悪魔の実 Sレア   作:もやしモン

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革命軍編
第四話 これが俺流武術だ!!


 

「……遅い」

 

 煌びやかなシャンデリアの下、私はレモンサイダーが入ったグラスを軽く傾ける。

 中身はもうぬるい。泡も立たず、甘さだけが舌に残る。

 

 音楽は派手、人々は笑って踊って、酔ってる。

 だけど、私はイライラしだしていた。

 

 理由はひとつ。「ちょっとトイレ」と言ったっきり、パートナーが三十分も戻ってこないこと。

 

「とんでもないおフンと戦ってるのかもしれないわねーん♪ あちしだけでやっちゃう? 商品を受け取るだけだしぃ」

 

 くるくると回りながら、Mr.2が楽しげに言う。

 その方が早いってわかってる。でも──

 

 思い出すのは、前の任務。震えて動けなくなっていた彼の姿がまた浮かんでくる。

 

 今回も、もしかして──

 

「……ちょっと見てくる。あなたは任務をお願い」

 

「おっけーよーん!」

 

 私はヒールを鳴らして会場を抜けた。

 表向きは“客”の顔をして。けど今は──そんな建前どうでもよかった。

 

 トイレに辿り着くと、一つだけ明らかにおかしい場所があった。

 

 嫌な予感というのは当たるものだ。

 ひび割れた扉を開けると、下に続く穴があった。まるで爆発したかのような焦げ臭さが少し残っている。

 おそらくこれは彼の仕業。だが、一体何故?

 

「……アイツ、1人で何をして」

 

 彼が消えたのは、VIP客が退室した直後。

 つまり──追いかけた?

 

 となると、目的地はその客室か、大元である倉庫。嫌な予感が、私の背中を押す。ヒールを捨て、穴に飛び込んだ。

 

 

 ────

 

 どんよりとした空気の中、船底の貨物室。

 俺は膝をつきながら、目の前の相手を睨んでいた。

 

 ハックは悠然と立っている。

 こっちはボロボロ。擦り傷、打撲、乾ききらない血。

 

 けど──やるしかない。

 

「どうした、来ないのか? 俺は……まだ、死んでねぇぞ」

 

「その重傷でよく喋るな。貴様1人での犯行とは思えん。仲間の居場所、吐いてもらうぞ」

 

 ハックの目は冷たい。いや、冷静なんだ。だから怖い。余裕がある相手ってのは、それだけで恐怖だ。でも引けない。

 ミス・バレンタインが、この船にいる。ここで倒れたら、次に狙われるのはあの人だ。

 

 それだけは、それだけは絶対にさせない。

 

「……来い」

 

 血まみれの右腕を気力だけで無理やり持ち上げる。すると、真っ直ぐに俺の元へと向かってくるハック。

 

「ニーライト──!」

 

「見切ったと言っただろうが!」

 

 ──速い!!

 

 地面が陥没するほどの踏み込みで、ハックが俺の懐へと潜り込まれる。

 構え、足運び、体重の乗せ方……すべてが俺の腹を狙ってると告げている。わかってる。分かっているのに。体が言うことを聞かない!

 

「せめて、爆発を!!」

 

 飛んできた足に、反射的に右腕を、ハックの顔目掛け爆発させる。それも意味を成さず、相手の蹴りは、俺の腹へと叩き込まれた。

 なんとか、直撃を避けようと腕を挟んだが、それは悪手だった。

 

「ッ……!」

 

 叫びにもならない声が、喉から漏れ、そのまま壁に叩きつけられ、背中から落ちた。

 床に倒れそうになるのを、左手で支えようとしたが、踏ん張りが効かず、そのまま前のめりに倒れてしまった。先ほどの一撃で完全に折れたんだ。

 

「貴様の技は肘を……いっぱいまで引…てる為、隙が大きい。…流の武芸家相…にはそんなも…通用しない!!」

 

 何言ってるのかよく分からねぇ──けど、ひとつだけはっきりしてる。

 

 強い。

 

 本当に強い。

 

 ただ鍛えただけじゃ無い。心と技と理、全ての積み重ねて出来た“地力”がある。

 素人の俺じゃどうにもならない格がある。

 

 それでも──

 

「負けたくねぇ……」

 

 口からこぼれた声は、小さくて、自分でも驚くほど弱々しかった。血まみれの腕を地面につけたまま、首を上げる。歯を食いしばって、なんとか視線を上げた。

 

「負けたくねぇんだよ!」

 

 足を踏み込み、立ち上がった。足元がおぼつかないが、立てた。俺はまだ戦える。

 

「……まだ動けるのか。それ以上戦えば、命まで危うくなるぞ」

 

 知ってるよ。

 

「命をかけるほどの覚悟。金のためとは思えない」

 

 そうだな。

 

「お前を支えているものはなんだ?」

 

 その言葉に俺は笑ってしまった。

 

 ああ──ついに聞いたな。それを聞かれたら、答えるしかない。

 

「そんなもん、決まってんだろ」

 

 どれだけ痛くても、どれだけ苦しくても、

 

 あの子の笑顔を思い出せば、なぜかもうちょっとだけ頑張れる。

 

 たとえ現場が地獄でも、通知が来れば、世界中の誰もが笑顔になる。

 

 つまり──

 

「推し活のおかげだ」

 

「お、おしかつ……?」

 

 人差し指を向けてカッコよく言い放ったが、全く通じなかった。

 だが、別に良い。俺だけが、俺の頑張る理由を忘れなければ、それで良いんだ。

 

「かかってこいよ、空手王。俺の武術を見せてやる」

 

「何度立ちあがろうが…私の魚人空手を、貴様は超えれ──ッ!?」

 

 奴の身体がよろめく。仕切りに目を擦っていた。俺は、その状況に笑みが溢れた。

 

「お前が魚類なのか、人類なのかは知らないが。陸上にいるってことは、呼吸は出来ているんだろ?」

 

「な、なんだ……視界が、頭痛に吐き気も……き、貴様……一体何を?」

 

「中毒だよ」

 

 意識を失いかけても、技を出し続けた理由。

 ボムボムの爆発は周りの酸素を使う。爆発っていうのは、そうだと本に書いてあった。

 だから、攻撃を受け続けても、爆発をしまくった。

 

 相手に一酸化炭素()を吸わせるように。

 

 ここは船底。空気が止まる場所だ。

 

 煙は性質上、上に溜まる。相手は3mはあろうかという身長だ。こんな狭い場所じゃ、吸い込むに決まっている。戦闘中で息を荒げれば尚更だ。

 

 今この場にいるのは、俺と、あいつだけ。

 

 ──だからいい。今なら、全部使える。

 

 だが、それも一時的にだ。時間もそう経っていないし、この場から離れれば後遺症も無いだろう……

 

「……行くぞ、これで最後だ」

 

「はぁ……はぁ……小細工をしようと貴様の攻撃は全て分かっている……私に当てることは出来ない!!」

 

 お互いに構え、飛び出した。お互いの拳が当たる距離まで。

 

「ニーライト──」

「魚人空手──」

 

大爆拳(ダイナボンバ)!!」

「三千枚瓦正拳!!」

 

 お互いの拳が、真正面から交差した。

 

 拳の衝撃が空気を裂き、鈍い音が空間を震わせる。

 

 その直後、静寂。時間が止まったような一時だ。

 

 そして、時が動き出し、体がガクリと傾いた。

 

「ば、ばかな……」

 

 ハックがよろめき、膝をつく。

 俺の拳は、奴の顔面を正確に捉えていた。一方で、奴の拳は俺の目の前、わずか数センチのところで止まっていた。

 

「う、腕が……伸びるとは……」

 

 その言葉に、俺は苦笑した。喉が焼けるほどの渇きと痛みの中で、なんとか言葉を吐き出す。

 

「……体がゴムじゃあるまいし……伸びるわけねぇだろ」

 

 相手は俺の拳の速度、射程距離まで読んでいた。

 

 だったら、それを上回れば良い。

 

 最高火力で右肘を爆発させた右ストレート。速度と共に、外れやすくなっていた肩が外れ、その分の間合いが伸びたのだ。

 

 俺の動きを全て読んでいたからこそ、不意をつけたわけだ。

 

 奇跡でも覚醒でもない。

 

 ただの一撃だ。

 

 ……だが、それだけだ。

 

 奇跡は起こらなかったようだ。

 

「……やるでは無いか」

 

 攻撃が当たったハックが立ち、俺は、地面にうつ伏せで倒れていた。全ての力を込めた一撃。それでも届かなかった。

 

 肩で息をする。口の中は鉄の味。右腕は、だらりと力なく垂れている。

 

 力が、もう、入らない。

 

「まだやる気か……かかってこいや」

 

 うつ伏せで地面とキスをしながら言う俺に対し、ハックは気が抜けたような声で言い返してきた。

 

「戦う気があるものの体勢ではないぞ……起き上がれもしないものと戦う気は無い。この勝負は私の勝ちだ」

 

 武術家なりの礼儀的な奴なのだろうか、トドメを刺さないようだ。

 だが、そんなの俺には関係ない。まだ俺の戦いは終わってないんだ。今すぐ、立ち上がって決着を──

 

「ん?」

 

 その時、視線の先に転がっていた、木箱。戦闘中に壊れたのか、蓋が割れており、何かがはみ出している。

 

「……古文書?」

 

 ミノムシのように体を動かし、近づく。

 ボロ布をめくると、中から出てきたのは──薄っぺらな羊皮紙の束。

 インクがにじんで、文字の線も曲がってる。金属の綴じ具は、ただの飾り。100均で売ってるようなクオリティのものだった。

 

「……偽物、じゃねぇか」

 

 さっき落札された“品”は、最初から囮だった? この格納庫が偽の保管場所なら、本物は、別のどこかにある。

 

「チッ、騙された……オークションも客寄せの方便か。だとしたら狙いは──集まった貴族たち自身……!」

 

 Mr.2達がやばい!

 

「なんの話をしている?」

 

「ハック。あんたがこのオークション会場で、偽物を守らされていたってことだよ」

 

「オークション会場だと? 待て、まさか、先程の人魚は……」

 

「オークションの商品だよ。この古文書が偽物ってことを隠すために用意したんだろうな」

 

 なんかのテレビで言っていた。偽物の中に本物が1つでもあれば、全てが本物に見えると。変えの効かない奴隷を用意して、信用を集め、ここに来た客達から金を巻き上げようって魂胆か。

 それも、もう起こっているかも。

 

 そのとき、ハックが立ち上がった。敵だったあいつが、まっすぐ俺を見た。

 

「……貴様の目的はなんだ?」

 

「たまたまここに迷い込んだ貴族の付き人だよ。屁こいたら床を爆発させちまって、気がついたらここに来た。信じられないと思うがな」

 

 何かを考えるようにじっと俺の目を見てくる。まだやる気ならやるしかないが、そんな時間はない。なんとか、切り抜けないとと考えていると、彼が手を差し伸べてきた。

 

「……貴様の拳は真っ直ぐであった。信じよう。そして、この船の罪を正すというのなら。私も、共に行こう」

 

「協力するってのか?」

 

「私の任務は、人魚とその周りの人間の護衛だった。オークションなどという馬鹿げた催しとは聞かされていなかったがな」

 

 その口調に迷いはなかった……悪くねぇ。

 

「なら……一緒にひっくり返しに行こうぜ。このくだらねぇ芝居、舞台ごと燃やしてやる」

 

 俺は左腕で右肩をボキッと戻す。そして、ハックの手を取り起き上がった。

 

「Mr.5!!」

 

 悲痛な声が聞こえ、すぐに振り返る。そこにはミス・バレンタインが肩で息をしながらこちらを見ていた。

 

「ミス・バレンタイン……無事でよかった」

 

「……その怪我」

 

 小さな声だった。怒ってるでも、呆れてるでもない。

 低くて、静かで、刺さるような声。

 

「大丈夫だ。今すぐ死ぬほどじゃ──」

 

「“今すぐ”じゃなければいいってわけ?」

 

「うっ……」

 

「さっきの爆発、聞こえたのよ。何があったかなんて、想像くらいできる。

 あんたのことだから、ろくに考えず突っ込んだんでしょ?」

 

「考えたさ……その上で、突っ込むしかなかったんだ」

 

「一人で?」

 

 その一言が、刺さった。

 怒ってるんじゃない。置いていかれたのが──辛かったのだろう。信頼を裏切られたと感じてしまったのかもしれない。

 

「……心配したんだから」

 

 俯いた彼女の肩が、小さく震えてた。

 

 あんなに強気な彼女が。

 泣きそうな目で、震えてた。息が切れるほど走り、ヒールが邪魔で裸足になるくらい全力だった。

 

「すまない。信じてなかったわけじゃない。ただ……間に合わなかった。気づいたときには、もう行くしかなかったんだ」

 

 彼女は黙ったまま、じっと見つめてくる。

 

「……勝手に動くの、やめて」

 

 しぼり出すような声だった。

 

「“あんたなら大丈夫”って思っても、そのたびに血まみれで戻ってきたら、信じたくても信じられなくなるでしょ……」

 

 それが──いちばん痛かった。

 

「……本当に、バカなことをしたな」

 

 たったそれしか言えなかった。

 

 本当は、何か気の利いた言葉の一つでも言ってやりたかった。

 でも、うまく言葉が出てこない。

 

 そしたら、彼女が俺の前にしゃがみ込んで、ポーチから小さな包帯を取り出した。

 

「動かないで。まずは止血。任務どころか、命がもたないわよ」

 

 彼女の指が、そっと俺の腕に触れる。

 その動きは、驚くほど丁寧で、少しだけ──震えていた。

 

「手、震えてるぞ」

 

「うるさい。アンタがこうさせたのよ」

 

「ごめん……でも、ありがとう」

 

 彼女がこんな風に怒るのは──俺のことを、本当に心配してくれたからだ。

 

 そう思っただけで、全身の痛みが少しだけ和らいだ気がした。

 

「Mr.2は?」

 

「任務を任せてる。オークションで買った相手に化けてるはずよ」

 

「マズいな。急ごう」

 

 

 

 ──────

 

 

 体は鈍く痛むけど、呼吸は整ってきた。

 ミス・バレンタインとハックが後ろに続いているのを、音で確認した。

 

 扉を蹴破って、オークションホールの中へ出る──

 

 そこは、もう“舞台”じゃなかった。

 カーペットは焦げ、シャンデリアは崩れ、金の装飾は剥がれていた。海賊たちが集まっていた乗客達を襲っていたのだ。やはり、奴らの狙いは客か。

 

 だが、その中で1人、海賊たちへと立ち向かっている漢女(おとこ)が1人。

 

「アン・ドュー・オラァ!!」

 

 2人の海賊が、くの字に曲がって吹っ飛んでいく。

 

「Mr.2!!」

 

 俺が叫ぶと、Mr.2がくるっと回ってこちらを見た。

 

「ファイブちゃんじゃなーい……って!? あんたどゅーしたのよその怪我!? 冗談じゃないわよーん!!」

 

「死んで無いから平気だ。それよりも無事で良かった。状況は?」

 

「お祭り騒ぎよぉ〜! 従業員たちが実は海賊だったのよーん!もう敵も味方もあ・や・ふ・や!! ねーん!」 

 

「だったら、今がチャンスだ。この混乱に紛れて、拘束されていた者たちを解放する。奴らが“商品”として売るはずだった命──そのまま置いてはいけん」

 

 ハックが指示を出すと、Mr.2はこっそりと俺に近づき、ヒソヒソ声で話し始めた。

 

「ちょ、ちょっと、誰よ、このイケオジは。部外者を連れてきてどゅーするつもりよ」

 

「その通りなんだが、人数は欲しいし。あとは、まぁ、拳で語り合った漢の友情ってことで。名前はハックな」

 

「漢の友情!? だったら、仕方ないわねーん!! ハック、あちしとも友情を育みましょーん!!」

 

 ミス・バレンタインがため息をついていた。

 

「じゃあ、分担するわ。私とMr.2が―港側の脱出船の確保と、海賊の排除あんたたちは収容エリアで回収──できる?」

 

「……任せろ」

 

 言ったあとで、ハックと視線を交わす。

 頷く。ただの一瞬で、もう信頼はできていた。

 

 ⸻

 

 俺たちはトイレから飛び降り、再びやってきた人魚のいる場所。

 

 俺たちが到着したときには、鎖に繋がれた人魚、異種族の子供、屈強な男。泣き声はない。ただ、諦めきった目が並んでいた。

 

「貴様ら、そこで何をしている!?」

 

 海賊たちが入り口から現れた。商品の回収に来たんだろう。

 

体中に怪我。腕は切られ、腹に血が滲んでいた。

 それでも、あの男は真正面から立っていた。

 

「魚人空手──唐草瓦正拳!!」

 

 吹き荒れる掌打。

 一人、また一人と黒服が吹き飛ぶが、残る敵はまだ五、六人いる。

 

「囲め! 敵はたった2人だ!!」

 

 その声に応じるように、数人がハックを取り囲む。

 攻撃を受け流し、返す拳も、もう鈍い。

 

「ハック!」

 

 どうする!? 左腕は折れてる。右肩は外しているのを無理やりつけただけ、ろくに動かすことができない。

 

 あとは、屁か! いや、そんな任意で屁なんてこけるか!

 

 何かないか、俺の体の部位で使えそうな……はっ!?

 

 俺は鼻を指でほじる。

 指先でつまんだそれは、血で固まった粘り気のある……立派な“兵器”だった。

 

「ハック!!」

 

 俺が右腕を前に出しているのを見たハックが、瞬時に俺のやることを見抜きその場から飛びのく。やるなら今。指にのっけたものを、指先で弾き飛ばす。

 

鼻空想砲(ノーズファンシーキャノン)!!」

 

 それは想像よりも飛び、敵のど真ん中へと落下。見事、爆発は起こり、銃を構えていた連中が一斉に吹き飛ぶ。

 

「「「鼻くそが爆発した──!?」」」

 

 爆煙に巻かれた敵たちが混乱している隙に、ハックが飛び込む。

 

「魚人空手奥義 ──武頼貫(ぶらいかん)!!」

 

 手の平から絞り出した水を拳に纏い、敵を殴りつけると同時に纏った水を体内に伝え、敵の背面まで突き抜け、それはさらに背後にいた奴らにも届き、鮮やかに、残りの敵を吹き飛ばしていった。

 

 数秒後には、黒服の一団が全員地に伏していた。

 

 息を整えながら、ハックがこちらを振り返る。

 

「……驚いたぞ」

 

「……これくらいしか無かったんだよ」

 

「それで鼻くそ飛ばそうとか思うのも発想が凄いな」

 

「褒めてんのか? バカにしてんのか?」

 

 そんなやりとりもほどほどに、再び人魚のいる水槽へと足を運ぶ。

 

「あなた……」

 

「助けに来た」

 

 少女の瞳に、希望が戻っていくのが見えた。倒した敵から奪った鍵で錠をはずし、ハックがそっと人魚を抱き上げた。

 

「この子を連れて行く。ほかの囚人も、一緒に」

 

 そこへ、Mr.2とバレンタインが戻ってくる。

 

「こっちはルート確保済み〜! 海側の船着場にボートが三艘! 今なら脱出できるわ!」

 

「だったら急ぐぞ。海賊たちがあの辺に殺到するのは時間の問題だ」

 

 

 ────

 

「……見えてきた! そこよ!」

 

 ミス・バレンタインの声が、俺の耳を叩く。

 その少し先を走る彼女の背中は、どこまでも頼もしい。

 

 風が冷たい。

 足元が、なんかフワついてる。

 あ、なんか……ちょっと世界が傾いてる気がする。

 

 背後では怒号と銃声がこだまし、甲板に火花が舞っていた。

 

 もう何度目かの爆発音に振り向く気力もなかった。

 ただ前を、ひたすら走る。

 

「もうすぐよ……あと少し……」

 

 隣で走るミス・バレンタインの声が聞こえた。

 その顔は焦っていた。珍しく、必死だった。

 

「これで全員揃ったわねーん!!」

 

 船着場で両手を広げるMr.2。ハックは既に人魚たちを庇いながら舟に乗り込んでいた。

 

「よし……あとは……」

 

 と、小舟の縁を掴んだ瞬間だった。

 

 視界が、ぐらりと揺れた。

 

 脳に、雷のような鈍痛。

 足が……浮いてる? いや、これ転んでる……?

 

 誰かの声がする。

 

「ちょ、嘘でしょ!? 船に触れた瞬間に!? 今!?」

 

「死んだ!? 爆発した!? 鼻くそ!?!?」

 

「違う! 寝たのよ!! 完全にッ!!!」

 

 ──意識が、真っ白になった。

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 まぶたが、ずっしりと重い。

 頭の奥が、どこか遠くで鐘を鳴らしてるようにぼんやりしてる。

 

 でも、うっすらとした音と匂いで、ここが“海上”じゃないことに気づいた。

 

 気持ち悪い。ピクリとも身体が動かねぇ。

 

 なんとか首だけは動かせるから、辺りを見渡すと、薬やら、医療機器やらが大量に置かれていた。

 

 そこには、なんから茶色のもふもふが歩き、俺と目が合うと、びくりと体をビビりながら、颯爽と壁に隠れ顔を覗かせる。

 

「……逆じゃねぇか?」

 

 そう言うと、ゆっくりと体を元の場所に戻す。

 

「うるせぇ、人間!! お前、絶対に動くなよ! 貧血、左手に刺し傷と腕は骨折、右肩脱臼骨折、打撲痕多数! 絶対安静だ!」

 

「よく生きてな俺。君が治療してくれたのか? ありがとうな」

 

「あ、いや、そんな……褒められても嬉しくねぇぞこの野郎が!」

 

 めちゃめちゃ嬉しそう。

 

「君、名前は?」

 

「俺か? トニー・トニー・チョッパーだ」

 

「チョッパー、良い名前だな。なぁ、チョッパー、俺の他に誰かいなかったか?」

 

「他のやつはドクトリーヌが見てるぞ。特に大きな怪我とかはないみたいだけど」

 

「そうか、良かった……って、トナカイが喋ったぁぁあ!?」

 

「おせぇよ!!」

 

 

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