが、Mr.2は、ふっとため息をついた。

 

「……美しい負けよねぇ。男らしいわ」

 

「いないか? 他いないか? では、3000万ベリーで落札となります!!」

 

「お、おい。落札されちゃったぞ? 任務失敗か?」

 

「おバカねーん。あちしは最初から買う気はないわよーん」

 

「え?」

 

「高値をつけて競りを盛り上げれば、本気で欲しがってる奴が動くわ。あとは、そいつを追って奪えじゃいいじゃないのよーん!」

 

「んん? だったら、低い額の奴から奪っても変わらないだろ?」

 

「純粋過ぎるわよ、ファイブちゃん。ここは裏社会のオークション会場。値段は信頼の証。低い額しか出さない奴には、別に金無いし偽物でいいだろって渡されちゃうわ」

 

 ああ、なるほど。他の同業者も買いに来てるかもしれないし、確実に本物の行き先を特定したい。奪うにしても、リスクを最小限にするってこもか。

 なるほど、うちの序列No.2なだけあるわこれは。

 

「これで、目的の“落札者”は確定ね。あとは尾行して奪うだけ」

 

 やだ、このオカマカッコいい。

 

 

 ──────

 

「狙いはオークションの品を受け取る瞬間。Mr.5は、今から送電版のある所で爆破。停電を起こして。時間は2時間後。最悪、合図を鳴らすわ」

 

「了解……の、前にちょっとトイレに」

 

「まぁ、焦る時間じゃ無いし、大丈夫よーん」

 

「ごめんな」

 

 オークション会場の重々しい空気から離れるように、俺は小声でそう言って席を立った。ミス・バレンタインは呆れた顔をしていたが、何も言わなかった。

 

 会場の裏手。重厚な木製ドアの向こうは、やたら豪奢なトイレだった。鏡は金縁、手洗いには香水の匂いが混ざり、床はタイル張り。まるで王宮のトイレだ。

 

「場違いなほど綺麗だな……腹壊してる人間には敷居が高いぜ」

 

 小さく呟きつつ、個室に入り、便座に腰掛け力む。

 

 ──ここでひとつ、俺の能力の説明をしておこう。

 

 俺のボムボムの実の能力は、任意の体の部位を爆弾化できるというもの。

 俺の身体からだったら爆発するから、血とか、あとは汗とか爆発する。

 

 最近は、制御の訓練ばかりしていたので、日常生活は問題は無い。だが、今のように体調が悪かったり、腹の調子が不安定な場合──

 

「……あっ」

 

 次の瞬間──屁が爆発し、個室のドアが、風圧で内側から軋む。

 

 爆発はごく小さいものだったが、内部構造の一部、床下の配管に引火したらしい。もしくは、古いタイルの継ぎ目に圧がかかったのか──。

 

 いずれにせよ、音と振動がトイレの外にまで伝わってしまった。

 

「……え?」

 

 直後、個室の床がズズンと揺れ、そして──床が抜けた。

 

「嘘だろぉぉ!!」

 

 船の底へと落ちていった。

 

 

 ────

 

 

「いててて……なんとか、生きてたか」

 

 まさか、屁ですら爆発するとは思わなかった。

 というか、「爆発するなよ」と思った瞬間に本当に爆発するって、どういう仕組みだよ。どこかのダ○ョウ倶楽部か! 不便すぎるだろ、この能力。

 

「……ここは、一体どこだ?」

 

 薄暗い部屋だった。明かりはほとんどなく、空の檻がいくつも並んでいる。空気は湿り気を帯び、どこか生臭い。おそらく奴隷たちの待機場所だったのだろう。

 

 出口を探そうと慎重に足を進めた、そのときだ。視界の先に、信じられないものが映った。

 

「は?」

 

 下半身は魚、上半身は人間。人魚だ。

 長い髪が水面のように揺れ、その顔は月明かりのように静かで、どこか儚く、美しかった。

 

「……あ、あの……」

 

 喋った。

 いや、冷静に考えれば喋るだろう。見た目はともかく、上半身は完全に人間なのだから。

 

「君、ここの従業員?」

 

「ち、違います! 私は海賊に捕まって、売られそうになって……」

 

「売られる……人身売買か?」

 

 背筋に冷たいものが走る。ここまで来て、まさかこんな“商品”を目にするとは思わなかった。

 

「あの、助けてください! お礼はなんでもします!」

 

「ああ、いいよ」

 

「え? 本当ですか?」

 

「放っておけないしな。でも、俺にもやることがある。それが終わってからでもいいか?」

 

「あ、は、はい!」

 

 怯えきった瞳だった。あんな目を見せられて、見捨てられるほど俺は冷酷じゃない。

 

 だが、このまま連れていくわけにもいかない。移動させるにしても、水槽が大きすぎる。ここが商品の保管場所なら、どこかに古文書がある可能性も高い。まずはそれを探して、荷物と一緒に──。

 

「貴様、そこで何をしている!」

 

 思案していると、背後から鋭い男の声が飛んできた。

 

 振り返った瞬間、思わず言葉を失う。そこに立っていたのは人間ではなかった。特撮の怪人が現実に現れたかのような、リアルな魚の顔をした二足歩行の存在だった。

 

「……なんだ、お前」

 

「私は()()()。貴様、賊だな?」

 

 普通に会話が成立していることに、今さらながら驚く。エルフやドワーフならまだしも、ここまで魚然としていて言葉が通じるとは。種族が違うだけで、思考の根本は人間と変わらないのか。

 アニメでは何も感じなかったが、実物は迫力が違う。魚が喋るという光景は、想像以上に不気味だ。

 できれば穏便に済ませたい。だが、相手にその気はなさそうだった。

 

 すでに構えているし。

 

「魚人空手……鮫瓦正拳!!」

 

 突き出された拳。

 俺はかかとを爆発させ、その反動で急加速しながら一回転。拳をかわすと同時に背後へ回り込む。

 

「ずいぶんな挨拶だな!」

 

 右肘を爆破させ、右フックの威力を一気に引き上げる。だが一撃は空を切った。軌道を読まれ、しゃがんでかわされたらしい。その体制のまま、相手が攻撃モーションに入る。

 

「カチ上げ背足!!」

 

 顎を狙った蹴りが跳ね上がった。

 触れた瞬間、爆発。衝撃で互いに吹き飛び、距離が開いた。

 

「あっぶね!!」

 

「っつ!! 触れると爆発する能力か!?」

 

 打撃が通らなくても、爆発は触れるだけで発動する。

 ならば普通のパンチでも当たれば……当た……あ、当たらねぇ!?

 

「ぬるぬる避けやがって、タコかお前!!」

 

「誰がタコだ!! 私はエビスダイの魚人だ!!」

 

「知るか!!」

 

 くそ、ならこれならどうだ!

 

「ニーライト爆拳《ボンバ》!!」

 

 膝を落とし、右肘を爆破。勢いを乗せた右フックを叩き込む。

 

 だが──また読まれていた。

 しゃがんでかわされ、そのままの体勢から腹へ鋭い蹴りが突き刺さる。

 爆発すると分かっているはずなのに、躊躇のない一撃。こちらも爆発で威力を相殺したが、それでも内臓に響く重い一撃だった。

 

 体勢が崩れ、よろめき、膝をつく。

 

「貴様、格闘技は素人だな? ならば──」

 

 次の瞬間、奴が背を向け走り出した。

 

「……逃げた!?」

 

 なら、任務を優先するべきか。だが見失えば仲間に連絡され、計画が崩れるかもしれない。後を追わざるを得ないか。

 

 俺は、地下へ向かい走り出した。

 

 ────

 

「くそ……どこ行きやがった?」

 

 追った先は、船底の荷物室だった。積み上げられた荷のせいで視界が悪い。

 

 そのとき、頭上から何かが降ってきた。

 

 避けきれない。範囲が広く、頭からまともにかぶってしまう。

 

「この匂い……酒か!?」

 

 まずい。この状態で爆発を起こせば、自分の身体が燃える。

 

「能力を過信しすぎたな!! 魚人空手!!」

 

「くそ!!」

 

 逃げようと足を踏み出すが、床は酒と油でぬるぬると滑り、踏ん張りがきかない。動きが鈍った、その一瞬。

 

「火華カカト落とし!!」

 

 振り下ろされたかかとが、脳天を打ち抜いた。

 

 ──やばい。

 

 咄嗟に腰のナイフを抜き、手のひらへ突き刺す。

 

「……っぐ……あああっ!!」

 

 激痛が意識を引き戻す。

 

 戦闘中のアドレナリンがすっと引き、代わりに頭が冴えわたる。

 

「嗚呼、そうだった……俺はこいつに命を狙われているんだったな……」

 

 状況は整理できた。だが冷静になった分、痛みが容赦なく押し寄せる。

 

 鼻血で呼吸がしづらい。口の中には鉄の味が広がり、頭の奥がじんじんと脈打つ。

 

 死が、確実に一歩ずつ近づいていた。

 

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