悪魔の実 Sレア   作:もやしモン

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第六話 ある日、森の中でクマさんに出会った。

 

 グローブでボールをキャッチする乾いた音が、煙臭さの残るレインベース郊外の空気に弾けた。

 

「やっぱさ、純愛だよな〜、純愛。ハッピーエンドしか認めないのよ、俺はっ!」

 

 俺がそう叫んだ瞬間、Mr.4は一拍おいて、「そ〜〜〜〜」と、低くのばした返事をつけて、ボールを投げ返す。

 

「ナイスボール! あとは、芯がしっかりしてる子が好ーみっ!」

 

 今度は少し高めの軌道。俺はそれを目で追いながら、思う。たとえ言葉が少なくても、通じるもんは通じるんだよな。

 

 キャッチボールは、心を繋げる。

 

 ああ、これが……心で会話してるってやつか。

 

「う〜〜〜〜」

 

「包容力のある人が好きっ? って。あー、ミス・メリークリスマスがそういう感じ──っ!?」

 

 ドン!!っという鈍い音共に、グローブが弾き飛ばされた。ボールは衝撃を殺さず、俺の背後へと一直線。空を裂き、まるで流れ星のように彼方へ消えた。

 俺を見るMr.4の目は、完全に暗殺者 バロックワークスのオフィサーエージェントに相応しい目だった。

 

「すっごい勢いで拒否るじゃん!? ごめんて!」

 

 ラッスーがゴロゴロと転がりながら笑っている。おい、笑いすぎだろ。爆弾発射しすぎて周囲の地面が穴ぼこだらけだぞ。

 

 と、そのとき──

 

「てめぇらァァアアアア!!!」

 

 地を割るような怒声。否、文字通り、地面が割れた。ズズズ、と地面が隆起し、そこから現れたのは──モグラ顔。

 

「おお、ミス・メリークリスマス。トンネル工事お疲れ」

 

 Mr.4のペア。ミス・メリークリスマス。丸々とした体型に短い足の寸胴体型の中年女性。モグモグの実を食べたモグラ人間だそうで、地下採掘が得意。

 だから、採掘をお願いしていたんだが、すっごい不機嫌だ。

 

「バカだね、バカ、このバッ!! あたしだけに働かせてんじゃねぇよ!!なーんで任務中に“キャッチボール”してんだい!?」

 

「俺がいるのは、発破係としてだしな、お互いに野球やってた身だったからさ。せっかくなら、キャッチボールで親睦でも深めようかと。あ、オレンジペコ用意しといたよ」

 

「これはありがたいね…あー…飲みやすい温度だ。美味い!じゃねぇよ! さっさと作業に戻れ! 岩盤が出たよ!!」

 

「お、出番だな?」

 

 

 ────

 

 

「ご安全にー」

 

 アラバスタ西部、レインベース郊外の地下深く。

 

 ミス・メリークリスマスの採掘により、人が通れるほどのトンネルが複数、迷路のように走っている。すべて、侵入者対策や緊急脱出のためだそうで。時間はかかるが、確実。まさに職人の仕事。

 

「よしっ、こっちにもう一本トンネル掘るよ! Mr.4、支柱!」

 

「は〜〜〜〜い」

 

 バット片手に、Mr.4がゆるやかに木材を担いでやってくる。

 ミス・メリークリスマスは腰に手を当て、腰をトントンと叩きながら、地図を覗き込んでいた。その姿は、近所の町内会を牛耳る肝っ玉おばさんそのもの。

 

「この街道の地下に抜け道を通すのが今回の任務。すぐに王都に潜入できる裏ルートが必要なんだ。ね、わかってる?」

 

「あ〜〜〜〜」

 

「穴を掘ることで地上で見つかることなく、夜間でも移動が可能になると」

 

「そうだね!それをサクッと終わらせろってボスの命令だよ! サクッと! わかる!? サクサクの衣のように! こんがりカリッと!」

 

「お、硬い石だ。んじゃま、発破係の出番だな?」

 

「バウ!」

 

 壁面の岩を見据える。岩盤は厚く、表層の砂岩を抜けた先は火成岩のような硬質層。通常ならば採掘用のドリルが必要だが、そこは爆破人間の特権だ。

 

「魚人空手 五十枚瓦正拳!!」

 

 拳を突き出し岩へとめり込ませる。そして、俺の体を岩の内部で爆発を起こす。

 岩の内部からの圧力でヒビ割れ、粉々に砕け散った。

 

「やるじゃ無いか!」

 

「まだまだ修行不足だけどな」

 

 後方ではMr.4が無言でスコップを構えている。バットを振る要領でスコップに乗せた土を遠くまで吹っ飛ばす。流石は元4番。的確に外へと土がどんどん盛られていっている。なんで出来とんねん。

 

「ふぉ〜〜〜〜」

 

「あいよ、次だな!」

 

 岩盤を的確に砕く。これぞ、バロックワークス流の掘削技術──生身の発破職人(ヒューマンブラスター)だ。これで金稼ごうかな?

 

 

 ────

 

 

 目標だった地下ルート。迷路のような地中の中で、やっとのことで正解に辿り着いたのだ。

 

「……ここだね!」

 

 唇を噛みながら地図を見直し、方角と位置、そして深さを測る。

 けれど、彼女の表情はほんの少しだけ、誇らしげだった。手帳を取り出し、ペンを走らせる。アラバスタへと地下通路開通と、書かれていた。

 

「はい、終わり! やれ、終わり!終わ、オッ!だね! さっさと撤収ぅぅぅぅ! 泥落として帰るよぉぉぉ!!!」

 

「おう!」

 

「り〜〜〜〜」

 

「バウッ!」

 

 こうして、地中最速のトリオによる工作任務は、喧騒と怒号の末に──

 

 予定より“1時間前倒し”で、静かに幕を閉じたのだった。

 

 

 

 ────

 

 

 

 ドクトリーヌの家にて。

 

「持って来ましたよ、今月分のお金」

 

「そこに置いときな」

 

 日々任務を来なしながら、借金生活も板についてきた。

 なんとも悲しいことではあるがな。

 ハックからの教えも順調、他のオフィサー達との任務も何とかこなせている。

 

 けど、まだ解決出来ていない問題もある。

 

 ずっと、目を逸らして来た事。

 

 この島に流れ着いたのも運命だと、名医に尋ねることにした。辺りを見渡すと、チョッパーがちょうど部屋の外へと出ていったところだ。今、この部屋には2人しかいない。話すなら今の方がいい。

 

「……ドクトリーヌ」

 

「なんだい。保険の話なら、うちはそういうの受けてないよ」

 

「失った記憶の取り戻し方を知っていますか?」

 

 その瞬間、ドクトリーヌの手が止まった。白衣のポケットに突っ込んでいた手がゆっくりと抜かれ、彼女はじっと俺を見つめる。

 その視線に、火の粉みたいな鋭さが宿っていた。

 

 俺の問題──記憶について。

 

 ずっと考えていた。

 

 ミス・バレンタインから聞いた前と性格が違いすぎる事。借金の事。そもそもバロックワークスに入った覚えもない事。

 俺は一体、何処で生まれて、何故この組織に入ったのか。それを思い出したい。

 忘れてしまった記憶の中に、大事なものがある気がするから。

 

「……いつから無い?」

 

「二ヶ月ほど前から」

 

「最後の記憶の場所は?」

 

「自分の船の上です。ミス・バレンタインに起こされていたので、眠った状態だったかと」

 

 俺は自分の言葉を聞きながら、じわじわと胃の奥が重くなるのを感じていた。話せば話すほど、“分からない自分”を突きつけられるようで怖かった。

 

「……そうかい」

 

 ドクトリーヌは近くの椅子に腰かけると、わずかに体を前のめりにしてきた。まるで手術のメスを構えるような眼差しで、俺の目を見て言った。

 

「……お前の場合は、爆発に失敗したとかがありそうだね。脳震盪と爆発の衝撃。いくつか重なってる可能性はある。頭のダメージで記憶が混線することは珍しくない。短時間で治るというケースは見たことがないね」

 

 ぐっ、と息を飲んだ。わかっていた。けど、それを医者の口から言われると──。

 

「……治りますか?」

 

「さあね」

 

さあね!?

 

「記憶ってのはね、“頭の中”だけじゃなくて、“体”や“心”に残ってる場合もあるんだ。思い出せないって言っても、完全に無くなったわけじゃない。引き出しがどこかで詰まってるだけかもしれない」

 

「引き出しね……」

 

「それを探すのが、あんたの“治療”さ。あたしの仕事は、せいぜいそれを助ける程度」

 

 俺は、うなずいた。

 

 体はもうだいぶ動く。でも、心の奥に詰まってるモヤモヤは、まだまったく消えてなかった。

 

 

 ────

 

 その日のドラム王国の森は、静かだった。

 空気の冷たさに、白い息がふっと立ちのぼる。俺は訓練の休憩中、木陰で呼吸を整えていた。が──その気配に、息が止まった。

 

 雪を踏みしめる重く、深い足音。

 振り向いた瞬間、心臓が爆発するかと思った。

 

 でかい体に、分厚い聖書。そして、無表情。いや、あれは表情あるのか? ないのか?

 とにかく、巨大な人が影からこちらをみている。すっごい気になる。あんな人見たことないんだけど……。

 

「ハック…ハック!」

 

「何だ、そんな小さい声で。もっとハキハキ喋らんか」

 

「いや、なんか、すっごいでかい人が俺のこと見てくるんだけど、何でか知ってる?」

 

 俺の言葉に怪訝そうに指を刺した方向へと視線を向ける。その姿を見た瞬間、ハックの表情が笑顔へと変わった。

 

「クマ、クマじゃないか!」

 

「ハック。元気そうだな」

 

 クマ? 確かに、熊みたいなデカさの人間だ。ハックの知り合いだったのか。ということは、革命軍の人ってことね。俺じゃなくて、ハックを見ていたのか。

 

 と、内心ホッとしていると、クマと呼ばれた男が俺の元までやってくると、膝をつき目線を合わせ、優しい目を見せてくれた。

 

()()()()()()()()()()。会いたかったよ」

 

 その言葉に脳の処理を追いついていなかった。今、この人はジェムと言った。俺の前で、俺の目を見て。つまり、俺をジェムだと思っている。

 だが、俺の名前はMr.5(ミスター・ファイブ)。ファイブって名前のはずだが……。

 

「……じぇむ?」

 

「君の名前だろ? ジェム。ジニーが付けた名前だ」

 

 また知らない単語だ。

 

 ジニー。

 

 会話から察するに、ジニーという方とは仲が良い感じ。

 

 なるほど、つまり────

 

「僕のパパ?」

 

「いや、違うよ!?」

 

「違うの!?」

 

 ────

 

 結局、俺は、自分の記憶が無いことを伝えることにした。

 

 それを伝えると、最初は驚いた様子のクマさんだったが、何か思い当たる節があるのか、考え込むそぶりを見せ、重い口を開いてくれた。

 

「10年ほど前になるか。天竜人に連れて行かれたジニーを、君は助けてくれたんだ。

 ずっと礼が言いたくて探していたんだが、まさか、記憶喪失になっているとは」

 

「すみません。ずっと探していてくれたのに何も記憶になくて」

 

「それでもオレは君に礼が言いたい。ありがとう。オレの世界で1番大切な人を助けてくれて」

 

 クマさんは少しだけ目を細めて、ふっと息を吐いた。怒るでもなく、驚くでもなく、ただこう言った。

 

 熊のように巨大な体を、深々と頭を下げるクマさん。

 これは、受け取らないとダメな奴だ。この人の誠意に対しても、前の記憶の俺に対しても、この言葉をしっかりと噛み締めて欲しいから。

 

「……そして、思い出した時に改めて君に礼を伝えたい」

 

 その言葉の重さに、返す言葉が見つからなかった。記憶はなくても、俺の中の“何か”が反応してるのが分かる。

 

「……仏か何かと言われたことないですか?」

 

「神父であるオレが神なんておこがましいよ。神はやっぱりニカみたいな人じゃないかな」

 

 俺は照れくさくなって、わざと靴先で雪を蹴った。

 記憶はない。でも、クマさんのその言葉で、少しだけ胸のもやもやが軽くなった気がした。

 

 ────

 

 焚き火の火が、ぱちりと弾けた。

 

 ドラム王国の森は、日が沈むと途端に静まり返る。雪に音が吸われて、まるで世界に自分たちしかいないような錯覚すら覚える。けれど、隣にいる男の存在感だけは、そう簡単に忘れられるものではなかった。

 

 大きな背。重く静かな呼吸。火に照らされた分厚い聖書の背表紙が、わずかに光を反射している。

 

 クマさんは長い沈黙のあと、ふと語り出した。

 

「……あの時の君は、随分と痩せていた」

 

 薪をくべる手を止めず、視線は炎の向こうへ──過去へと向けられている。

 

「君に初めて会ったのは、戦火の残る島だった。南の海、国境線が崩壊した都市の片隅。瓦礫と灰に埋もれた中で、君は爆弾を抱えていた」

 

「……爆弾?」

 

 思わず聞き返す俺に、彼は頷いた。

 

「ああ。不発弾だった。それを腕に抱えて、ぼろぼろの毛布にくるまりながら座っていた。まるで、それだけが自分のすべてのように」

 

 そんな自分の姿は、想像もつかなかった。でも、胸のどこかが、わずかに軋んだ。その情景に、なぜか懐かしさのような感覚がある。

 

「ジニーは、静かに言ったんだ。“それ、君にとってとても大切なものなんだね”って。君は答えた。“これは俺の家族だ。こいつだけが、生き残った”と」

 

 火の粉が空に舞った。夜空に吸い込まれていく赤い粒子を見上げながら、俺は黙っていた。喉が少しだけ痛んで、言葉が出てこなかった。

 

「他の子どもたちは、恐怖と空腹で泣き叫んでいた。けれど、君はただ、爆弾を抱いてじっと火を見ていたよ。その目は子供とは思えない。何かを見た目だった」

 

 クマさんの声に、微かに滲んだ笑みがあった。

 

「ずっと、俺にも話していた。“誰かを育てたい。命を守る生き方がしたい”って。君に出会った日、彼女は……笑っていた。心から、嬉しそうに」

 

「……俺が?」

 

「そうだ。君の名前、“ジェム”も、ジニーがつけたんだ。戦火に落ちていた、欠けた宝石。けれど、まだ光を宿していた。彼女はそう言ってた」

 

 ジェム。

 その名前を聞いて、胸の奥が温かくなった気がした。どこか遠くから、本当に名前を呼ばれていたような感覚と、それを違うという否定している自分。二つの感覚が天秤のように左右に揺れている感じ。

 

「誰に対しても笑わなかった君だけど、ジニーのそばではよく笑っていた。火薬の扱いに異常に長けていてな。ジニーが料理してるそばで、“この匂い、火薬に似てる!”って言って、鍋をひっくり返して怒鳴られてたな」

 

「……な、なんか想像つきます」

 

 笑いながらも、どこか切なかった。

 その思い出は、俺の頭の中にはない。でも、話を聞いていると、まるで目の前にその光景が浮かんでくる気がする。幼い頃は爆発するのが得意だったのか、今とは全然違うようだ。

 

「君は“ジニーの役に立ちたい”と、言っていた。身体も小さかったのに、爆弾を持って前線に行こうとした。ジニーは、それを止めるのに苦労していたよ。でも、何処か楽しそうでもあったな……ジニーは子供を欲しがっていたから」

 

「……俺、子どものころからバカだったんすね」

 

「いや、まっすぐだったんだよ。……誰よりも」

 

 焚き火の炎が揺れる。クマさんは少しだけ視線を落とし、その目に深い陰りを宿した。

 

「……そして、ある日、ジニーが天竜人に連れて行かれたんだ。君も姿を消していた」

 

 その時、焚き火の光が一瞬だけ消えた気がした。心臓が冷たく締めつけられる。

 

「オレは、大切な人を2人も同時に亡くしたと任務に没頭した。革命軍として各地を回るが、ジニーの名前も、君のことも分からなかった」

 

「……それでどうして俺がジェムだって?」

 

「正直、違うと思っていたよ。爆発する男が、ハックに鍛えられているって、噂を聞いてね。全く関係ない人だろうと思ったけど、万が一の可能性にかけてね。

 そして今、ようやく会えた。たとえ記憶を失っていようと──俺にとって、君はあの時の“ジェム”に、変わりはない」

 

 言葉が、出なかった。目頭が熱くて、喉が詰まったみたいだった。

 名前すら思い出せなかったのに、俺のことをずっと、誰かが想ってくれていた。

 

「……ジニーさんは、どんな人なんですか?」

 

 そう尋ねると、クマさんは焚き火の向こうを見た。どこか遠くを見るように。

 

「太陽のような人だった。誰かを照らして、自分が燃えても構わないような人だった。君のことも、そうやって照らしてくれたんだ」

 

 その言葉を聞いて、俺は、そっと目を閉じた。話をしてくれている間、もしかしたらって思った。話している顔が喜びと何かを思い出して、涙を流しそうな複雑な顔をしていたから。

 

 俺にジェムとしての記憶の中には何もない。でも、今ここで──心が、確かにあたたかい。

 

「……その名前、大切にしたいです。“ジェム”って名前」

 

「そう思えるなら、君はもう、前に進んでいる」

 

 クマさんの声は、どこまでも優しかった。

 

 雪はまだ降り続けていたけど、俺の中の何かが、ゆっくりと溶け始めていた。

 

 

────

 

 翌朝、雪はすっかり止んでいた。

 

 クマさんはいつの間にか立ち上がっていて、分厚いマントを払って雪を落としていた。その背中を見ているだけで、言葉にできない何かがこみ上げてくる。

 

 俺の中で、“ジェム”という名前が少しずつ輪郭を持ち始めていた。

 

「……クマさん、もう行くんですか?」

 

「ああ。けど、また来るよ。君がどこにいようと、オレは必ず君に会いにいく」

 

 その目は本当に優しい目をしていた。

 

「……待ってます」

 

「嗚呼。また会おう、ジェム」

 

 それを最後に、クマさんは目の前から一瞬で消えた。

 

 俺の中に、温もりを残して。

 

 

 

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