悪魔の実 Sレア   作:もやしモン

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第八話 これがシン・俺流武術だ!!

 

 風が冷たかった。冬の港町。

 吐いた息が白く染まり、すぐに潮風に溶けて消えていく。波の音が桟橋を叩くようにして響き、それが木板を通じて足元へ返ってきた。

 

「任務の前に……お話があります」

 

 声をかけると、彼女はゆっくり振り返った。

 眉がわずかに動き、目元に意外そうな色が浮かぶ。まるで珍しい生き物でも見たような視線で、俺の目隠し越しにじっと見てきた。

 

「何よ、改まって」

 

 その言い方があまりに普段通りで、逆に緊張が高まってしまう。

 俺は一度深く息を吸い、心を決めて、まっすぐ彼女のほうを向いた。

 

「……俺、記憶喪失なんだ。具体的には──Mr.8の任務の時からずっと」

 

 言ってみて、思ったよりも喉が乾いていることに気づいた。

 怖かったのだ。言葉にしてしまうことで、今の関係が壊れるかもしれないことが。

 

 戦場で、パートナーが記憶を失っている。

 それは致命的な欠陥だ。信頼関係を支える土台が、何もない状態。

 バレンタインがそれを知ったとき、俺をどう見るのか──それが怖かった。

 

「本当はもっと早く言うべきだった。本当にすまない。今さらこんなことを……君を危険な目に──」

 

「気にしてないわ。知ってたし」

 

「え?」

 

 あっさりとした、そのひと言。あまりにも想定外で、間の抜けた声が漏れた。

 

「き、気づいてたのか?」

 

「そりゃあわかるでしょ。態度も、喋り方も、ぜんっぜん違うし。あと、私の好きな食べ物、忘れてたし」

 

 平然とした口調。

 そして、肩をひとつすくめる仕草。いつもの調子だ。

 

「……すまない」

 

「いいわよ。言ったところで、思い出すわけじゃないでしょ。本人が自分で気づいてないうちは、無理に引っ張っても意味ないと思っただけ」

 

 冷たく聞こえるかもしれない。

 でもその口調の裏には、妙な優しさがあった。

 

「それに──記憶があろうがなかろうが、私は“今のあんた”と組んでるんだし」

 

 その言葉に、否定も責めもなかった。

 ただ、目の前にいる“俺”をそのまま受け止めてくれている。

 

 たったそれだけのことなのに、思った以上に心が軽くなる。

 

 人によっては、無関心に感じるかもしれない。

 けれど俺には、その距離感が、ちょうどよかった。

 

 誰にも触れてほしくなかった空白を、ちゃんと避けてくれるその優しさが、ありがたかった。

 

「ちょっと間抜けで、すぐ調子乗って、でも妙に真っすぐな今のあんた。私、好きだもの」

 

 そう言って、外套の襟を引き上げながら、にっと笑う。

 それは、いつもの皮肉混じりの笑みよりも、少しだけ柔らかかった。

 

 記憶がなくても。過去が空白でも。

 “今ここにいる俺”を、ちゃんと見てくれる人がいる。

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして。それで? なんで急に話す気になったの?」

 

「ああ。最近、革命軍の“クマ”って男に会って……少しだけ、昔のことを聞いた」

 

「そう。それで? あなたはどうしたいの?」

 

 その名を出すと、彼女のまつ毛がわずかに揺れた。

 風のせいか、それともなにか感じ取ったのかはわからない。

 問い詰めたりはしない。あくまで俺の考えを待っていてくれる。

 

 ──そういうところが、やっぱり好きで、推せるんだよな。

 

 ドクトリーヌには「治すのは難しい」と言われた。

 クマさんには、俺が知らない俺の話を聞かされた。正直、どうするべきかは迷っていた。

 

 でも、もう決めた。

 

「過去がどうでもいいとは思ってない。けど、それに縛られる気もない。流されずに、俺は──俺の意志で、ボスの命令を遂行する」

 

 このバロックワークスで、俺は生きていく。

 トップが誰だとか、仕事の内容がどうだとか、それは関係ない。

 

 俺は、俺のやれることで、俺の支えたい人間を支える。それだけだ。

 

「キャハハ! いいじゃない。燃えるわね」

 

 バレンタインは踵を返し、風に髪をなびかせながら背中を向ける。

 その背には、いつもの皮肉な感じとは違う、“信頼”が少しだけ滲んでいた。

 

「さぁ、任務の開始だ」

 

「え? 目隠ししたまま行くの?」

 

「……外したら飯抜きだから」

 

「嘘でしょ?」

 

 

 ────

 

 港町の外れ。

 潮と油の混じった風が吹き抜けるその一角に、年季の入った倉庫街がある。屋根は崩れかけ、壁には苔が張りつき、板壁はすっかり黒ずんでいた。扉の隙間からは、乾ききらない潮の匂いが染み出してくる。

 

 この荒れた倉庫のひとつが、今日のターゲットだ。海賊たちのアジト。バロックワークスの海路を邪魔する、海賊たちを壊滅させるのが俺たちの任務。

 外観だけ見ても、ろくでもない奴らが住み着いてるのがよくわかる。

 

 足音。金属が擦れる音。誰かが気配に気づいたらしい。

 

 倉庫の影から数人の男が飛び出してくる。火器を手にしているが、構えは甘く、動きにも緊張感がない。

 足並みはバラバラ、暴力とカネだけで生き延びてきたタイプ。

 

「せいぜい威勢のいいうちに来てくれて助かるわ。潰し甲斐あるってもんね!」

 

 ミス・バレンタインが言う。傘をくるりと回しながら、どこか楽しそうだ。

 その隣で、俺は拳を軽く握り、視界の代わりに見聞色を使う──と言っても、完全に探れているわけじゃない。

 田舎の街灯くらい感じで、暗闇の中にポツリと光がある。それが人だと分かる感じ。そして、今、気配が1つ。

 

「……じゃあ──挨拶代わりにひとつ」

 

 肺に空気を吸い込み、狙いを定めてそっと吐き出す。呼気は無音で進み、敵の元足元へ流れ込む。

 

不可視の息弾(キラーマイン)

 

 わずかな圧、わずかな化学反応が引き金となり、空気が爆ぜる。

 床が揺れ、破片が飛び、敵の体勢が崩れる。視えなくても分かる。動きが乱れた。

 

「なっ、なんだ今の──」

「何もないとこが爆発したぞ!?」

 

 パニック混じりの声が耳に届く。ゾロゾロと気配が増えて来ているな。

 

「何今の……口臭攻撃?」

 

 いや、言い方よ。

 

「知ってると思うけど、ボムボムの実は、俺の体から出るもの全てを爆発させる。俺の息も例外じゃない。

 吐いた息は、海を漂う機雷みたいに、空中を進む見えない爆弾になる」

 

「へえ……」

 

「よくもやってくれやがったな!!」

 

 敵の怒声が聞こえ、何かを構えた。俺は自然と一歩前へ出る。そして、体を僅かに傾ける。 と、同時に銃声が鳴り響いた。

 

「よ、避けた? ありえねぇ!!」

 

 たまたまだと何度も銃弾を俺に向けて放ってくるが、全て躱してみせる。

 

「ここからが、俺の距離だ」

 

「やろう!!」

 

「ニーライト爆拳(ボンバ)!!」

 

 右肘を爆発させ、拳を相手の腹部にめり込ませる。爆風は体を浮かし、身体ごと棚に叩きつけた。

 

「目隠ししててなんでそんな動けるのよ……それに今の。前は右肘爆破しただけで肩外してたのに」

 

 ミス・バレンタインが、どこか呆れたような声で言う。傘をくるくる回しているような気がする。

 

「いろんな人の力のお陰でな」

 

 ハックに強い拳の打ち方を教わり、Mr.2のお陰で、体の動かし方を学べた。

 

 俺は今まで、肘だけを一気に爆発させていた。けど、それは違った。正拳とは、体全てを使うのだ。

 

 踏み込み、腰、胴、肩、拳と、繋がっている。

 強く踏み込むため、腰の移動を素早く、それを繋げ、爆発を連鎖させる。爆発の足し算により、ただ肘を爆発させるだけで無く、拳の威力を上げることが出来た。

 

「さて、残りは……」

 

 倉庫の奥で何かが擦れる。気配が三つ、離れていく。残りの連中が建物の中へ逃げ込んだらしい。

 

 俺はゆっくりと呼吸を整える。喉を湿らせ、手の甲を軽く叩く。

 滲み出た汗が金属のバングルに触れ、反応する。パチッと静かな火花が生まれ、それが次の戦いへの合図となる。

 

「行こう」

 

「オッケー、Mr.5!」

 

 この短いやりとりだけで、十分だった。

 俺は倉庫の扉に向けて踏み込み、思いきり蹴り上げる。視えてはいないが、ヒンジの位置は頭に入っている。

 音の反響と空気の動きから、扉が内側へ跳ね上がる感触が伝わった。

 

 冷たい空気が中から流れ出てくる。

 棚にずらりと並ぶ薬品と火薬の匂い。湿気を多く含んだ重たい空気。

 ここに、俺が入る──それは、火にガソリンをぶっかけて突っ込むようなもんだ。

 

 足を踏み入れた瞬間、床へ汗が一滴落ちた。

 爆発には至らない、ごく小さな反応が生まれる。

 

「……まだ制御出来てないな。多少は、抑えられるようにはなったんだけどな」

 

 ぼやきつつ、足元を注意深く進む。

 汗、息、唾、それぞれがごく微細な火種として空間にばら撒かれていく。

 

 敵がひとり、こちらへ突っ込んでくる気配。床を蹴る音と呼吸の速度から、完全に感情的な突撃型。

 剣を握る音がした。目隠しのままでもわかる。迷いがない分、単純だ。

 

 俺は懐から細長い鉄片をひとつ取り出す。

 指先の感覚だけで重みと角度を確かめ、唾を落とす。粘度の高い唾液が刃に伝い、爆発の準備が整った。

 

「そいっと」

 

 言葉と同時に手首をひねり、鉄片を横薙ぎに振る。視えてはいない。でも、敵の剣がそれを受けにくるタイミングは感じていた。空気が押し返された方向で、だいたいの位置はわかる。

 

「そんな鉄の棒でオレに張り合おうなんて!!」

 

 金属がぶつかった瞬間、唾液の成分が反応する。

 唾液が爆ぜ、衝撃が相手の剣へと伝播する。熱と衝撃が伝わり、剣が半ばから折れ、武器が落ちる音。

 

「なんだと!?」

 

 敵の剣は根元から砕けた。

 息が詰まる音が聴こえた。その一瞬の隙に、俺は拳を握る。魚人空手の真髄は、辺り一面の水の制圧。俺の体から流れる汗すらも、魚人空手は操れる。爆発と魚人空手の合わせ技。

 

「魚人空手・唐草瓦爆拳(からくさがわらばくけん)!!」

 

 湿った空気を吸い込み、力を込めて突き出す。

 

 振り抜いた拳が空気を押し出し、湿度を巻き込んで一点に集中する。

 目には見えないが、そこにできた“線”を爆破圧が正確に走り抜けた。

 

 空間が収縮し、衝撃により、空気ごと爆発と共に相手を貫いた。

 

 視えなくても、敵が吹き飛んだ方向と強さははっきりとわかる。

 静けさが戻る。敵の気配がひとつ、またひとつ消え、空気が落ち着いていく。

 

 その隙間に、バレンタインの声が落ちてきた。

 

「その能力の応用も、師匠から?」

 

「これはな……また別の師匠だな」

 

「何人いるのよ師匠」

 

「師匠は何人いても困らないからな」

 

 軽口を交わしながら、耳は常に“次”を探していた。

 倉庫の奥──空気の密度が、明らかに変わった。

 

 ずん、と空間が沈むような圧。気圧すら変わったような感覚。

 

 重金属と油の匂い、そして……機械の軋むような気配。

 

「来るぞ」

 

 言い終えるか否かのうちに、床板を蹴り割って現れたのは──ひときわ巨大な気配。

 

 足音が重く、軋む音が混じっている。

 呼吸音が無い。代わりに圧縮空気の吐き出し音。

 

「貴様が、爆弾野郎か……おもしれぇ」

 

 声が響く。低く、甲高く、それでいてどこか壊れかけている。

 嗅覚と空気の流れだけでも、こいつが只者じゃないことはよくわかる。

 

「オレの新しい武器の実験材料にしてやるよ!!」

 

「今の時代コンプラ厳しいんだから、過激な発言は控えろよ」

 

 軽く息を吐いた。

 呼気は風に乗り、敵の身体の隙間にするすると忍び込んでいく。内部に入り込んだ呼気が反応し、装甲の中で爆発を引き起こしたのだ。

 振動が空気を揺らし、金属のきしむ音が倉庫内を満たす。

 

「ちっ!! また見えねぇ爆弾か!?」

 

 姿が見えずとも、ぐらついた巨体の動きがはっきりとわかる。俺はひと息分、距離を取って叫んだ。

 

「なめんじゃねぇぞ!!」

 

 とんでもない回転音と共に、何かが飛んできた。俺はすぐにその場から飛び退き、物陰に身を隠す。察するにガトリング銃か何かを向けて来ている……と思う。

 マズいな、集中力切れて来て、見聞色が乱れてる。1時間も持たないのは流石にマズいな。このまま逃げ続けないと蜂の巣だ。

 

 だが、敵は俺の方へと意識が向いている。

 

「ん? 女は、何処行きやがった?」

 

「ここよ」

 

 先ほどの俺の爆発と同時に、空中へと飛び上がっていた彼女。そして、それは終わりの合図だ。

 

「──1万キロプレス!!」

 

 ミス・バレンタインの声が、落下の軌道上から響く。彼女のヒール付きのかかとが、機械兵の胸部に突き刺さる。

 金属が内部から崩れ、油の匂いが一気に立ち込めた。

 

 数秒の静寂が流れたのち、空気が戻ってくる。

 

「……ふぅ。どう? 強くなったでしょ、俺」

 

 目隠しの下から息を吐き、軽く笑いながら言った。

 爆破の余韻がまだ空気の中に残っている。

 床に落ちた汗の粒が、かすかに燻っている。

 

 彼女の方に手をかざしてみる。視えないけど、そこにいるのはわかる。

 

「自分で言う?」

 

 皮肉っぽい声。でも、どこか優しい。

 俺は照れくさくなって、口をすぼめる。

 

「うっ……やっぱまだダメかな?」

 

「いいえ──100点満点よ。あなた」

 

 ……え?

 

 言葉が、静かに、でも深く染み込んでくる。

 思わず背筋がピンと伸びた。

 

「これからも頼りにするわ」

 

 その瞬間、何かが決壊した。

 

「うぉぉぉぉ!!!」

 

 目隠しの奥で、涙腺がぶっ壊れた。

 涙と鼻水と、ちょっと唾液も混ざって、顔中ぐしゃぐしゃ。

 こっちは爆発物なんだぞ!? こんなに体液出して大丈夫か俺!!

 

「ちょ、ちょっと、どうしたのよ!?」

 

「おいおいおい……頑張ってきたかいあっだなぁっで、感極まっでぇ…」

 

「泣くのはいいけど、お願いだからそのへん爆発させないで……!ここ火薬とかあるんだから!!」

 

 バレンタインの声が、呆れと笑いの混ざった調子で響く。

 でも、彼女の言葉はちゃんと届いていた。俺の“今”を見て、認めて、信頼してくれた。

 

 それだけで、たぶん、俺はあと数発ぶんは強くなれる。

 

 目隠しの下から涙を拭いながら、ぐしゃぐしゃの声で答えた。

 

「ずび…ようやくミス・バレンタインに迷惑かけずに戦えるようになったぜ!!」

 

「頼りにしてるけど、次の任務は違うわよ?」

 

「ん? Mr.2とやった潜入任務とか?」

 

「いや、面接」

 

「……何故に?」

 

 二人で並んで港を歩く。倉庫が遠ざかるたび、潮風に火薬の匂いが薄れていく。

 

 





次回 私は悪い奴。王女なんかじゃない。
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