【完結】悪役貴族派閥の中間管理職枠に転生しました。他人の顔に変わるだけの魔法でどうしろと?   作:丁字

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第16話 ボスは逃走不可で魔剣も効かないって?

 神殿の入り口はさしたる苦労もなく見つかった。先んじて入り込んでいた調査隊の手によって、扉を塞いでいたらしき巨石も脇にどけられている。その他の困難もまた、彼らの手によって綺麗に取り除かれていた。

 

 俺たちは悠々と内部へ足を踏み入れた。不可思議な文様がびっしりと彫刻された通路をゆき、中枢部へと辿り着く。

 

 燭台に火をともす者も絶えた円形のホールは、しかし存外明るかった。天井部分が崩落し日光が差し込んでいるためだ。

 

 陽光の下で、巨大な祭壇が苔むしている。奥まった暗がりには方形の影がぼんやりと浮かび上がっていた。俺はパメラに手招きをして、その影へと近付いていく。影の正体は、膝の高さほどの小さな碑文だ。

 

 碑は青みがかった地に赤い縞の入った石でできていた。ありふれた石材による灰色の空間のただなかで、それだけが異彩を放っている。

 

 そして、石板の表面には白墨で何やら書き込みがなされていた。いつか来る再調査の日のために付けられた目印だ。俺は縞模様の石板に手をかけると、記されたとおりの手順で押し、引き、傾け、回転させた。仕上げに手前へ倒したとたん、傍らの床石がゴトゴトと音を立てて沈み込んでいく。

 

 俺たちが開口部を覗き込むと、埃混じりの微風が吹き付けた。先ほどまでは床だった石材が下り階段を形作り、真っすぐに続く先は暗がりに消えている。真なる神殿、隠された至聖所へ続く入り口だった。

 

 

 

 俺はてっきり、考古学者という存在はもっと冒険心に富むものだと思っていた。しかし邪神研究学者のイジー氏はそうではなかったらしい。この開口部のからくりを発見しただけで満足してしまったのだから。

 

 おかげで俺は、未発見の遺跡に足を踏み入れる最初の現代人となってしまった。

 

「クレメント様。足元にお気をつけください」

 

 ……いや、正確にはパメラ嬢の方が先だな。密林探索とは逆に、今度は俺がしんがりをつとめて彼女の後をついていく。ここから先、なんらかの脅威が襲い掛かってくるとしたら『下』からやって来る可能性の方が高い。

 

 そこまで考えて、俺はある不吉な想像を働かせた。もしかすると、あの神殿はこの地下空間を封ずる、ふたのような物なのではないか? 石造りの巨大な建造物が頭上にのしかかる様を思い浮かべ、こっそり肩をすくめた。

 

 そうこうしているうちに階段を降りきったらしい。二歩目の足裏も同じ高さで地面に付いたことで俺はそれを悟る。

 

 反響音からして、それなりの広さのある空間のようだ。俺とパメラは、めいめいが提げたランタンをかざす。揺らめく灯りにぼんやりと照らされたのは、入り口を隠していた碑石と同じ、青灰と赤褐色の縞模様を描く岩盤だった。

 

 天然の洞窟なのだろうか? 壁面と床はなめらかに繋がり、天井は暗がりの先に消え、溶け落ちたような形の鍾乳石がところどころ姿を現している。

 

 地上の神殿は緻密であったが、人為的な建造物なのに疑いはなかった。けれども、いま居る地下空間にはその手の作為が見えづらい。しかし、空間に漠然と四隅の存在するさまは天然のほら穴にしては不自然だ。なんとも胡乱なことであるし、これ以上の内実について思いを巡らせる気にもなれなかった。

 

 俺はパメラを促して、無数に開く横穴のうちの一つへ入り込んだ。元は飽きるほどにやり込んだゲームの世界だ。道順はとうに頭の中に刻みつけられていた。

 

 これは異論もあるだろうが、大概のダンジョンには(エネミー)がつきものだ。

 

 俺たちが今いる地下空間も例にもれず、魔物が内部まで入り込んでいた。多くは密林でも出現した大ムカデや大蛇だ。岩盤の隙間からでも侵入して、ここいらを寝床にしているらしかった。

 

 いっぽうで、魔物達の中には新顔もあった。例えばこんな具合で出くわすような奴らだ。

 

 ――トンネル状の地下空間は、壁面のところどころに凹みが穿たれている。アーチ形のくぼみは人の背丈ほどの大きさで、原始的な工具で彫った形跡があった。多くはただのがらんどうだが、中には俺たちの知らない神格を模した、素朴な造形の像が安置されていることもあった。

 

 今も、行く手の壁面から神像の腕の一部分がはみ出して見える。

 

「パメラさん」

 

「……ええ」

 

 像を安置したくぼみの前に差し掛かった場合、俺たちはなるべく距離を離して移動することにしていた。と、いうのも地下の探索を始めて以来、後述するような事態に度々巻き込まれているからだ。

 

 ずるり、と何かを引きずるような物音がする。反射的に出どころへ目をやれば、枯れ枝のような手が通路に向かって突き出されていた。

 

 次の瞬間、粘土製の像を突き破り、金属の骨組みが土埃を舞いあげながら現れた。

 

 手足をばたつかせるたびにギイギイと耳障りな音を立てて部品が擦れあう。膨れ上がった緑青が砕けてこぼれ落ち、ぼろの巻き付く脚部がぎくしゃくとした足どりでこちらへ近付いてくる。

 

 主なき聖域を護るべく青銅(ブロンズ)ゴーレムが俺たちへと襲い掛かってきた。

 

「――遁走の煙幕(エスケープ)!」

 

 が、こちらもいちいち付き合ってはいられない。

 

 詠唱と同時に、術者である俺とゴーレムの中間地点から、怪しげな色の煙が噴き出した。見当識を狂わせる煙幕の効果を借り、俺たちはその場からとっとと走り去る。

 

「すみません、お役に立てず……!」

 

「そういうのは言いっこなしです! 俺もこの通り、小賢しい手しか打てませんので!」

 

 十分引き離せたと確信できる場所まで逃れてから、ぜえぜえと息を切らしながら言葉を交わす。

 

 もろもろの事情があって、パメラの持つ『緋踏のキサラ』は機械や魔術人形などの無生物系のエネミーには無力なのだ。無理に運用すればきつい報いを受ける。

 

 幸いなことにこの呪文を使えば、逃走は確定成功する。極端に速度で勝る敵ならば窮地に陥るところだが、幸いにしてこの地下空間でエンカウントする可能性のある無生物は、先ほど出くわしたブロンズゴーレムだけだ。奴の鈍足ぶりならば、後れを取ることはまずない。

 

(残る問題はあと一つか……)

 

 最深部には、俺がこの神殿地下の攻略をどうしてもアランに任せたかった根本的な原因が待ち構えている。

 

「――クレメント様」

 

 彼女の声音がいつになく緊張している。俺たちは今、地下空間の最奥へと辿り着いていた。天然の洞窟を転用した空間の突き当りには、明らかに人工物とわかる巨大な扉があった。

 

 光をも吸い込むような黒色の石で造られた扉は、表面に何の言語にも似つかない、しかし何故か文字と確信できる文様でびっしりと覆われていた。深々と刻みつけられた文様の縁にぬらぬらと光が走り、魔術的な処置が施されているのが一目で知れた。

 

 俺は足元の小石を拾い上げ、扉めがけて放り投げる。

 

――バギン! ガリガリガリガリッ!

 

 小石が扉に当たる寸前、石扉の表面がさざなみを打ちながら横一文字に割れ、牙の並ぶ大口でもって小石を粉々に咬み砕いた。

 

 この通り、この扉はある高度な魔術によって封印されていた。種族としてはミミックなどの近縁だ。ゲーム本編では、アランを含む数人がかりでの戦闘により、力づくで突破している。招かざる客である以上、開錠の方法も存在しなかった。

 

 要はこの『封印の扉(ミミック・ドア)』が、ダンジョンのボス敵にあたる。

 

「パメラさん。持参した武器は、その『キサラ』という剣だけですか?」

 

「いえ、短剣(ダガー)もありますが……けれど、かなり懐深く潜り込まないと決定打は与えるのは難しいかと」

 

 差し出された両刃の短剣は、細身で刃渡りも短いものだった。いかにも暗殺用途のものとわかる。そうだよなあ、彼女のスキル構成は暗殺者(アサシン)のそれだものな。

 

 そして、彼女の愛剣『緋踏のキサラ』も断じて使うわけにはいかなかった。

 

 キサラは血を好む。言い換えれば、力の対価として生き血を要求する。流血する生物を倒すために設計された魔剣であり……前述した通り、用途外での使用にはきついデメリットが存在した。

 

「パメラさん、どうか早まらずに」

 

「……はい」

 

 俺が改めて釘を刺した理由も、そのデメリットの内実にある。

 

『キサラ』を無生物相手に振るうとどうなるかといえば、それは単に性能がガタ落ちするとか、そんな話ではなかった。ある意味もっと悪辣だ。

 

 血の通わぬ敵を倒しても『キサラ』の乾きは癒されない。では、どうするか。満足できるだけの糧を得るまで、手近な者の血液を奪っていくのだ。それは多くの場合、剣の使い手を意味する。その量は、おおよそ成人男性の全血液量と同等だ。

 

 つまり、彼女の身体に流れる血潮の全てを捧げても足りない。断じてそんなことを起こすわけにはいかない。

 

 このボスモンスターは、キサラなし、つまりステータスアップの恩恵を得ることなく討伐する必要があった。

 

 それも、俺ことデバフ専門の魔法使いと、暗殺剣を修めた華奢な女性の、二人だけでだ。

 

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