【完結】悪役貴族派閥の中間管理職枠に転生しました。他人の顔に変わるだけの魔法でどうしろと?   作:丁字

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第21話 チーズは誰が消した?

 帳簿の写しとにらみ合い、ため息をつく。家中(かちゅう)で何者かが財産を盗み出しているのは、やはり事実のようだった。

 

 俺は執務机から立ち上がると、暖炉の灰をかき出し、薪を足す。室温はましになったものの、空気が嫌な乾燥の仕方をしている。湯でも沸かせば加湿できるだろうか?

 

 台所ならば余分なやかんや鍋もあるだろうと思い、俺はランプを手に執務室を後にした。

 

 照明を落とした暗い廊下を歩く間も、頭の中を巡るのは横領の件だ。

 

 小物や装飾品を小間使いがちょろまかすようなささやかな物ではない。というか、我が家にはメイドや執事を大量に雇うほどの扶持がない。

 

 持ち出されているのは金銭ではない。着服の痕跡があるのは食料品を中心に、その他こまごまとした日用品の類である。

 

 不正に気づいたのも偶然だ。チーズやベーコンが食卓にのぼる頻度が減っていることに業を煮やした俺が、領地の農場へ確認を入れてみたのだ。にも拘わらず、農場からは例年と変わらぬ数を納めているという返答だった。裏取りもしたが、向こうが嘘をついている様子もない。

 

 ちなみに今のボロフカ家に暮らすのは俺一人。父が過労と酒色で順当に早死にしたのが家督が転がり込んできた理由であったし、母も病弱な性質で、俺が十代のうちに療養先で没している。きょうだいも居ない。

 

 男とはいえ、一人前をまかなう為の食糧なんぞたかが知れている。だというのに食事の組み立てが貧弱になっていたのはどだい不自然な話だったのだ。

 

(食に関心が無さすぎるのも考え物かもな)

 

 そこまで考えた所で、目的地に着いた。屋敷の片隅、半地下の一室が厨房になっている。俺が近付くのと同時に、隙間だらけのドア越しに猛然と愚痴をこぼす老人の声が漏れ聞こえてきた。

 

「とにかく! あの坊ちゃんには家長の自覚が足りとらん!」

 

 おっと。俺の事だなこれは。声の主は老執事か。

 

「外をフラフラほっつき回ったかと思いきや、帰るなりあちこちいじり回す! 金払いも吝嗇(けち)なもんだし、社交もおろそかだ。家には家の格というものがある。相応の振る舞いをというものが――」

 

「ヨシュ、いい加減にしないと頭の線が切れちまうよ」

 

 怒りで声を震わすヨシュを取りなすのは、老婆とおぼしきしわがれ声だ。こっちは料理番の婆さんだな。

 

「やかましいぞダナ! こっちはこの十日間というもの、屋敷中のランプを磨いたんだぞ。邸宅のあらゆるランプを! 日々の務めの合間に、朝から晩までかけて!」

 

「あんたはまた自分から勝手に苦労をしょい込むんだねえ。坊ちゃんは使っていない部屋は閉めたままでいいと言ってたんじゃなかったかい?」

 

「そんなことが通るか! この、歴史あるボロフカ家の――」

 

「はいはい、話の続きはあんたが素面になってから聞くよ。これ以上飲んだくれるなら酒場に行きな」

 

 舌打ち、そして椅子をガタガタといわせながら立ち上がる物音。

 

「あんたみたいな大酒飲みの老いぼれを雇ってるのが、その『不見識の阿呆坊主(アホボン)』とやらなのは忘れんことだね!」

 

 ダナ婆さんが追い打ちをかける。返ってきたのは舌打ちと、手荒に閉まるドアの音だけだ。

 

 俺は脳内で適当な歌をそらんじて時間を稼ぐことにした。うろ覚えのフルコーラスを、間奏も交えて暗唱しきってから、ドアをノックして厨房へ足を踏み入れる。

 

「ありゃ、旦那様! 何か御用で?」

 

 ダナは作業台の上で練り粉を捏ねていた。俺の姿を見てとると、先ほどまでの騒ぎが無かったかのように、素知らぬ顔で応対する。

 

「済まないが、やかんか何かを借してくれないか」

 

「湯が入り用でしたらお持ちしますのに」

 

「部屋の乾燥が酷くてね、水を沸かしておけば多少はマシだろうから」

 

 ダナは前掛けでざっと手を拭うと、吊り棚を覗き込む。そうして銅の鶴首やかんを引っぱり出すと、水を注いで手渡してくれた。

 

 俺は目当ての品を有難く受け取ると、礼を述べてその場を後にする。去り際に振り向くと、閉まる扉の隙間から、呆れたように首を振るダナの姿が見えた。

 

 彼らの言い分もわかっている。俺の言動は()()()貴族の振る舞いから逸脱している。態度の面でばか丁寧なのはともかく、彼らの仕事を奪っている側面もあるだろう。

 

 ここは自宅であるのと同時に『ボロフカ家』という名の職場でもある。それを、俺一人で回せると増長する気はない。

 

 しかし人間は労働によって死ねる。前世の俺がいい例だ。働き手である老人達に夜も昼もなく雑事を押し付ける気になれないのは、それが理由だった。そんなこと、二人の知ったことではないだろうが。

 

 右手にランプを掲げ、左手にやかんを抱えてとぼとぼと廊下を歩く俺の姿は、確かに貴族らしさの欠片もない。そうして見上げた天井の隅には見事な蜘蛛の巣がかかっていた。俺が率先して煤払いでもしようものなら、ヨシュ爺さんはまた鬱憤を溜めるだろうか。

 

 

 

 執務室に戻った俺は、鶴首やかんの細い口から立ち昇る湯気をしばし眺め、ひとまずは目先の問題に集中しようと思い直す。

 

 出揃っている情報を整理してみると、やはりつまみ食いには多すぎる分量の食物が毎週のように失せていた。自家消費のためにしては一度に持ち出す分量が多い。おおかた、どこぞの市場に流したのだろう。ちまちまとした小銭にしかならないだろうが、全て足し合わせればそれなりの額にもなる。

 

 容疑者は執事のヨシュと、料理番のダナになる。長く雇用しており、我が家の内情に詳しいのがこの2人だ。

 

 動機面でいえば、ヨシュには憂さ晴らしの線もあるだろう。彼なら帳簿の数字を誤魔化すことも可能だ。いっぽうで、食材の横流しは料理番のダナにとって容易いことだ。我が家が提示できる給金も多くはない。小遣い稼ぎならばどちらも動機としてあり得る。

 

 とはいえ両者が結託しているのは考えづらい。山分けするには額面が少なすぎる。なにより両者が結託すればもっと規模の大きな横領沙汰も起こせる。

 

 よって犯人は単独犯と仮定するのが自然だ。よしんば外部に協力者が居たとしても、ヨシュかダナのいずれかが主犯格ではありそうだ。

 

(…………)

 

 俺はしばし黙考して、犯人へ一応のあたりを付ける。とはいえ、当人に『やったか?』と聞いたところで口を割るとも思えない。確たる証拠を掴む必要はありそうだった。

 

◇◇◇

 

 クレメント坊ちゃん……いや、今は旦那様と呼ぶべきか。現に、彼は家を継いでから随分とお変わりになった。神経質で癇癪持ちの子供だったのが、よくぞここまで成長したものだと思う。

 

 老いぼれのヨシュはぐちぐちと不平を漏らしているが、今の彼にまったく見どころがないようには、あたしには思えない。

 

 それはそれとして、いささか困る振る舞いもあった。最近の坊ちゃんは台所に顔を出しては、しばらく居座ることが度々ある。屋敷の中に居場所がないとでもいうのだろうか?

 

 あたしはただの料理番に過ぎない。勤めて長い身だが、雇い主と直に関わる機会なんて数えるほどだ。まして、クレメント坊ちゃんに懐かれるような覚えはない。

 

 こんなことを思うべきではないだろうが、邪魔だし、落ち着かない。

 

 坊ちゃんはガタピシいう椅子に腰かけて作業台の隅でぼんやりしているか、手ずから淹れた茶を啜っているかしていることが多かった。こっちが手すきの時は世間話をすることもある。

 

「……ヨシュと顔を合わせるのが気づまりでね」

 

 そんなクレメント坊ちゃんがようやく重い口を開いたのは、彼が出入りし始めてから一週間めのことだった。

 

「はぁ、何か悪さでもしでかしましたか?」

 

 いい加減見慣れた顔だったから、あたしも遠慮が失せつつあった。彼に背中を向けて、鍋をかき混ぜながら軽口を叩く。声もなく笑った気配からして、気分を害してはいなさそうだ。

 

「悪さ、か。俺は、いや、むしろ」

 

 坊ちゃんの言葉は半端なところで途切れてしまう。あたしが木苺の煮え具合をみて、アクを取る間じゅう黙りこくっていたかと思うと、やがて意を決した様子で言葉を続ける。

 

「……今から喋ることは、ここだけの話にして欲しいんだが」

 

「言いふらそうにも、こんな老いぼれにそんな場所はありゃしませんよ!」

 

 あたしが木べらを片手に冗談めかして言ってやると、坊ちゃんはほっとした様子で「ありがとう」と礼を述べた。

 

 ほんとうに、家督を継いだことで性格が丸くなられたもんだ!

 

 けれどもカップをゆらゆらと弄んでいたクレメント坊ちゃんはとんでもない事を言いだした。

 

「執事が……ヨシュが、我が家の物資を掠め取っているようなんだ」

 

 ……本気で思っているのだろうか? あのヨシュがチーズ泥棒をしでかしたと?

 

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