【完結】悪役貴族派閥の中間管理職枠に転生しました。他人の顔に変わるだけの魔法でどうしろと?   作:丁字

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第17話 二人きりのミミック・ドア討伐

「長期戦を選ぼうと思います」

 

 洞窟の片隅に作った急ごしらえの拠点にて、俺とパメラは差し向かいで人食い扉(ミミック・ドア)討伐の段取りを話し合っている。暗幕の結界(シャドウベール)を張っているおかげで、こちらの気配や最低限の煮炊きの痕跡は誤魔化せていた。

 

 俺の提案に、パメラは無言でうなずいて返す。

 

「俺たち最大の弱みはバックアップ体制の貧弱さです。通常、こうした未踏の地を探検する際にはキャラバン規模の装備と人員が必要ですが、そうした備えは俺たちにはありません」

 

「そのうえ、私たちの居所は密林の奥地の秘匿された神殿の……更には未発見の地下空間ですものね。助けを呼ぶ手段もありませんし」

 

「ええ。万が一にでも負傷したら、生存確率はグッと下がります。重症を負ったらまず助からないと考えるべきです」

 

「確かにあの鋸刃のような牙にかかったらひとたまりもありませんね」

 

 パメラは口元に指をやりながらつぶやくと、ふと何かに気づいたようにこちらを見上げる。

 

「――クレメント様。念のための提案ですが、私の『キサラ』の切っ先をあの口内に叩き込めば十分に勝機はありますが」

 

「……その攻略法は考慮に値しませんよ。俺の個人的な事情にここまで付き合ってくれた貴方を、無為に犠牲にする訳にはいきません」

 

 彼女の申し出を、俺はきっぱりと断った。いささかキザかもしれないが、これに関しては譲れない一線だ。

 

「とはいえ、俺が今からパメラさんに提案する作戦も、決して楽なものとは言えませんが……」

 

「構いません。……長期戦、と仰っていましたよね?」

 

 パメラが促す。俺は彼女の求めに応じて話を本題へ戻した。

 

「まず、俺が扉へ向けて足萎えの呪文(スピードダウン)を使います。数回も当たれば動きはかなり鈍るはずです」

 

「先ほどの様子からすると、速度が半減するだけでも回避はごく容易になります。で、あれば咬まれるような下手は打ちません」

 

「はい。パメラさんには扉からの攻撃を決して食らわないことを主眼に立ち回って欲しいです。こちらからの攻撃は、優先順位としては二番目です」

 

「残る問題は攻撃の手段ですか」

 

「それについては、コイツを使ってください。そして――」

 

 俺たちは手早くその後の段取りを決め、そして休息を挟んだ後に行動を開始する。

 

 

 

――ギィン!

 

 硬質な物体の衝突する耳障りな音が響き渡る。

 

――ギャリギャギリギリギリ!

 

 直後、石づくりの扉がぐわりと()()()()()、不届き者に食いつこうと襲い掛かる。

 

 しかしその頃には武器を振るった張本人――パメラはひらりと身をかわして、牙の届かない場所まで軽やかに逃れていた。

 

「怪我はありませんか!」

 

 パメラへ声をかける。こちらの仕切りで動いてもらっている以上、彼女に必要以上の危険を侵して欲しくはない。

 

「平気です。――クレメント様、魔素の残量はいかがです?」

 

「地脈から汲み上げるから問題ないです! 干し果物(コレ)もまだ残っています!」

 

 俺は蝋紙の包みを掲げてみせる。集中を要する作業に糖分の存在は有難い。

 

 得物を手にしたパメラは、ドアが再び沈黙した頃合いを見計らって一気に距離を詰める。扉が内側から弾けるように膨張し、大口を開けて迫りくるが、その頃には一撃を浴びせ終え、彼女は間合いから離脱している。

 

 こうしたやり取りが、かれこれ数時間は行われていた。

 

 打ち合わせの通り、ミミック・ドアに足萎えの呪文(スピードダウン)を複数回にわたってかけた。内部的には素早さの値が限界まで下がったのだろう。侵入者を食い殺すべく造られた魔法の扉も、今は軋むような音を立てながら、のろのろと動作するのが関の山であった。

 

 これで通常攻撃はほぼ完封できている。パメラほどの体術の使い手であれば、牙を躱すことはさほどの難事でもなさそうだった。

 

 その他、ミミック・ドアはその場から動けないというデメリットを帳消しにする全体攻撃手段をいくつか持っていたが、こちらも対策は済ませてあった。

 

 既に扉の周囲の壁面には、白墨(チョーク)で魔法陣を書き入れてある。内容は暗幕の結界(シャドウベール)。ただし、有効範囲の()()()()()()()()()()

 

 こうすれば陣に囲われた内部には周囲の気配が伝わることはない。こうなってしまえば、その場に取りつけられて動くことのできない扉には成すすべがない。

 

 ミミック・ドアの知覚にとって、侵入者は(しゃ)のようにたなびく薄闇の向こうから突如現れ、一撃を食らわせた後に再び薄闇の向こうへ姿を消すという不可解な挙動を取っているようだった。

 

 パメラが数歩も距離をとれば途端に標的を見失った様子で、ガチガチと名残惜しげに牙を鳴らすばかりでほどなく沈黙を余儀なくされている。火炎や全体魔法での追撃を選ぶこともしない。

 

 生物であればやけを起こして暴れるということもあるだろうが、このドアはあくまで魔術によって動く防衛システムだ。狙い通り、そこまでの融通は利かせられないらしい。

 

 再び距離を詰めたパメラが、一撃をしたたかに食らわせ離脱する。彼女が手にしているのは大振りの(なた)だ。ここに至るまでの道のりで藪を切りはらうのに使っていたのと同じ物である。ろくすっぽ刃も立っていないなまくらだが、石の扉を叩くのにはその重量と刃の鈍さが好都合だ。

 

 少なくとも、細身のダガーや繊細なつくりの直剣よりは遥かに用途にかなっている。

 

 時間よりも確実性を取った、地味な展開が長時間にわたって続いていたが……それでもパメラは俺の提案を呑んで辛抱強く戦ってくれていた。

 

 唸りをあげて叩きつけられた鈍い刃が火花を散らす。石材にはとうとう深い亀裂が入り、舞い上がる土埃に細かな破片が混ざって飛び散った。

 

「――あと少し!」

 

「パメラさん! 下がってください!」

 

 速度低下魔法の効果が薄れ、ミミック・ドアの動きが精彩を取り戻す。異形の文字がぎらりと光り、パメラは咄嗟に身構える。

 

――ジャギィィィン!!

 

 扉の表面を埋め尽くすようにスパイク状の突起がいくつも飛び出す。切っ先が暗幕の向こう……俺の目の前まで迫る。追撃をしかけたパメラは、とっさに横っ飛びに転がることでからくも追撃をかわしていた。

 

 幾筋かの黒髪がはらりと宙を舞った。髪留めが千切れ、パメラの髪の毛が解けて額にばさりと落ちかかる。

 

 泡を食った俺が(向こうからは見えもしないのに)ブンブンと腕を振って「一旦退いてください!」と叫ぶと、彼女はやや面倒そうにこちらへ駆け寄ってきた。

 

「あの様子なら遠からず仕留められます! 少々の負傷も勘案すべきでは」

 

「お、俺が嫌なんですよ!」

 

 盛大にどもってしまった。勢い込んだせいだろうか……流石にキモすぎたのか、パメラさんの動きがぴしりと止まり、俺の顔をまじまじと見ている。

 

「……その、すみません」

 

「いえ、謝るようなことでは……私の方こそ、気負い過ぎていました」

 

――ギャース!

 

 詫びを入れあう俺たちをよそに、速度が復活したミミック・ドアがガチガチと牙を打ちあわせながら咆哮を始めた。と、言ってもその場から動けないのが扉らしいところであり、また、悲しきところであるが。

 

 十分な火力があれば、実のところそこまで怖い敵ではないんだよなあ。期せずして縛りプレイじみたものをさせられているだけで。

 

「……完璧に効力が切れましたね。呪文付与をやり直しますので少々お待ちを」

 

 俺は肩をすくめると、再び速度低下の呪文(スピードダウン)の詠唱を始める。

 

 パメラは腰のポーチから髪紐を取り出すと、ほどけた髪を結び直しはじめた。背中まである長い黒髪が持ち上げられた拍子に、さらりと揺れる。

 

 やがて俺の魔術が効果を発揮すると、パメラは間を置かずに再び死地へと飛び込んでいった。くくった髪が彼女が駆けるのに追従して流星の様に長く尾を引いていく。

 

 俺はしばし見とれて、しかし気を引き締め直して再びドアへ向きなおる。魔法陣にほころびでも生じようものなら大ごとだ。

 

 その後、何合か打った果てに、とうとう扉の核が傷ついた。

 

 ミミック・ドアは悲鳴のような破砕音を立てながらボロボロと崩れ始める。隙間から光が漏れ、やがて垣間見えた光景を前に、俺は今いる場所が地の底であることを一瞬忘れる。

 

 鉈を構えていた腕をだらりと下げて、パメラがこちらへ振り向いた。その表情は呆然としている。

 

 無理もない。きっと俺も大差ない顔をしている。

 

 扉の先は真昼の太陽もかくやの明るい光に満ちた、きらめくような庭園だったのだから。

 

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