【完結】悪役貴族派閥の中間管理職枠に転生しました。他人の顔に変わるだけの魔法でどうしろと?   作:丁字

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第三章 アットホームな反乱軍です
第19話 氷上デートと魔法瓶


 王都の冬は雪こそ少ないが、針のような冷気が容赦なく肌を刺してくる。

 

 こんな日には暖炉のそばに貼りついて動かずにいたい。愉快な本と熱い茶の一杯でもあれば上等だ。だというのに、わざわざ外へと繰り出した理由は一つだけだ。

 

 分厚く垂れ込めた雲の下を急ぐ。待ち合わせ場所である橋のたもとに、背筋を伸ばしたパメラの立ち姿が見えた。

 

「パメラさん!」

 

 俺が声を張り上げると、向きなおった彼女が控えめに目礼を返してきた。彼女も丈の長いコートとブーツという冬の装いだ。首回りと手首にあしらわれた毛皮がいかにも暖かそうだが、身体に沿うように裁断された生地はいささか薄手に見える。

 

「寒くありませんか?」

 

「身体を動かしますから、あまり着こんでいても邪魔になるでしょうし」

 

 俺はパメラの隣に並び立ち、石造りの手すりに片腕を預けて風景を眺めた。視線の先には凍り付いた運河が延々と続いている。氷上を人々が行き交っていた。あちこちであがる歓声には、したたかに身体を打った者のうめき声なんかも混じっている。そこは天然のスケートリンクとなっていた。

 

 氷遊びは都市部では冬の定番の娯楽だ。俺自身は前世も今世もあまり縁がない。むしろ、こうした遊興を横目で見ては「アホだな」と口で言いつつも内心でひがむような手合いだ。

 

 宗旨替えの理由は俺の隣に立っている。パメラはスケート靴も持参して準備万端の様子だ。いっぽうの俺はといえば道具から何から彼女に借りる手筈だった。

 

 氷靴とは言うが、この国で主に使われているのは靴に履かせるブレードつきの金具だ。なのでてっきり、パメラが持って来るのもそうした品かと思っていた。

 

 しかし彼女が手渡してくれたのはしっかりとした造りのブーツだった。靴底には最初から鋼鉄の刃が取りつけられていて、丁寧に磨かれた革が曇り空の下で鈍く光っている。使い込んだ様子はあるが、みすぼらしさはない。

 

「――あれ? これって男物ですよね。良くお持ちでしたね」

 

「兄の物です」

 

「それはそれは……すみませんねお借りしてしまって」

 

「気にしないでください。クレメント様のサイズに合いそうなものを拝借してきただけですから」

 

 どうも女きょうだいという奴は兄貴や弟の持ち物を気軽に持ち出すきらいがあるな。兄弟姉妹のない俺に、前世の記憶がささやく。彼にはおっかない姉が居た。

 

 しかしよその兄妹仲の問題に立ち入るのも何なので俺は有難く借り受けることにする。なにより、彼女は末の妹だ。多少は甘やかされているのかもしれない。

 

 春から秋にかけては忙しなく舟が行きかっていた運河も、今は分厚い氷に覆われて王都の住人たちが氷遊びに興じる場へと姿を変えていた。大人も子供も、そして見たところ階層も様々な人々が詰めかけている。

 

 スケート靴の刃は鏡のように磨き抜かれている。そこに映る表情からは、独特の険がなくなっていた。俺が前世の記憶を取り戻してから、もう数年が経つ。とっくにゲーム本編のストーリーが幕開けをしている時期なこともあり、折に触れて調査は行ってきている。しかし『ゲームのストーリーの始まり』を示す兆候は、今や国内のどこにも見られない。

 

 それもこれも自ら南方へ赴き、例の祈祷書を焼き捨てたおかげだろう。俺は自由の味を噛み締めながら靴ひもを結ぶ。

 

 さて、運河のほとりまで降り、足首までがっちりと締め付けたスケート靴も履き終えた。そんな俺にとっての最大の難事はこの場から立ち上がることだ。

 

 手近な棒杭にしがみついて縦になった頃には、パメラは矢のように氷の上を滑って遠ざかり、豆粒ほどの大きさとなってからターンしてこちらへ戻って来るところだった。速い。

 

 俺は運河の中ほどに突っ立っている橋げたへ視線を移す。……一番手前側までならどうにか滑って行けるだろうか?

 

 意を決して杭から手を放し、そろりと右側へ体重を移す。鈍い速度で前進が始まった。ただし、右脚だけが。待て、左側が置き去りになっている。このままだと前後に股割りだ。いやいや俺の股関節にそこまでの柔軟性はないぞ。滑り始めて早々に負傷退場するのか? 俺は? 彼女の前で?

 

「左足を引き寄せてください。つま先同士を外に向けるように、です」

 

 声をかけられたのと同時に、背中に手を当てられる。指示の通りにすれば、確かにどうにかその場に静止できた。いつの間にやら、パメラが戻ってきて、俺のすぐそばに居てくれていた。

 

「氷靴で立つ時は、足を指金のように開くのがコツです」

 

 パメラが、ついとコートの裾を持ち上げて指し示す。服装を整え直し、こちらの肩をつついて目配せした。「補助なしで立っていられるか?」の確認だろう。俺が頷くと、彼女は手を放す。

 

 やや離れた位置でくるりと向き直って(一体全体どんな身体操作をしたら、氷上でそんな真似ができるんだ?)再びこちらへ呼びかける。

 

「滑る時は――」

 

 再び左脚を軸にして方向転換。そのまま左側に体重をかけ――俺の素人目にもわかるように動作を大げさにしてくれているのだろう――カツン、と音を立てて右足に注意を向けさせる。

 

(ブレード)の側面を使います」

 

 右足が軽やかに氷を蹴ると、まったく当たり前の動作であるかのように彼女の身体はすいすいと進む。推進力が失われる前に、今度は左足を蹴りだす。腰を後ろ手に組んだまま、彼女はなめらかな動作で氷上を駆った。右足、左足、と規則正しく足を運んで、ゆったりとした速度で滑っていく。

 

 氷上の彼女は黒いコートの裾を優雅にはためかせ、大きな円を描きながら再び俺の眼前に戻ってぴたりと停まった。

 

「お上手です!」

 

「いいえ、そんな……大したほどでは」

 

 手袋ごしの鳴らない拍手を受けながら、彼女は珍しく照れくさそうな様子で俯いていた。さて、俺も彼女に負けない程、とはいかないまでも、最低限の滑り方は身に着けてやろう。そう思って当初の目的地だった橋げたへ向きなおる。が、その途端に「あの」と遠慮がちにパメラが声をかけた。

 

「速さに慣れるのも必要なことですので……」

 

 ほんの少し間を開けて、彼女はほっそりとした両手を差し出す。

 

「私がクレメント様の先導をいたします」

 

 これは、手を繋ぐお許しが出たってことだよな?

 

「右、左――顔を上げて……足元は見ずに……そう、この方が却って転ばなくなるものです……はい、右をもう少し強く蹴って」

 

 彼女は後ろ向きで滑りつつ、俺の動作を逐一見てくれている。頬を冷たい空気がなぶっていくが、それでもパメラの声はよく通って聞きもらすことはない。

 

 彼女の運動神経の良さに助けられ、手を繋いで滑る俺はなんとか前に進めていた。

 

 とはいえ足元はしばしばおぼつかなく、俺は重心をかけそこねては妙なタイミングで加速したり、逆にスピードを鈍らせたりしてしまっている。彼女の手はその度にぐっと俺の手を掴んで補助をしてくれていた。……そこに何のてらいもないことが嬉しい。が、それは照れくさいので秘密だ。

 

 彼女からは足元ばかり見るなというお達しを受けている。俺の視線は必然的に、白く濁った氷からおそろいの靴を経て、彼女を真正面で捕らえることになる。艶のある前髪がなびいて、いつもは隠れている額がよく見えた。

 

 あ、目が合った。パメラの涼やかな目元が、ほんの少しだけ柔らかな弧を描く。

 

「次は右方向へ旋回を」

 

 ふいと視線は逸らされて、彼女は向かって右側へと視線を送る。

 

「ま、曲がり方はうかがってませんが」

 

「簡単ですよ。曲がりたい方向へ長く滑り、反対側は短い距離で切り返していくだけです」

 

 俺が彼女の解説の意味するところを咀嚼する間に、彼女は右へ身体を(かし)がせる。

 

(みーぎ)――、(ひだり)、右――……もっと踏み込んで……我慢してください……はい、左足をどうぞ」

 

 彼女の背負う風景がゆっくりと回転していく。氷滑りに興じる大人たち――橋の上を忙しく行きかう人々――川辺で火にあたる浮浪者の一団――川岸の道をそりを片手に駆けていく子供たち――再び凍り付いた運河がまっすぐ伸びる光景に戻り、俺はどうにかターンをし終えたらしい。

 

「橋まで戻って、一旦切り上げましょうか」

 

「わかりました。――俺はそろそろ熱い茶が恋しいです」

 

 彼女はくすくすと笑い声をたて、こぼれ落ちんばかりの笑顔で応じる。

 

「ええ、実は私もです」

 

 

 

 例えば手元に魔法瓶でもあれば、熱い紅茶でも詰めて持ってきていた。しかし――“魔法”と冠しているくせに――二重構造の保温瓶はこの世界には未だ存在していない。

 

 いっぽうで恒温魔術は日常使いには不向きな代物だ。閉ざされた空間を一定の温度に保つためには、術者が張り付いて出力を調整する必要がある。また、この技術は魔導書では未だ再現できていない。結局、暖房用途なら薪やコークスを燃やす方が手っ取り早いのだ。

 

 便利な魔法は数多くあるが、その恩恵を受けられるのはごく少数の人々、王族やそれに類する上位貴族などに限られているのが現実だった。

 

 それにもかかわらず、ここ数年の気候は激変している。屋敷の老人たちが口を揃えて「こんなことは初めてだ」と語るほどだ。この気候変動は特に農村部の庶民の生活に深刻な影響を与えている。

 

 その結果だろう、表通りにも浮浪者らしき姿を多く目にするようになった。路地に目をやると、うずくまる人影が更にいくつも見受けられる。誰もがありったけのぼろ布を身体に巻き付け少しでも暖を取ろうとしている。しかし、冷え切った石畳の上でその努力がどれほどの効果をもたらすかは……。

 

 俺たちが通る道すがらに、こうした人々の姿は当たり前のようにあった。

 

 果たして彼ら彼女らは春まで持つのだろうか? そんな疑問が浮かんだためだろう。レストランに腰を落ち着け、食後の茶を飲む頃に切り出す話題もそれに関連したものだった。

 

「今年の冷え方は普通じゃないです。穀物の値も吊り上がる一方ですし」

 

「ウチも今年ばかりは地代を下げましたよ。まったく厄介なことで――ん?」

 

 ぼやき混じりに焼き菓子をつまみ上げ、いざ口にしようとした段で、俺はパメラの反応に不自然な間があることに気づく。改めて対面の彼女へ視線をやると、ぱちくりと瞬きをしながらこちらを無言で見ている。

 

「どうしましたパメラさん」

 

「……ご領地の地代を下げられたんですか?」

 

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