悪魔の実 Sレア   作:もやしモン

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ミス・バレンタイン視点でのお話。


【番外編】私は、ミス・バレンタイン。相方が壊れたみたい。

 ──何かがおかしい。

 そう感じたのは、最初に声をかけたときだった。

 

「Mr.5、Mr.5ってば!」

 

 返事をした彼の顔には、妙な間があった。普段なら「あー」とか「なんだよ」とか、軽口のひとつでも返ってくるのに──今日は違った。

 

 無言で、虚ろな目をしながら、まるで寝ぼけたようにこちらを見るその様子に、私は思わず眉をひそめた。

 

 ──また、飲みすぎ?

 

 可能性としてはなくもない。前夜に酒場へ寄った形跡があったし、前にもあった。けど、その時も問題なく仕事をこなしていたし、それなりに要領はいい男だ。

 

 けれど、今日はその“器用さ”すら欠けていた。

 

「そろそろ着くわよ。今回は海賊の殲滅任務なんだから、ちゃんとやる気出しなさいよね」

 

「あ、あぁ……そうだったな」

 

 その返答にも、どこか他人行儀な響きがある。

 

 何かを隠してる?

 

 ──いや、気のせいよね。

 

 自分に言い聞かせるように、私は小さくため息をついた。

 

 “バカなこと”と簡単に済ませたけど、実際は笑えない。

 

 今ここで戦う相手は、賞金稼ぎに情報を流していた裏切り者。処分対象だ。

 

 しかも私たちは、あくまでボスの“予備”。本来ならアンラッキーズの仕事。手際が悪ければ、次に処分されるのは──私たちかもしれない。

 

「ちょっと、聞いてるの?」

 

「……天使か?」

 

 冗談でも、真顔でそんなことを言われると反応に困る。馬鹿にしてるのかと思ったけど、あのときの顔は本気だった。褒められて嬉しくない女の子はいない。

 けど、仕事前なんだから、もう少し緊張感を持ってほしい。

 

 任務は強引に進行した。私はいつもどおり敵を挑発し、名乗りを上げ、そして彼に任せた。

 

「やっちゃって、Mr.5」

 

 なのに──

 

「え?」

 

 “え?”じゃないわよ!!

 

 呆けた顔で振り向くMr.5に、怒鳴りつける余裕すらなかった。

 

 敵の男が抜いたのは、大ぶりな剣。当たるかと思った瞬間、爆ぜる。

 風が吹き抜け、次に見たときには、Mr.8は地に伏していた。まるで熱で焼かれたように。

 

 その中心で、彼は膝をついていた。

 

「うっ……」

 

「え?」

 

「オロロロロロ!!」

 

「きゃああああ!! 汚い!!」

 

 思いっきり殴った。

 

 本能だった。怒りや呆れもあったけど、単純に“びっくりした”のだ。任務中にゲロなんて誰が想像する?

 

「今日のあんた、なんか変よ」

 

 気づいていた。ずっと、どこかおかしいとは思ってた。でもここで改めて口にしたのは、彼の目を見てしまったからだ。爆発のあと、ゲロを吐きながら泣きそうな目でこちらを見るMr.5に──

 

 ──怖がってる?

 

 違和感どころじゃない。まるで別人。

 あれだけの爆発を引き起こしながら、本人は怯え、震えていた。

 

 ──何……? 本当に、何があったの?

 

 怖かった。パートナーとして、頑張っていこうと決めていたのに、不安が残った。

 

 船内に突入したときも、あいつは焦ってて、敵の剣を前にただ突っ立ってるだけだった。なのに、次の瞬間、爆発とともに敵が吹き飛び、Mr.5は無傷。遊んでるのかと思ったのに、気絶する始末。

 

 どちらにせよ、あの爆発のあと吐いた時の顔は、演技じゃなかった。

 

 本気で気分が悪くなって、取り乱していた。あんなふうに、吐いて、涙目になって、必死に言い訳して、私に殴られて──いつもよりずっと人間くさかった。

 

 その日の夜、私はベッドに横になりながら考えていた。

 

「……何があったのよ、あいつ」

 

 Mr.5は、確かに変わった。以前の彼は無口で無表情で、指示されたことだけを黙々とこなす爆弾だった。だからこそ、扱いやすかったし、任務の相性も悪くなかった。

 

 でも今のMr.5は、表情が豊かで、よく喋るし、何よりやたらテンションが高い。いちいち反応が子どもっぽいし、目が合うたびに変なこと言うし、爆発の制御もまるで初心者。

 

 まるで──中身が別人みたい。

 

 まさかとは思った。そんな荒唐無稽な話、信じられるはずもない。

 

 けど……それ以外に説明がつかないほど、彼は変わっていた。

 

 気がつくと、私は眠りについていた。

 

 

 ────

 

 翌日。

 

 ドカーン!と、ありえない爆音で目が覚めた。

 

 甲板に出てみれば、ほぼ全裸のMr.5が、肩を外してのたうち回っていた。こっちは怒鳴る暇もなく、無意識にぶん殴ってた。というか殴らざるを得なかった。

 乙女の尊厳ってもんがあるのよ。

 

 でも、叱ったあとも、彼はすぐにしょげて謝ってきた。珍しく、素直だった。

 

「あんた、地位が欲しいから鍛えてるの?」

 

「……守るためだな。強くなるに越したことはないから」

 

 そう言ったときの目は、真剣だった。

 

 本当に、強くなりたくて練習してたんだってことが伝わった。

 

 彼が何を守りたいのかは分からない。でも、少なくともふざけてるだけじゃないってことだけは、感じた。

 

 その後、自分の部屋に戻る時、初めて彼と組んだ日を思い出した。

 

 自分の能力に絶対の自信を持っていて、他者を傷つけるのなんてなんとも思っていない。任務は必ず遂行する冷酷さをもち、誰にも心を開いていなかった。

 

 今日の彼は、違う。

 

 “人間らしかった”。

 

 爆発に驚き、命を奪ったことに吐き、女性の裸に動揺して殴られる──全部、“普通の人間”の反応だった。

 

 やたら騒がしくて、空回りしてて、見ていてちょっとだけ不安になる。でも……少しくらいなら、放っておいても面白いかもしれない。

 

 それに、今までと違って本当の自分を出している姿。ちょっとくらい、気になるじゃない。

 

 ……ま、興味本位よ。ほんのちょっと。

 

 決して、好意とかじゃないから。

 

 ────

 

 ふあぁ……もうお昼?

 やだ、昨日寝る前にお菓子食べすぎたせいかしら。ちょっと寝過ごした……。軽くあくびして、下へ降りていったら──目の前の光景に、私は思わず足を止めた。

 

「ちょっと……なにしてんの、あんた?」

 

 キッチンで、いつもなら「飯まだ?」しか言わない男が、エプロンもせずにフライパン振ってる。火の前で真剣な顔して……嘘でしょ? 熱でもあるの?

 

「あんた、なんで料理なんかしてんの? いつもは、部屋にこもって腹空いたら人のとこ来て文句言うだけだったじゃない」

 

「いや、君は俺の嫁か?」

 

「はあ!? ちょっ、あんた何言って……っ! なななっ、なによそれ!? ばっかじゃないの!? 埋めるわよ!?」

 

 思わず口から出てた。馬鹿みたい、私。

 でも、なんか──ほんの少しだけ、笑いそうになってたのは、気づかれなかった……よね?

 

「筋トレして腹減ったから作っただけだ。ミス・バレンタインも食べるか?」

 

 妙に自然に誘ってくるもんだから、なんか変な気分。つい、流されて座っちゃったけど。

 しかも、ちゃんと「いただきます」とか言ってるし。え、なにそれ。どういう教育受けてきたの?

 

 恐る恐る一口──ぱくっ。

 

「……っ、お、美味しい!!」

 

 びっくりした。味、ちゃんとしてる。魚の旨味、レモンの香り、それが口の中でふわって広がって……うそ、私こんな美味しいの初めてかも。

 しかも、この料理、見た目もキレイだし、ほんのり温かいし、癒される……。

 

 でも、そんな顔、見せられない。ちょっとだけ下向いて、隠すように笑ってみせた。

 

「こんな美味しいの初めて食べたもの!」

 

 ……ふふ、うれしそうにしてる。あんた、変な奴。

 

「あ、でも、まだ覗いたの許してないから」

 

 ちょっと意地悪に言ってやったけど、すぐに「ごめんなさい」って言ってくれるその感じ──

 なんなのよ、もう。

 

 

 ────

 

 

 

「傘が壊れたから買い物に行くわ」

 

 そう言って、二人で出かけた。いつもは単独行動なのに、なんか今回は一緒でも悪くないと思ってしまった自分が、ちょっとだけ怖い。

 

「ねぇ、この傘どう?」

 

 あたし、こういうときに意見聞くの好きなのよ。どう答えるかで相手のセンスも分かるし──って、なんか変な顔してる。

 

「えーっと、良いんじゃないか?」

 

 うわ、めっちゃ困ってるし。……でも、なんか可愛いかも。ふふ、意外に顔に出るタイプね。

 

「やっぱりそう思う!? 前のと違って持ち手に水玉が付いてて可愛いでしょ!」

 

 少しテンション上がっちゃった。変ね、自分でも分かる。

 黄色の傘ばっか選んじゃってるのは──ま、好みだし。あいつは気づいてなさそうだけど。

 

「……ミス・バレンタインは鍛錬をしないんだな」

 

 急に真面目な顔して、何言ってんのよこの人は。

 

「しないわよ。だって私、強いし?」

 

 まぁ本音を言えば、戦いが嫌いなわけじゃないけど、好きってほどでもない。

 本当は強さより、賢さが欲しかった。そうしたら、私もこんな仕事しなくて済むから。だけど、それは言わなかった。

 

「……ミス・バレンタイン。君は何故この組織に?」

 

 やめて。そういうの、ズルい。

 

「あら、女が生き残るにはどこかの組織に入るのが一番よ。それ以外に道なんてなかった……」

 

 それだけで済ませておけばいいのに。

 

「……本当は何になりたかったんだ?」

 

 一瞬、胸がきゅってなった。でも、すぐに笑った。

 強く笑って、全部、押し込めて──

 

「キャハハハ!! 忘れちゃったわ! どうせこの道にしか進まないんだし! それにお金には困らないしね!!」

 

 あんたの、その真っ直ぐな目がちょっとだけ、眩しい。

 

 

 ────

 

 

 夕暮れの砂浜にて

 

 あいつ、今日も訓練してる。真面目すぎて、笑えるくらい。

 能力が使えなくなったとか聞いた時はどうしたものかと思った。正直いって、ぜんっぜん戦いに向いてないわ。なのに、めげずにやってる。

 

 ──それが、ちょっとだけ、かっこいいって思っちゃった。

 

「今日の訓練は、ここまでね。これ以上やったら、本当に吹き飛びそうだし……ま、少しは成長したみたいね」

 

 それだけ言って、歩き出す。

 

 後ろから、足音が近づくのが分かった。

 

「……ミス・バレンタイン」

 

「なによ」

 

 あたしが振り返ると、あいつはちゃんと目を見て言ってきた。

 

「今日はありがとう。見ていてくれて」

 

「……別に、任務に支障出ると困るからよ」

 

 そう言ったけど──その一言は、ちょっとだけ照れ隠し。

 

「それでも、嬉しいんだ」

 

 あーもう、ほんと、変わったわね。

 最初は、冗談ばっかの軽いやつだと思ってたのに。

 今は……そうね。少しだけ、気になる存在になってきたかも。

 

「……ほんと、変わったわね。変な人」

 

 口元が、自然と緩んだ。

 これは……気のせいじゃない。きっと、あたしが──今、笑ってるんだ。

 

 

 ──── 

 

 

 敵地での戦闘中、私は別行動で敵を掃討していた。能力を使って上から踏みつぶす。一発だ。

 

 でも、ふと、彼の気配が消えた気がした。

 

 嫌な予感がして走った。

 

 そこで見たのは──倒れ込むMr.5、そしてその上に立つ、刃を構えた男。

 

 私は迷わなかった。

 

「一万キロプレス!!」

 

 奴の脳天を叩き潰した。敵の体が地面に沈む。私の傘の先端に付いた血を見ながら、ようやく落ち着いた呼吸を整えようとする。

 

「無事?」

 

「ミス・バレンタインぃぃん!!」

 

 泣きながら抱きつかれた。すっごく重いから抱いて欲しい。

 私の能力で他人も操作出来ないものかしらね。

 

「なに泣いてんのよあんた。あんな小物、やろうと思えば一発じゃない」

 

 それでも彼は、何か言いたそうに口を開きかけて──結局、黙った。

 

 しばらくして、ぽつりと声を漏らした。

 

「……怖いんだ……誰かを傷つけるのが」

 

 ああ、そういうこと。

 

 爆発の力、命を奪う力──それが怖いんだ。

 

「こいつにも家族がいるかもしれない……大事な人がいるかもしれない。そう思うと、戦えないんだ……」

 

 その言葉に、私は何も言えなかった。

 

 ただそっと、彼の手を取った。

 

「……怖いのは、わかる。私だって、毎回怖いわよ。でも、怖いからって逃げたくないの。だから、私はここにいる」

 

 その言葉を言い終える頃には、敵の増援が現れていた。

 

 私は前に出た。

 

 でも──不意に、背後からの気配。

 

 斬撃が振り下ろされる、その瞬間──

 

「ッ……が……ッ!」

 

 彼が私を庇って斬られた。

 

「馬鹿!! なんで逃げないのよ!!」

 

「逃げない。君がそこにいるから」

 

 その言葉に、何かが心の奥で震えた。

 

 この人は、弱い。でも、立ち向かう意志がある。

 

 だから、信じるって決めた。

 

 彼が初めて、恐怖の向こう側へ踏み出した瞬間を、私は──目を離さずに見ていた。

 

 

 ────

 

 砂煙が弾けた。

 

 その中心で、彼が拳を突き出していた。自分でも驚いたように目を見開いて、でも……確かに、恐怖ではない何かに突き動かされていた。

 

「ニーライト爆拳(ボンバ)……?」

 

 そんな技名、聞いたこともない。でも、拳の先にあった男は、爆風と衝撃で弾き飛ばされ、地面を転がって意識を失った。

 

 静寂。

 

 港裏の空気が、一瞬だけ止まったような感覚があった。

 

 私は、一歩だけ彼のもとへと踏み出した。

 

「……やるじゃない」

 

 口から出たのは、それだけだった。悔しいけど、本音だった。まるで情けない子犬みたいに泣いていた男が、今は私の前で血を流しながらも立っている。

 

 しかも、私を守るために。

 

「……でも、なんでよ」

 

 声にならない声で呟いた。なぜ、こんなにも恐れていたくせに。なぜ、逃げもせずに。なぜ、ここまでして。

 

 そんな疑問を抱きながら、気づけば彼に駆け寄っていた。

 

 肩は、ひどく斬られていた。肉が裂け、血が滲み、彼の顔は青ざめている。なのに、あの男は、私に向かって笑ってみせた。

 

「……見てた? 決まったよな、最後のやつ」

 

 フラつきながら、無理やりいつもの調子を装ってみせる。バカね。そんなこと言ってる場合じゃないのに。

 

「もう、バカすぎ……!」

 

 そう言いながら、私は彼の腕を引いて支える。

 

 けれど心の中では──不思議な熱が灯っていた。

 

 彼の震え。彼の恐怖。彼の言葉。全部が、嘘じゃないと分かっていた。無理して強がって、それでも誰かのために動ける彼が……ほんの少しだけ、誇らしかった。

 

 そんなの、私らしくないって分かってる。でも。

 

「ありがと」

 

 それは小さく、小さくて、自分の中でさえ信じられないくらい照れくさかった。聞こえたかどうかは分からない。けれど、彼はちょっとだけ嬉しそうに笑っていた。

 

 ──不思議。

 

 バロックワークスの仕事に、感情なんていらないはずだった。

 

 でも、彼といると、少しだけ……そうじゃない気がしてくる。

 

 

 ────

 

 

 ──船室の奥。物資庫の一角にある簡易ベッドの上で、彼は仰向けになっていた。

 

 薄暗いランタンの明かりが、白い包帯を照らす。

 

 私が自分のポーチから取り出した止血薬を塗るたび、彼は小さく肩を震わせた。……情けない、と思うより先に、なぜか安心してしまった自分がいた。

 

 この男は──本当に生きている。

 

 任務が終わり、手当てをしてあげる私に、

 

「こんなもん、唾つけときゃ治るよ」

 

 なんて、強がる彼。

 

「バカ言わないで、黙ってなさい」

 

 言い返しながら、少しだけ力を抜いた。こういうやり取りが、思ったより心を楽にしてくれることに気づく。

 

 普段はうざったいだけの軽口も、いまは……少しだけ、救いだった。

 

 包帯を巻きながら、私はふと尋ねた。

 

「……怖くなかったの?」

 

「怖かったよ。めっちゃ怖かった」

 

 即答だった。

 

 だけど、その後に続いた言葉が、また私の中で引っかかった。

 

「でも……君が傷つくのだけは、見たくなかったからさ」

 

 ほんの少しの沈黙が落ちた。

 

 包帯を結ぶ手が、止まる。

 

 心臓の鼓動が、一拍だけ速くなるのがわかった。馬鹿みたいに単純なセリフのくせに……ちゃんと届いてくるのが、腹立たしい。

 

「……誰かのために痛がるなんて、バカのやることよ」

 

「じゃあ、俺はバカだね。何度でもなるさ。君のためなら」

 

 心臓が跳ねた。息を呑む。なんでそんな顔で笑えるのよ。

 私は最後の包帯をきつく締めて、彼の胸元を軽く叩いた。すると彼は、痛え痛えと笑いながら呻いた。

 

「……ありがとう」

 

 今度は、私の言葉だった。彼の目が、驚いたように見開かれる。

 

「な、なに今の! え? バレンタイン、今、ありがとうって──」

 

「二度は言わないわよ。次言ったら殴るから」

 

 顔を背けながらそう言うと、彼はおとなしく口を閉じた。でもその口元には、ひどくやさしい笑みが浮かんでいた。

 

 ……まったく。ほんとにバカ。

 

 けれど──この任務、あいつとならもう少し続けてもいいかもしれない。

 

 そんなことを思ってしまった自分が、少しだけ腹立たしくて、少しだけ……くすぐったかった。

 

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